※稲野巧実様(ハコの開き)Ⅰ主人公さん、朝来みきひさ様(世暁)のⅠ主人公さんをお借りしています。



「アレフ! ロトが! ロトの伝説が消えたんだ!」
「うるせえよ何度目だ」


 俺の訴えを聞くアレフは苛々しているようだったが、それが俺の知っている彼の反応だったのでちょっと嬉しくなった。


 時を超える例の任務から帰ってラダトームに来たら、誰も俺のことを覚えていなかった……なんて言ったら、きっとわけが分からないといった顔をされるのが普通だろう。しかし本当のことなのだ。現に俺はここ三時間くらい知人を訪ねまわってみたのだが、誰も俺のことを覚えていなかった。ローラでさえそうだ。皆嘘を吐いているとは思えない、初対面に対するような反応しか返してくれなかった。
 だけどこの目の前にいるアレフは、俺のことを覚えていてくれたのだ。しかも、信じられないことに彼も同じ状況にあるのだという。


「そんな伝説がなくなったって俺達には何も関係ないだろ。それよりお前、これからどうするつもりなんだ?」


 前半の台詞に抗議しようと口を開いたが、後半を聞いて言おうとしたことは一度引っ込んでしまった。そうだ、これからどうしよう。誰も自分のことを覚えていないこの世界は、そのうちもとに戻るのだろうか。そもそも何でこうなってしまったんだろうか。


「それが分かったら苦労しねえよ」


 疑問を口にすると、アレフは吐き捨てるように言う。目は斜め下を向いて、何やら考えているようである。
 俺と彼とは同名であるが、それ以外は正反対なことが多い。職業、性格、価値観、戦闘スタイルなど違うことは多々あるが、その一つとして視野の広さというのがある。俺はつい一つの物事にばかりとらわれてしまう傾向にあるのだが、彼は全体を見通すのが上手い。きっと今も、これまでのことから解決策を見出そうとしているのだろう。


「……面倒臭いことになりそうだな」
「何か分かったのか?」


 がりがりと頭を掻いた彼が答えようとする。しかしその声は、甲高い悲鳴によって掻き消された。声の方を振り返れば、なんと広場で魔物が暴れているではないか。


「行くぞ!」


 俺はすかさずアレフの腕を掴んで走り出した。掴んだ方の腕に抵抗がかかる。


「待て、何で俺まで連れていこうとする!」
「一人より二人の方が早く片付くじゃないか!」
「お前一人で充分だろ!」
「じゃあ戦ってくれたら礼金出すよ!」


 抵抗が弱まった。その隙に全力で駆けだす。金を払うと言えば動いてくれる、これが彼との付き合いにおいて便利な切り札となるということを、俺は学習していた。
 一気に人ごみを駆け抜けて広場を目指す。いる魔物はさして強そうな奴じゃないが数が多い。人々が散り散りに逃げるのを楽しむかのように暴れまわっている。
 早く助けなくては。石造りの階段を駆け下りようとした時だった。


「止まれ!」


 アレフの声が耳に届いたが、遅かった。
 勢いよく踏み出した足は、ずぷりと音を立てて速度の分だけ沈み込んだ。ぎょっとして見下ろせば、石畳の道なんてどこにもない。代わりに黒々とした泥沼が自分の足を飲み込んでいる。抜け出そうと辺りを見回せば、先ほどまでの晴天はどこへやら曇天の下に一面泥の海が広がっている。暴れる魔物もいなければ襲われる人々もおらず、更に足場となりそうな場所もない。愕然とする間にも身体は重さでどんどん沈み行くばかりだった。


「何だこれはッ!?」
「だから言ったんだよ!」


 くそ、と悪態を吐くアレフも泥に吸い込まれていく。腰、胴、肩、首と容赦なく身体は沈んでいき、俺達はなす術もなく泥に飲まれた。





「おい、大丈夫か」


 身体が揺さぶられる感覚で、俺は目を覚ました。視界に入ってきたのは蒼い髪を持つ美丈夫である。その背後は淡い透き通った黄色である。


「ここは……」


 尋ねようとした途端、泥に飲まれるまでの記憶が一気に蘇って来た。がばりと上体を起こすと、驚いたように男が身を引く。


「アレフ!?」
「何だよ」


 ぶっきらぼうな声がした。視界を巡らせれば、男の後ろにアレフが立っている。機嫌があまり良くなさそうだが、俺はひとまず安堵した。


「良かった、無事だったのか」
「無事かどうかはまだ分からないがな」


 あの泥に飲まれたにも関わらず、兜は無事だったらしい。しかしよくよく見てみると、俺の身体にも彼のものにも泥なんてどこにもついていなかった。首を傾げて記憶を巻き戻してみる。確かに泥沼に沈んだし、土臭い匂いや身体を飲み込んでいく冷たく不快な感覚を覚えている。


「俺達、沼に沈んだはずじゃなかったか?」
「幻術だ。お前が首を突っ込もうとしてた、あの魔物騒動も含めてな」


 アレフは苦々しく言う。驚きを隠せない俺に、蒼髪の男が説明する。


「話は聞いたが、どうも何者かに魔物に人々が襲われる幻を見せられていたようだな。恐らく術者はお前らがそれにつられて来ることを見越して、その途中に細工したのだろう。幻術と転移魔法を応用した高度な罠だ」
「そんな……」


 込み上げてきたのは人の正義感に付け込んだ何者かへの怒りだった。誰だ、こんな仕掛けをしたのは。こんな所へ連れてきて何のつもりだ?


「だから止まれって言ったんだ。あの時、魔物が襲い掛かってきた割に魔物も人も俺達のいた方に来なかっただろう。気付かなかったのか?」


 しかし怒りはアレフの言葉を聞いて胸の奥へ姿を消し、代わりに前へ出てきたのは後悔だった。言われてみればそうだ。魔物に襲われる人々は広場を駆けまわるのみで、誰もこちらへ逃げてこようとしなかった。魔物も、広場より人のいる俺達の方へ来なかった。よく見れば罠であることは分かったはずだったのだ。


「……申し訳ない」


 項垂れて詫びることしかできない。気持ちが逸ると観察を怠ってしまうのは俺の悪い癖だ。仲間に「お前は人がいいのがいいところで悪いところ」と言われたこともある。何にしても、俺に冷静さが足りなかったのがこうなった一番の原因だろう。
 アレフは大きな溜め息を吐いて、首を横に振った。


「過ぎたことは仕方ねえ。今は現状の把握と、俺達がここに集められた意味を知る方が大事だ」
「集められた、意味?」


 俺はここで初めて、周囲を観察する。今いる場所は何とも不思議な所だった。空はスイカの一種に似た薄黄色、地は浅葱でどうやら土のようだが、湿り気が多い。そして周りを淡い紫の木々に囲まれている。
 森なのだろう。だが色合いが明らかにおかしいし、自然のはずなのに整然としていて違和感がある。人によって定期的に手入れされているのだろうか。だが人が手入れしたような痕跡もなく、まるで木が自分で身なりを整えて過ごしているかのようだった。


「ここはどこなんだ?」
「ここがどこかは、俺も知らん」


 蒼髪の男が答える。そう言えばこの人も誰だろう。男は俺の疑問を感じ取ったかのように、自分を指して見せる。


「俺はアレフ=ゾーマ・ロイト。お前達と少し方法は違うが、どういうわけかここに連れて来られた」


 ぞ、ぞーま? 蓄積されたロト知識が勝手に反応する。ゾーマってあの……いや、それはない。違う世界から来たみたいだしそれはないだろう。しかしついつい出で立ちをしげしげと見てしまう。年は俺より少し上くらいなんだろうが、一国を治めていてもおかしくないほどの貫禄がある。俺は鈍いらしいからどこのせいでどう貫禄があるように感じるのか分からないが、物腰、表情、立ち振る舞い、その全てから威圧感にも似たものが迸っているように感じられた。こういう人を俗にカリスマというのだろう。でも、多分魔王のゾーマではない。
 俺の頭がついロト伝説の方に向かっていることに気付いたのか、アレフが咳払いした。


「あと、俺達と同じように周囲から忘れられたんだそうだ」
「え!?」


 仰天してしまう。俺達の他にも似た境遇の人がいるなんて! まさかとは思うが、更に他にも同じ状況にある人がどこかにいるのだろうか? そうだとしたらこれは思っていたより大きな規模の問題ということになるが、俺は不安と共に不思議な嬉しさを感じていた。ちなみにアレフと再会した時にも似た気持ちを感じている。一人じゃないというのはそういうものなのかもしれない。


「コイツは俺ともお前とも同じでアレフって名前なんだが……」


 アレフがちらりと俺を見る。俺は続いて言った。


「アレフレッドが正式な名前だから、それで呼んでくれ」
「分かった。ならば俺のこともゾーマで構わない」


 かの大魔王と同じ名前の連れができるなんて。人生何があるか分からないなと妙に感慨深く思う。
 その時、空気が不穏に騒いだ。三人とも刹那の間に己の武器に手をやる。


「いいタイミングじゃねえか」


 アレフが不敵に笑う。茶色の瞳が獰猛な光を宿していた。数多の戦いを潜り抜けてきた傭兵の顔である。


「まるでこちらの準備が整うのを待っていたかのようだな」


 ゾーマが同意する。彼の手にするのは、俺が持つのとよく似た剣である。興味をひかれたが、今はそれどころではない。


「敵はどこだ?」
「さあな、だがもう来るだろう」


 アレフが俺の問いに答えてからゾーマに問いを飛ばす。


「おい、何ができる?」
「見ての通りだ。あと魔法も少々」
「上等だ。俺は呪文の方はからっきしだから任せた」


 茂みがガサガサとなった。そこから示し合わせたように複数の魔物が一気に飛び出してくる。面子を見て取るなり、ゾーマが片手で宙を撫でた。


「ベギラマ」


 よくコントロールされた火炎は植物を避け、魔物達の肉を焦がす。俺の世界では見かけない魔物だ。炎に包まれた奴らが地に倒れると、後ろから続こうとしていた奴らが怯んで立ち止まる。アレフはまだ燃え盛る炎を飛び越すようにして怯む一群の元へ身を投じると、豪快だが無駄なく剣を振るう。
 全く、自分が燃えたらどうするんだ! 俺は火の弱そうな所から続く。彼は優秀な戦士だが、我が身の危険を顧みないのが玉に瑕だ。
 アレフのところへ向かおうとしていた敵を斬り捨てて、森から湧き出てくる者達を斬って斬って斬る。どうも皆アンデッド系ばかりなのらしい。ゾーマも時折魔法を使いながら積極的に剣も振るってくれているが、森から魔物が絶えず湧き出して来るのでキリがない。


「おかしいぞ、いくらなんでも多い!」


 ゾーマが敵を焼き払いながら言う。剣に着いた返り血を振り払って、アレフが舌打ちする。


「まさかまた幻なんじゃねえだろうな?」


 何だかそんな気もしてきた。だが今俺にできることは、敵を殲滅することだけだ。考えに気を取られていたらやられてしまう。だから敵の様子を観察して剣を振るいながら、どこかへ逃げるべきか、一か八か更に森へ切り込んでみるべきかと考えていた。
 灰色の肌をした人間の死体のような魔物達は森から緩慢な動作で這い出てくる。しかしその中に、俺は変わった奴を発見した。額に六芒星が記されているのだ。
 変な奴だな。そう思いながらも一刀のもとに斬り捨てる。右肩から左腰にかけて裂けた身体。地へと落ちていく瞬間、彼の額の六芒星が眩い光を発した。
 光は瞬きをする間も待たず視界を白で焼き尽くす。たまらず目を覆った。敵に攻撃されるだろうが、目を潰されるよりはマシだ。攻撃に身構えるも、いつまで経っても何も来ない。それどころか、絶えず聞こえていたはずの呻き声がいつの間にか消えていた。
 訝しんで目を庇う腕を退け、瞼を上げる。視界に飛び込んできたのは森ではなかった。乳白色の海だった。


「何だ、どうなったんだ?」


 アレフが辺りを見渡そうとして、慌てて足を踏ん張った。俺達は小舟の上にいたのだ。


「また転移魔法のようだな」
「くそ、気に食わねえな」


 ゾーマもアレフも忌々しげな釈然としない顔つきである。それは俺も同じだろう。先ほどから何者かの掌の上で踊らされている気がしてならない。


「恐らく、俺が倒した魔物が鍵だったんだ」


 俺は六芒星の印を施された魔物を倒したことを話す。アレフもゾーマも、俺と同意見だと言った。


「しかし、何でまた?」
「分からねえが、どうも簡単には帰れなそうだな」


 アレフが船に腰を下ろす。どうだな、帰れそうにない。俺は乳白色の海に立ち込める、綿菓子のような桃色の靄を見つめる。そのせいで行く手は見えない。だが、小舟は漕いでもいないのに勝手に進んでいく。
 気味が悪いな、と俺は呟いた。





(後書き)
主催する「DQ主人公共同戦闘企画」のために書きました、他参加者様主人公との交流作品です。
いつもお世話になっております「ハコの開き」の稲野巧実様のⅠ主人公ことアレフさんと、「世暁」の朝来みきひさ様のⅠ主人公ことゾーマさんをお借りして、うちのⅠ主人公ことアレフレッドと一緒に戦っていただきました。如何でしたでしょうか。

尊敬する諸先輩方のキャラクターをお借りして書くのは夢のようだったのですが、反面不安も多かったです。未だに不安です。本家様の通り書けた気がしません。他の方のキャラクターをお借りして書く時はいつもキャラ崩壊が気になって仕方のない性格なのですが、今回はそれがひとしおです。如何でしょうか?

アレフさんを書いている時はいつも彼のスマートさと口調が表せているかが気になります。これまでに二回お借りして書かせていただきましたが、今回書いてみても「もっとアレフさんはこう……荒々しさの中に洗練された美しさというか魅力があってだな、たとえるなら云々」とダメ出しをする自分が頭の隅にいます。ですがダメ出しをする自分もどうしたらいいか分かってないのです。

一方ゾーマさんの方はカリスマが出せませんでした。アレフレッドはゾーマさんを魔王のゾーマ様と別物だと思ってますがいやいやそんなことはなく。まあゾーマ様はゾーマ様というわけで、なかなか貫禄を出せません。もっと言動を工夫すればいいのでしょうか。シチュエーションとか頑張ればいいのでしょうか。あと戦闘か……はい。

今回集ったⅠ主人公は拙宅を含め我が道を行くタイプだったように感じられるのですが、さすが未知の世界にいるからか、協力してくれました。というか諸事情によりさせてしまいました。ホラーでは「ちょっとトイレ言ってくる」などと言って一人になると死亡フラグなわけですがファンタジーではどうなのでしょうか。分かりませんがこれが関係ない話題であることは確かです。
でもゾーマさんに反論するアレフさんや、それを喜ぶゾーマさん、更に一人突っ走ろうとするうちのアレフレッドを叱るアレフさんとか呆れるゾーマさんとか、そういったシーンも書いてみたかったかなとも思います。ですが、ロトロト言ううちのアレフに稲野さん宅アレフに「うるせえ」と言わせることができたので個人的に嬉しいです。「血筋だとか勇者だとかどうでもいいだろ」と思われてそう。個人的に、散々うちのアレフは罵られてるといいと思います。で、ゾーマさんに呆れられてるといいです。私はドМか。

それぞれ自分の思うままに動きたい三人ですが、「誰かに意のままに動かされている」ということを不快に感じているところは一緒じゃないかなと思うので、そこで一致して頑張ってくださることでしょう。

では稲野さん、朝来さん、この度は素敵な主人公の皆さんをお貸しくださりありがとうございました。
またここまでお読みくださりありがとうございました。
またお会いできますことを楽しみにしております。





20140407