「あー……首痛ぇ」
やっと明日提出の書類が片付いたオレは、痛む首と肩を擦りながらある場所へと向かっていた。本当はさっさと帰って体を休めたいところなのだが、今日はナルトに「久々に同期の皆とかで飲もうってばよ!」と飲みに誘われたので行かなければならない。
あーくっそめんどくせぇなぁ……でも皆揃って会える機会ってのもなかなかないだろうし、顔出しといた方がいいよなぁ。昔は毎日学校で顔会わせてたけど、最近は任務で散り散りだし。ふと脳裏に学校での思い出と仲間達の笑顔が蘇り、自然と頬が緩んだ。あの頃は楽しかった。別に、今が嫌なわけではないが。
何となく気分が良くなって、足を速める。目的地はすぐそこだ。よく皆で遊んだりした、あの空き地――
……。
…………。
オレは、くるりとさっきまで目的地だと思ってた場所から背を向けた。
何だか場所を間違えたみたいだ。オレも年を取ったもんだ、本当に。
「あっ! シーカーマールぅ遅ぇってばよー!」
……くっそ間違いじゃなかった。恨むぞ、オレの記憶力。
オレは覚悟を決めて振り向いた。
そしてそこに――悪夢を見た。
物ッ凄い数の多種多様で卑猥な格好をした女(全員巨乳)が酒瓶やら何やらを持って入り乱れている。
その中の獣耳が生えた一人を狂喜乱舞しながら写真に収めている男がいる。あれは……キバだろうな。あいつそういうの好きだし。
で、異様なチャクラを身に纏い、対峙している女二人――サクラといのの親友兼ライバルコンビ。何だあそこ。七つの玉を集める戦闘漫画みてーになってんだけど。
そっちの騒がしい方をガン無視して何やら食い漁ってんのはチョウジくらいしかいねーよな。てか何だあれ? 何食ってんだあいつ。
そして血溜まりの中に倒れている奴が数人と、隅の方で縮こまってる奴らが数人。
「……え、あれ? シカマル? おーいどこ行くんだってばよー!」
とりあえずオレは騒がしい方を無視して、空き地の隅にいる静かな集団の方へと向かった。
途中に一人、血溜まりの中に倒れている男がいたので顔を確認する。
「シノ……」
返事がない。ただのしかばねのようだ。
行き着いた先にある人物の姿を捉え、オレは歩み寄った。
「……カカシ先生」
「んー?」
「いくらスタミナの問題を克服したいからって、無茶して万華鏡写輪眼なんて使わないで下さい」
「いやこれ現実だから。てかお前の中でもオレ入院キャラになってんの?」
先生泣いちゃう、と片目を抑えるカカシのことは放っておいて、オレは周囲を見回した。
周りには倒れ臥した男が三人。三時の方向の血溜まりにいるのが日向ネジ、十二時に倒れているのがロック・リー、十一時の血溜まりにイルカ先生。
さっき大量にいた女共はナルトの多重影分身だろう。となると、この倒れた男達はそれにやられた戦死者に違いない。さっさと回復することを願って、オレは二秒くらいで黙祷を済ませた。
それより、生存者を確認しないと。カカシ先生、日向ヒナタ、テンテン……ってあれ? 「あんたら、何でいるんだ?」
カカシ先生の隣にいたのは、紛れもなく隣国の砂隠れの三姉弟だった。
「いちゃ悪いか?」
「いやそんなわけじゃねーけど……使者のあんたやカンクロウはともかく、お前よく来れたな」
大丈夫なのか? とオレは五代目風影――我愛羅に問いかける。我愛羅はオレを仰ぎ見て、ただ一言。
「奇跡が起きた」
……掘り下げなくていいよな、めんどくせーし。
「現状説明、要るか?」
「一応お願いします」
「宴会の始まりにナルトが取り出したのは自来也様にもらった度数が桁外れに高い酒だった。それを調子に乗って結構飲んだナルト、サクラ、キバ、いのの四人がエラいことに! ハーレムの術を乱用するナルト、惑わされるキバ、何かよく分からない因縁の対決を始めるサクラといの、そしてナルトの術の餌食となったエトセトラ……。一体オレ達はどうなってしまうのか!?」
「はい、単行本の『前巻までのあらすじ』みたいな説明ありがとうございました」
まぁそんなとこだろうと思ってたけど。カカシ先生の説明を聞き終えたオレは座り込むと、生き残り達の中央に置いてあるチーかまに手を伸ばした。
「とりあえず放っといていいよな?」
「ナルトの影分身が里の方に行くのさえ防いでれば、放っといていいんじゃない?」
「やっぱりナルト君、ああいう女の人達が好きなのかなぁ……?」
「あんま見ちゃ駄目よヒナタ。リーなんて鼻血出す間もなく倒れたんだから」
恥ずかしそうにナルトの多重影分身を見るヒナタに、焼酎を煽るテンテン。こいつら意外と落ち着いてるな。まーナルトのお色気の術は今に始まったもんじゃねーし、馴れたんかな。
次に砂の三姉弟を見てみる。いつもと変わらない様子のテマリは我愛羅にカシスオレンジを注いでやっている。眉間に皺を寄せているカンクロウはオレの視線に気付いて、話し掛けてきた。
「ナルトってあんなキャラだったか? てっきりあーゆーの弱い奴だと思ってたからびっくりしたじゃん」
「あいつは案外ネタとしてあーゆー系が好きなんだ。それよりよく餌食にならなかったな」
「ああ、単体ならあれなんだろうけど……あんなにいっぱいいるとエロい通り越して気持ち悪ぃじゃん」
確かにそうかもしれない。でも今回のハーレムの術は、全裸じゃないだけマシだ。酔って理性を失ったナルトにも、一応分別の欠片くらい残っていたらしい。そう思ってオレは、普段は全裸のに化けていることはカンクロウに言わないことにした。
「しっかっまっるぅぅぅぅぅ!」
「おわっ!?」
突如、後ろから何かに飛び付かれた。背中に柔らかい感触。振り向くと予想通り、そこには金髪ツインテールの女に化けたナルトの顔があった。
「シカマルぅなんれさっきはシカトしたんらよぉ? さみしかったってばよぉぉぉ」
「お前がハーレムの術を乱用してるのが悪い」
「えーこれがんばったんらぜぇ? ししょーに手伝ってもらって、みんなちがう女の子に化けられるくれぇしんかしたんらぜー?」
「はいはい、呂律が回ってないぞナルト」
オレが指摘すると、ほとんど服としての役割を果たしてなさそうな水着を着たナルト(仮称ナルコ)はむぅと膨れた。その頬は、酒のせいか赤くなっている。
「シカマルはんのーがつまんないってばよぉ……昔はぶったおれてくれたのにぃ」
「最初の一回だけだろーが。もう馴れた」
「くっそぉぉ……シカマルにはししょーの言ってた『見えるか見えないかの絶妙な良さ』かわからねーのかぁ?」
それで今日は服着てたのかよ。何だ、最後の分別の足掻きだと思ったオレが馬鹿だった。つか自来也様……チラリズムは男の浪漫すよ。それくらい分かってます。
ナルコはぶつぶつと呟いている。
「んーやっぱ全裸に……」
「やめろ」
その時、ふとナルコが視線を上げた。そしてにやりとした。
「じゃあこれで……どーだっ!」
ぼわんと煙が出て、それが晴れきった先にいたのは。
すっげーセクシーな忍服を着たテマリだった。
「――ぬあぁぁるとおおおおおお!!」
刹那、すぐ隣から猛烈な殺気が沸き上がった。カンクロウと我愛羅という名の二つの殺意の塊が姉の姿を模したナルトに襲い掛かる。だがオレはそんなん見ちゃいなかった。
大きく開いた襟口。
つややかな白い肩、綺麗な首筋。
レースで透けて見える谷間、ぴったりした生地で強調された豊かな膨らみ括れから尻にかけてのライン見えそうで見えない微妙な丈ガーター黒レース太股……。
「……なかなかいい仕事するじゃねーか」
「おい鼻血、鼻血」
カカシに言われて、やっと自分の鼻から赤い液体が垂れていることに気付いた。ティッシュで拭く。鼻血は出たが大事なポイントに反応がなかったので良しとしたい。
「お前も年頃の男なんだな」
「まぁ一応」
そこで、ちらりと本人の方に目をやる。幸いにも見てなかったようだ。倒れたままのリーに何か飲ませている。
……待て。
…………待て待て待て待て待て待て。
「ちょっあんた何飲ませてんだよ!?」
「うわっ!?」
急いでテマリを引き離したが時既に遅し。その手の中にある焼酎の瓶は、空になっていた。
「何してくれてんだよ……!」
「いや、気付けのつもりだったんだが……」
「そいつとんでもねー酒乱なんだよ! 酔ったら手ェ付けらんなくなる酔拳の達人なんだ!」
「うーん……」
その時、リーが呻いた。オレとテマリは思わずばっと後ずさる。
ヤバい、目覚める……!
「影真似の術!」
仲間に使うのは気が引けるが仕方ない、オレはリーの影を捕らえた。その直後、リーの目がカッと開く。
「てめー! 何してんだこのヤローッ!」
あーやっぱり。こいつ酔ってる。ちらりと隣を見ると、テマリは驚いたらしく目を見開いていた。
「別人じゃないか……?」
「もう何つーかそんな感じだよな」
「あの……申し訳ない」
「しょうがねーよ、知らなかったんだし。おーいテンテン、どうにかなんねーのかこいつ」
「酔いが覚めるまでどうにもならないわよ。私じゃ相手にならないわ」
「カカシせんせー」
「ぐーごー」
「狸寝入りしてんじゃねーぞ」
「わ、私ちょっと起こしてみます!」
ヒナタが立ち上がった。ホント良い奴だよな、お前。本気でカカシが眠っていると思っているヒナタはカカシに近づくと、おもむろに首筋を叩いた。
「うぐおっ!?」
オレ達は驚愕を通り越して唖然とした。カカシが崩れ落ち、ヒナタはわたわたしてカカシを揺する。
「せっ先生ごめんなさいごめんなさい! 力加減ができなくて……先生? 先生っ!」
「頼みの綱が一本消えたわ……」
テンテンの顔は引きつっている。ヒナタもどうも酔っているようだ。オレはそう思うことにした。
「あーもうじゃあネジだ!」
「ネジ兄さんネジ兄さん!」
「ぐはっ!」
「だから何でそうなる!」
普通に起こしたはずなのに、血溜まりの中のネジの身体は不自然に跳ね上がった。それでもネジが起き上がったのを見て、テンテンが歓声を上げた。
「ネジぃぃぃぃぃ!」
「なんだ……? オレは何をしていた?」
「いいからリーをどうにかしてちょうだい! 酔っちゃったのよ!」
「それはまずいな」
ネジはすっくと立ち上がった。
「仕方ない……さあリー、来い!」
「ネジ兄さんそっちじゃない! それシノよ!」
「白眼が使えなくなってる! ヒナタあんたどこ突いたのよ!」
「ごっごめんなさい!」
「しょうがねーな……」
オレは思考を巡らせる。いくら何でも酔いが覚めるまで拘束しておくのは無理だ。だが酔ったリーを酔いが覚めるまで相手できそうなカカシ先生は気絶しちまったし、ネジもこの様子じゃ駄目だ。テマリ、カンクロウ、我愛羅の術は拘束には……あ。
「カンクロウ!」
ナルトを弟と二人でシメにかかっていたカンクロウが振り向いた。ちなみにこの二人のおかげであのハーレム状態からは解放され、ナルトも多重影分身を解いて無言で地に伏している。
「黒アリでリーを押さえとくこと出来るか?」
「勿論じゃん」
「じゃあ頼む! 酔いが覚めるまで捕まえといてくれ」
「分かったじゃん」
カンクロウが傀儡を発動させる。オレはほっとした。黒アリは捕獲用の傀儡だ。これでしばらくは保つはず……
「オイ何とかしねーかそこのデブーッ!」
酔ったリーの一声で、空気がびしりと固まった。
ここでデブと呼ばれそうな人物は、残念ながら一人しかいない。オレはそいつの方に恐る恐る視線を向けた。先程まで食べることに専念していたはずの長年の親友は、ぴくりとも動かない。
――まずい、まずい……!
「皆散れーッ!」
「倍化の術!!」
オレが叫んだのとチョウジが膨れ上がったのとがほぼ同時だった。オレは後ろに飛び、草むらに身を隠す。オレが離れたことによりリーにかかっていた術が解けたが、その一秒後に彼のもとへ巨大化したチョウジが突っ込んでいった。地響きと共に土煙が辺りに立ちこめる。
「リー!」
テンテンの叫び声がオレのいる草むらまで届いてきた。生きているだろうか。目をこらしていると、土煙の中から見覚えのある緑のシルエットが飛び出していくのが見えた。どうやら無事だったらしい。
「おい、どうするんだあいつら」
「オレに訊くなよめんどくせー」
任務顔負けの戦いを繰り広げる二人を指さしながら近くにいたテマリがオレに訊ねてきたが、オレはあまりの面倒臭い事態に頭を抱える気にしかならない。そこへ、他の奴らがこそこそと集まってきた。
「シカマル、何だありゃあ!?」
「何があったてばよ!?」
「ねえシカマル私何してた?」
「私も! 記憶無いのよ」
キバ、ナルト、いの、サクラの酔いどれ組がやっと自我を取り戻したらしく、一斉に訊いてきた。説明するのが面倒臭いのでオレが黙っていると、ヒナタが代わりに説明してくれた。それを聞いた四人は一様に首を傾げている。
「オレ、そんなことしてた記憶ないってばよ」
「サクラ、私達ケンカしてたっけ?」
「さあ……」
「オレは……うおおおおおすげぇ何だこのデータフォルダ!? うおおお!」
「うっせぇ」
カメラのデータを見て興奮するキバを殴って黙らせると、オレは皆に向き直った。
「いいかおめーら……このままだとまじでやばいぞ」
「何でだ?」
「こんな町に近い所で目立つことやっちまってるんだ、絶対上の忍の誰かが有事だと勘違いして様子を見に来る! それで来た奴に『すいませーん、酔った拍子にやっちゃいました』なんて言ってみろ。明日五代目あたりにぶっ殺されるぞ……!」
「師匠……!」
サクラがぶるりと震えた。さすが弟子、師匠の怖さってヤツをよく分かっているらしい。事態をやっと飲み込んだ様子のナルトが真っ青な顔をした。
「げっ……どうするってばよ!?」
「こうなったら自主的に修行をしてたように見せかけるしかねぇ。あと十分もしたら誰かが見に来る。その前に全員でどうにかするんだ。いいか、今から言うことを良く聞け……」
全員が真剣な顔で身を乗り出した。チョウジの地響きとリーの怒号が聞こえてくる。
「まずキバとヒナタは宴会をやっていた痕跡を消し去ってくれ。残飯は地中深くにばれないように埋める。ゴミは上手く近場のゴミ箱に分けて捨てろ。間違ってもこの空き地にビールの缶とか残すんじゃねぇぞ」
「おう!」
「はい!」
「で、我愛羅、カンクロウ、テマリはこの場で処理出来そうにない瓶とかを持ち出してくれ。あんたら――特に我愛羅――はここで見られたら怪しまれるだろう。だからそれを持ち出してくれたらあとはいい、ここに戻らず宿に行くとか帰るとかして今日の一件については知らないふりをしてくれ」
「でも……」
「気にすんな。暴れ出しちまったのはオレ達木ノ葉の忍だ。てめぇの落とし前はてめぇでつける。ちょっとオレ達に悪いって思っちまうんなら、またこっちに遊びに来てくれ。馬鹿騒ぎばっかするかもしんねーけど、歓迎するぜ」
「……分かった、済まないな」
「いのとネジは気絶してるカカシ先生、イルカ先生、シノについててくれ。で、ネジは白眼の調子が戻ったらオレ達に合流。シノの意識が戻った場合もオレ達に合流するように言ってくれ。いのはカカシ先生とイルカ先生が起きた時に口合わせの説得頼む。あと誰か一般人が来たようだったら、どっかに行かせてくれ、心転身の術使えば出来るだろ」
「分かった」
「了解!」
「あとヒナタも余裕があったら白眼で誰か来ないか見てくれ。で、誰か来たら知らせる。いいか?」
「は、はい」
「そして残ったナルト、サクラ、テンテン、オレでリーとチョウジを抑えにかかる。気絶させるなりもとに戻せれば上出来だが、もし間に合わなくて忍の誰かが来ちまったら修行の振りに切り替えろ。来ちまった奴の対応はオレがする」
「おう!」
「分かった!」
「はい!」
「いいか、あらすじはこうだ……オレ達は自主的に修行をしてたんだが、酔拳で自我を保てるようにしようとしたリーが暴走し始めて、チョウジもリーの禁断の一言で暴走しちまった。先生達やシノはそれに不意に巻き込まれて気絶した。もしかしたらその衝撃で記憶がおかしくなってるかもしれない……そう言えば万が一先生達やチョウジとかリーが宴会のことをあとで口走ってもばれずに済む。いいな? 全員しっかり覚えとけよ」
全員が威勢良く返事をした。その一人一人の顔を、オレは見据える。
「じゃあ、健闘を祈って……散ッ!」
そして十一人が一斉に飛び立つ。そんな中、オレはふと思った。
――っていうかいつの間にか任務みたいなつもりになってたけど、これ宴会じゃなかったっけ?
何だかひどく……笑えた。
20121013 執筆、支部投稿
20150823 サイト収納