【D】少し先の話

※小話
※Ⅹややネタバレ
※ややクロスオーバー
※ややメタ



















 いらっしゃいませ、お待ちしておりました。自分がレイゴンです。あいにく主人のエクスは留守にしておりますが、プライベートコンシェルジュとしておもてなしさせていただきます。
 え? 知っている? そうですよね。会うならばエクス様がいらっしゃらない時に、でしたものね。
 ささ、どうぞこちらで、お茶でも。はあ、この世界固有のものがいいですか。そうですか。今は百パーセントレッドベリーのジュースしかありませんが、それでもよろしいですか。ありがとうございます。
 エクス様ですか。ええ、とても優しい方です。行く当てもなく、家事も秀でてうまくない自分を雇ってくださり、まだ家具も何も無いまっさらなお家に、真っ先に私の日用品を揃えてくださったり、家具の配置を私の掃除しやすいように工夫しようとしてくださったり、様々な気配りをしてくださいます。何故か、おうちのレイアウトを自分の好みにしようとまで仰ってくださるのですが、自分には過ぎたご厚意ですので、遠慮させてもらっています。
 ええ。ここは私の家ではないのです。表札には、私の名前だけがありますけれども。エクス様がそうなさったのです。エクス様は、この家を私の家にしていいと仰ってくださいました。自分は旅に出ている時が長くて、だからこの家は私のものにして、たまに自分が帰ってきたら、寝床を貸してくれればありがたい、と。
 でも私は、ここはエクス様の住む家であってほしいのです。
 ああ、すみません。お話ししたかった悩みは、これではないのです。実はエクス様に日頃お世話になっているお礼に、エクス様のずっと欲しがっていらっしゃる物をプレゼントして差し上げたいと思うのですが、どうやって仕入れたものか分からなくて、困っているのです。
 発端は、随分前のことです。
 ある日、エクス様は随分うろたえた様子で帰っていらっしゃいました。いつものウェディの姿で、家の中を行ったり来たりしながら、しきりに唸っていました。
「やばい。しくじった」
「なーに、どうしたの」
 エクス様達は、そのようなお喋りをなさっていたようでした。
 そうなんです。エクス様は、私と出会った時には既に、一つの身体に二つの人格をお持ちのようでした。詳しい事情は自分も知らないのですが、エクス様が自分を雇いたての頃に、躊躇いながら教えてくださいました。エクス様は、一つの身体に人間とウェディの二つの魂を持っていらっしゃるそうです。そのため、身体も人間とウェディの二つの姿になることができるとのことでした。
 お二人ともお名前はエクス様なのですが、それぞれの種族のイントネーションにならって、少し呼び方を変えていらっしゃるようです。ですから私もそれにならって呼び分けをさせていただいています。人間の方がエックス様、ウェディの方がエークス様。どちらも私によくしてくださるので、良い主人を二人も持てて、私は幸せです。
 主人自慢。すみません、言われてみればそうですね。話をもとに戻しましょう。
 様子を観察していると、どうもうろたえていらっしゃるのはエックス様のみで、エークス様は様子が分かっていらっしゃらないようでした。
 はあ。確かに、同じ身体にいるはずなのに、そんなことが起こるのはおかしいのかもしれませんね。でもエークス様は、エックス様よりもやや冥界に近いところにいらっしゃるようで、たまに身体を留守にしてどこかに行かれることがあるようなのです。ですから、エークス様のいらっしゃらない時に、何かあったのでしょう。
 エックス様は、私がお茶をお出しすると、落ち着かれました。そうして、エークス様の問いに答えました。
「お前と会話してるの、先輩に聞かれてた」
「良かったじゃん」
 エークス様は言いました。
「僕たちのことカミングアウトする、良いチャンスだな」
「言えるかよ。ウェディと人間の魂が、一つの身体の中に同居してるんですなんて」
「大丈夫だよ。先輩も多分似たようなものだよ。て言うかこの世界、世界軸一つに対して世界が重なって存在しすぎてるせいで、僕たちみたいなのがその辺にいっぱいうろうろしてる」
「マジで? 初耳なんだけど。まあ、カミングアウトはまだいいよ。先輩器でかいし、あっさり受け止めてくれると思う。それより問題は、端から見たときのオレの姿なんだ」
 エックス様の心情が表れたのでしょう。エクス様は腕で、頭を抱えました。
「お前と話してるときのオレ。めちゃくちゃ独り言激しい人か、腹話術の練習してる芸人に見えるらしい」
「あっはっはっは」
 沈んでいたエックス様の頭が突然跳ね上がり、腹を抱えて笑い始めました。エークス様はたいそう楽しいご気分のようでした。
 しかしすぐに、顔がしかめ面に変わりました。
「笑うなよ! オレは真剣に考えてるんだぞ!」
「えー、いいでしょ。腹話術師、デビューする?」
「ただでさえも鍛えなくちゃいけないものがいっぱいあるんだから、新しいのなんてできないよ」
「うーん。でも、喋るパペットって、良くない?」
 エークス様は小首を傾げました。
「僕の魂が宿れる別の身体、あったらいいと思わない? きせかえドールみたいな原理で、君の魂と僕の魂が行ったり来たりできる、そういう分身みたいな依り代があったらいいよな」
「確かに」
 エックス様は大きく頷きました。次の瞬間には、口の端を丸く持ち上げたエークス様が人差し指を立てて提案します。
「魂装備外見を入れ替えられる、携帯式きせかえドール」
「それ、最高だな。作れるかな?」
「どうだろ。裁縫のスキルだけだと、厳しそうじゃない?」
「オレたち、裁縫ギルドに所属するって誓っちゃってるから、他の職人のスキルは覚えられないしなあ」
 お二人はいつまでも唸っていました。
 それからお二人は、時折この発想について話し合っていました。エークス様は想像しているだけで楽しいといった風に、色々奇抜な発想をなさって、笑っていらっしゃいました。エックス様は、どのようにすれば高機能のきせかえドールを作れるか、具体的に論じるのにこだわってらっしゃいましたね。
 ええ、そうです。お二人はこの発想に対して、捉え方が違うのです。エークス様は楽しい話題として考えていらっしゃいます。ですが、エックス様は本気なのです。
 エックス様は、エークス様にきちんとした身体を持って欲しいのです。以前は、自分の身体とエークス様の身体を完全に分離するか、エークス様に身体の所有権を返すようなことを、願ってらしたようでした。ようでした、というのは、お二人がその件で言い争うのを、雇われたばかりの自分は、盗み聞きをしたことがあるので、そう思ったのです。
 ですが、エークス様とエックス様を完全に分離するのは……。
 え? ええ、仰るとおりです。不可能なのです。
 神はエックス様を生かすために、エークス様を器として選ばれた。エークス様の存在が生き続けることまでは、望まれませんでした。
 ですから、エックス様と繋がっていれば、エークス様はこの世界に留まっていられますが、繋がりが切れれば、死んでしまうのです。
 よく、お分かりになりましたね。え、似たような経験をした人間がいたから分かる? それは心強い! ならば、私の願いは、どうでしょうか?
 私のプレゼント──この、エークス様に寄せて作った人形に、魂の依り代の役割を与えられますか。



















「というわけで、好奇心を掻き立てられて買ってきてしまいました。作れますよね?」
「君ね。そういうところだよ」
「どういうところが、何なのでしょう?」
「君、天使なんだよね」
「物質的には元天使です」
「魔王討伐期間が終わってない世界に渡航していいの?」
「大魔王の討伐は終わってましたよ?さらに、サンドラさんの交渉のおかげで、聖戦に関わらなければ、多少干渉しても問題なかったはずです。僕がやったのは、人形を一つ、買っただけです」
「さっすが、上級天使を相手取るような天使くんは違うなあ」
「恐れ入ります」
「面倒くさそうだけど、職人魂はくすぐられた。協力してあげるよ」

































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