最後の音が唇から離れた途端、音を全て抜き取られた気がした。


 あれだけせわしなく騒々しく感じられた戦闘風景が、動く絵本になった。幼い頃に読んだ先祖の絵本にそっくりだった。伝記をもとにしたそれには勿論、戦いの様子もたくさん描かれている。剣を振るう先祖、紅くない血を流す魔物、魔物や人間が土の色に近づいた肌で、母なる大地に身を投げ出している描写もあった。

 眼前の光景はまさにそれだった。ただあの頃と違うのは、見ている私の中にある血が冷たくなく、煮えたぎるように沸き立っていること。


 絵本の中に、ぽっと赤い点が宿った。

 それがオーブンの中のシュー生地のように、ふわっと大きく膨らむ。綺麗な円を描く、まあ素敵。中にカスタードクリームの黄色がつまって。

 私はシュークリームにそっと指を伸ばした。乳母や侍女が桜貝のようと褒めてくれた爪が、まあるくなったお菓子に触れる。破裂した。熱い風が顔に吹き付け、光がこの身を焦がし、次いでオーブンが吹き飛んでしまったかのような大きな音――


 聴覚が戻った時、やっと私は気付いた。

 鼻に届くのはバニラの甘い香りではなく、沸いた血と脂と肉のむせ返るような匂い。目に映るのは色とりどりのおやつが揃うテーブルではなく、焼け爛れた死体の散らばる草野原。

 大丈夫か、と血を分けた同胞二人が駆け寄って来る。ああ、合点した。私はまた、夢現であったらしい。

 唇が勝手に緩んでしまう。ええ、今日はなんて嬉しい日でしょう。


 私はついに、神の裁きを手に入れた。




(続く……?)