※臺様(梅花胡蝶)のⅧ主人公さんを借りしています。

 

 

 

 どれほどの間、落ちていたのだろう。もう落ちているはずが昇っているようにも、逆にただそこに浮遊しているようにも感じ出した頃に、俺の両足は地を踏んだ。衝撃なんて皆無、ふわりと、まるで花びらが地に落ちるように着地した。

 しかし、下手に動けない。周囲が自分の前髪すら見えないほどの暗闇であることに変わりはないからな。

 人間の息遣いが聞こえる。アハトだろうか。まさか変わってるなんてことはないよな。指先に炎の力を集める。


「おい、だ」


 ヒュッと喉が詰まった。三人の「俺」と目が合った。どいつも強張った顔つきで、俺を見つめ返している。立っている位置と角度以外は皆同じ顔だ。

 ……同じ顔?


「鏡ですね」


 アハトの声がした。首を九十度回すと、いた。橙の光に照らされた奴の背後には、俺とコイツが何対もいる。

 鏡合わせだ。ここは鏡の迷宮らしい。俺は硬くなった喉をほぐすために、軽く笑った。


「趣味悪ぃな」

「おかしな場所ですね。さっきまではお城だか神殿みたいだったのに」


 アハトは天を仰ぐ。俺も同様に明かりを掲げながら上を窺う。だが、そこに俺達が落ちて来たはずの暗闇はない。天井も鏡で、俺の険しい顔とアハトの童顔と目が合っただけだった。

 気に食わなくて舌打ちする。俺は鏡があまり好きじゃない。それだけでも気に食わねえってのに、この空間は何なんだ。いや、この空間の連鎖は何なんだと言えばいいのか。


「場所が変わったのか?」

「そうなんでしょうか。だいたい僕達って落ちて来たんでしたっけ?」

「俺も分かんね」

「長すぎましたよね、あれ」


 そして、アハトは頬を膨らませた。


「まったく卑怯ですよ! あんなに苦労してマシンモンスター抜けさせといて、抜けたら抜けたで落とし穴なんて! 僕が突破した時はただの床でしたよ?」


 ご立腹らしい。本当にコイツ童顔だな、と俺はふとどうでもいいことを考える。


「とんだトリックダンジョンだ。こりゃ一筋縄じゃいかねえな」

「もー勘弁してくださいよぉ。複雑なのキラ」


 イの字の形のままアハトが口の動きを止めた。同じ口をした鏡のアハトが量産される。


「……ヨハンさん、今何か言いました?」

「あ? いんや、何も」

「そうですか? おかしいなあ」


 奴は首を傾ける。俺も耳を澄ましてみるが、何も音は聞こえない。自分とアハトのブーツが、敷き詰められたタイルを擦る音がするだけだ。


「何か聞こえたのか?」

「んー、空耳かもしれません」


 反対方向に首を捻るアハト。俺はあたりを見回す。大の男十人程度が雑魚寝できる正八角形の空間。その辺のうち七つが鏡。一つは更にどこかへ暗闇へ繋がっている。


「先に進むか」

「そうですね。止まってても暇ですし」


 勘弁と言っていたわりに、アハトは自分の指先にも火を灯してあっさりと歩き出した。勇敢なのか、無謀なのか。どちらにしても俺より素早いコイツに先へ行ってもらった方が得策であることに変わりはない。俺は後から続いた。

 部屋を出た先も鏡だった。鏡を切り貼りしているせいでくねくねと曲がった道に見えるが、中心線は基本的にまっすぐである。先程より多い数の俺達が本体を包囲し、一緒に進んだ。


「わあ、いきなり三叉路ですよ。右でいいですか?」

「適当だな。ま、いいけど」


 どちらに進んだって何か来るだろう。こういう時は運任せだ。俺達は右に進んだ。

 鏡に俺とアハトの火がいくつも増幅して反射され、道が仄かに明るくなる。細かい分岐と多すぎだろってくらいの鏡のせいで、だんだんてめえが通って来た道が分からなくなってくる。


「どういうトコなんでしょうか、ここは」


   アハトは利き手に握った槍を軽くぶんぶん振りながら、軽い口調で問いかける。


「さっきの所と繋がってるのか、転送でもされたのか……でも気持ち悪くはならなかったですよね?」

「旅の扉じゃねえだろうな」

「場所が変わる意味も分かりませんし、そもそも僕達がどうしてさっきの場所に来ちゃったのかも、そう……」


 アハトはやや間を置いて、努めて明るく言う。


「忘れられちゃったのかも、分からないんですよね」

「そん時、お前は何してたんだ?」

「いつですか?」

「ここに来る直前だよ」


 アハトは槍を担いで首を逸らした。


「ソロさん、いえ、セシルさんと一緒でした」

「もう一人の俺か」


 こくりと奴は頷く。


「何でだろうって話してて、いきなりセシルさんの部屋が歪んで。あっという間でした」

「部屋か。何か変わったことはあったか?」

「変わったってまあ、みんなに忘れられてたから変わり過ぎですよ。でも、セシルさんは僕のこと覚えてたんですよねえ」


 変なの、とアハトは呟いた。俺はそこに軽くない調子を嗅ぎつけて、掘り下げてみることにする。


「仲良いんだろ?」

「僕はとーっても仲間思いですから! でもセシルさんは僕にすぐ怒ります」

「どうに?」

「無茶すんな! とかふざけてんのかテメエ! とか」


 槍を前に突き出し、また引っ込め突き出して声真似をする。具体的な状況は分からないが、俺と同じで言葉遣いが荒いのは理解できた。


「そんくれーなら嫌われてるとは限らねえじゃねえか。イヤよイヤよも、じゃね?」

「……ホントに言うこと違いますよね」

「ソイツホント冗談足りねーな」

「足りませんね。何とかしてやってくださいよ」

「よーし任せろ。すっげー親父ギャグ仕込んでやるよ」

「親父ギャグとか! やめてください僕の腹筋が死にます!」

「いいか、真顔で言わせんのがミソだ。そしたら――」


 俺達はそろって笑い声を上げかけてぎょっとした。自分達二人しかいないはずなのに、笑い声のさざめきが聞こえたのだ。それも、一人や二人なんてもんじゃない。


「おい」


 囁いて視線を交わし、頷く。奴が何気なく槍を構え直すのを目の端で捉え、俺は歩を進める。

 コツコツコツ。コツコツコツ。

 ブーツが床を叩く。俺と、アハトの二人分の靴音。

 それが、いきなり乱れた。

 アハトが足音を響かせてステップを踏み出したのだ。刻むリズムは俺の知らない、けれど踊り出したくなるような軽快で陽気な曲調を生み出す。高い靴音は、しかしやがて急に雰囲気を変えた。


「そこだッ!」


 アハトの槍が鏡の一点を突く。

 その中の「アハト」は槍ごと身体を前傾にしておらず、実物の槍によって直立のまま縫い止められていた。


「……バレちゃいました?」


 ニィ、と「アハト」が唇の片側を吊り上げて笑った。


「動きがずれてるんですよ」


 アハトが真摯な面持ちで吐き捨てた。

「アハト」の口から、ゴポリと暗褐色の塊が零れ落ちる。

 途端、甲高い絶叫が耳をつんざいた。取り囲んでいた鏡――いや、硝子が砕け散って暗闇の中からデカい炎の群れがうじゃうじゃと押し寄せて来た。燐と燃え盛る中に、温度の急に抜け落ちたような暗黒が三つ。


「これも群れかよッ!」


 アハトが音もなくすり寄る奴らの五体を薙ぐ。四体仕留められたが、一匹傷が浅かった。ソイツはすぐさま二つに分裂した。

 俺は昇天呪文を詠唱する。俺達を取り巻く最寄りの奴らが消えたが、数が多すぎて消しきれねえ! だが逃げる隙はできたから炎の少ない方へ駆けだした。


「鏡じゃなかったんですか!」

「マネマネみたいなもんかな、見たことねえ色だ」

「逃げるよりやっちゃった方がいいんじゃないですか!?」

「アイツら仕留めそこねっと厄介だぞ! しかもモシャスできたら更に厄介だ!」

「でもやっちゃった方が――」


 アハトはくるりと身体を反転させた。俺も覚悟を決めて向かい合う。ニフラム何回でいけるだろうか。片手を前に掲げる。


「ベギラゴンっ!」


先にアハトが詠唱した。強烈な炎が小さな灯達を舐める。虚ろが縦にぽかりと開いた。


「キャアアアアアアア」


 しかし漏れた声は、間違いなく人のものだった。俺は目を疑った。先程までただの燃え盛る炎に似た姿だったはずなのに、今燃えているものは間違いなく人間だった。黒髪を躍らせた女が、高く結った赤毛が、小太りの男が、炎で皮膚がめくれあがり炭となって朽ちていく。


「……そんな」


 アハトは絶句していた。目は自分の炎が焼き尽くしたものから離れられずにいる。信じられないと言いたげな表情だ。


「嘘だ……そんな」

「しっかりしろ! あんなん人なわけねーだろッ!」


 アハトが動きを止めてしまう間にも、燃えた奴らの屍を乗り越えて。奴らは音もなく宙を滑りながら寄って来る。アハトを庇って前に出て昇天呪文の詠唱をする。


「天の神よ、彷徨う魂を迎え入れよ――ニフラ」

「ソロ」


 舌が止まる。伸ばした指の先に、亡霊の一体が止まっていた。その後ろの奴らも示し合わせたように前進をやめている。

 詠唱を完成させなくては。そう思うのに口が動かない。

 亡霊の額に六芒星が光った。そいつはみるみるうちに形を変え、緑の長い髪を背中へと流して小ぶりな顔で微笑んだ。白いワンピースに羽根帽子。尖った片耳にはスライムピアス。


「そんな顔してどうしたの? 私よ?」


 エルフの滑らかな声で奴はそう言った。その頬に触れようと、俺は片手を伸ばした。


「ソロさんッ! ダメです!!」


 アハトの声が俺の耳を引き裂いた。エルフの女は眦を細い三日月にしてくすぐったそうに微笑みながら俺に飛びついた。飛びつかれた場所に激痛が走る。身体が焼ける。

 記憶の波が瞬くうちに脳裏を襲った。復興の穏やかな日々、墓を整備する俺達、その前の旅を終えた直後、アイツらとの旅路。その一場面一場面が脳裏にくっきりと焼き付けるように現れる。眼下では魂魄どもに群がられてるってのに、頭は勝手なフラッシュバックばかり続ける。

 全身が熱い。頭が消し飛ぶ――そう思った矢先、あれだけ鮮明だった幻影が失せた。


「ソロさん! ソロさん!」


 崩れ落ちる俺に誰かが駆け寄った。アハトだった。幼い顔立ちを泣きそうに歪めている。俺は精一杯口角を吊り上げた。


「ヨハンだっ、て、言っただろ……?」


 アハトは泣き笑いみてえなツラをした。

 荒い息を吐きながらアハトの背後を見る。エルフの幻影は胸に穴を開けて立ち尽くしていた。穴は俺のそばにしゃがみ込む奴の得物と同じサイズだった。


「ずっと一緒にいようって、約束したのに……」


 エルフは悲しそうに呟き、がくりと項垂れた。その姿にヒビが入る。薄く張った氷が割れるように、いきなり全ては瓦解した。

 顔に風を感じて、瞼を上げた。そこにもうあの陰気な迷宮はなかった。代わりに見渡す限りのスカイブルーの草原とライムグリーンの空が広がっている。


「っとに趣味悪ぃ」


 俺はぼやいて、隣で立ち竦んでいたアハトと目を合わせ苦笑した。


 

 

 

  

(後書き)
主催する「DQ主人公共同戦闘企画」のために書きました、他参加者様主人公との交流作品です。
謎の城」の続きです。「梅花胡蝶」の臺様のⅧ主人公ことエイト(交流名アハト)さんをお借りして、またうちのⅣ主人公ことソロと一緒に戦って頂きました。

 

 臺様、何か違和感覚える点ございましたら、お手数おかけして申し訳ございませんがご指摘くださればありがたいです。速やかに訂正します。

では、この度は再び素敵な主人公さんをお貸しくださりありがとうございました。
ここまでお読みくださりありがとうございました。
またお会いできましたら幸いです。

 

20150123