夜も更け、アッサラーム海に月が浮かびます。その沿岸に、一隻の使い古された船が泊まっていました。月はその、海風にさらされてあちこちが継ぎはぎだらけの船をも、等しく照らします。それはその甲板に十字型で向かいあって座る、四人の男達も同様でした。


「ついにこの時が来たな!」


 うちの一人、月光のもとに清らかな光を放つサークレットを身につけた男が言います。精悍な顔立ちは男らしくきりりとした笑みを浮かべていました。

 三人の男が頷きます。一本おさげの武闘家は感極まったらしく、両拳を天に向かって掲げ叫びました。


「これでバラモスのところに行けるんだな!? くーっ! 腕が鳴るぜ!」

「長かったね……」


 しみじみと言うのは僧侶の少年です。彼は十字を切り、神へ感謝の言葉を述べました。


「でも、問題がありマース」

「え?」


 三人は新たに口を開いた人物、丸い輪郭のピエロを見ます。背が高い遊び人風のピエロは、しかし賢者の杖をして中心にある剣を指しました。


「これ、使うんデスヨネ? 昔ガイアの剣って、火口に投げ入れるって聞きマシタ。そうすると地の神が答えるって聞きマシタ。きっと噴火するデスヨ。危ないヨ? どうやって火口に投げ入れるノ?」

「あー……マジで?」


 武闘家の一言を境に、辺りはシーンと静まり返りました。先程までの少々浮かれた空気がウソのようです。

 勇者はそーっと、武闘家の方をうかがいました。


「……お前、確か前に足なら自信があるって言ってたよな?」

「それ形の話! まさか俺に投げ入れてダッシュで帰ってこいって言うの!?」

「できるか?」

「ムリムリ! 俺の足は女子に負けない美脚ってだけだから! 走るのは専門外だから!」


 見る!? と武闘家は自らズボンを捲り足をさらけ出しました。月の光に照らされたそれは、確かに彫刻のような美しさをもってつるりと輝きました。ですが、ゴツイ野郎の足が美しくったって喜ぶ者は誰もいません。むしろ顔を顰めました。

 ですがそれどころではない武闘家は構わず叫びます。


「俺やだよ!? だって怖いもん! こういうのは僧侶がやるもんだろ!」

「ええっ!?」


 ふられた僧侶がぎょっとして飛び上がりました。


「何で僕!?」

「魔法使えるだろ! こう、風の魔法でふいーっと飛ばしてぽーんと入れるとか、放り込んでさっさとリレミトルーラとか!」

「リレミトもルーラもできないよ! それは魔法使いとか……そう、賢者だよ賢者!」

「え、ワタシデスカ?」


 賢者がきょとんとして、首の代わりに杖を横に振りました。


「駄目デース。いっくら賢者でも噴火は避けられまセーン! 百パーセント呪文で逃げ切れる自信ないデース!」

「飛びゃいいだけだろ!」

「ワタシの詠唱よりボルケーノゥの方が速いデース! 大体面倒くさいです」

「何だって?」

「とにかく駄目デース!」

「はっはっは! まあまあそう押し付け合っててもしょうがないだろ」


 勇者が笑いながら三人を宥めました。


「僧侶がバキで投げ込みながら武闘家が二人を担いで走って、逃げる間に賢者がルーラすればいいんじゃないか?」

「オレ男二人も担ぎたくないですぅー女の子がいいですぅー」

「だからバキは無理だってば!」

「ノンノン! 足じゃ追いつか――」


 言いかけて、賢者はふと口を噤みました。


「って言うか貴方はどうなのヨ?」

「あっ! そうだよお前だよ! 勇者だろ!?」

「そうだよ! 天に選ばれた君なら噴火も襲ってこないんじゃないの!?」

「え? 怖いからやだ」

「正直だな!」


 あっさり拒否した勇者の一言を聞いて、仲間達は勇者って何だっけ? と思いました。


「勇気ある者が勇者なんじゃないのかよ!」

「怖いことを認めるのも一つの勇気だ!」

「開き直りデース」

「君が怖いのはお母さまだけじゃなかったの!?」

「母さんは怖いんじゃない、恐ろしいんだ」


 それからてんやわんやと押し付け合いは続きましたが、一向に行く人は決まりません。それで業を煮やした武闘家が、ヤケになったように手を挙げました。


「あーもー分かったよ! オレが行きゃいいんだろ!?」

「えっ、本当に行ってくれるの?」


 僧侶が目を丸くしました。武闘家は頬を膨らませて問います。


「何だよ、不満か?」

「いや、なんか申し訳ないなって……」

「それはそれで悪いような気が……俺も行こうか?」

「お前ら何なんだよめんどくせーな!」

「じゃこうしマショウ!」


 賢者が手を叩きました。


「イノップにゴンズ、ルーシアにドジとはよく言うものデース。ワタシたち三人のうちから、一人相方を選んで連れて行けばいいのデス」

「え、マジで? オレ選ぶの?」


 武闘家は三人を改めて見回しました。野郎しかいません。


「せっかくならこう、美人がよかったな……三人の美人から運命を共にする花嫁を選ぶ俺……うん、すげー波乱万丈な感じが目に浮かぶぜ!」

「妄想はいいから早く選べよ」


 勇者が急かします。武闘家はうーんうーんと唸ります。


「じゃあ、お前ッ! 君に決めたッ!」

「俺?」


 勇者が自分を指しました。


「いいけど、ガイアの剣放り込んでお前置いてルーラしても怒らねえ?」

「置いて行くなよ! お前どんだけチキンなんだよ!」

「勇者の心得その一、自分には正直になれ」

「正直すぎるわ!」


 もういいじゃあお前! と武闘家は今度は賢者を指さします。


「ワタシ? ルーラ失敗しても怒らナイ?」

「怒るわ! 何で魔法の専門家の癖に失敗前提なんだよ!」

「あれ結構精神力いりますカラ」

「いいよじゃあお前だ!」

「何か、残り物感満載でちょっと……」


 僧侶は拗ねています。武闘家は甲板を拳で叩きました。

 男達による女々しい言い争いは夜更けまで続き、結局「死ぬときはみんな一緒だ!」という勇者による豪快かつ女々しい一言により全員で火山に登ることになり、大の男四人で女々しく身を寄せ合いながら投げたガイアの剣は、見事彼らがいるのとは反対のネクロゴンド地方方面へ溶岩を流し道を拓きましたとさ。めでたしめでたし。







※第24回ワンライ参加。

 お題「リレミト、ガイアの剣、正直者、5主人公、ルーシア、イノップ・ゴンズ」選択。





20141225