「ねえ、何してるの?」

 宿の客から町の外に変な少年がいたという話を聞いたリッカは、夜のセントシュタインの壁の外へと一人飛び出した。すると彼女の予想通り、夜闇に紛れる海松茶色の髪をした少年が足下に何やら細長い棒をたくさん置き、手に取って振りかざして置いてかざして置いてを繰り返していた。
 少年は彼女の声を聞くと丸い瞳をそちらに向け、別段驚いた風もなく口を開いた。

「おや、リッカじゃないですか」
「うん、リッカです。ねえ、何してるの?」
「杖の効果を見ていたのです」

 もう一度尋ねるとやっと少年は答えてくれた。よく見れば、彼の足下に散らばるのは杖だった。リッカはしげしげとそれを凝視する。渦巻き状に精霊文字の施された金の円に乗るドラゴンを形どった杖が七本と、三日月を青く縁取ったような不思議な杖が二本。

「同じ杖ばっかりね」
「同じ杖ですが、厳密に言えば同じではありませんよ」

 少年は曖昧な答えを返す。リッカは首を傾けてもう一度杖を見つめ直した。

「違うの?」

 やはり、多少の差異はあるのもののどう見ても同じデザインにしか見えない。
 しかし少年は違うのですといって、足下にある杖たちを手で示した。

「この杖は、どれも名前を雷の杖といいます」
「え、どっちも?」

 彼は竜の方も三日月の方も両方を指し示した。そしてリッカの問いを受けて頷いた。

「はい、どちらも雷の杖です」
「何で名前が一緒なのにデザインが違うの?」
「それはこの杖の出身と作り手の問題でしょう」

 たとえば、と彼はドラゴンの杖を一本掲げた。

「この雷の杖はロンダルキアから来ました。悪魔神官やベリアルという魔物が持っていて、稀に落とします。僕はベリアルから奪い取りました。効果は」

 ここで杖を掲げると、ドラゴンの口から激しい閃光とともに旋風が噴き出した。ガサガサと草が騒ぐ。周囲の魔物達が驚いて逃げていったのだろう。

「このように、バギ系下級の効果があります」

 少年はいつものごとく事務的な口調で言って、次にまた似たデザインのドラゴンの杖を手にした。

「次にこちらはスーという村に落ちていた雷の杖です。デザインはロンダルキアで獲得したものにそっくりですが、効果が違います」

 ドラゴンの口から今度は炎の波が飛び散った。目の前の地面がたちまちに燃え上がる。

「ご覧の通りギラ系中級、ベギラマの威力を発揮します」
「さっきのと違うのね」
「はい。で、こちらの五本は今のスーからやって来たものと名称は同じ、デザインと効果も似ていますが、出身は違います。デスキャッスル、妖精の城、レイドック城、黒雲迷路、マーディラス城です」

 次いで更に二本の三日月に似た杖を掲げて見せる。二本とも、ドラゴンのものとは違って更に眩しい光を放ち地を焼いた。雷だ。

「この二本はデザインこそ違いますが雷の杖という名前で、使用すると雷属性攻撃の初級から中級程度の威力を発揮します。入手した場所はこちらがベルガラックサザンビーク間崖沿い、こちらがグビアナ城下町の武器屋です」
「……ねえ」
「はい?」
「さっきからグビアナ以外知らない地名ばっかりだけど、みんな異世界にあったものなの?」

 自分の宿で働いているこの少年は少々特別な星のもとに生まれついたらしく、この世界とは別の世界に行くことができる。そのため彼には普段異世界へと客の呼び込みに行ってもらっているのだが、リッカにはその異世界のことはさっぱり分からない。
 少年は大きな瞳をぱちくりさせた。

「いけません、説明を忘れてました。それぞれ同じ世界のものもありますが、皆こことは別の世界から来たのです」
「つまり、どういうこと?」
「異なる世界、異なる時代に同じ名称で似た魔法の効果を秘めた杖が複数存在しているのですよ」

 少年の双眸はきらきらと輝いている。彼にとってこれは面白いことなのらしいとリッカには分かった。どの辺が面白いのかは全然理解できないが。

「これは異なる世界であるにも関わらず人間という種、下手したら魔物にも同じ潜在的無意識が共有されている貴重な証かもしれません」

 彼はあどけない顔立ちに似合う輝きを伴った笑みを浮かべて拳を握る。

「彼らは神に働きかける魔力を最も媒介すると言える武器である杖に雷を込めようとしたのです。雷は神の怒り、裁きの鉄槌、浄化など様々に象徴していますがことに僕は浄化の意味に着目しています。浄化の作用を持つものは雷以外にもたくさんあります。炎は雷の下位変換とも言えます。水も勿論浄化作用をよく言われますがあれは常世に近いと僕は考えます。風はそれより直接的です。天から地に向けていつも吹き付けていますから」

 怒涛の勢いでまくし立てられる話に、素人のリッカはついていけない。しかし少年は全く気にせず興奮した様子で語り続ける。

「この杖を作ったのが人なのか魔物なのか。分かりませんが別世界に住んでいて出会うはずのない彼らは皆自らの敵を裁き清めるものとして浄化を意味する魔法を込めた武器を作り、雷の名を冠したのです。そこには術者の行為の肯定化と浄化、そして神の加護への祈りが込められているように僕は思います」

 それから彼は眼下の杖たちを改めてとくとくと見つめた。

「加えて気になるのはデザインです。こちらはおそらく雷のモチーフでしょう。ですがこのあからさまなドラゴンは面白い。ドラゴンは世界によっては伝説上の存在として、あるいは神のごとく崇められています。ドラゴンという種は本当に……」

 少年は顎に手を添えて黙り込んだ。何やら考え込んでいるらしい。
 先程から憑りつかれたように面白い面白いと言っているが、このように異様なほど一つの事に集中する彼の方がよほど面白いとリッカは感じている。だから、宿にやってきた客が彼のことを新手の魔族かと勘違いしていたことは黙っていようと思った。

「あのー、ちょっといい?」

 だけど言わなければならないことがあるので声をかける。彼は存外あっさりと顔をこちらに向けた。

「そろそろ酒場が終わる時間なんだけど、片づけ手伝ってくれない? 人が足りないの」
「もうそんな時間でしたか。すみません、今行きます」

 少年は杖を両手いっぱいに抱えて走り出した。餌を口いっぱいに頬張った鼠のようなその姿を後ろから眺めて、リッカはくすりと笑った。









※第34回ワンライ参加。
 お題「雷の杖」選択。



20150208