「思うのですが」

 とある時代、とあるラダトーム城下町の宿にて、緑の法衣を纏う少年が呟きました。マシュマロの肌、垂れがちの飴細工の瞳、蜂蜜色の髪を持つ、いかにも育ちの良さそうな少年は、ベッドの上に腰掛けて、手にした薬草の束をひらひらと振りながら小首を傾げます。

「僕たちの時代は、どうして『ふくろ』っていう技術が失われてしまったのでしょうね?」

「袋? その辺にいっぱいあるだろ」

 彼の目の前、床の上で一人腹筋運動に励む少年が言いました。筋肉質な彼に、少年は首を横に振って見せます。

「いいえ、そうじゃないんです。僕達のご先祖様、つまり竜王殺しのロト様がね、手記で書いてるんです。その昔、ご先祖さまのご先祖様のご先祖様のご先祖様のずーっと前のご先祖様が、持ってたらしいです。何でも入る袋。大きいモノも小さいモノも、いくらでも入る袋」

「大きいモノも小さいモノも? 鎧が二個入るのか?」

「二個なんてものじゃないです。いくらでも、それこそ無尽蔵に入ったらしいです」

「それは面白そうですわね」

 彼らの話を窓辺で聞いていた、金髪巻き毛の美少女が頷きます。ですが、筋肉質な少年は言います。

「嘘だろ。眉唾にもほどがあるぜ」

 それを聞いて、緑の少年は首を反対方向に傾けました。

「そうですかあ」

 

 

 

「思うのですが」

 それから百年ほど前、とあるラダトーム城下町の宿にて、青年が呟きました。彼が愛用する黒い兜を磨いている様子を見ていた可憐な乙女は、それにはいと返事をしました。

「どうしてこの世界には袋というものがないのでしょうか」

「袋、ですか?」

「ええ。その昔、私の先祖ロトは無尽蔵にモノを収納できる特殊な袋を持っていたと聞きます。私のような一人旅ばかりしている者からしてみれば、喉から手が出るほど欲しいのですが」

 薬草はいくらあってもいいものですし、キメラの翼もたくさん持っていることができれば安心ですし。そう言う青年に、乙女は何やら考え込むような顔になります。

「それはきっと、ロト様のお計らいではないでしょうか」

「我が祖の?」

 はい、とまた乙女は頷きます。

「我がラダトーム王家に伝わっている教訓に『たくさんのドレスは妻の化粧を荒くさせる。厳選したドレスに限れば、妻は自らに磨きをかけたがる』というものがあります。ものは持ちすぎると余計な執着が驕りが生まれます。そういったことがないように、というあなた様がた子孫の方々のことをお考えになった上での、ロト様なりのお計らいだったのではないかと」

「なるほど」

 青年は感心したように繰り返し頷きます。

「さすが姫。素晴らしいお考えです」

「恐れ入ります」

 

 

 

「思うのですが」

 さらにさかのぼるころ云百年前、とあるラダトーム城下町の宿にて、少年が呟きました。短い金髪を持つ僧服をまとった彼は、窓辺に寄りかかりながら妙に改まった口調で言いました。

「どうして僕たち、誰も彼女がいたことがないんでしょうね?」

「そりゃあれだよあれ」

 僧侶の問いに答えるのは、武闘着をまとった青年です。彼は寝台に寝そべって一本のおさげに結った頭をバリバリ掻きながら、虚ろな目つきのまま言います。

「俺たち旅人だからさ。仕方ないんじゃね?」

「でも俺の親父、おふくろとは冒険中に知り合ったって言ってたぞ」

 二人のやりとりを聞いていた青年が言います。焦げ茶の髪を金のサークレットでまとめた彼に、武闘家が顰め面をして見せます。

「オルテガさんと俺たちを一緒にするなよ」

「親父以外にもカップルで旅してる冒険者、よく見るだろ」

 部屋中に、誰のものとも知れない殺気が満ちました。若い男三人が、鋭く視線を交わし合います。

「おい、誰か女紹介しろよ」

「無茶言わないでよ。誰も彼女いないのに」

 武闘家が剣呑に問いかけ、僧侶がいらだちを隠せずに返します。すると、それまで壁際に寄りかかっていた勇者が、壁から背を離して拳を握りしめました。

「だいたいな! 全部ゾーマが悪いんだ! 俺たちがこんなに女に縁がない冒険生活することになったのも、レフガルドの女の子たちが俺たちのことより真っ暗な空ばっかり見て溜め息吐いてるのもパーティーに女子が一人もいないのも! どれもこれも世界に災いをもたらしてるゾーマが悪い!」

「そうだそうだ! さっさとゾーマ倒そうぜ!」

「こんなに僕たちが報われない世界なんて、間違ってます!」

「オー、そうデース」

 目をギラギラさせた三人が拳を掲げるその傍らで、部屋の隅を化粧台を前に絶賛ピエロメイク作り中の青年が適当な同調の言葉を口にします。彼はアイラインを引き終わると、傍らにあったずた袋を三人に向かって放ってやります。

「今は皆さん、これで我慢デスヨ」

「来たなっ! 俺たちのアイドル!」

「ルビス!」

 男三人が袋を囲みます。女神の名を名付けられた袋は、物言わず床にへたり込んでいます。

「今日はルビスに何入れる?」

「またひのきの棒でいんじゃね?」

「まったく破廉恥な」

「そう言いながらこの間、棍棒九十九本入れてた聖職者がいたよな」

「まったく破廉恥な」

「うううるさいな、真似しないでよ!」

 若者たちがぎゃいぎゃいと騒ぎます。彼らはきっと、気付いていないのでしょう。この部屋に、自分達が先程漂わせていた怒気とはまったく違う、遥かに質の異なる大きな憤怒の気が満ちていることに。まったく、愚かしい限りです。

「あれ、いいんデスカ?」

 その気配を察した道化師姿の賢者が、独り言の体で問います。よくありません。

「さすが女神さま、オヤサシイデスネ」

明らかにそう思っていないのがよく分かる棒読みはやめなさい。

彼らがやるべきことを終えたら、その時に思い知らせてやる予定なのです。私の怒りに触れるとどうなるか、その末路をね。

「そうデスカ」

 それは楽しみです、とピエロが自然な共通語で独り言ちたのを、今でもよく覚えています。

 

 

 

 

 

 ええ、そうです。アレフガルドに袋がないのは、そういう次第なのです。

 こんなくだらない理由で袋を持てなくなってしまった彼らは、本当にかわいそうな子羊たちです。

さらにその原因となった男の一人と、その原因となった女を先祖に持っているのですから、まことに哀れでなりません。

 だから私は、子羊たちをできるだけ導いてあげようと思うのです。










※第57回(最終回)ワンライ参加。

お題「ふくろ」選択。







20150927