翡翠の青年が糸が切れたかのようにずるずると地に崩れてから、さほど経たないうちに雨が止む。竜と青年は身を寄せるようにして死んだように倒れている。
しかし雲から太陽が覗いた瞬間、竜の眼が開かれた。音を立てずに身体を起こし、青年を見下ろす。彼の呼吸があること、よく眠っていることを確認すると、白竜は瞳を閉じた。
銀色の光が彼の周りを優しく取り囲む。光の中心にある巨躯の輪郭が溶け、収縮していく。銀の光の収縮は竜爪の大きさほどで止まり、その真中に人が現れた。茶色の髪に赤いバンダナを巻いた、優しげな面差しの青年である。しかし全身傷だらけで、ひらひらと風に舞う冒険家のような旅装は黒く焼け焦げていた。
彼が瞳を開くと金色の瞳孔が黒へと変わり、それと共に銀光が薄れていった。青年は横を向いて、口に溜まったものを吐き出す。赤黒い液体が砂に滲む。それから地に伏す人の傍にしゃがみ込むと、彼に向けて手をかざした。青白くも温かな微光が二人を包み込む。端麗な顔立ちについた火傷が治癒し始めたのを見ると、彼は嘆息した。
「……独り言を言わせてくれ。きっと君は今寝てるから、聞いてないだろうけど」
赤バンダナの青年の顔には、言い表しがたい憂いのようなものがあった。
「ロザリーさんというエルフの女性が俺の夢に来た。そこで、全て聞いたよ。君は俺達に自分のことを話したことがあまりないから、知られたくなかったんだろうけど」
と言っても、今の君ではないけどね。彼はそんな謎めいた言葉を発した。しかしそれに疑問を投げかけるべき翡翠の青年は、深く眠っている。
「君の仲間達が君のことを心配しているところも見た。あれはロザリーさんの記憶だったみたいだけど……そう、君に関わる記憶も全部見せてもらった」
彼の生い立ち、境遇、悲劇、仇討ち、そして恩讐の先で彼が何を選んだか。それをロザリーは全て話し、見せ、そして自分に懇願した。どうか彼を助けて下さい。貴方にしかできないことなんです。
最初はどうして時空を越えたところにいるまだ彼の知らない自分に頼むのか、いまいち納得できなかった。しかし彼女から彼の憎む神のことを聞いた時、すぐに合点がいった。
「強がりで優しい君のことだ。きっと普通に誰かが話を聞こうとするだけじゃ、相手を気遣うあまり抱え込んだものを話さないだろう。だから無理矢理我慢の限界にさせて、溜め込んだものを吐き出させるか、少しでも気を晴らさせるしかなかった。そのためには君の世界と少し繋がりのある世界にいて、君の嫌いな竜の姿になれて、君の攻撃にも耐えられる俺が適任だった」
マスタードラゴンのことは竜神王から聞いたことがあった。まだ若く力はあるが、世の理も人の情も知らない「驕った」神であると。この天空の勇者は、経験の浅い神の被害者だったのである。そして、かの神を憎んでいた。
自分のやるべきことは簡単だった。ロザリーの用意した夢の世界へ行き、マスタードラゴンによく似た白銀の竜に姿を変える。彼女の夢に彼が現れたら、襲いかかって彼の怒りを誘発する。それから、彼の気の済むまで攻撃を受ける。
結果、うまくいったと思う。彼は自分に憎む竜を重ね、溜め込んだ感情をぶつけた。夢の中とはいえギガデインを何発も喰らって危うく死ぬところだったが、それはどうでもいい。うまくいったはずなのに、やるせない思いでいっぱいだった。
赤バンダナの青年は長い睫毛を伏せる。最高位最大範囲の回復呪文をかけたから、もうお互いの傷は癒えかけていた。でも、翡翠色の彼が回復しているとは微塵も思えなかった。
「君のことはいくらか知っていたし、知らないということも分かっているつもりだった。でも、今回今の君に会って……何て言ったら良いんだろう。君のこと、『強い』なんて一言で表しちゃいけないなと思ったよ」
以前から苦難を抱え、強く生き抜いてきた人だということは知っていた。いつも明るく冗談を口にしていて頼りになる人だけど、弱みを見せないから溜め込んだものも相当だろうと思っていた。
けれど実際理不尽に荒れる彼を見て、その選択を知って、自分の考えていた以上だと身をもって感じた。
「改めて自分がどんなに恵まれているか、どんなに弱いのか知ったよ。君に比べたら俺の悩んできたことなんて――こう言ったら俺に関わってくれた人達に失礼かもしれないけど、小さいことなのかもしれない」
同じ人間と異種族のハーフでも、自分は優しく支えてくれた人々をほとんど失うことなく、支えられたまま旅を終えることができた。苦渋の選択をしようとしたこともあった。しかし周りの声に励まされて、異なる意味では苦しく、でも幸せな選択をすることができた。
自分は一人では何もできなかったし、今もできない。でも彼は全てを失っても自分で再起して、自分自身で戦うことを選んだ。勿論仲間の助けもあったろう。でも彼自身の強固な意志があったからこそ、ここまで来ることができたのだ。
「自分が恥ずかしいような気がして仕方ないけど、それは今考えることじゃないな。問題は、君のことだ」
回復が終わった。光を消して、眠る彼の首筋に張り付いた髪を払う。髪がひどく乱れているので、手櫛で整え始める。
「確かに君の苦悩は他人には言いづらいかもしれない。でもいくら何でも抱え込みすぎだし、自分のせいにしすぎだ。君は悪くないんだよ」
そう、悪くないんだ。赤バンダナの青年は言い聞かせるように、もう一度呟く。
「自分を殺せば良かったんだって言ってたね。でも村の人が生かしてくれたことも分かってるよね。それで苦しんでる。他人がどう足掻いたところで、君の苦しみは君自身でしか解決できない。俺達にはどうにもできない」
濡れた髪を指で解し、優しく梳く。痛くないように細心の注意を払っていたが、一瞬眉根を顰められたので動きを止めた。しかしすぐにまた穏やかな表情になり、ゆっくりとした呼吸に戻ったので動作を再開する。
「だけど君が苦しむ時、それをどうにかして少しでも楽にしてあげたいと思っている人がいるってことを分かって欲しいんだ。君は自分を悪い方に捉えすぎている。だから、君のことを慕っている人がいることに気付かないところがある。それは君の悪いところだ」
髪が整えられていく。大理石のような肌に張り付いた髪をそっとはがして、額に手を置く。手はそのままに、言い聞かせるように言った。
「仲間が君のことを心配してるんだってこと、気付いてあげて。それから世界を越えたところにもそういう人がいるんだってことも、いつか知って欲しい。みんな君のこと、君が思う以上に思ってるんだよ」
その時、彼らの周囲が溶け始めた。赤バンダナの青年は首を回して、見知った竜神の里の景色が白い空間へと変わっていくのを見る。
夢の終わりだ。自分達が帰る時が来たのだ。
「そろそろ行かなくちゃ。あまり君の力になれたかどうか分からないけど、俺は行くよ」
青年は立ち上がった。空間が溶けていく。自分の身体も薄くなりつつあった。
きっと目が覚めた時、彼は自分のことを覚えていない。覚えているとしたら竜のことだけだろう。それでいい。その方が、優しい彼が傷つかずに済む。
眠る端正な友人を見つめ、彼は微笑む。
「じゃあね、ソロ。俺もみんなも、君の未来で待ってるよ」
また一緒に飲み明かしたり、冒険したりしようね。 その声だけ残して、空間は消え去った。
(後書き)
すみません、余計な閑話でした。
ゲストが何とも私得(笑)
ⅧにⅣの人がたまに出てきたり音楽が一緒だったりするんで、何か繋がりやすいところでもあるのかなーと思い、出してみました。繋がりと言えばこういうのもありかなと。無理矢理ですみません。
でも、これホントにⅧ主にしかできませんよね。こんな形で本人に気づかれないように鬱憤を晴らさせてあげてたら男前すぎる。
ちなみに拙宅では、クリア後ある程度経ったⅧ主君はドラゴンに変化できます。竜神王ほどじゃないけど、数種類の色のやつに。モンバトで「ドラゴンソウル」やってたしいけるよね! ね!?←
きっとこの後、エイトさんがソロの前で白銀の竜になることはないでしょう。
20140123