「やっ、元気?」
玄関開けたらご先祖様がいた。まさかご先祖様の方から俺を訪ねてきてくれるとは思わなくて、俺は固まってしまった。
「さっサタルさん!」
「そんな驚くほどのことじゃないだろ」
「驚きます!」
だってご先祖だし、伝説の勇者様だし。
俺が出した大声が聞こえたのか、背後から軽い足音が聞こえてきた。
「あら、どちら様ですの?」
ローラが顔を出した。俺の隣に並んで、不思議そうな目でご先祖を見る。サタルさんはたちまち、俺に向けるのとは少し違った笑顔を彼女に向けた。
「初めまして、ローラ姫。アレフの親類のサタルと申します」
サタルさんは流れるような所作でローラの前に跪き、その手を取った。水面を思わせる瞳が煌めいて、彼女を見上げる。
「噂には聞いておりましたが……本当にお美しい」
俺には出せない艶めいた声で囁いて、彼はローラの指先に軽い口付けを落とす。
……口付けを落とした。
今さらっと口付けたぞこの人! ここはラダトーム城でも舞踏会でも何でもない俺の家なのに、ごく自然な感じで接吻したぞこの人!
俺は畏敬の念を込めて、眼下に跪く先祖を見つめる。一方ローラは片手を薄桃に染めた頬に添え、口元を綻ばせた。
「まあ……サタル様ったら」
あれ、何か嬉しそうだぞ。もしかして喜んでる?
「どうぞお立ち下さいまし。そして、ローラにお顔をよく見せて下さいませんか?」
ご先祖が立ち上がる。ローラとサタルさんの身長差は頭一個分。優しい眼差しを向ける彼と純粋な面立ちで見上げる彼女は、とても絵になる。
ローラはまじまじとサタルさんの顔を見つめ、やがてつと両手をその顔に伸ばした。繊手が整った顔を引き寄せる。二人の視線が間近で交差した。
「アレフ様のご親族……でしたわね?」
「はい、先祖です」
「まあ、ご先祖様」
ローラは理解しているのかいないのかよく分からない感嘆詞を漏らした。
それにしても、近くないか? ご先祖とローラの顔の距離は、拳一個分あるかないか。これは世間基準として近すぎると称される部類に入ると思われるのだが、どうだろうか。俺の判断基準が間違っているのか?
ローラの両手は、なおもご先祖の顔から離れない。ご先祖はどこか面白がっているような風である。
「似ていませんか?」
「あまり……いえでも、よくよく見ますと目元が少し……」
顔と顔の距離が更に縮まった。握り拳半個分くらい。
それは駄目じゃないですか、姫。そんなに近くて何も思わないんですか。俺という男が傍にいながら、一体どういうおつもりなのか庶民の俺には皆目見当つきません。
更に、真剣そのものといった顔でローラは言った。
「サタル様、真面目な顔をして下さいませんこと?」
「承知致しました」
サタルさんの顔から一切の笑みが消えた。うわ、俺の先祖イケメン。いつものサタルさんも格好いいけど、このサタルさんは二割増しくらいで格好いいぞ。
――ってそんなこと言ってる場合じゃない! 俺は改めて眼前の光景を見た。
真摯な眼差しを姫だけに注ぐ、秀麗な男。その頬に添えられた手の持ち主は、精霊ルビスも讃える美貌の乙女。その澄み切った瞳は勇者にのみ捧げられ、
瑞々しい唇は熟れた果実のよう。収穫される時を待ち焦がれ、薄く開いて。
待て、収穫とは何だ。この光景は何だ。それ即ち。
――マジでキスする三秒前だ!!
「失礼しますッ!!」
認識した瞬間、反射的に動いていた。
二人の間に割り込んで彼女の肩を掴み、こちらを向かせて抱き寄せる。そのまま衝動に任せて唇を重ねた。
たっぷり五秒の沈黙。
ご先祖の目線を感じて我に返った俺は、慌てて姫から離れた。
「アレフ様……」
ローラの無垢で疑問に満ちた視線が、俺の心に突き刺さる。
「もっ……申し訳ありません!」
耐えきれずに膝を落とした。それとほぼ同時に、ご先祖の笑い声が玄関に響き渡る。
「え、なに、アレフもしかして嫉妬したの? あんまり姫が俺のこと見てるから嫉妬したわけ? やべえウケる」
サタルさんはもう笑いの嵐に巻き込まれ、腹を抱えている。ローラはその台詞と情けないだろう俺の顔を見て事態を理解したのか、大輪の薔薇が咲き誇るような笑みを浮かべた。
「まあ、アレフ様がローラのために焼き餅を焼いて下さいましたのね! 嬉しいっ」
ローラが俺に飛び付いてきた。俺はもうどうしたらいいか分からない。まだ笑いから抜け出せないサタルさんは、ひいひいと荒い息をしている。
「あーやべえ、アレフやべえ……これはアレンも呼ぶしかねえかな」
「それだけは勘弁して下さい!」
「え、じゃあついでにソロにアベル、レックとアルスとエイトとナインも呼んで勢揃いさせてやろうか?」
「やめて下さい!」
「なに? ご先祖様の言うことが聞けねえの?」
サタルさんはこの上なく意地悪な笑みを浮かべた。くそ、この人鬼畜です。でも格好いいとか、神様はこの人以上に残酷です。
「姫、助けて下さい!」
「ローラはいつもアレフ様と共にありますわ」
姫は慈愛に満ちた眼差しを俺に注いだ。もう羞恥のあまり何でもよくなった俺は、叫んだ。
「俺もです!」
20131020