カゲヤマへ


 お前に向けて手紙を出すことになるなんて思わなかったし、お前も望んでいないだろう。お前とはものの見方も戦い方も合わなかった。けど、お前のやり方について口を挟むことはもうしない。

 だから、どうかこれが最初で最後だと思って、俺のこれから書くことを最後まで読んでほしい。そして、一時期でも同じ部隊で肩を並べたよしみで、俺の頼みを聞いてほしい。

 お前のところにオイカワさんが行くと、マツカワさんから聞いた。目的は、衛兵部隊向けの書簡でも書いた通り、星の砂だ。

 きっとオイカワさんはお前の顔を見に行くだろう。その時、あの人がどんな様子であっても、決して何も訊かないでくれ。あの人に、あの人自身のことを訊くのは、絶対にやめてくれ。

 それ以上は言えない。俺はお前のことなんてこれっぽっちも気にしないし、お前がどう生きようと、アオバ城砦に関係なければどうだっていいけど、きっと俺の言ったことを守ることは、お前自身のためにもなるはずだ。

 俺たちは、お前のことなんてもうどうだっていい。お前にされたことも、忘れた。

 去年の「後悔している」というお前の言葉が本心であるならば、かつてのキタガワ第一での記憶を、あの人の前で決して外に出さないでくれ。

 最後の頼みだ。

 この手紙は読んだら燃やせ。

 


アオバの森より/クニミアキラ





***




 星の砂を手に入れたオイカワたちは、カラスノを発つことにした。まだ襲撃の傷を癒やしきれていないだろうに、サワムラとアズマネがわざわざ街の外れまで見送りに来てくれた。

「本当に助かった。ありがとう」

 サワムラは笑顔で言った後、やや表情を曇らせて頭を下げる。

「こちらは助けてもらったのに、ハナマキくんのこと、何も力になれなくてすまない」

「いーのいーの。星の砂はもらったんだし、攫われたのは本人の責任だから」

 カラスノを魔物の大群が襲ったあの日。防衛軍の決死の活躍とオイカワの魔界の扉召喚により、多数の犠牲者を出しながらも、どうにか谷は守られた。

 しかし、混戦の最中にハナマキが消えた。同じ場所にいて戦っていたカゲヤマの話によると、突然現れた魔族が彼を攫ったのだという。

 ──変な魔族でした。部屋の片隅に空間のひずみが生じて、そこから出てきてハナマキさんを掴んで消えました。追おうにも、俺は時空間魔術は全然なので、何もできず。

 すみません、とカゲヤマは非常に悔しそうに頭を下げていた。あの後輩を憎みきれないのは、こういう部分だとオイカワは思っている。絶対言ってはやらないが。

「時空間魔術ならば、俺たちの隊に専門がいる。そいつに聞いて、探し当てるよ」

 オイカワの返事に、マツカワが付け加えた。

「それより、復興頑張って。俺たちにできることがあったら、手紙をくれ。お世話になった分、協力する」

「ありがとう」

 サワムラは目を細めた。アズマネが片手を上げた。

「スガワラもよろしく言ってた。無事に、元の身体に戻れると良いな」

「うん、ありがとう」

 互いの健勝を祈り、別れた。サワムラとアズマネの姿が十分に遠ざかった頃、オイカワたちは一度歩を止める。

「じゃあ、俺たちもそろそろだね」

「そうだな」

 オイカワとイワイズミ、マツカワは向き合った。

 彼らはここで二手に分かれることになっていた。オイカワとイワイズミは、真実の鏡を打つのに必要な星の砂を持って、ダテ工業都市に向かう。一方マツカワは、ハナマキの行方を求めてアオバ城砦都市に戻ることにしていた。

「まっつん、本当に一人で良いの? 後輩ちゃんたちは城砦の警備に忙しくて、マッキーを救出しにいけないかもしれないよ。俺たちも一緒に行った方がいいんじゃない?」

「いや、大丈夫だ。ハナマキのことを話せば、アイツらも心配して向かいたがるだろ。早いうちに鏡を打てるかどうか確かめておく必要もある。心配だろうが、お前らにはそっちに行ってもらった方がいい」

 マツカワの言うことは尤もだ。オイカワは仲間への懸念を裁ち切り、納得することにする。

「分かった。なるべく早く済ませて、アオバ城砦に帰るからね」

「気を付けろよ、マツカワ」

 イワイズミが念を押す。

「カゲヤマの話じゃあ、敵はアンデッド系の魔族だったそうだ。奴らは搦め手が多いから、無茶はするなよ」

「問題ねえよ。俺は僧侶系だぞ。アンデッドなら得意分野だ」

「そういえばそうだったな」

「まっつん、聖職のイメージないから忘れてた」

「おい」

 マツカワは壁役として前線で働く印象が強く、僧侶の持つ清らかな神の僕の雰囲気からは遠いのだ。オイカワがそう言うと、マツカワは苦笑した。

「そりゃあ俺は、僧侶じゃなくて道師だけどな……まあいいや。もうそろそろ行くべ」

「ん。オイカワ」

「はいよ」

 オイカワが道具袋からキメラの翼を取り出した。一度赴いた場所に飛べるという移動呪文が練り込まれた、非常に便利な魔道具である。

「先に飛べよ。お前らと同時に飛んで衝突したら、俺の方が消し飛ぶ自信がある」

「どういう自信なの?」

「いいから行くぞ」

 イワイズミはオイカワにキメラの翼を翳させる。移動呪文に伴う光の粒子に包まれながら、戦士はもう一度道師を振り返った。

「本当に、無理すんなよ」

「分かってる」

 マツカワは笑って、阿吽のコンビが消えるのを見送る。二人が飛び立つようにして消えるのを確かめ、マツカワもキメラの翼を手にした。










***





 ダテ工業都市は依然として人通りが少なく、閑散としてる。しかしオイカワは、以前訪れた時に動いていなかった機械がいくつか稼働しているのに気付いた。イワイズミにそのことを言うと、その眼光が僅かに和らいだ。

「俺たちのしたことが、少しは役立ったってことか」

 まずは衛兵部隊の詰所を訪ねた。出てきたのはコガネカワで、オイカワたちにモニワらの場所を尋ねられると、大きく頷いた。

「ちょうどカマサキさんが来てますよ」

 大声で先輩の名を叫んだ。するとどこか近くから「無線で呼べ馬鹿」とフタクチの声がした。ダテ工業都市の衛兵部隊詰所に無線が通っていることを、この時初めて知った。

「よぉ、無事だったか!」

 奥からやって来たカマサキは破顔して、手を差し出した。イワイズミがその手を取り、堅く手を握る。

「まあな。星の砂が手に入った」

「そろそろだろうと思ってた。準備できてるから来いよ」

 根性主義者二人は先立って歩く。その後をオイカワは続こうとして、横にずいと入り込んできた人物に気付いた。

「隊長サン、詰所空けちゃっていいの?」

「俺、今日非番なんで」

 フタクチは腰に下げた刀をガチャガチャ言わせながら歩く。尖った視線を前を行く二人に投げかけている。面構えこそふてぶてしい少年だが、先輩によく懐いている様は微笑ましく思えなくもない。

「先輩が大好きなんだね」

「あ?」

 ガンを飛ばされた。やっぱり微笑ましくないかもしれない。

「どこに行くんだ?」

「俺らの工房」

 カマサキが連れて行ったのは、大通りを抜けて細い路地の絡み合った先にある、小さな扉の前だった。カマサキが戸を開く前に、中からササヤが顔を出した。

「よぉ。早かったな」

「わあ、久しぶり!」

 次いで現れたモニワが破顔する。どちらも変わりないが、服が煤けている。モニワに至っては、顔にまで黒い煤が付着していた。

「なかなか帰ってこないから、俺たち骨折り損になるかと思ってたよ。さ、星の砂くれる?」

「どうするの?」

 オイカワが手渡すと、モニワは笑みを深くした。

「ふふん。聞いて驚くなよ」

 オイカワは何気なく揃った人間の顔を見回した。すると、カマサキとササヤも同じ顔をしているのに気付いた。違うのはフタクチだけで、結んだ口元が膨れている。

「俺たちが、鏡を造る!」

「えっ?」

「機械で造るんじゃないのか?」

 オイカワが驚いた声を上げ、イワイズミも同様に問いかけた。カマサキが指を振る。

「いーや。真実の鏡みたいな本物の魔道具は、何が何でも手作りだ。それも、錬金釜で造らなくちゃいけない!」

「錬金釜?」

「錬金術師の、魔法の鍛冶道具みたいなものかな」

 ササヤが答える。

「必要な素材を揃えて、必要な手順を踏めば、どんなものでも造れるっていう優れものさ。でも、錬金釜は普段はしまい込まれていて、どこにあるかも、使い方も分からなかった。一般のダテ市民だって、存在すら知らないと思うよ」

「でも俺たちは、頑張って見つけた!」

 モニワはえへんと胸を張る。

「使い方も、魔法の鏡の作り方のレシピも、しっかり調べた。いやー、真実の鏡を造るって決まった時、もしかしてあの伝説の錬金釜が使えるんじゃないかってちょっとドキドキしてたんだけど、ほんっとに見つかってしかも使えそうで良かった!」

「職人、浸ってないでさっさと話進めてくださいよ」

 俺オフなんスよとフタクチがふてくされている。カマサキが後輩の頭を掴む。

「じゃあ、着いてこなければ良かっただろうが」

「何言ってんスか。さっきグミ作ってもらうって言ったでしょ。俺、オリジナル配合の酸っぱいやつじゃないと食べませんからね。売店のなんかじゃ満足しませんから」

「あー分かった、分かったって!」

 モニワがカマサキとフタクチの間に割り込み、引き離す。オイカワは口元を押さえ、笑いを堪える。

「構って欲しいんだねぇ」

「アア!?」

「ちょっと、オイカワくんまで混ざらないでよ!」

「で、鏡はいつできるんだ」

 イワイズミが尋ねる。騒がしくなりかけていた場が静まり、視線がモニワに集中する。元主将は、小さな口をにんまりとさせて言い切った。

「三日。三日あれば、君たちに渡せるよ」











**




 アオバ城砦に戻ったマツカワが市役所の衛兵部隊臨時詰所に向かうと、既に後輩たちは揃っていた。円卓を囲んだ面々が、戸を開けたマツカワを同時に見る。誰一人として笑みを浮かべない。隊長代理を務めるヤハバが一歩、前へと進み出た。

「例の場所、調べました。封印を破られた形跡こそありませんでしたが、中のものが一部、紛失していました」

「何がなかった」

「写真です。俺たちが撮った集合写真が全部、無くなってました」

 マツカワは首を掻いた。眉根を寄せたクニミが、舌打ちでもしそうな雰囲気で吐き捨てる。

「記憶がないからと油断していました。もっと厳重に封じて、あの人も見張っておけば」

「仕方ねえよ」

 マツカワは穏やかに諭す。

「優先順位ってもんがある。防衛部隊がほぼ壊滅している現状、今の俺たちの第一優先はこの街の警備だ。記憶を無くした三年のことは二の次だろう」

「でも、今は」

 言いかけたワタリが口を噤む。マツカワが急にくつくつと笑い始めたのだ。

「あーあ。ホント、なんてタイミングなんだろうな。面白いと思わないか」

「何が、ですか」

「昔からそうだった。アイツ、特別スピード出せるわけじゃないのに、人より気付くのが一瞬早いんだよな。不意に来た攻撃とか、仲間のフォローとか、早いんだわ。でもいっつも表情も変えずに、こっちに気付かせる間もなく、すぐに何でもやっちゃうの。入隊したばかりの頃、よく感心したよ。なんて聡い奴なんだ、コイツが仲間で良かったって」

 アオバ城砦都市衛兵部隊には、花形戦士が二人いた。一人は多彩な戦闘技能を誇るオイカワトオル。もう一人は不屈の精神と安定した火力を持つイワイズミハジメ。更に二人が阿吽の呼吸と呼ばれるほどの連携プレイを得意としていたために、人々の目はついそちらに行きがちだった。

 だが、マツカワだけは分かっていた。いや、マツカワだからこそ、分かった。

 固い絆で結ばれた華々しい二役の脇で、ずっと共にいたのだから。

 マツカワは久しぶりに笑った。大声を放つような開放的な笑いではない。だが、静かにとめどなく込み上げてくるせいで、腹が引きつれそうだった。

「ま、マツカワさん」

 キンダイチが心配そうにしている。大丈夫だと片手を振って見せた。

「悪いな。いや、記憶が無いクセにあんまりにも変わらないから、懐かしくて」

 マツカワは呼吸を整えて、錫杖を担ぎ直した。

「もうすぐ、真実の鏡ができあがる」

 一同の間を緊張が走る。

「オイカワとイワイズミが取りに行ってる。短くて三日、長くて一週間で帰ってくるだろう。奴らが帰ってくる前に、アイツと話をつけておかなくちゃならない」

 行き先はと短く尋ねる。即座にヤハバが答えた。

「くらましの館です」

「ギリギリ、アオバの森の範囲か。魔王の城と正反対の方向だったな」

「俺たちも行こうとしましたが、あそこは目視が難しいので」

「行けるとしたら、俺か、キョウタニさんくらいでしょうね」

 クニミが低く言う。キョウタニは、黙ってこちらを窺っている。隣のヤハバが首を横に振る。

「でも、クニミをここから離れさせるわけにはいきません。キョウタニも……今の防衛軍の状況だと、警備から外したくない」

 後半は半ば悔しそうだった。この取り纏め役とアタッカーとは喧嘩仲間で好敵手だからだろう。

「分かってるよ」

 マツカワは瞼を閉じた。その館の場所ならば知っている。

「俺だけでいい」

 眼を開くと、ヤハバの今にも泣きそうな顔が見えた。コイツ、表情の豊かさがオイカワに似てきたな。呑気に思う。

「すみません」

「何で謝んの」

 絞り出すように言う後輩に、マツカワは笑いかける。

「お前らは、自分たちの仕事に集中しな。俺らのことなんていいから」

「すみません」

 ヤハバはまだ頭を下げたままだ。表情は見えないまま、か細い声だけが聞こえる。

「本当に、すみません。でも俺……やっぱり、ハナマキさんに会いたいです」

「うん」

 俺もだよ。

 その言葉はまだ言えず。代わりに、後輩の頭を軽く撫でた。









**




 オイカワたちは三日、ダテ工業都市に滞在することになった。鏡を造っている間は工房へ近づいてはならないというので、オイカワたちは衛兵部隊の伝手を頼り、格安で手配してもらった宿で、完成の報せを待つことになった。

 宿で寛いでいても身体が鈍るからと、二人は散策に出ることにした。出歩くことを許可されている地域は商店街だった。建物の構造に合わせ、直線状の道の両脇に軒を連ねた店を、多くの客が覗き込んだり、通り過ぎたりしている。客の気を引こうと旬の川魚の名を叫ぶ店、取れたての青果はいかがかと呼びかける店、オイカワたちにはよく分からない金属の部品を売る店など、それぞれが商売に励んでいる。

 オイカワは目を細める。

「売ってるものは違っても、商店街ってどこも似た雰囲気だね」

「そうだな」

「アオバ城砦のアーケード街のところに似てない?ほら、あの曲がり角のところとか」

「あー。屋内だからじゃねえの?」

「でも間取りが似てない?店と店の間の距離とか」

「言われてみれば」

 細く長く続く軒の連なりを眺めて、取り留めのない話をする。見慣れぬ街並み、知っている商品、知らない品物を見るだけでも楽しい。

 それでも思い出して口頭に上るのは、不思議と故郷のことばかりだ。

(俺、そんなにアオバ城砦のことが大好きだったかな)

 動き続けていた口が止まった。賑わいを見せる軒並みの一角。オイカワの視界の中央に、シャッターの閉まった店が一つ現れた。

 寄ってみると、店前に三つ花束が置いてある。その中に一つにメッセージカードが添えてある。

「『早く、目を覚ましてくれますように。待ってます』」

「経営者みんなが眠り病なんだろうな」

 イワイズミが推測する。

 ここに至るまでに、シャッターの閉まった店はちらほらあった。それをオイカワは一瞥しただけで通り過ぎた。

 しかしこの店先に置かれた花束を見た時、妙に足が引きつけられるように感じた。

「みんな、眠り病」

 オイカワは反復した。アオバ城砦と同じだ。

「ねえ、イワちゃん」

 何だ、とイワイズミは続きを促す。オイカワは逡巡して、意を決した。

「イワちゃんはこの世界のこと、どう思う?」

「ああ。こっちが現実の世界で、俺たちがいた世界は夢の世界。で、俺たちは記憶喪失の魂なんだって話か」

 正直なことを言うと、オイカワには判断がつかない。自分のいた世界が魔王の作り上げた幻だと言い切れる確証もなく、かといって全くの偽とも言い切れない。

「まっつんやマッキーのことは信じてるよ。俺のしたことが後輩たちのためになるならば、良いと思う。でも」

 花束の中央に差し込まれたメッセージカードの白さが、目に刺さる。

「この世界の俺の本体──身体を持ってるっていう別の『俺』に出会った時、俺はどうなるんだろう」

「身体と魂が出会ったらどうなるか、か」

 イワイズミは天井を仰いでいる。

「合体するんじゃねえの。一つの身体に一つの魂が普通なんだろ」

「そうなったら、俺の意識はどうなると思う?」

 鋭い眼差しがオイカワを捉えた。知らず、唾を飲み込む。

 軽蔑されるかもしれない。臆病者と罵られるかもしれない。

 そんな恐れさえ見抜いているのではと思わされる眼だ。

「長いこと別の個体として動いていたもの同士が、一つに戻ろうとしたら。どちらかが消えることにならないかな」

「お前は、この世界のもう一人のお前じゃなく、お前自身が消えると思ってるのか」

「この世界の俺が現実の存在で、俺がそこから派生した夢の存在だとするなら、力関係は分かりきってる」

 この世界に降りてきたばかりの頃、誰にもオイカワとイワイズミの姿が見えなかった。

 精霊界の精霊らは、召喚士が喚ばなければ、ここに形を持って確かに存在することすら危うい。

 視界が薄暗く翳る。太陽が雲に隠れたのだ。暗がりの中に、イワイズミと二人、立ち尽くす。

「つまり、さ」

 オイカワは息を吸った。

「俺もイワちゃんも、死ぬ可能性があるよね」

 イワイズミは全く眼を逸らそうとしなかった。オイカワの問いを真正面から受け止めて、こちらを凝視する。その眼差しの揺るぎなさに、オイカワはこの幼馴染みもこの件を考えたことがなかったわけではないのだと気付いた。

「俺は」

 固く閉ざされていた口が、開きかけた時だった。

「ならもう一回、夢を見に行く?」

 二人は振り向いた。

 背後に青年が佇んでいた。トサカじみた髪型。オイカワと同程度の身長を黒い衣装で包み、紅い上着を無造作に羽織っている。顔立ちは決して悪くないはずなのに、細まった糸目が不思議と警戒心を頂かせる男である。

 彼を一目見て、実体を持たぬ心臓が一つ、大きく脈打ったのを感じた。

「お前は」

 忘れもしない。オイカワをこの世界に突き落とした男だ。

 オイカワが剣を抜くと、トサカ男は両手を挙げた。

「待て待て。今度は何もしないから、俺と話そう。な?」

 細い眼を更に糸のようにして、男は笑う。愛想は十分なはずなのに、だからこそ信用できない。

 男は道化めいた仕草で胸に手を当てた。

「もう一回、自己紹介するか。僕はネコマ魔導都市衛兵部隊隊長、クロオテツロウです。お前らにとっては初めて聞く名前だろうけどな」

 畏まっている風でも、おどけた風でもある。オイカワは眉を顰める。

「この世界の俺と、知り合いなの?」

「ま、そんなもんかな。だからお前の手助けなんてしに来たの」

「何を企んでる」

 イワイズミが剣を抜ける構えで問う。対してクロオはうーんと間延びした声を上げる。

「世界平和です」

 胡散臭さが跳ね上がった。クロオは更に完爾とした。

「信じるも信じないもお前ら次第。でも、この世界を信じきれてるわけでもねえんだろ? そんなに悪い提案じゃないと思うんだが?」

(多分、この世界の俺と知り合いだっていうのは、嘘じゃない)

 オイカワはこれまでに何度か、クロオが何故己をこの世界に落としたのかを考えてきていた。

 仮にアオバ城砦を攻略したいとして、何故わざわざ衛兵部隊の長を狙うのか分からない。もっと防衛軍の上役を選んでもいいはずだ。

 仮に私怨だとしても、オイカワには相手に覚えがない。連合国家ヤマトのまとめ役、トーキョーの都市の者など、尚更知るわけがない。

 しかし、彼と面識があるのが「現実の自分」ならば納得できる。けれどそれが本当だとすると、この世界に落ちた自分をこれまで放置していた理由が分からない。恨みがあるならば、多少なりとも干渉してきていいはずだ。

 本当に自分の知り合いならば、自分の言動にも詳しいはずだ。少し、カマをかけてみよう。

「魔王を倒したって、元には戻れるんじゃないの」

 オイカワが言うと、青年は大仰な溜息を吐いた。

「おいおい、オイカワトオルともあろう者が何言ってんだよ。魔王を倒したら、今具現化した夢の世界もまた消えるだろうが。当然お前らも、体が元に戻れなければ、消えちまうのが普通だろ」

「そうなのか」

 イワイズミが相棒を見る。オイカワは唇を結ぶ。

 やはり知り合いなのか? だが、まだ断定するには材料が足りない。

「何が本当か、判断できなくて当たり前だよな」

 見透かしたかのように、クロオが言う。

「お前らは、こっちの世界が本当だ、これまでいた世界が夢だったんだ、なんて言われてきた割に、あんまりここに自分がいた証拠を確認できてねえ。衛兵部隊ならば隊員の帳簿やら、集合写真やら、あってもいいはずだ。何で見せてもらえねえんだろうな。いや、そもそも、見せてもらったとしてそれを信じられるかは別か。そんなもん、いくらでも偽装できる。現実はな、案外どうとでも誤魔化せるもんだ」

 例えば、と男は片方の掌を上向けた。愛らしい猫のマスコットが現れ、くるくる回る。

「これは犬です、と幼い頃から教えられた子供がいるとしよう。その子にとって、これは間違いなく犬だろう。だが他の連中からすれば猫だ。きっと、その猫を犬と信じる子供のことを間違っていると言うだろうな。もっともな話だ。

「だが、猫からしてみればどうだ? この生き物を猫だなどと、この生き物自身が言っただろうか? いや、この生き物と接した一部がそう便宜上名付けただけだ。この生き物からしてみれば、自分を表すものが猫だろうが犬だろうが、どちらも真実ではない。そういうことにならないか?」

 男の大きな掌の上で、猫のマスコットは軽快なステップを刻み、揺れながら踊っている。オイカワは頷いた。

「夢と現実も同じかもしれない。どっちが本当かなんて考えても仕方ないから、どっちを選んでもいいんじゃないかってこと?」

「そうそう」

 イワイズミは眉間にしわを寄せて、猫のマスコットを睨んでいる。ただの人形が動けるのは、魔法のおかげだろう。器用なことをする。オイカワは周囲を見回して、はっとした。

 ここは商店街の一角。多くの人間が行き来しているというのに、往来の誰一人としてこちらを気にしていないのだ。

「俺たちがいる位相をずらしたのか」

「その根拠は」

 寸時に出た答えに、クロオが問い返す。オイカワは足元の石畳を強く蹴る。しかしそこには何の跡もつかない。

「ほら、物質に干渉できない。俺たちの存在位置を、時空魔術で作った少しずれた領域に持っていったと考えた方が自然デショ」

「ほぉ」

 クロオはにやりと笑う。

「及第。五十点ってところかな」

 まだ奥がある。当ててみろということか。

 オイカワは考える。及第ということは、自分たちが物質界からやや離れてしまったという現状の推理は当たっているのだ。

 そこから発展させて、導き出される情報を示せばいい。

「じゃあ、もう少し。君のような他市の人間を、この鉄壁の街が容易く入れるわけがない。君は厳密にはこの街には入っていなくて、少し位相のズレた、この場所に重なって存在する世界から、俺たちに干渉してる。そこに俺たちは引き摺り込まれたって感じかな」

「さすがオイカワくん。八十点」

 それからもう一つ、とオイカワはさらに続ける。

「ズレた位相からこの都市に間接的に干渉する術を持つ……相当に高度な星占術師でないと厳しい技だ。でもそれを君は楽々使ってる。人間業じゃない」

「つまり?」

「君は人間じゃない。魔族だ」

 クロオの目を見据え、オイカワは自身の眦を指す。

「元の世界で君に会った時、目が赤く見えた。今はそう見えないけど、擬態してるんだろ。赤眼、変身能力、優れた時空干渉能力、膨大な魔力……加えて神出鬼没と来れば、正体は知れる」

 神話の時代。どこからともなく現れては、迷える英雄に知恵を与えたり、戦場をかき回したり、気まぐれに幸と不幸を撒いて去っていくモノがいた。魔族らしい流動的な生き方を好むその種は、安定を好む人間には嫌われ、こう呼ばれた。

「俗に言う、悪魔。人間以外からは、高等な能力への尊敬を込めて、ロードと呼ばれてる」

「ハイ、百点満点。よくできましたー」

 クロオの姿が変化する。頭から二本の角が生え、瞳孔が赤く染まる。本来の魔族の姿に戻り、パチパチと口で言いながら拍手をした。

 やはり。オイカワが気を引き締め直す傍ら、イワイズミは鼻を鳴らす。

「で、もう一度聞くが何が目的だ? まどろっこしいのはいいから、簡潔に話せ」

「あれ、思ったより驚かない」

「種族なんかどうだっていいだろ。世の中、ぶった斬った時に死ぬか死なねえかだけ分かればいいんだよ」

 クロオは少々唖然としたようだった。それから真っ直ぐすぎるイワイズミの視線を避けるようにして、オイカワの方を向く。

「君の相棒、人間として大事な何かが欠けてね? 大丈夫?」

「いや、イワちゃんは人間として大事な何かが天元突破してるだけ。きっとそうだよ、うん」

 魔族に人間性の心配をされる男、イワイズミハジメ。

 そのお陰なのか分からないが、この世界に来ることになった元凶に出会しても、いまいち危機感を感じない。イワイズミがブレないせいか、それともこの魔族から全く敵意を感じないせいか。

 どうにも動きづらいな。オイカワは得物を握りなおす。抜きっぱなしの剣のやり場に困る。

 一方クロオは、イワイズミに語りかけている。

「だから、世界平和だって。お前らと平和にやりたいの。なんか迷ってるみたいだから、もういっぺん、夢の世界を体験させてやろうと思って」

「何でそんなことしてくれるんだ」

「友達だからです」

「うさん臭え」

「本当なんだって! なあオイカワくん」

「俺、トサカのある友達はいた覚えないかな」

「くそ、友情なんてそんなもんなのか」

 よよと泣き崩れる真似をするクロオ。どこまでも真実味が感じられないが、かと言って全くの嘘にも思えない。オイカワは溜息を吐いた。

「友達だったなら、この世界の俺のことを教えてよ。いまいちまだ分かってないんだよね。話聞けば、俺もこの世界に馴染めるかもしれない」

「それは駄目だ」

 クロオは背筋を伸ばし、真摯に及川を見つめた。

「自分のことは自分で思い出した方がいい。他人が間に入ると、存在が歪む可能性がある」

「急に真面目だな」

「どうする?」

 イワイズミとオイカワは顔を見合わせた。

「鏡をこっちのアオバ城砦に持っていかないといけないよね」

「マツカワが待ってるからな」

「マッキーも心配」

「大丈夫だ。問題ない」

 クロオは自身を親指で指した。

「鏡ができるのは三日後だろ。それまでに戻って来れるよう、俺が調節する」

「できるの?」

「男に二言はございません」

 大事なところで敬語を使うから、胡散臭く思えるのだ。

 指摘はせず、オイカワはイワイズミと相談する。

「迷いながら魔王討伐したくないよね。俺、行ってみてもいいかなと思うんだけど、どう?」

「好きにしろ。俺はどっちでもいい」

 魔王をぶん殴る準備は出来ている、とイワイズミ。そこまで言われると、こちらも腹を括らなくてはという気になってくる。

 オイカワはクロオに向き直った。

「じゃあ、頼もうかな」

「そう来なくっちゃな」

 クロオはパチンと指を鳴らした。

 途端、オイカワの視界は暗転した。










 眩暈がして目を伏せた。たった一瞬、視界を閉ざす。その隙に、景色が変わっていた。

 四方の長さが等しい、こじんまりとした部屋だ。壁も床も木目調で、暖炉が一つ、赤々と燃えている。窓沿いにベッドが、反対側にソファとローテーブルが置かれている。暖炉の向かいの壁には、夥しい数の小さな引き出しを収めた巨大な棚が据えてある。

 天窓から射し込む日射しが足下の紅いラグに溜まって、午睡にちょうどいい温度を伝えてくる。オイカワはラグの長い毛並みから、ソファへと目を移す。

「ケンマ、元気か」

 クロオが問いかけた人物は、ソファの上に寝そべっていた。首回りまで伸びた髪は、黄色く染めていたのが伸びてきたらしく、根元のみが黒い。ゆとりのある白いローブを纏った小柄な身体はうつ伏せになって、何か四角いものを覗き込んでいる。

 ケンマと呼ばれた彼は反応しないかに見えたが、ややあって身体を起こした。能面のような顔の中で、大きな瞳のみがキロリと動いて、オイカワ、イワイズミ、そしてクロオを映す。

「この世界で体調不良になるわけがないよ。そろそろ別の挨拶、考えたら?」

 起伏の無い口調である。身体を起こす仕草さえ、来客が来たため必要に迫られてという印象だ。

 対するクロオは、何となく不満そうである。

「だって、現実のお前の肉体が寝てるばっかりだから」

「好きで寝てるんだし、たまに起きてる」

「知ってる。でも、見てる側からすると不安になるんだよ」

「はあ」

 クロオとケンマの掛け合いを、オイカワたちは眺めている。突如連れてこられた家、その家主とおぼしき少年は何者か、知りたかった。

 するとその少年の首が向きを変え、オイカワたちを捉える。

「ここは夢の世界。俺はコヅメケンマ、クロオの友人。その暖炉はテレポートポイントになってるから、そこの棚から行きたい場所の触媒を入れれば、すぐにアオバ城砦に行くための扉が開くよ」

 端的に欲しい情報を与えられた。まるで、オイカワたちの考えを読んだかのようである。思考を読む術を持っているか、そうでなければ、よほど洞察力があるのだろう。

 オイカワは少年の容姿を観察する。白い法衣は白魔道士のもの。姿形は平凡な人間のように思える。だが、ただの人間が自分の意思で夢の世界へ赴き、このようなテレポートポイントを備えた拠点を築けるだろうか。

 テレポートというのは、時空魔術の一種だ。離れた場所、離れた時間を一瞬にして繋ぐことができる。職業で言えば星占術師の専門分野だが、光の領域を主に扱う白魔術の原理でも、似たことはできる。しかし、白魔術に関する深い造詣がないと無理だ。この少年にはそれだけの技量があるのか。

「君は、意図的にこの世界にいるんだね。理由を聞いても?」

 やや吊り上がった瞳が、オイカワを視界の中心へ映す。視線の動かし方にも無駄がなく、ぴくりともしない瞼からは何も読み取れない。猫のようだ。

「長期休暇」

「え?」

 面食らうこちらにつられることもなく、ケンマは変わらぬペースで答える。

「俺もネコマの衛兵部隊に入ってるんだけど、今は精霊界も物質界も静かで、仕事がないから、ここに来た。ここなら好きなだけゲームができる」

「へ、へえ」

 仕事に対する姿勢も非常にクールである。それでも衛兵部隊に籍を置き、隊長であるクロオに気にかけられているのだから、きっと能力は高いのだろう。オイカワの身辺にも似たような人間がいるから、クロオの気持ちが分かる気がする。

「クニミみてえだな」

 イワイズミがオイカワの思っていたのと同じことを口にする。全くだとオイカワは頷いた。

 クロオは棚を眺めている。オイカワは近づいていき、共に棚を見つめた。小さな引き出し一つひとつに、地名が書かれている。ミャギのものはもちろん、他国の強豪都市名から、聞いたことのない場所の名前まで揃っている。

「てっきり君一人の力で、アオバ城砦まで行くのかと思ってたけど」

「いくら魔族でも、夢の世界は精霊界とはまた別だからな」

「魔族の時空間移動は、自分で創った亜空間を使ってするんだっけ」

「そう。ちょっと高いところに行くために、新しい階段を作るみたいなもんだな。たとえば」

 クロオは棚を仰ぎ、天井近くにある引き出しを指さす。「ミャギ国アオバ城砦都市」とラベルが貼ってある。

「俺はあそこに行きたい。でもこのまま手を伸ばしても届かない。こういう時、俺たちは亜空間を作る」

 指を一振りすると、彼の腰のあたりに透明な板ができあがった。そこに足をかけ、身体を引き上げる。アオバ城砦の引き出しに手をかけたクロオが、オイカワを見下ろした。

「これが、魔族の時空間移動だ。人間の時空魔術使いはこうじゃなくて、自分のいる場所と移動したい先を直で繋ぐ扉をぶち開ける。召喚も同じ原理だろ」

 オイカワは頷いた。クロオはふわりと飛び降りる。

「こういう違いが、物質界依存の生き物と、精霊界依存の生き物の違いでもあるよな。よく魔術では、物質界は固体として、精霊界は液体や気体として例えられるが、その通りだ。人間からすると何か別のもの──水とか、他の生き物とか──に変化するのは難しいようだが、俺らからすればそれは逆だ。魔族は何にでもなれる。だが、決まった姿を保つのは難しい。特に、他人の創った空間に馴染むのは難しいな」

「変化が得意でも、そういうことがあるんだ」

 そ、と返事するクロオ。ぞんざいに手の中で、取ってきた触媒の袋をお手玉する。

「他人の創った空間って、中途半端な固体みたいなもんなんだよ。夢の世界も同じだな。創った本人でもねえと、確かな存在として居続けるのは難しい。それで、無駄な魔力を消耗したくねえから、ケンマのテレポートステーションを使ったってワケ」

 オイカワは軽やかに飛ぶ袋を眺めつつ、首を傾ける。

「でも、ここに来るのは一瞬でできたよね」

 クロオの話した原則とやったことを振り返ると、矛盾に気付く。夢の世界は他者の創った亜空間なのに、彼は先程指先一つの合図で移動したのである。

「それはまた別だ。俺とケンマは特別」

 ちらりと少年を見やり、呟いた。

「俺たちは、チェンジリングだから」

 チェンジリング──取り替え子と呼ばれるそれは、別の種族のもとで育てられた者のことである。特に魔族が自分の子と人間の赤子を取り替えるケースが多く、育ち上がった子はそれぞれ、本来の種族としては持ち得ない性質を強く持つという。

 さらにこの取り替えられた子供同士は、育っていく中で一種の同調能力を得る。たとえば、遠く離れた所にいても同じ行動を取ったり、片割れの感情を察知して同じ感情を共有したり、片割れの危機を悟ったりするという。

(白い彼が平気で夢の世界にいられる理由も、トサカくんが人間にうまく擬態できていたのも、納得できる)

 オイカワは内心頷く。クロオは肩を竦める。

「チェンジリングは二人で一人みたいなところがあるから、俺もケンマのいる場所なら、どの世界であろうと移動しやすい。今回はケンマが夢の世界にいたから、すぐにここに来られた。有難いが、現実で寝っぱなしなのを考えると、複雑だわ」

「クロ、行かないの?」

 コヅメが声を掛けてきた。イワイズミと共に、暖炉の前に立っている。

「早めにしておかないと、いくら俺の作ったポイントでも、移動できなくなるかもしれないよ」

「はいよ」

 クロオは暖炉に寄っていく。オイカワも続いた。

 袋を受け取ったコヅメが、中身を確認する。

「言っておくけど、原則移動先は暖炉がある場所になるから。アオバ城砦の場合、衛兵部隊詰め所でいいかな」

「いいよ」

 オイカワが答える。コヅメが触媒を暖炉の火にくべると、青い炎が踊り立ち、光の渦が現れた。テレポートの光、通称「旅の扉」ができあがったのである。

「おおー」

「すげえな」

 あまりに手軽、かつ見事。感心しているオイカワたちに、クロオは手を振った。

「じゃあ、俺はこれで」

「え、行かないの?」

 オイカワが目を瞬かせ、イワイズミも振り返る。

「ここからは水入らずがいいだろ。一度あっちで過ごして、よく考えればいい」

 魔族は二本、指を立てた。

「いいか、二日だ。二日後の午後二時、さっきまでいた世界に戻りたくなったら、アオバ城砦の衛兵部隊詰所、暖炉前で待っててくれ。俺が迎えに行く」

「戻りたくなかったら?」

 イワイズミが尋ねると、笑って首を横に振った。

「もう、何も言わねえよ。そっちで達者にやってくれ」

 オイカワはネコマの二人を見つめる。クロオは変わらぬ笑顔で、コヅメもまた変わらぬ無表情である。対照的でありながら、同じ読みづらさを持った二人だ。

 クロオだけでなく、コヅメもオイカワのことを知っているのだろうか。

「目的があって俺を突き落としたんデショ。いいの?」

 尋ねると、クロオは黙って手を伸ばした。

 そうして、かつてとは対照的な柔らかな力で、背中を押した。

 








続く