君は極彩色に輝きながら生まれてきた。精霊が此の耳に吹き込む息により色を識る此の世界で、君は此処に無かった豊かな色を持っていた。精霊が火があると言の葉を紡けば此処に炎の姿が揺らめき立つ。精霊がせせらぎに言及すると水は奔放に流れた。では君の色は? 精霊は黙る、そして眼に映る其れが答えだと語る。君の色は精霊が語らずとも此の眼に映る。炎とも水ともその他の色とも云う其れが極彩色なのである。精霊の息吹無くして此の世界に色は無い、師父は此の世界を無い故によく視える世界であると言う、或いは物質の目隠しに囚われぬ世界とも言う。此の世界の色は師の言うものと恐らく一致しない。だから赤青黄と言い合っても果たして同じものであるか否か怪しいところが大きいのだが此の世界にも利点はある。一つは師父の言う通り物に囚われぬこと、故にどんなに物質界の離れたところにあるものも精霊の賜う息吹により映すことが出来る。二つは精霊の玉言により多くを識ることが出来ること、しかし此れは危険と隣り合わせだ。三つは君をいつ如何なる時も感じていられること、これが一番大きい。精霊の御力に依るところの大きい此の世界の中で、君だけは関係なく此処に居る。君には此の世界の万物が揃っている。オーブの色とりどりが君に含まれている。君こそが世界の中心なのだと悟るのに時間は要らなかった。君の光が投げかかるだけで万物は色を変えた。其の様の美しさにどれだけ心を救われただろう! 君は此の世界の中心だった。尤も此れ等の世界ではない、此の世界の中心だ。

 君は生まれてからずっと孤独に泣いていた。致し方ない、君は此れ等の世界の主に疎まれている。眩すぎる星の下に生まれて溢れんばかりの力を備えた君だ、無理はない。君はヒトの母君より万物の母に抱かれて育った。君の力の暴走はヒトを近付けることを許さない、君をひたすら抱いていられるのは大地だけだった。君はヒトの父君より万物の父に見守られて育った。君の力の暴走にヒトの父は自責の念から旅立った、そして君はただ空を見上げていた。君の力の暴走はヒトを寄せない、だから君は大地の上に置かれ、蒼天のもと眩い力をとめどなく流すしかなかった。君の力は森を焼き川を干上がらせ大地を穿ち天を曇らせた。其れ程までの君なのに君は泣いていた。君は孤独だったからだ。悠久の天地に抱かれて、君が母の胎から生れ落ちた瞬間に其の孰れからも独立してしまったことを肌で識ったからだ。君は孤独だ、どうしようもなく一人にしないで欲しい愛が欲しいと泣いた。君が望むならば此の腕で其のようにするのだ。君は力の鎮まっている時はよく食べよく笑いよく遊んだ。どんな食物も遊びも好んだ。無邪気で純粋で真っ直ぐな心は何でも吸い込もうとしていた。其の切ないほどに直向きな心は哀しいかな、君の幼くして死を識るが故に出来たものなのだろう。君の躰は其の眩い魂を収めるには小さく脆かった。しかし他にどんな器を用意出来ただろう? 君が万全に生まれ落ちることの出来る器等この三千世界の何処にも無い。君はどの道早くして苦しみを識る定めだった。君は其の定めを知る度此れ等の世界を憎んだ。苦しみの有らねばならぬ此れ等の世界の有り様を、その躰が魂に耐えきれず痛めつけられる度に怨んだ。君は六つを超える頃には此れ等の世界を呪っていた。笑わぬ幼子になっていた。此の足で世界を駆け、此れ等の世界の珍しい物でも持ち帰らぬ限りは笑わなかった。ただ寝台に横たわり天井を見つめていた。

 君が七つを超えられたのはひとえに彼の者のお蔭だ。彼の者は黒い魂を持つ。ヒトはそのような者を魔族と呼ぶ。彼は毎度の暴走で弱った君が地に伏しているのに関心を持って寄って来た。君はかつて彼女のことを「美しい女性だ」と語っていた。此の世界に映った様子から考えるに、彼の者は黒い魂である為君の色に染まり辛かったのだろう。彼の者は君に精を教えた。あまりに早過ぎる精通であった。しかし思うに其れが君を救った。君は生物としての躰をやっと認識した。己の魂に壊されては回復し、壊しても回復するだけの器では無いことを識った。生きることを識ったのだろう。只人が此れに倣ったならば寸の間に精を吸い尽くされ絶命したのだろうが君は違う。君は万物なのだ。君は繰り返し彼の者と通じた。そして何時しか彼の者は君の姉であり母であり番である、其のような理解者になった。君は彼の者を慕った。彼の者も君を愛しく思った。師父は何も言わなかった。君が生きやすくなるのならそれでいいと思ったのだ。君は語る、彼の者の長い緑の黒髪、怜悧な翠の瞳、鼈甲の肌、其れ等の美しく何と素晴らしいこと、次は何時会うのだと。しかし蜜月は唐突に終わる。或る時常の如く荒れている君の姿を見た彼の者は募る情から痛恨の過失を犯した。君を抱き締めようと近付いたのだ。いくら魂黒き者とは言え、いくら平素何ともなかったとは言え、限度がある。彼の者は君の雷に撃ち抜かれて消し飛んだ。骨の一つ、髪の一本も残らなかった。君は伸びてきた手が、君の愛した鼈甲の肌が君の名を呼ぶふくよかな唇が君を映す翠の瞳が雷に焼かれ蒸発し飛ぶのを目の当たりにした。君は発狂した。荒れ狂った。其れ迄の落ち着きようが嘘であったかのように君は暴れた。君が意図して暴れたのはあれが最初で最後なのだろう。君を君の母君も師父も見ていることしか出来なかった。師父の作った冠が唯一の頼みだった。

 君は変わった。世界に仇為す己への憎悪を覚えた。君は自らの安穏と生きることが許せぬと思いながら、一方で己を罰する為に死ぬことも許せぬと感じる。君は君を蔑ろにし、世界へ向けて笑いかけるようになる。蝶へ花へヒトへ、その在り方を肯定的に受け止める一方で其れ等を愛で壊れ物を扱うかのように触れた。君は彼の者を通して此れ等の世界の美しさを識った。あんなにも他のものを傷つけた君に対して世界は優しい。君はやっと自他の認識が明瞭になる。此れ等のものは己が生きる以外で他を傷付けない。何時だって傷付けるのは君の方だ。君は己を厭うた。その頃に父君が亡くなったとの知らせが入ったのも其れを後押ししたのだろう。君は父君の魔王討伐に発った理由を知っていた。君は己自身の手でやり遂げることを決意した。君の力は闇の破壊に向いている。ならば美しい此れ等の世界が自ら手を汚すのでは無く己がやれば良い。且つその影響で己の力が無くなれば尚良い。君は愈々勇者となるための訓練を始めた。勇者となるためには課題が多い、また勇者となり大魔王討伐の目標を達成するならばより一層多い。君一人では無理であるから君は頭を下げた。どうか旅路を助けて欲しいと言った。君の旅路もその目的も一人間の力では安易に遂行達成出来ない。君と約束をした。一に必ず君と君の手足でやり遂げること、二に君が魔王を倒すこと、三にお膳立ては君の手足に任せること。君はアリアハンの勇者として認められるため試験を受け、君の片割れは天に選ばれし者が地を歩くための道を精霊の声から導き出す。大魔王ゾーマとはどのような存在か。其の弱点は何か。其れのもとへ行くにはどうしたらいいか。其れを倒すためにまず片付けるべき配下の弱点は何か。どうしたら配下と戦えるのか。不死鳥ラーミアはどうしたら誕生するのか。オーブは何処にあるのか。不思議なもので精霊は君同様大魔王のことになると口を閉ざす。それでも必要な情報を集めきれば、ちょうど君の旅立ちの時が来た。君はただ一人旅立つ。その後君には仲間が出来る。君の片割れは君が歩く道を踏み固めに行く。まず目指すは不死鳥の力を得ること。その為に六つのオーブの所在を確実に掴む。赤は師父が持っているのを海賊に流せばやがて君のもとへ行き着く。黄と青と銀の宝珠も人の手の内に在る。其れ以外を魔王が抑えていないわけがない、魔の者の手の内を探れば良い。君が船を手に入れる迄に君の片割れは亡国に一つ閉ざされた国に一つ宝珠を見つける。亡国は君の仲間に詳しい者が居るから良い。面倒なのは閉ざされた国の方である。君の手足が東の島国で下準備をする間に、君は約束を違えた。君は特に大きな暴走の発作がやって来そうだというのに手足を使わなかった。君は危うく死ぬところだった。君は手足を使うことを躊躇した。手足を使わなければ死ぬかもしれないのに! 君は此の世界の中心なのに! 君は気兼ねしたんだ。島国に彼方此方に地固めしているから。君は分かっていなかった。君は此の世界の中心だ。中心が無くなったら──君は魔王を殺すまで死ぬことはないと言うけれど──此の世界は終わってしまうんだ。此の世界を終わらせることは許さない。君は分かったよと謝ったけれど分かっていない。君が呼べば何処にだって何時だって駆け付けるのに。君は分かっていたはずなのに。緩やかに君の躰を脅かす魔力の暴走は突発的な魔力の暴走よりもっと危険な結果を齎してきたのに、どうして助けを呼ばなかったのか。君が死んだら魔王を倒せない。君が居なくなったら此の世界は終わりだ。

 君は徐々に変わっていった。君は此れ等の世界に心を動かされることが多くなった。真剣に考え込むことが増えた。仲間の存在が此れ等の世界と君を繋いだ。君は彼の者を失くしてから此れ等の世界との深い関わりを避けてきた。親しい者を作らず、共に寝るのは其れを職業にする者のみだった君。君は変わっていく。誰かの痛みをどうにかしたいと考えるようになった。誰かの傍にいたいと願うようになった。失うかもしれなくても誰かを愛したいと望むようになった。君はより輝くようになった。以前より煌めく君は黒い影を帯びている。君は恋をしたのだった。君は影に惹かれたのだ。そうして魔王も大魔王も倒すのだから君はそういう宿命にある者なのらしい。魂黒き者に君は寄り添う。黒き魂に君の極彩色は照り映えて愛する君は美しい。君の輝きで此の世界はより豊かになる。君の生きる此れ等の世界に価値が生まれる。精霊の息吹の誘うままに色が生じ彩が移ろいやがて消えていく此れ等の世界で君だけは息吹に関わらず輝いている。君と君に沿う影から生まれる色彩もそこからまた生まれる色彩も更に生じる色彩も君から生じる全てに君の色彩は続いていく。君の色彩を追う限り此の世界は続いていく。其れだけの生。君の彩が続く為に、其れを映し守るために此の世界が生まれてきた。君が紫の宝珠を望めば人喰い竜の弟が彼を殺す。君が火山を鎮めることを望めば盗賊の旅先に男商人が現れ故国の宝の由来を知らせる。君は弟も男商人も此の世界の作ったものだと知っている。君は旅先で商売女を雇う。君は或る特徴と約束の品を兼ね備えた商売女を選ぶ。或る時は青髪に竜の鱗の首飾り。或る時はブロンドに真珠の腕輪。或る時は赤毛にうさぎのしっぽ。君は或る女等が此の世界の産物であることを知っている。君は君の手足と約束をする。次は青髪に竜の鱗の首飾りの女を買えばいいんだね。次はブロンドで真珠の腕輪を身につけた女を買うんだね。赤毛のバニーガールだね、分かったよ。君は此の世界の作った紛い物の色彩は此れ等の世界の色彩と間違っていないと言う。君は毎度、お蔭で変身呪を見抜くのが上手くなると言う。君はそうして旅の情報を手に入れ、偶に旅の行く先を操作した。君は此の世界を役立てた。素晴らしいことだ。君は約束を果たした。一に必ず君と君の手足でやり遂げること、二に君が魔王を倒すこと、三にお膳立ては君の手足に任せること。君は魔王討伐を終える。それでも君の色彩が輝き続ける限り、此の世界も続く。君の輝きで此の世界はより豊かになる。君の生きる此れ等の世界に価値が生まれる。精霊の息吹の誘うままに色が生じ彩が移ろいやがて消えていく此れ等の世界で君だけは息吹に関わらず輝いている。君と君に沿う影から生まれる色彩もそこからまた生まれる色彩も更に生じる色彩も君から生じる全てに君の色彩は続いていく。君の色彩を追う限り此の世界は続いていく。其れだけの生。

 君は極彩色に輝きながら生まれてきた。君の彩が続く為に、其れを映し守るために此の世界はその前に生まれた。精霊が此の耳に吹き込む息により色を識る此の世界で、君は此処に無かった豊かな色を持っていた。精霊の息吹無くして此の世界に色は無い、師父は此の世界を無い故によく視える世界であると言う、或いは物質の目隠しに囚われぬ世界とも言う。全く光の差し込まぬ此の闇の世界において君は唯一の太陽である。君はいつ如何なる時も此の世界に在る。其の有難きこと美しきこと。君が居るから此の世界の万物が揃う。オーブの色とりどりが君に含まれている。君こそが世界の中心なのだ。君の光は此の限り無き無像の世界に形を色を与える。其の様の美しさにどれだけ心を救われているだろう! 君は此の世界の中心だった。これまでも現在もこれからも君は此の世界の中心で在り続ける。











20180807