家守①



◆◆◆
 

 
 目の前に短刀が一振、刀置に据えられている。審神者はその拵えを見つめる。
 博多藤四郎そのもので間違いない。
「大将、すまねえ」
 彼と博多藤四郎の向こうにて、厚藤四郎と長曽祢虎徹とが頭を垂れている。彼らと審神者を円の弧として繋ぐかのように座る十九振の刀剣男士達はそれぞれ険しい面持ちであり、その緊迫感がただでさえ狭い審神者部屋を更に息苦しくさせる。
 厚藤四郎は沈痛な面持ちだった。隣に座る長曽祢虎徹が報告する。
「今から半刻前、博多藤四郎が俺達のもとへ昼餉を持ってきた。俺達はそれを平らげてから程なくして意識を失ったらしい。見回りに来たにっかりに起こされたのが、つい先程のことだ。その時には既に博多藤四郎の本体が牢の前に落ちていて、格子戸を挟んだ向こうに、長谷部が正座していた」
「博多は長谷部に会いたがっていた。警戒して然るべきだったのにそうしなかったのは、俺達の落ち度だ」
 厚はがばりと畳に伏せた。喉から声を絞り出すようにして懇願する。
「処罰は俺が受ける。あんたの言いつけを破った博多の分も含めて、何だってする。どうされたっていい。だからお願いだ、博多を──」
「この責めは君一人で負えるようなものじゃない」
 近侍である歌仙の厳しい声に、厚がびくりと跳ねた。口を開きかけた長曽祢を片手で制し、歌仙は溜め息を吐く。
「仕出かしたことは、きちんと仕出かした本人が始末をつけるべきだ。だからこの件の処遇については、博多藤四郎が帰って来るまで取り置きとする」
「心配しなくても、博多を見捨てるようなことなんてしないよ」
 歌仙の隣から審神者が告げる。その穏やかな言葉を聞き、厚は詰めていた息をゆるゆると吐いた。彼の肩を、長曽祢の反対隣に座る乱藤四郎が軽く叩く。
「しかし、やられたなあ。睡眠薬なんてどこから手に入れてきたんだろう。あとで在庫を確認しないと」
 手入れ部屋か蔵か、はたまた万屋か。顎を撫でて考え込む主を、歌仙は戒める。
「それも結構だけどね。先に確認しなくちゃいけないことがあるだろう」
「分かってるよ」
 審神者は返して、真剣な表情になった。
「さあ、これからどうしようか」
 ぐるりと一同を見回す。牢の見張りに立つ蜻蛉切と平野藤四郎、そして見張られる対象である長谷部を除いて、この本丸の男士はこの二十一振で全てだ。各々が警戒するような、不安げな、或いは覚悟を決めたような眼差しを、若い審神者へ返してくる。
 真っ先に声を上げたのは、本丸五振目の刀剣である鶴丸国永だった。
「まずは、きみがどうしたいか聞きたいな。最終的にどういうところへ落ち着きたいのか、そのために何をすればいいと考えているのか。そして現状での課題を知りたい」
「勿論一番に目指したいのは、博多も含めた全員での生存だ」
 審神者は間髪入れずに答えた。
「ただそのためには、長谷部さんの中に在る来し方の清庭──藤の本丸の呪縛から、博多共々どうにかして逃れなくちゃいけない。これが相当に難しい」
 ここで審神者は、己の右隣の日本号を仰ぐ。
「これまでに、藤の本丸から出て来られた人や男士はいますか?」
「いないな」
 日本号は簡潔に答える。休息を取れたせいか、顔のくすみが幾分ましになっていた。
「あれがまだ実物として在った頃は、倅を連れに行った婆さんと御供の審神者どもが、どうにか帰って来ることができた。だがあの本丸が焼き払われてからは、誰も帰って来ねえ」
「ねえ、それってちょっとおかしくない?」
 疑問を投げかけたのは加州清光。彼は手を挙げて、日本号を真直ぐに見据える。
「その本丸は、あんたの前の主が火で清めたんでしょ? なのにむしろ誰も帰って来られなくなったなんて、前よりも強力になってるんじゃないの?」
「それは」
「いい指摘だけど、強力になったとは言い切れないんじゃないかな」
 答えかけた日本号の右で、石切丸が考え込む。加州は首を傾げる。
「どういうこと?」
「思い出してみてくれ。あの本丸の性質は、餌を魅了しておびき寄せ、次第に憑き殺すというものだろう? 以前は放っておけば勝手に寄って来た餌を殺すことのできた本丸が、現世に存在できなくなったとすれば、どうやって今度は現世の餌をおびき寄せると思う?」
「無理矢理に引きずり込むしかないだろうねえ」
 にっかり青江が応じる。
「まだ推測の域を出ないけど、普通に人が訪れることのできなくなった今のような状態だからこそ、前とは違って強引に引きずり込むっていう手段を取るようになったんじゃない? だから目に見えてあの本丸から逃げ出す者がいなくなったのは、アレの食事の取り方が変わったからで、単に火を放たれて現世での寄る辺を失ったことで力が増したからとは限らないんじゃないかな?」
「あの本丸は建物としての形を失くす前にも、力のある審神者を死に追いやってる。そもそも誰も存在していたことさえ知らなかったような本丸だし、力が増しているかどうかの判断がつきづらいんだよ」
 審神者が苦々しげに言葉を付け足すのを聞いて、加州は片手をひらひらさせる。
「りょーかい。要するに、どっちにしてもめっちゃ面倒で厄介ってことね」
「そうそう」
 頷く審神者。依然として薄笑いを浮かべたままの青江が、敵の情報を整理する。
「相手は、下手すると僕達よりずっと古い時代からもっと上位の神々が住んでいたかもしれない神聖なる庭。そこにいつの頃からか、何らかの意思が加わって生き物のようになった。しかも、僕や石切丸のような手合いにも抗体があると見える。厄介極まりないよねえ」
「ええ!?」
「い、石切丸さんたちのお祓いも、効かないんですか……っ?」
 秋田藤四郎に五虎退の兄弟が悲鳴を上げる。石切丸が苦笑する。
「申し訳ないけど、その通りみたいだ。ただ日本号の話にあったことが本当だとすれば、私達はあの本丸の中にいても或る程度正気を保てていたようだし、長谷部も結界から逃れられなかったところを考えてみると、私達のような手合いが得意ってわけでもなさそうだけど」
「役立たずはどうにかまぬがれられるかな。けれど、過去に他の僕らを吸収した経験があるみたいだから、怖いよねえ」
「厄落としは効かないだろうな」
「そんなあ……」
 石切丸とにっかりの会話を聞き、五虎退の眼が更に潤む。今にも啜り泣きそうな弟の背を、手が擦る。兄であり本丸古参の刀でもある、鯰尾藤四郎のものだ。
「諦めるのはまだ早いよ」
 彼はそう励まして、審神者の方を向いた。
「何か、策があるんですよね?」
「まあ一応……大博打みたいなもんだけど」
 審神者は微妙に目を逸らしながら、ごにょごにょと口ごもる。聞いていた宗三左文字が眉根を寄せた。
「はっきりしませんね。あなた、神職でしょう?」
「宗三さん、あのですね。何度でも言うけど、俺みたいな西暦二二〇五年以降の審神者はにわか神職だからね? 本業公務員だから。しかもほぼ軍人と役人を足して二で割ったようなもんだから」
「小夜が無事で済むならば、あなたが武士だろうが検非違使だろうが何だって構いません。それで、どんな策があるんです?」
 そんなのでいいのか、検非違使は困るだろうなどとぼやきながら、審神者は歌仙や石切丸、青江や日本号を一瞥する。彼らが頷いたのを確認すると、意を決して告げた。
「あの本丸を鎮める」
 一同は呆気に取られたようだった。
「鎮める、って。そんなことできるの?」
「分からないから大博打なんだよ」
 乱藤四郎が問えば、審神者は額に手を当てて唸る。乱は丸い目を日本号へ移した。
「日本号も、鎮めようにもできなかったって言ってたよね?」
「ああ、そうだ」
 日本号は顎を擦って眉間に皺を刻む。
「長谷部は柘榴の婆さんから数えて十二人の審神者の手を巡って来たが、そのうち鎮めようとしたのは二人だけだ。どっちも失敗しちまった」
 日本号はここで、審神者を見る。
「あんた、それでもやる気なのか」
「他に取れる策がないんです」
 審神者は更に頭を抱えた。その形のまま固まっていたが、やがて顔を上げる。
「日本号さん。もう一度俺に、これまでの審神者がどうしてきたかを教えてくれませんか? 審神者が取って来た対策は勿論、その審神者本人がどういう人であったかや、長谷部さんのその時々の様子も、なるべく詳しくお願いしたいのですが」
「ああ、承知した」
「みんなもよく聞いていてくれ。何か糸口が見つかるかもしれない」
 審神者の指示を受け、全振が日本号へ向き直る。日本号は口を開いた。
「長谷部がああなってから渡り歩いて来た審神者の数は、十二。そのうち最初の主であった婆さん審神者とその倅については、昨日話した通りだ。婆さんはあの屋敷を燃やしたが完全に消滅させるまでには至らず、倅はその前にてめえで首くくった。三人目の坊ちゃん審神者と四人目の女審神者は手だてを考える前に取りこまれちまったし、その後の男審神者は長谷部を封じたが最終的に毒されて自害、六人目の嬢ちゃん審神者は、俺達を火にくべて滅したが問題を解決できたわけじゃなかった。俺達はこの通り、折れても本霊に帰れねえ分霊になっちまったからな」
「本格的に対策を取り出したのは、五人目の審神者以降ですよね」
 審神者が確認すると、日本号は首肯した。
「そうだ。六人目を除く五人目以降は全員、長谷部が本丸にいる時は結界を張って閉じ込めていた。七人目の審神者はあんたより年のいった兄ちゃんで、審神者を辞めたらしい六人目の後に引き入れられる形で本丸に来たって話だったな」
 この審神者は臆病者だった。日本号から事を聞いて大層怯え、政府にも助けを求めたが回答が返ってこないことにまた怯え、待ちきれずにどうにか長谷部を遠ざけられないかを必死に試した。
「あれこれやってたよ。刀解が駄目ならば戦場で折れるのはどうかって考えて、刀装もつけねえで難易度の高ぇ戦場に単騎出陣させて無理矢理折らせてみたり、遠征先の海に長谷部の本体を沈めて置いて帰ってきたり、バラバラに砕けた長谷部を投石代わりに使わせてみたり。長谷部がどうやったら帰って来られなくなるかを、手を替え品を変え試していた」
 だが、無駄だった。どの時代に置いて来ても、どんな方法で折っても遠ざけても、長谷部は帰って来た。
「あいつは本霊に帰れない分霊だからなあ。どんな方法であれ、折れれば本丸に帰って来るしかねえんだ」
 長谷部をいつぞやの時代に送り、さあもう大丈夫だろうと思い鍛刀すると長谷部が来る。また別の合戦場へ送り、さすがに今度こそはと出陣すれば、新しい長谷部を拾ってしまう。新しい長谷部は最初こそどこにでもいる普通の長谷部のような顔をしているが、日に日に「あの」長谷部に近づいていく。以前、五人目の審神者の時にも起こった現象だ。それに気付いた日本号によって正体を暴かれ、また破壊される。
「あいつが帰るあてのねえ分霊だってことを知ってりゃあ納得の話だ。他の手を打つこともできたんだろうが、あの審神者は気が小さかった」
 ある時、いつも通り長谷部を破壊するために出陣させた審神者は、彼の破壊を確かめるや否や失踪した。
 彼は、どこへ行ったのか。長らく分からなかったが、しばらくしてやって来た役人の口から、彼が現代に戻っていたこと、そして不審死を遂げたことを知らされた。自宅の台所でうつ伏せに倒れていたのが見つかったという。室内は荒らされており、彼の死体の周辺には切りかけの野菜と調理器具が散乱していた。調理中、それも恐らく湯を沸かしているところだったのだろう。水浸しの床に伏し、顔はひどく歪み火傷していたというが、しかしそれは直接の死因ではなかった。背中が、鋭利な刃物でめった刺しにされていたのだ。
 日本号は、彼が逃げきれなかったことを悟った。
「八人目の審神者は、腕っぷしの強そうなおっさんだったなあ。前の審神者から物騒なへし切長谷部がいるっていう話を聞いて本丸を引き継いだ、変な男だったぜ」
 彼は、真っ向から勝負を挑みに行った。高火力の刀剣を揃え、自ら藤の本丸へ入り込んでいった。
 結果は言うまでもない。
「屋敷は、天下五剣がぶん殴っても大太刀が斬りつけてもビクともしなかったんだろうな。潜り込んだ連中も審神者も帰って来ず、じきにまた主が変わった。九人目の審神者はイカれた野郎だった」
 その審神者もやはり、長谷部の噂を聞きつけて志願してきたのだと語った。しかし彼の長谷部への接し方は、それまでの審神者とは一線を画していた。
「奴は審神者である前に、憑き物を研究する学者なんだと。だから変なものが憑いた長谷部がいると聞いて、研究せずにはいられねえと思ったそうだ」
 審神者は審神者部屋に長谷部を連れ込み、昼夜問わず研究に勤しんだ。その一環としてどのような手法を用いたのか。日本号とて全ては知らない。だがその片鱗を見聞きする限り、彼の手法は実験と言う名の拷問に近かったようだ。
「何たらの観点からかんたらを探るっつってな。怪しい道具持ち込んで、好き勝手してたようだぜ。奴とずっと一緒にいた俺にも何か原因があるんじゃないかってんで、俺も巻き込まれたこともあったな。意識のあるままバラされたり、金属部分だけを取られたりして──いやあ、他の俺なら末代まで祟るだろう狼藉を、随分と働いてくれたぜ」
 それでも日本号が彼に報復をしなかったのは、状況が状況だったからだ。長谷部、ひいては日本号の置かれている状況が異常なのは明らかで、彼自身にも、何とかしてこの謎を突き止めてほしい心があったのである。
「あいつはイかれた常識知らずだったが、頭と腕は悪くなかったぜ。わけのわからねえ実験の繰り返しの中で突き止めたことを、嬉々として俺に語ってたな」
 九人目の審神者の語ったことによると、長谷部に宿るものは俗に言うところの「憑き物」──狐憑きや犬神などで知られる、人やモノに取り憑き悪さをなす低俗霊──ではないらしい。また、このような憑き物と紛らわしいことで知られる、現代精神病に罹患しているわけでもないと言う。
 だから十中八九、長谷部は荒御魂状態の神霊に取り憑かれている。何とかして、長谷部の中にいるものの正体を探り出してみせる。
 そう意気込んでいたその審神者も、気付けば姿を消していた。
「九人目の審神者の研究成果を聞いた十人目の女審神者は、荒御霊に真っ向から勝負をしにいっても勝ち目はないと考えた。ならば、奴の目を欺くのはどうだろうってんで、諸々方法を試した。目眩しの結界を張ってみたり、奴の欲しがる住民を模したヒトガタを喰わせてみたり、とかな。結構頑張ったんだが、残念ながら清庭様はどれもお気に召さなかったらしいぜ」
 十人目は、ヒトガタを捧げる儀式の途中で亡くなった。政府の鑑定によると、若人にしては不自然な、心臓発作だったらしい。
「その後やってきた、十一人目の審神者は」
 日本号の語りが、ここで初めて淀んだ。
「十一人目の審神者は、神様相手に戦うだ騙すだなんて畏れ多い、と言った。どうにかしてご機嫌を伺うしかねえ、と」
 そのために、毎日長谷部に供物を捧げたと言う。
「怨霊信仰ってヤツだな。天神なんぞと一緒で、祀り上げて、お願いだから静かにしてくれって拝み倒すやり方だ」
 審神者は毎日長谷部を真摯に拝み、供物を捧げた。
 しかし、やり方が悪かった。
「あいつの死に様が一番、ひどかったな」
 日本号は顎をさすり、遠い目をした。
「最初は普通の食事を提供してたんだ。鯛の尾頭付きとか、めでたげなものを出してたんだよな。だが効き目が無かった。刀剣が一本連れて行かれちまって、供物をより強力にしようとしたんだ」
 審神者は生きた動物を捧げるようになった。亀だとか狐だとか熊だとか、そういった動物を生け捕りにして、長谷部に差し出したのである。
「ひでえ有様だったぜ。長谷部のいる座敷牢に、捕らえてきた動物を生きたまま放り込んで、衰弱死させるんだ。何匹も何匹も、あの座敷に溜まっていってよ。嫌ァな臭いがしたわ」
 それでも、本丸の怪は止まなかった。二本目の刀剣が喰われてしまい、審神者はそれでも生贄を止めなかった。
「奴は、藤の本丸に霊力を直接流し込んでやれればいいんじゃないかって理論に至っていたらしい。そこで、手ずから霊力の高いと言われる動物をさばいて、その生き血を長谷部に飲ませた」
 血は霊性の象徴の一つだという。だからそれを、何も食べようとしない長谷部の喉へ無理やりに流し込んだ。
 効果は勿論、審神者の期待しない形で出た。
「ある朝、審神者が起きてこないことを訝しんだ近侍が、奴が審神者部屋で息絶えているのを発見した。昨夜は健康に酒を嗜んで寝ていたはずなのに、奴の身体は昨夜死んだとは思えねえほど腐敗していた。そりゃあもう、ぐずぐずに溶けてたぜ。あいつが長谷部の牢の中に放り込んだ、生贄の末期みてえにな」
 十一人目のやり方は、悪意こそ無かったものの邪道である。だが、長谷部の中にいる何かが本当に荒御霊だとするならば、祀り上げるというのは理に適った対処法だ。そう言ったのが十二人目の審神者だった。
「あんたの、前任だな」
 日本号が青年審神者を一瞥する。彼は膝に乗せた拳を握り締めた。
「あいつは、藤の本丸そのものを神として祀ってしまおうと考えたようだった。それで、今度は真っ当に藤の本丸の正体を探って、何に祟ろうとしているのかを調べたらしい」
「で、その正体は?」
 乱藤四郎が問う。寸刻、日本号が答える。
「分からん」
  拍子抜けする短刀に、日本号は肩を竦めて見せる。
「実はな、俺はその調査の途中で外されたんだ。だからその審神者がどんなことをしたのかも、どんな最期を迎えたのかも知らねえ」
  へし切長谷部の隣の牢で、日本号はずっと彼のもとへ出入りする刀剣を眺めていた。
  だから刀剣の出入りが少なくなり、それが完全に途切れたある日、役人がやってきて十二人目の死を告げた時にも、実感を持てなかったという。
「長谷部の所に出入りする刀剣たちは、取り乱す様子もなければ自我をなくしてしまったようでもなかった。もちろん、長谷部の牢に入ったきり出てこない刀もいたが」
  日本号は考え込む。
「あの審神者は霊力も高ければ、肝も据わっていた。そう簡単に、とも思えねえし、あんたに全てを押し付けて逃げる奴でもなかった。あいつに何があったんだろうな」
「……と、いうことで」
  審神者は日本号の話を切り、一同を見回した。
「俺はこの十二人目と同様に、この本丸を神として祀って鎮める方針でいこうと思う」
「方法は?」
「戦と同様」
 問う刀達に歌仙が答える。
「まずは索敵。本丸の荒ぶる性質の原因を暴く。その後、それを鎮めるための行動に出る。そしてこの地に藤の本丸の新しい依代として『社』を建て、こちらに移ってもらって祀っていこうと思う」
「天神様と同じような感じかな」
 審神者が付け足してから、続ける。
「できることならば、同じような方法を取ろうとしたんだろう十二人目の審神者の方策を知りたかったけど、仕方ない。我流でやってみよう」
「どうやって知るんですか?」
「あの本丸については公的資料もなく、かつ深く関わった人間も皆故人となっている。だから探るための手段は、誰かが実際にあの本丸の中に潜り込むしかない」
「僕が適任だろうねえ」
 手が挙がった。にっかり青江である。審神者が黒目を動かし、行ってくれるかと確かめる。
「勿論。コッチの『戦』も、僕は経験豊富だからね」
 刀はその名に馴染む笑みを浮かべている。
「でも、どうやってそこで知った情報を知らせるの? 一度入ったら帰ってこられないでしょ?」
「そういう時こそ、文明の利器の出番だ」
 審神者は部屋にある液晶画面と、己の手にした四角い板とを示す。
「政府から審神者に渡される電子機器本体と端末。にっかりがこの端末を持っていってくれれば、俺の本体と連絡を取れるはず」
 しかも今回は、全審神者の閲覧する『さにちゃんねる』を連絡手段として用いる。『さにちゃんねる』はどんな異界でも通じるからいけるだろう、と審神者は説く。
「にっかりがさにちゃんで藤の本丸での調査内容をこまめに報告してくれれば、俺や他の審神者がそれを見て、逐一情報を共有して正体を分析することができる」
「僕が無事に、端末に書き込みをできる状態であるならばの話だけどね」
「そう。問題は、音信不通になってしまった場合だ」
 にっかり青江の不穏な補足を、審神者も認める。
「行って早々音信不通になることはないと思いたいが、可能性としては十分あり得る。それから、途中で連絡が途絶えることも。どちらにしても、そうなったらあらかじめ定めておいた一定期間の後に、生存確認と補佐を兼ねてもう一振に行ってもらう」
「誰が行くかは、実際に本丸の様子を窺ってから考える。それでどうだい?」
 歌仙が皆に問う。全員が応と答えた。審神者は眉を下げ、にっかりに詫びる。
「最初から二振送り込めればいいんだけど、俺の霊力から考えるにちょっと厳しい。申し訳ないけど、堪えてくれ」
「心配ないさ。博多を見つけることができれば、二振で調査ができることになるしね」
 霊刀は笑っている。
 審神者は立ち上がり、博多のもとへ歩み寄る。本体の前へ屈み込み、片手を翳した。にっかりは主人の手と短刀の間に、細い糸のようなものが光っているのを見た。
「博多とは、まだ繋がっている」
 手を離して、審神者は言った。
「これまで本丸に行った刀の手入れを出来ていたことから考えるに、刀が折れさえしない限り、博多とにっかりは戻って来られるだろう。いくら霊力が低いとは言っても、俺との縁が切れてない状態で刀を呼び戻せなかったら、それこそ審神者失格だ」
 審神者はもといた位置へ戻り、正座した。目を瞑り大きく息を吸い、吐く。細くなるまで息を吐き切ってから目を開いた。
「明日、一番鶏が鳴いたら支度を始めよう」





 



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ほら、フラグ回収しましたよ。問題はこの先だ。