三槍阿保話【腐】②

※腐です。にほへしです。

 

 

 

②敵の気配を察知

 

「御手杵てッめぇ! ふざっけんなこのッ!」

「ひぃぃぃ」

 大絶叫の直後、槍部屋は技かけ大会会場と化していた。四文字固めを掛けている日本号は声を荒げ、その長い足に絡めとられている御手杵は悲鳴をあげている。その悲鳴は技を掛けられている苦しみから来るものだけではなさそうだ。蜻蛉切はそう見当をつける。何故なら御手杵は、喘ぎながらも笑っているからだ。

「す、すまねえ日本号…っ! 俺は、強がりなお前の心のトクベツやわいところを刺しちまった……っ!」

「だァれが強がりだおらぁッ」

「あだだ! あッあの正三位殿が面倒をっ……この本丸にいる限り面倒を見て下さるなんてぶへッぶはははははあーやべやべ待って待って待ってホント落ちる」

 正三位がその隆々とした筋肉で本格的に締めにかかる。声に笑いより苦痛の割合が増した御手杵が、蜻蛉切ぃと情けない声で助けを求めた。蜻蛉切は苦笑して声をかける。

「日本号、そのくらいにしてやれ」

 彼の方とて、そろそろだと思っていたのだろう。日本号は舌打ちをしてから身体を離し、すぐまだ空になっていない一升瓶へと近寄って行った。御手杵は咳き込んでいる。その丸まった背に水を差しだしてやりながら、一杯あおる日本号を見て笑みを浮かべる。

「しかし、やはり憎からずは思っていたのだな」

「どういう意味だ」

 垂れがちの双眸がじろりと睨み付けた。要らぬ茶化しをするようなら斬ると言わんばかりの視線を、緩やかに首を振って否定する。

「いやなに、貴殿らは顔を合わせれば小言と憎まれ口ばかりだから、少々心配していたのだ」

「……それは、悪かった」

「もっとも、最近の戦での貴殿らの雰囲気を見ていれば杞憂だろうとは思っていたのだがな。はっきり口に出してくれて、安心した」

 そうか、とだけ日本号は返した。どうもこの誠実な槍に穏やかな言葉を向けられると、強い言葉を返せなくなってしまう。乱雑に頭を掻いて、日本号は気まずさを紛らわせた。

呼吸の回復した御手杵は、何も言わずに穏和な槍の差しだしてくれた水を啜っている。蜻蛉切は微笑んだまま、日本号に確認する。

「長谷部殿のことは、大切に思っているのだな」

「あれでも、世話になった主が気に掛けていた刀だからよ」

 多少転々としたこともあったが、日本号は黒田の下にいた期間が長い。そもそもの持ち主であった母里家も黒田家も日本号を宝として誇り、丁重に扱ってくれた。付喪神にとって、持ち主が自身を誉れとしてその存在を世に知らしめてくれることは、何よりの活力となる。日本号の気質にも合っていたあの家で長い時を過ごせたことは、非常に幸福なことだった。

 そして日本号が黒田の傘下に入ってから、へし切長谷部が宝として扱われていない時は無かった。

 かけがえのない、この世に二振とない宝として大事にされているくせに、戦で誉を上げられないことを憂き目に感じているような変な刀で、守り刀として黒田の家を愛し守ろうとしながらも、戦場で主のため働けないことを嘆いていた。

 そこを、日本号は気に入っていた。

「長谷部も日本号のこと、他の刀とは別だと思ってるところがあるよな」

 黙していた御手杵がふと呟いた。日本号が反射的に険しい目を向けた途端、御手杵は慌てて両手を振る。

「ちげーよ、今度はちげーよ! 真面目に! 普段から思ってること言うから! ……長谷部って口悪いけど、主命の都合とか相手から何か言って来た時でもなければ、誰かに文句言うことってあんまりねえだろ?」

「そうか?」

「おう! 俺、前に非番の日にだらだら縁側で寝てて歌仙に怒られたことがあるんだけど、その前に俺の横を通った長谷部は全く怒らなかった」

 日本号は思い返してみる。ある晩、縁側で月見酒と洒落こんでいた所へ長谷部が通りかかったことがあった。その時「邪魔だ退け」と罵られた記憶がある。

 翌日に出陣があったわけでもなく、通行の邪魔にならないよう背後に十分な空間を空けておいたにも関わらず、だ。

「でも馬当番の時に鯰尾と糞野球してるのが見つかった時は、すげー怒られた」

「糞野球って何だよ」

「固めた馬糞を鍬で打つ遊びだ」

「ふざけんなよ」

「もっと叱られろ」

 日本号と蜻蛉切と二人して罵る。御手杵はちゃんとその後掃除したぞ、と唇を尖らせる。

「だが御手杵の言う通り、長谷部殿はどこか日本号に気を許しているところがあるような気がする」

「そうかぁ? 俺にゃ、まっっったくそうは思えないがね」

 日本号が鼻を鳴らす。

「酒に誘っても仕事を理由に断りやがるし、飯の時に向かい合って食ってたって、にこりともしやしねえ」

 唯一日本号と接触していて楽しそうにするのは、戦や手合せの時だけだ。打ち合いが激しくなる時、追い詰め追い詰められの瀬戸際で、奴は凄惨な顔をして笑う。まるで血が滾るのが楽しくて仕方ないとでも言うかのように、手傷を負った時でさえ笑い声を漏らすのだ。

 そういった戦場での様子を見る度、日本号はこの男が根っからの刀剣であることを噛み締める。この長谷部は、へし切の名を拝した時からこうなるべく定められてしまったのかもしれない。

 その名を証明するためには、血を吸うしかなくなった刀剣。しかし彼の笑みを見て日本号が感じるのは、何時だって昂揚と歓喜だ。

 あれでこそへし切長谷部。この日ノ本一の槍が認めた、黒田の宝だ。

「そうなあ。あんたら、戦に出てる時とか手合せしてる時は、やたらよく笑うし喋るよなあ」

「売り言葉に買い言葉だがな」

 御手杵の言う通り、戦闘中の日本号と長谷部はよく会話をする。とは言っても、主に煽り合うだけだ。合戦場ではまだ連携して勝利をもぎ取りに行くという頭があるから、戦術の相談もするし互いに庇われた時は礼を言う。

 しかし、手合せだけは完全な煽り合いとなる。

「先日の手合せも、えらく盛り上がっていただろう。見ている身としては、冷や冷やさせられたが」

「ありゃあ仕方ねえだろう。真剣で手合せ出来るんだぜ? 奴の本体に本気でぶつかっていいとなって、興奮しねえ方が無理だ」

 蜻蛉切が言うのは、この本丸特有の月一定例真剣手合せのことだ。ひと月に一度だけ、審神者の立ち合いの下真剣同士での手合せを許される。審神者の術のお陰で鋼の身が人の身に触れても手酷い怪我を負うことがない、夢のような時間だ。

「あのプライドの高ぇ、切れ味鋭いヤツの膝をどうやって折らせてやるかっていうそればっかりに集中してたからな。多少物騒だったかもしれん」

「多少どこじゃねーよ。いつ互いに本体を折ることになるか、ハラハラしてたんだぞ!」

「バカ言え、誰がアイツ本体を折るかよ。俺がアイツを折る時は、」

 ヤツがどうしようもなく使い様がなくなった時か、戦で討たれ死にしそうになった時だけだ。

 日本号は告げて、清酒をあおった。戦の話をしていたら喉が渇いた。杯を干してふと仲間達を見ると、呆気に取られた顔をしている。

「え、何だそれ」

「あ? 前にした約束だ」

 目を間抜けな丸にしている御手杵に、日本号は説明してやる。

 以前、検非違使に遭遇して重傷の状態で帰って来た長谷部を見舞いに行き、そこで約束したのだ。

「付喪神の身体は、自害が出来ない仕組みになってるだろ? だから自分がもう使えない無様な末期を迎えそうになった時は、頼むから俺の手で折ってくれ、だと。俺はアイツと一緒に出陣することが多いし、本体も隣にいるからな。心置きなく還れると思ったんだろう」

「な、なんと」

 蜻蛉切は絶句している。口をあんぐりと開けて、閉じて、何か言おうとまた開けて閉じてを繰り返す。それから、咳ばらいをして溜め息を吐いた。

「台詞だけ聞けば物騒なはずなのだが、いやしかし……」

「あんたら仲悪いって嘘だろ」

 御手杵が怖いもの知らずの度胸で、蜻蛉切が言うに言えなかった代弁をする。しかし日本号は肩を竦めた。

「嘘じゃねえよ。アイツは用がなけりゃ、俺に接触しようとすらしねえからなあ」

「自分を折ってくれなんて、仲悪い相手に言う台詞じゃねえって」

「本霊がよしみなんだ。それくらい普通だろう」

「普通じゃねーよ」

 御手杵の返しも何のその、日本号はつまらなそうに杯を揺らして言う。

「ちょっと前の出陣で、アイツの前髪から滴ってた血を拭ってやったことがあるんだけどよ。俺は前が見えづらそうだったからやったんだぜ? だがその時も、余計な世話を焼くなと言われた。普通、気を許してる奴にそういうこと言うか?」

「以前自分が同じことをしようとした時は、『自分で拭くからいい』と触らせなかったぞ」

「そりゃあ、タイミングの問題だろう」

 己の時は、断りを入れながら拭いてしまったから。

 日本号はそう言うが、いやいやと蜻蛉切は内心否定する。自分だってそうしようとした。他の刀達だってそうだ。長谷部が触れてくるのを許すのは、頑是ない無邪気な短刀達くらいで、いやいや。

 蜻蛉切は御手杵と視線を交わらせる。茶色の瞳には混乱、戸惑い、愉悦、様々な感情が混ざり合っていたが、おおよそ自分と同じことを考えているらしい。

 互いに共通するその概念を簡潔にまとめるならば、「主命が遂行される気配を察知」だ。

「まあ。それは別にしても、だ」

 蜻蛉切は再び、軽く咳払いをした。

「そのような約束をしているならば、長谷部殿は日本号のことを嫌っているわけではないと思うぞ?」

「そうかぁ?」

「何にしても、主の懸念のこともある。気にかけてやってはくれないか」

「そうそう。あいつ、あんたと同じで一番色んな部隊に入って任務やるからなあ。第一部隊は戦線が激しくて、俺はとてもじゃないが様子を見てられる自信がねえ」

 御手杵は、飄々と言う。第一部隊にて毎日狩った首をその穂先に串刺して帰還する奴が何を言うか、と日本号は思う。

 ――何となく、一番厄介なのは身内である気がする。

 この時の三名槍は、のちに語るところによれば互いにそう考えていたという。

 

 

 

 

 

 

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何となく長谷部と日本号は普通の言い争いしてるイメージがあるんですけど、御手杵と日本号は普通に軽すぎるくらい軽い言葉覚えたての小学生みたいなノリで言葉の応酬してるイメージがあります。

 

それはそうと遂に念願の鶴さんが来てくれました。優良配合は存在したんですね…。

鍛刀してくれた67レベル加羅坊桜付に心から誉をあげたいと思います。よくやった。

 

 

だがギネさんは来ない。

 

 

既に市中演習を200回近くこなしていますが、明石も来ません。

そっちは別にたなぼた程度にしか思ってないんですが、何故ギネさんが来ないんだ。

 

 

ギネさん募集。