【刀】末世パロ③

◆公安警察特殊犯罪分析室

 たとえ廃墟であろうと、教会と名のついていた場所に注がれた陽射しは途端清廉な輝きを増すものらしい。

 曙光が天板の崩壊した廃墟を照らしている。風雨に晒された石壁。下がった目尻から微笑んでいたのだろうと推察することしかできぬ、鼻の下から腹にかけてが大きく削り取られた聖母像。アシンメトリーに点在する傾いた長椅子。裂けた絨毯。爆ぜた宗教画。

 蔦の這う前は傷一つない白壁が眩かったのだろうその建物は今、動乱により抉り取られた傷をそのままに、過ぎ去る時の暴力に晒されて自然へ還ろうとしていた。無機質な景色の中、左辺の欠けた十字の頭上に燦然と輝くバラ窓だけが、二時頃の一角を欠いていながらも辺りに万華鏡の如きとりどりの煌めきを投げ掛けている。

 その二時から差し込んだ朝の素直な光は、十字ならぬ卜の字に跪き祈る男の風変わりな髪の色を明かす。一見煤色にしか見えぬその髪は、日に透かされると鈍色に輝くのだった。

 不思議な髪の光沢に合う上質のスーツを折り目正しく纏った男は、片膝をつき両手を組んだ祈りの姿勢を取ったまま微動だにしない。目を瞑り俯くその白皙は彼の向かい合う彫像のようで、背後で僅かに革靴の石を叩く音がした時さえも、命を持たぬ無機物の如く不動を保っていた。

「付喪神が異教の神に祈る絵面って考えると、これもなかなか面白いモンだな」

 滑らかな艶があるのに耳朶を心地よく擽る掠れた声という、本来ならそう成り立つはずのない二つの相反した要素を含んだバリトンが、僅かに笑う空気を含んで語り掛ける。

 一心に祈っていたらしい男が瞼を上げた。頭が回り、静謐な藤色の虹彩が教会の白茶けた赤絨毯を踏みしめ近づいて来る大男の姿を映す。その長く乱雑に括られた黒髪を背後に流し、黒にほど近い濃灰のジャンバーのポケットに両手を差し込みながら歩み寄る大男を見た途端、先程まで清らな偶像然としていた男の顔が一瞬にして命を宿したかの如く、嘲りとも皮肉とも取れる俗物的な笑みを形取った。

「よく考えてもみろ。人知の及ばぬわけのわからぬもの、それがカミだ。そんな信仰する者もいない未確認生物がどこで何に祈ろうが、人間には何の関係もないだろう」

「お前なあ。仮にも昔一国一城の守り刀やってた国宝だろうが」

 大男に呆れたような垂れ目を向けられても、男は鼻で笑い飛ばす。

「乱世の人間は、文化的財産などという腹の膨れないものは求めん」

「俺が言いたかったのはそっちじゃないんだがね」

 肩を竦めて大男が言うが、男はその仕草を見ていない。立ち上がってかつて祭壇だったものを仰いでいる。

 ややあって、この静寂においても耳を澄まさねば聞こえぬような小さい呟きが聞こえた。

「長政様は切支丹だった。俺が教会で跪いても、問題ないだろう」

 そういうことでもない。大男はそう思ったがもう追求せず、崩れた十字に向き直った男の肩に手を置く。

「時間だぜ。俺達の辛気臭い戦場がお待ちかねだ」

「辛気臭かろうが職務は果たすものだ。減らず口を叩いていないで気合を入れろ」

 大男がなるべく常通りの調子で語り掛けると、男は一転して毅然とした様子で振り返り、柳眉を吊り上げて檄を飛ばした。忙しい男だ。大男が薄ら笑いで応じるのを余所に、男は赤絨毯に一歩を踏み出す。

「行くぞ、日本号」

「へいへい」

 スーツとジャンバーという対照的な衣装の二人は、それでも肩を並べて荒れた教会を後にする。

 日本号がへし切長谷部を現世において見つけたのは、今から四年前の冬のことだった。

 酒を安定して買える程度の財力が欲しいというそれだけの理由で、彼の並外れた身体能力を見込み警察官にならないかという誘いをかけてきた知人にのって警察庁を見学しに来た日本号は、そこで長谷部と再会した。ばったりと廊下で顔を合わせて、日本号は少し驚きはしたもののすぐにへらりと笑って「よう」と声をかけた。かけてから、前に男士として顕現したばかりの時のことを思い出し悪手だったかと思い至る。しかし長谷部は淡い光彩を瞠ったのも束の間、久しいなと目を細めた。

 これが他の刀剣男士だったなら、ごく当たり前のことだろう。だが無駄に付き合いが長いために長谷部という男をよく知っている日本号は、彼のこの様子を見てむしろ胸騒ぎを覚えた。そこでその場で連絡先を交換し、さっそくその夜のうちに飲みに連れていった。そして己の予感が的中していたことを知った。

「どうして今の俺達には、主がいないのだろう」

 互いの近況も話し終わらないうちに、案の定長谷部は昔から耳にタコが出来るほど好んで繰り返してきた三音について口にした。己の顔ほどもあるジョッキを傾けながら顔色一つ変えず、瞳の曖昧な紫を俯かせ、卓上に置かれた焼き鳥の皿よりずっと遠く深き何処かへと彷徨わせて零す。

「主がいないというのは変な気分だ。どうして刀を手にしているのか分からなくて困る」

 だから公僕に志願したんだ、と長谷部は告白した。

 そんな危ういことを漏らす刀を、日本号は放っておけなかった。

 長谷部より先に再会していた博多の強烈な勧めもあって――「長谷部が変なこつ仕出かさんか監視出来て、日本号も定職につけて一挙両得ばい」――日本号はすぐに警察官になった(余談だが本来なら筆記やら実技やらこなさなければならないらしい試験では、往年の槍さばきを見せただけなのに受かった。良かったのだろうか)。そしてこの末世でも妙な縁があり、五十代の上司をハイティーンの坊やだと内心で思いながら接していた日本号は、奇しくも出動した現場で得意の圧し斬りぶりを発揮してしまった長谷部とほぼ時期を同じくして警察庁警備局公安部門特殊犯罪分析室と呼ばれる、一日の仕事は過去の事件ファイルの整理と過去現在に関わらず事件に関わってはいるもののどう関わったかが謎に包まれている物品の研究と管理だけという僻地に島流しにされたのだった。

「今日はどうすんだ?」

「朝一で薬研の所に預けたものを取りに行く。解析の結果が今日出ると言っていたからな」

「じゃあそれから巡視か」

「そうだ」

 長谷部は躊躇いなく答える。再会したての頃、主のいない自分が刀を振る理由が分からないと漏らした男だが、いつでも職務には積極的に励む。その積極性はファイルと物品整理というマニュアル通りの仕事に飽き足らず、街に出ていっては秩序を乱す輩を検挙するという行動が習慣になっているところにも表れている。

 彼にとって今の主は「公」、形だけになったこの国の、元々国民と呼ばれていた不特定多数の共同体なのだろう。だから上から仕事を与えられずとも、嘆く素振りを見せないのだ。

 かつて一番は今の主だと断言し、献身的に尽くした姿勢は健在である。

「どうした?」

 日本号は出ていく直前、廃れた教会を振り返った。長谷部が訝しげに視線を投げかけてくる気配が、見ずとも分かる。

 何でもないと返しながら、日本号の頭は毎朝ここに長谷部を呼びに来る度に思うことを今日も思う。

(だがそれでもお前は、毎日荒れた教会で祈るふりをするんだな)

 キリスト教信者でもないくせに、神父のいる教会にも行きたがらないくせに、この地に足繁く通う長谷部。この時の止まった教会の残骸でないと、跪き目を瞑ることすら出来ない長谷部。

 この刀は本当に愚かだ。だがそれ以上に、このごっこ遊び染みた儀式に毎日付き合う己はもっと馬鹿だ。

「行くか」

 日本号は、今度こそこの残骸に背を向けた。明朝にはまたここで頭を垂れる長谷部の後姿を見るのだと、物思いに耽りながら。

 

 

 

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何でこんなパロばっかり書いてるんだろう…。

本当、これ長く書く気は全くないんで。こんな雰囲気の末世or裏街道をもっともっと書いてほしいから書いてるだけだから。ネタがまとめられたら手を引くから。

 

ただこの話だけは書きたかった。