サンディは夜のサンマロウを飛んでいた。いつもなら連れの衣服に隠れているのだが、もう遅い時間だし見られても誰も見えないだろうと考えて堂々と羽根を伸ばしている。しかし、彼女は決してご機嫌なわけではなかった。

 その原因は眼下を歩く連れこと少年にあった。彼が、美容のことを考えてもう寝ようとしていた彼女を起こして連れ出したのである。何でも訊きたいことがあるらしい。正直嫌だったのだが、一度断ったらあまりに寂しそうな顔をしたので仕方なく行くことにしたのである。

 彼は宿を出てからどこかに向かって歩くだけで、何も喋らない。絶えず愛らしい笑顔を浮かべているはずの整った童顔は、無表情であるゆえに精悍な印象を強くしている。彼はまだ出歩いている人を見つけるとしきりに目で追っていて、サンディの方を見ようとはしなかった。

「ちょっとナインー、どこ行くのよぉ?」
「誰かが来る惧れのない所です」

 変わらぬ事務的な口調に、サンディはほっとすると共に一抹の不安を覚える。このあまり人のいない時間、そこまで用心して聞かれないようにしたい話とは何だろう? 尋ねてみるも、それに対する返事はもらえない。

 やがてナインが立ち止まった場所は、船着き場近くの雑木林だった。木の影に回り込むと、彼はやっと妖精に目を向ける。

「サンディ」

 何よ、と彼女はむすっとしてわざと顔を背ける。ここまで連れてきて他人の睡眠時間を削っておいて、大したことのない話だったらどうしてくれよう。そんな考えは、次に来た彼の言葉を聞いた途端困惑に変わった。

「サンディは、僕を化け物だと思いますか?」
「……は?」

 思わず顔を正面に戻してしまう。ナインは至って真面目な表情をしている。何をまたちょっとワケの分からない電波を受信しているのだろうと考えながら、サンディは彼を指さした。

「アンタ、天使なんでしょ?」
「そうなのですが何故か人間の身体を持ってしまい、人間の真似事をしています。マキナさん……いえ、マウリヤさんと同じです」

 マウリヤというのは持ち主の名を借りて人間として生きていた人形のことである。今日の昼間、人間から人形に戻った。
 それと化け物とコイツと、何の関係があるのだろう?

「マウリヤさんを誘拐した男達は、彼女を化け物だと言いました。彼女は人形でありながら人間の身体を持ち、人間として生きようとしていました。僕も天使ですが人間の身体を持ち、人間として生きようとしています。ですから、僕も彼らの論理で言うと化け物だということになるのではないでしょうか?」

 サンディは彼の言葉を三回頭の中で繰り返した。マウリヤが人形で人間で、ナインが天使で人間で、あと、化け物。

「ワケ分かんない」

 サンディは思ったことをそのまま口にした。

「だってあの子は人形じゃん。動けたけど」
「彼女の身体は果実の影響を受けていましたし平均に比べてかなり丈夫でしたが、れっきとした人間のものでした」

 僕もそうです、とナイン。
 確かにそうだ。マウリヤはかなり強い衝撃を受けても生きていた。ナインも他の人間はできない身体のコントロールができるようで、どういう仕組みかよく分からないが五感をありえないほどに研ぎ澄ましているのを見たことがある。ここに落ちてきてからは、力加減や身体の重さにも戸惑ったと言っていた。

「基準というのは難しいです。人間の魂を持っていてもアンデッドや巨大魚の肉体なら化け物ですし、石に魂が宿っても化け物ですし、人形が人間の身体を持っても化け物です。ならば僕も天使であることが知れたら、化け物と呼ばれてしまうのでしょうか?」

 ナインはサンディの瞳を覗き込んだ。チャコールグレーの瞳は澄んでいるが、不安そうに揺らめいている。いつでもとことんマイペースなコイツが、らしくない。サンディは鼻を鳴らした。

「なに人間の見方にこだわってんのよ。アイツらナントカの体にナントカの魂なんて絶対分かってない奴らが、テキトーに呼んでるだけじゃん。アンタ自身が化け物なわけないでしょ」

 サンディは自身たっぷりに言い切る。その言葉を受けてか、ナインの不安そうな顔つきが少し和らいだ。

「そう……ですね。人間の視点にこだわり過ぎてしまうのはよくありません。うっかり見失うところでした」
「そうよ、アンタは天使なんだからしっかりしてよね!」
「すみません、以後気を付けます」

 ナインの口元が少し持ち上がった。そう、コイツはただでさえも中身が変なんだから、少しはマシな外見が引き立つように笑ってた方がいい。サンディは彼の頭の周りを飛び回って、早く帰って寝たいと主張した。ナインはもう常のように笑って応じ、帰路につく。

「でも、皆には言わない方がいいですよね」

 宿に着く直前、ぽつりと呟かれた言葉は聞こえないふりをした。








20140429 初稿

20180527 加筆修正