とん、という軽い掌の接触。それだけで爆弾岩が弾け飛んだ。

 欠片が白い頬を掠り血が細く伝う。構わず彼女は駆け抜けて向かい来るスカイドラゴンに対峙した。

 炎の息が冷えた北国の空気を一気に燃え上がらせる。しかし少女は軽快に跳ねてその懐へ潜り込み下から頭を蹴り上げる。かと思えば長い胴をひっ掴んで体を宙へ浮き上がらせ倒立、体を捻り脳天へと踵落としをお見舞いした。

 その身のこなしは、まるで蝶が舞うよう。

 しかしその一撃は鋭く重く、堪えきれずドラゴンは地に落ちる。その隙を逃さず馬乗りになったまま鋭い爪を光らせ、そして――。

 派手に赤い噴水が立ち上っても、勇者は目を反らすことをしなかった。ただ、的確に獲物を仕留める様は蟷螂だなと比喩を思い浮かべ、小さく詰めていた息を吐いた。

 ああ、なんて美しいんだろう。もし彼女が蝶だったら、そっと捕まえて彼女のためだけの花園を作るのに。

 いや、または蟷螂だったら。自分も蟷螂になってつがおう。そして、食してもらうのだ。

 

「何じろじろ見てるの」

 

 気付かれた。黒目がちの瞳がつとこちらを睨めば、鼓動が高鳴る。彼女の意思の強く、しかし濡れたような瞳は極めて扇情的だった。

 

「今日も綺麗だなと思って」

「冗談も程々にしたら? 血にまみれた奴の、どこが綺麗なのさ」

 

 そう言う彼女の衣装は、なるほど確かに竜の血に染まっている。今日は特に激しい。しかしその血飛沫の大胆に、かつ細かく飛んだ様もかかる対象が彼女になるだけで一枚の絵画を鑑賞するような目になってしまう。偶然性のもたらす芸術とはまったくもって素晴らしい。

 

「でも、綺麗だよ」

 

 頬についた血など、舐めとってやりたいと思わせられるのだから彼女は恐ろしい。しかし、伸ばした手は届く前に軽くはたき落とされた。

 

「変態」

 

 だけどやっぱり、人間だからいいんだろうな。彼は抜きっぱなしだった刃を鞘に納めた。

 

 

 

 

 

「変態、って言われたんだ」

「あー……」

 

 宿場町に着き宿を取ると、サタルはアリアと共にぶらりと買い物に出た。彼女曰く、武闘家の服が全て洗濯へ行く羽目になってしまい、着るものがないのだと言う。カノンは何も言わなかったが、優しい彼女は服を買って来ようと思ったのだそうだ。

 それを聞いて、彼が同伴を願い出ないわけがなかった。

 

「あのね、サタル君には悪いけど……」

「サタルでいいよ」

「あっごめんね。サタルには悪いけど、確かにそう返されても仕方ないかも」

 

 賢者の少女は困ったように眉を下げて微笑む。

 折角だからくつろぎやすくて可愛い服を買いたいところだが、カノンはそれより実用性を重んじるタイプである。だから二人は防具屋に来ていた。

 

「気持ち悪かったのかな?」

「うーん……自分が血ですっごく汚れてるとして、それを褒められたらどう思う?」

「血も平気な子なんだなと思う」

 

 賢者は八の字になった眉の中央を寄せた。人を傷つけまいとする彼女なりに、何と言ったものか迷っているのだろう。

 

「何でだろう、って思わない?」

「普通はそう思うんだね」

「私だったらビックリするわ。自分のこと汚いと思ってるはずだもの」

 

 少年は思い返す。確かに生臭かった覚えはある。だが、それが彼女の凄惨な外見と相まって良かったと言うか。

 

「本当に彼女が好きなのね」

 

 アリアは感心に驚きを濃く滲ませた。彼はすかさず言う。

 

「勿論君も好きだよ」

「あら、ありがとう。私もよ」

 

 クスクスと笑い合う。

 彼女には他に憧れる人がいる。だから今言ったのは、いわゆる友情の「好き」だった。そして自分も同様だ。しかし違うのは、自分に特定の憧れる人がいないと言うこと。

 女性は造型と中身が密接に繋がって、美しくもそうでなくもあるので好きだ。そう言った理由で賢者の少女も好きだ。武闘家の少女は特にお気に入りだ。

 程度の問題なんだと、彼は思っていた。

 

 二人が話し合って選んだのはみかわしの服だった。これならば軽いし戦闘でも役に立つ。

 その見立ては、どうやら当たったようだった。

 

「動きやすい」

 

 ちょっとひらひらするけど、と買ってきた服を身にまといカノンは珍しそうにスカートの裾を摘まんだ。無駄なく、しかし奇跡的に形良く引き締まった足が露わになっている。いや買って良かった。

 アリアはにこにこして彼女を褒める。

 

「とっても可愛いわ」

「ありがとう」

 

 はにかむ武闘家。隣にいたサタルは、思わず呟く。

 

「とっても可愛いよ」

「……どーも」

 

 何で俺にはそうなんだ。まあいいけれど。

 勇者は莞爾としたまま少女二人と外へ出た。買い忘れたものがあったのだ。彼は正直何を買うのか覚えていなかったが、カノンの珍しい服装姿を見ていたかったし、買い物は賢者が覚えているようだったから良しとした。

 晴天のもとに黒いツインテールと新緑のスカートが舞う。春の妖精のような彼女が、雪の精に似た美少女に微笑みかける。

 わあ、可愛いな。可愛いな。勇者はただ黙って微笑みながら、そんなことを考えていた。

 

「キャーッどろぼうッ!」

 

 しかし、平穏な一時は突如破られた。人の多い商店街を混乱と共に二人の男が駆け抜けてきたのだ。

 

「ボミオス!」

 

 勇者一行の反応は速い。賢者の減速呪文詠唱と同時に武闘家、勇者が飛び出す。少年は躱そうと逃げた男を何なく捕らえた。

 

「よし! そのまま逃がすんじゃないよ!」

 

 背後から彼女の声がかかる。サタルは思わず振り返って、取り乱した。

 カノンはしっかと泥棒を地面に押さえつけている。しかし問題はその格好。賊の手を捻り上げながら、押さえている足は太ももの付け根まで晒されしかもなまめかしく四の字に絡みつくものだから。

 自分以外に見せちゃいけない、見せたくない。咄嗟に思った。

 

「君! 足閉じて!」

「なに?」

 

 彼は動揺のまま叫ぼうとして――しかし瞬時に淑女に対する礼儀を思いだし、小声に切り替えた。

 

「見えてる」

 

 グーで殴られた。

 

 

 

 アリアハン出身勇者十六歳、已に爛れた春を知るも未だ真の春を知らず。






 

 






※第25回ワンライ参加。

 お題は「女武闘家」選択。


 


 

20141225