レックは生まれて初めて、魔族に感謝しました。魔族には両親を眠り病にされたり(治りましたが)自分も精神と肉体を分離させられたり(治りませんが)色々されてきたのですが、そういったことは別にして、彼は心から魔族に感謝しました。なぜならば、生まれて初めて自分の島というものを持てたからです。

 

「お前王子なんだし、島持ってただろ」

 

 ハッサンは彼にそう言いました。ですが、それとこれとは別です。この筋肉の塊は、全く分かっていません。彼の領土は彼のものである前に国民のものでもあるのです。あまり自分のものっぽくありません。

 それに比べてこのひょうたんを形どった島は、自分だけの、自分と仲間だけの島です。しかも、舵を取れば船のように動きます。ハイテクでスーパーな島です。

 

「うおっしゃあああああああ!」

 

 手に入れた日、すぐ彼らはひょうたん島で宿を取りました。レックは気分が上がりに上がって上機嫌も上機嫌、島中でひょえーとかうひょーとか奇声をあげまくりました。

 普通ならば、周りから迷惑な目で見られることでしょう。ですが、この島には他の利用客はいません。いるのは彼の仲間だけです。そしてその仲間達は、揃いも揃って楽しい性質でした。

 ハッサンは最初、あまりの機嫌の良さに驚いていたものの、すぐに一緒になってはしゃぎだしました。バーバラも移動式プライベートビーチならぬブライベートアイランドができたと狂喜しました。チャモロは一歩下がって見ていたものの、彼らに巻き込まれました。ミレーユはあらあらと微笑みながら、たおやかに楽しみました。アモスはアモスでした。

 

 そんなわけで散々騒いだ挙句に盛大なまくら投げ合戦が行われ、その騒ぎっぷりは翌朝宿の主人に軽くたしなめられるほどでした。

 それからしばらくして、ひょうたん島を手に入れた歓喜は収まったかのように見えました。ですが、感情は落ち着いても、そこが彼らのプライベートアイランドであることに変わりはなかったのです。

 

 それからしばらく経ったある日、一人の剣士が初めてひょうたん島に足を踏み入れました。

 

「動く島か……変わってるぜ」

 

 さすらいの剣士、テリーです。これまで世界中を巡ったテリーでしたが、一行の仲間に加わって一週間、まだまた自分にとって未知の土地というのがあることを思い知らされてきました。

 

 今夜はここで宿を取る、とパーティーリーダーが言います。すると、宿の主人は気の毒そうにテリーを見ました。その視線の意味がテリーにはいまいちよく分からなかったのですが、夜が更けるにつれ、それがどうしてか何となく理解できてきました。

 

「まくら投げしようぜ!」

 

 ベッドに入ろうとしたテリーの腕を、逆さ青髪の彼が掴みます。しかしテリーは、素っ気なくその腕を振り払いました。

 

「そんな子供染みた真似、俺はしないぜ」

「えーそんなこと言うなよぅ」

 

 レックはまさに子供のように頬を膨らませました。

 

「俺、テリーとまくら投げするのすっげー楽しみにしてたのに!」

「知らん。さっさと寝ろ」

 

 テリーはベッドに片膝を乗せました。しかし背中に勢いよく何かがぶつかり、うつ伏せにベッドに倒れ込みました。ベッドの端が胸にめり込みます。ぐえ、と情けない声を出しそうになるのを堪えた時、目の前に白いものが落ちてきました。まくらです。

 

「隙あり!」

 

 レックは後ろで、にやりと笑っていました。テリーは身を起こし、溜め息を吐いて見せます。

 

「全く、お前はガキかよ」

「お前もガキじゃん」

 

 お前ほどじゃない。そう言ってテリーは、寝台に身を横たえようとします。レックは唇を尖らせて、天井を仰ぎました。

 

「つまんぶっ」

 

 その顎にまくらが命中しました。仰向けに倒れたものの、彼は目を丸くしたまま起き上がります。テリーは投げた手を反対の手と組んで、にやりと口角を吊り上げました。

 

「お返しだ」

 

 すると、みるみるうちに彼は明るい笑顔になりました。テリーは対照的に、嫌な予感を覚えます。

 

「者どもであえであえっ! 戦じゃあーッ!!」

 

 レックが叫びます。すると、部屋の扉から、窓から、天井から、仲間達が飛び出して来ました。皆、手には真っ白なまくらを持っています。

 

「えっえっ何だよ!?」

 

 狼狽するテリーに、無数のまくらが飛びかかります。思わずベッドから飛びのいた彼の側頭部を、綿の詰まった布とは思えない音を立てて抱き枕が掠めていきました。

 

「テリー遊ぼうよ!」

 

 バーバラがまた、違うまくらを取って彼に投げます。その後ろから魔物達も続きます。その中には、ドランゴの姿も見えました。

 

 お前、いつの間に! と叫ぶ間もなく、テリーはわけも分からないまままくらを避け続けて、気付けば部屋を飛び出していました。仲間達は追ってきます。

 

「テリー! ルールを説明するぜー!」

 

 その先頭に立っているハッサンが、求められてもいないのにいらぬ情報を投げつけてきました。使用武器はまくらのみ、攻撃呪文や特技は使わない、補助の技は使って良し、制限時間は気が済むまで――そういったことを、懸命に走りながらもテリーは聞き取って覚えてしまいました。

 

「俺は、参加するなんて言ってねえ!」

「まくらに一度ぶつかったら鬼な!」

「聞け!」

 

 どうでもいいと思っているのに、テリーの身体は勝手にまくらを避けます。やめたければぶつかってしまえばいいのに。でも、ぶつかるのは悔しい気もするのです。

 

「テリーさん頑張りましょうね、僕も逃げる側です!」

「私もよ、今日は絶対捕まらないわ」

 

 いつ来たのか、チャモロとミレーユが傍に走り寄って来てそう言います。だから俺は、と言うこともできない間に、二人はまた逃げていきました。テリーはその背中を見送ります。

 

「テリーさぁん!」

 

 そこへ誰かの声。反射的に振り返った途端、眩しい光が目を焼きました。

 

「やったーっ、引っかかりましたね!」

「その声は、アモス……」

 

 目が眩んでよく見えません。ですが、音で周りの状況は何となく分かります。

 ――囲まれているな。この浮遊音はホイミン、跳ねる音はピエール、それからドランゴに人間が二人、アモスとアイツ。

 テリーは気付かぬうちに、不敵な笑みを浮かべていました。予期せぬ劣勢を強いられ、戦士の闘争心が湧きおこります。

 

「いいぜ、相手してやるよ!」

 

 それからテリーを交えた一行は、島の丘で朝日を背に現れたハッサンが、大岩の如きまくらを全員の頭上に振らせるまで、まくら投げ合戦を続けました。補助特技や呪文を駆使した戦いは盛り上がり、とてもまくら投げとは思えない白熱した戦いになりました。

 

「な、楽しかっただろ?」

 

 汗と疲労を湯で流してベッドに倒れ込めば、心地よい倦怠感が身を包みます。テリーの薄紫の瞳に、同様に隣のベッドに伏した逆さ髪の満足げな顔が映ります。

 

 テリーはふん、と鼻を鳴らして見せながら、こういうのもたまには悪くないなと思いました。

 

 

 

(後書き)

第十二回ワンライで書きました。お題は「ひょうたん島」選択。

ちょっと時間オーバーでした。書き終わってから、せっかくⅥ書いたんだからターニアちゃん入れれば良かったと思いました。

 

DS版リメイクの会話システムは色々追加してくれてて、ホント素敵です。ありがとうございます。

 

 

20140921