三槍阿保話【腐】③

※毎度の如く刀ネタ腐ってます。にほへし注意。

 

 

 

 

③索敵

 

「あの野郎、やっぱり俺を嫌ってやがる」

 日本号は足音荒く部屋に踏み込んでくるなり、畳にどかりと座り込んでそう言った。蜻蛉切と御手杵は向かい合ってポーカーで遊んでいたが、明らかに機嫌の悪そうな槍の様子を見て一度遊戯を中断した。ただし御手杵は蜻蛉切が日本号の方を振り返った瞬間、さりげなく山札から良い札を抜き取り、代わりに手札の要らない数枚を混ぜ込んだ。

「どうしてそう思うんだ」

 蜻蛉切は冷静に問いかける。日本号は今にも舌打ちしたそうな様子で口を開く。

「さっきの、出陣先でのことだ」

 今日、日本号は第二部隊に入って厚樫山に出向いていた。いつものように、戦闘経験を積むことを兼ねた巡視の一環である。

 そこで、検非違使と四回交戦した。通常ならば何と言うことのないことだが、この日の第二部隊は練度上げを目的とした部隊編成になっていた。だから二度、三度と剣を交わすうちに、軽傷ながらも負傷者が増えていった。

 普段なら、ここで帰還するところである。しかし今回の面子は戦好きばかりだったため、皆撤退を渋りまだ行けると主張した。だから部隊長であった長谷部も、渋々あと一戦だけだと念を押して出陣したのである。

 そこでまさか検非違使部隊と四戦度目の交戦を果たすことになるとは、思いもせずに。

「巡り合わせが悪かったんだ。長谷部が一本槍を折ったところで、他の攻撃が集中して愛染が重傷を負った。今剣も中傷になって、岩融や山伏が踏ん張ってくれたんだが、敵も堅いからな。長谷部の動きも守る方に流れてた」

 形勢が崩れていると分かって、好機を逃す敵でもない。おぞましく輝く刃先が、岩融の補佐に回ろうとしていた長谷部を狙う。

 この状態で、一番腕の立つ動ける男がやられるとまずい。幸い日本号は無傷に等しく、彼に近かった。だから咄嗟にその身を敵の得物と長谷部の間に滑り込ませ、敵の得物が己に刺さり動きが止まったところを狙って薙いだのである。

 長谷部を狙っていた槍は折れ、他の刀剣も、負傷しながら奮闘した味方の活躍により次々に倒れ伏した。結果として愛染重傷、今剣に岩融と日本号が中傷、そして山伏と長谷部が軽傷とはなったが、巡り合わせが悪い中で全員折れることなく敵部隊を屠って来られたのだから、上出来だと日本号は思うのだ。

 しかし長谷部は、帰還して主への報告を終え労いの言葉を掛けられ、隊員全員の手入れが無事終了してもなお、眉間に皺を深く刻んだままだった。そして果てには手入れの終了して遅い夕食を摂った日本号を食堂の外で捕まえ、憮然とした顔でこう言ったのだ。

「貴様にあのような無様な庇われ方をされるなど不覚だった、だと」

「あー、それは……」

「長谷部が悪いな」

 蜻蛉切が言い淀んだところを、これまたずばりと御手杵が評する。

「そこはまず、ありがとうって言うところだろうに」

「だろう!?」

 日本号は吼えて、徳利の口からそのまま酒を喉へと流し込む。このように日本号が勢いよく酒を飲む時は、大概心を落ちつけたい時だ。

 二本が正三位の言葉を待っていると、彼はやがて大分軽くなった徳利を置いて口元を拭った。

「アイツ、頭も下げねえで罵りやがるんだ。『貴様は手入れに多く資源を費やすのだから余計なことをするな』『俺もこのようなヘマは二度としない。だから貴様ももうこんな馬鹿な真似はするな』だとよ。くっそ、てめえの方が練度高ぇからって偉そうに!」

「あーあーあー」

「いや待て日本号、それはだな」

「だが、『借りは返す』んだそうだ」

 呆れた声を上げていた御手杵と、長谷部の言葉を噛み砕こうとしていた蜻蛉切は、日本号の付け足した言葉に口を噤んだ。深い紫にうっすらと血の色を滲ませた瞳が、二本に獰猛な笑みを向ける。

「だから、精一杯の嫌がらせをしてやることにした」

「ど、どんな」

「てめえで俺の好きな銘柄の酒を買って、俺の指定した日に晩酌しろって言ってやったんだ」

 ひゅっ、と蜻蛉切は息を呑んだ。御手杵を振り返れば、彼も目を丸くして蜻蛉切を見ていた。

 ちなみにこの二本は、日本号が本丸に来る前から数え切れぬほど出陣を共にしている。だから、言葉もなしに互いの目から互いの思いを読み取ることなど造作もなかった。

(御手杵、これは)

(待て、長谷部の反応を聞くのが先だ)

 二本は目と目で頷き合い、日本号の方へ向き直った。

「長谷部殿は、何と?」

「すげえ嫌そうな顔してたが、了承したぜ。聞いてみれば明々後日が非番だと言うから、その前の晩にすることにした」

 絶対潰してやると物騒に目を光らせる日本号は、なおも息巻いて言う。

「ついでにいい機会だ、アイツの腹ン中を暴いてやる。いっつもお高く澄ました面しやがって」

 それから過去の長谷部の腹に据えかねたエピソードを語り始める。酒飲み連中のうちでも何故か日本号にだけよく突っかかって飲酒を注意して来ること、会話をする時に必ず一度は罵り言葉を混ぜてくること、日本号が洗濯物を干しているとわざわざ寄って来てその干したものの形を整え直すこと、以下、延々と続くそれを二本はポーカーを再開しながら聞いた。

「……酒が切れた。取って来る」

 日本号が席を立った。濃灰のつなぎが廊下に消えたのを見届けてから、蜻蛉切は向かい合う男にこそりと囁く。

「急展開ではないか?」

「アイツ何だかんだ言ってるけど、ここに来た時からずっと長谷部の様子窺ってるもんな」

「仲良くできないのが不満なのだろうか」

「心の底ではそうなんだろ」

 日本号は自尊心の強い男であり、その分何事にも鷹揚だ。そんな彼がこうも感情の昂りを露わにするのは、自身の威信が傷付けられた時か長谷部が絡んでいるかのどちらかである。

 それだけ、長谷部のことを気に掛けているのだ。長谷部は日本号にとってただの戦仲間ではなく、それ以上のものなのだろう。

「来たばっかりの頃は、長谷部が何で黒田家の話をしないのかってやたら気にしてたっけ」

「日本号からしてみれば、長谷部殿がまるでこれまで良い主に恵まれたことがなかったかの如く振る舞っているように感じられたのが、勘に障ったようだったな」

「他のもと黒田の刀がその頃の話をしなくたって、怒らないのになあ」

「よほど長谷部殿を気に入っているのだろうな。そうでなければ、彼が黒田家の話をしないことが黒田の威信を傷つけることに繋がるなど、思わないはずだ」

 蜻蛉切の台詞に御手杵は頷く。どうでもいい刀剣ならば、黒田家の悪口を言っていても日本号は放っておくだろう。あの槍は真に気位が高いから、本当にどうしようもない格下ならば歯牙にもかけない。

「ただ問題は、日本号が恐らく長谷部殿の意図を正確に理解できていないことか」

「それから、長谷部の言い方な」

 二本は揃って溜め息を吐いた。

 昔馴染みなのに難儀な二人を面白がっていいのか、はたまた真剣に世話を焼いてやった方がいいのか。しかし日本号からの伝え聞きがもとではあるが、この二人の互いに対する構え方は分かってきた。二人の性格を考慮する限り、少しでも他人に揶揄われていると勘づいてしまえば身構えて距離を取ろうとするのは目に見えている。ひとまずここは静観して、明後日の晩を待とう。

「蜻蛉切って、出歯亀するの好きだったのか?」

「いや、自分では人並みだと思っている。ただあの二口については、まことに気持ちが通じ合った時にどうなるのかを見てみたいというだけだ」

「うぇぇ、性質悪いなあ。俺も人のこと言えないけどさ」

「ところで御手杵。お前やけにポーカーが強くないか?」

「まさか。俺、刺すしか能がねえんだって」

 

 

 

 

 

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やっと筋道が決まって来た。遅い。

わりと書く時は行き当たりばったり。それが私。

 

 

ギネさん来ません。なにゆえ。