まさかこんなことになるなんてなあ。自分のものではないベッドに腰掛けて、簡素だが値の張りそうな調度品を眺めて、俺は妙にしみじみした気分になる。
や、まあ確かに初恋のヒトっちゃそうだったけどよ、色々あったし酸いも甘いもってやつだったんだが……まさか、こうなるなんてな。
「アンタ、これからどうするんだい?」
可愛げの欠片もねえ、ぶっきらぼうな女の声で俺は我に返った。
「あー……もう、きな臭ぇ道からは足洗うんだ」
「ハッ、アンタにそんな真っ当な仕事ができんのかい?」
嘲るような言い方をされても、腹は立たない。
「……できるかじゃねえ。やるんだよ」
苦し紛れに言い返す。正直俺は頭が悪いから、まともに働くにゃあどうしたらいいかなんてさっぱり分からねえ。でも、今の俺は一昔前の俺とは違ぇんだ。心に、でっけえ太陽ができた。
「兄貴と約束したんだ」
今日はゲルダに例の鉄球を返しに来たんだ。お礼と、ついでに別れを。俺はもう、他人様のモンを頂戴して生きるのはやめるんだ。だから踏ん切りをつけるためにも、これまで散々世話になってきたコイツにカタギになるって宣言していこうって。
そう思ってたのに、何でこうしちゃったかなあ。足下に散らばった女物のブーツ、服を見て項垂れる。
「兄貴? アンタ、あんな坊やの真似事がしたいのか」
「真似事じゃねえ! 俺は、もう嫌なんだ!」
俺は叫ぶように言った。真似? 俺は城で働きてえとか、誰かを守りてえとかそんな高尚なことは思わねえ。
「ただ兄貴の後をついて回ってたわけじゃねえ。色々なモンを見てきた。苦労もした。とんでもねえ化けモンと戦った。それで思ったんだよ……くだらねえ見栄張ってクサってるより、惨めにのたうち回ってでも、テメエや他人様のために頑張った方がよっぽどマシだってな!」
甘ったるいこと言いやがって、と野次が飛んでくることを予想していた。だが、あれだけ口の悪い女なのに何も言わない。不気味だったが台詞を続ける。
「昔の俺はどうしようもなかった。手柄上げたくて、名前を売りたくて散々バカやった。お前にも……迷惑かけたし、バカなこと言った」
何を今更、と背後でアイツが呟く。
「でも今は、若い頃夢中になって追っかけてたモンは、もういいんだ。それより俺は、お天道様の下で堂々胸張って生きてェ。大事だと思うモンが変わったんだ」
兄貴と旅して、俺は変わったんだ。地味でもいい、名前が立たなくてもいい、人らしく漢らしくなりたい。
「ふん、何を言い出すかと思えば」
こっちを向きな、と凄まれたので従う。褐色の肌は野性味あふれる健康的なツヤを放っていて、相変わらずすげえ美人だ。とりあえず身近にあったものを身に着けただけ、というのも相まってかなり色っぽい。けど、顔つきがやたら怖い。
「カタギになるっつったって何をするんだい?」
「え、それは……商売とか」
「バカも休み休み言いな! 商売ってのはね、ただモノを見っけてきて売りゃあいいってもんじゃないんだよ!」
それからアイツは凄い剣幕で「かへいけいざい」と「しじょう」について語り始めた。矢継早に聞いたこともねえ言葉が飛び出して来るから、俺はさっぱりついていけねえ。時計の針が九十度傾く頃には、頭がすっかり痛くなっていた。
「まったく、こんなことも知らないで商人になろうってのかい! 力でぶっ潰すよりぶっ潰しちゃいけない相手とやりあってく方が、頭使うし大変に決まってるってのにさ――」
「う、うるせえ」
ぐうの音も出ない。まずい、これで押し切られて盗賊に戻ることになっちゃあたまんねえ。話題を逸らそう。
「それにしてもお前、詳しいんだな」
「当り前じゃないか。力より頭で稼ぐのがアタシの流儀なんだからね」
「あっ、ならお前」
俺は慌てて口を塞いだ。思いついたことをすぐに口に出してしまうのは俺の悪い癖だ。これで商売のノウハウを教えてくれ、なんて言ってみろ。どんな交換条件を突きつけられることか。
しかし、撤回する前にゲルダの顔が真っ赤に変わった。
「アタシの力を借りようってのかい! 全くアンタは調子のいい奴だよ!」
「いや悪い、分かってるって!」
「分かってない!」
俺が腰を上げると、ゲルダは俺の両腕を引っ掴んで寝台の上から睨み付けた。怖ぇ。そんな怖ぇ顔で睨まないでくれ!
「でっ、でも! ちょうど最近仕事に飽きてきて新しいことに手ェ出したいと思ってなくもなかったところだからッアンタの話にのってやる!」
俺は自分の耳を疑った。ここんとこ掃除しなかったから、いかれちまったんだろうか?
「だ、だから! アンタと商売を始めてやるって言ってるんだよ! 頑丈なアンタと頭脳派のアタシで組めばちょうどいいだろ!」
「えええ!?」
俺は飛び上がらんばかりに驚いた。
「おめえ、いいのか!?」
「だからいいっつってんだよ! 何度も言わせんな!」
いきなり腰に腕を回されて強く引き寄せられる。不意打ちでよろけたら、腰骨のところに噛みつかれた。
「痛っ! 何だよ!?」
「う、うるさい、アンタは知らなくていいんだよ!」
もうどっか行くんじゃないよ!?
そう脅すアイツがやけに必死に見えたのは、俺の気のせいだと思う。
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腰へのキス…束縛
第18回ワンライ参加作品
20141102 初稿
20180211 加筆修正