HQでⅥパロ-3話③




「オッケー、じゃあ迎え撃つ準備をしようか」

 オイカワは仲間たちに、てきぱきと指示を出し始める。

「まずはこっちに迫って来てる奴らの情報がほしい。マッキー、渡り鳥の目で見た四人の特徴を教えて。まっつんはマッキーの言った特徴のあるカラスノの人に心当たりがあったら、そいつがどんなやつか話してくれる?」
「待て」

 ハナマキが制止をかける。

「相手は渡り鳥の目を逆探知してくるヤツだぞ? そんな奴にもう一回同じ技を使えば、こっちの居場所を教えるようなものじゃあ」
「それが寧ろ狙いだよ」

 オイカワは言い切った。

「イイ大人は、わざわざ最初から消耗の激しくて効率の悪い鷹の目で巡視なんかしない。そんなことするのはまだ青臭くて自分の身の丈を弁えてない、衛兵部隊の馬鹿だ。そういうヤツは自分の狙いで獲物を仕留めることに執着しがちだから、一度獲物の狙いを付ければずっと狩れるまで際限なく矢を放ち続ける」
「消耗させようってわけか」
「原則飛ばずに、森の中で迎え打とう。その方が隙を作れる」
「了解。そういうことなら」

 ハナマキが探知を開始する。三白眼が遠くを見据える。

「ここから二,五キロ、二時の方向から四人接近中。戦闘は坊主頭の男。身長は一七七センチ程度、黒い作務衣のような服を着ているな」
「それは、タナカとかいう法士だろう」
「法師? 坊さんか?」

 イワイズミが怪訝そうな顔をする。マツカワが説明してやる。

「そっちじゃない。法術を用いて戦う職業だ。武闘家のようで僧侶のようで呪術師のようでありながらそのどれでもない、もとは修験者の一種だな」
「そんな職業があるのか?」
「あるんだよ。分かりやすく言うなら自然超越、怨霊調伏のために修業を重ねてきた、癒術の使えない武僧だな。俺たち道師は自然調和を追求する癒しや守りの術に長ける武僧だが、法士はその真逆。荒ぶる怨霊を力で鎮めることに優れた連中だ」

 マツカワはさすが僧職であるだけあって、曖昧で混同されやすい職の詳細にも詳しい。オイカワに法士との戦闘経験はないから、彼の知識が役立つだろう。

「タナカはカラスノ攻撃勢の中でも特に攻撃的で挑発の上手い斬り込み隊長だったはずだ。奴の法術はもちろんだが、打撃にも気をつけた方がいい」
「タナカの後ろに続いてるのは、オレンジ頭のちっちゃい奴。そのやや斜め後ろを、突っ立った髪型のこれまたちっこい奴がもう一人続いて飛んでる。身長はオレンジのが一六二センチ程度、後ろのが一六〇もいかないくらいかな」

 説明が一区切りついた頃合いを図って、ハナマキが見て取った新たな人物を告げる。それを聞いたマツカワの表情が、僅かに曇った。

「あー、厄介なのが来ちゃったな」

 舌打ちでもしたそうな様子の同級生に、オイカワが説明を急かす。

「どんな奴らなの?」
「オレンジのちっちゃい奴は、去年カラスノに入って来たばかりの新米戦士だ。身体能力が高くてスピード、反射神経、持久力、バネが凄い。
 それでもひよっこらしく攻撃の威力は普通だし技術は全然なんだが、どういうわけかカラスノの飢餓精神をたっぷり持ってる。アイツ単体ならまだそれほど怖くない。けど他のチームメイトと組み合わせると厄介極まりない、何にでも我武者羅に突っ込んでいく番狂わせ上手だ」

 雷光みたいにどこにでも飛んでいくから気を付けろ、とマツカワ。
 要は、持久力と機動力の高い囮役だろう。囮が機能するということは、カラスノのチームとしての和にも気を付けなければならない。

「もう一人は」
「お前らの世界にも、きっといただろ。聖騎士ニシノヤだ」
「チドリヤマの天才、ニシノヤか」

 オイカワだけでなく、イワイズミも眉根に皺を寄せた。
 聖騎士は全ての力を守りに注ぐ、騎士よりも堅い守護を誇る職種だ。各都市各部隊に必ず一人は組み込まれていて、味方の防御に専念し部隊の生命線の死守に努める。
 ニシノヤはミャギ国の中等養成学校における強豪校チドリヤマ中等養成学校で既に聖騎士としてその名を馳せており、彼の防げない攻撃はないと称えられていた。

 オイカワの脳内で、迫りくるカラスノフォーマンセルの図が組み立てられていく。相手は空中戦に優れる伝統部隊、揃う面子は法術使いの斬り込み隊長に活発な囮役、天才聖騎士、そして。

「最後一人、は」

 ハナマキの声が中途に切れる。彼方を見つめていた視線が、急に戻って来た。イワイズミが身構える。

「どうしたハナマキ」
「……説明してる暇はくれなそうだ」
「毒矢を放ってきたんデショ」

 オイカワは今起こったらしい出来事を推測する。

「それも雨みたいにたくさん」
「何で分かるんだ?」

 ハナマキが目を見開く。オイカワは薄く笑った。

「お約束だったからね」

 イワイズミたち三人が上空を仰ぐ。しかしそこにはまばらな樹々の尖った先端によって狭められた夜空しかない。星々が静かに瞬いているだけである。

 しかし耳を澄ませば、無数の甲高い音が聞こえる。五感の鋭い狩人――この場においてはオイカワでなければ聞こえないだろうそれは、鳶の鳴き声や花火の打ち上がる音、あるいは聞きようによっては笛の音のようだと言う者もいる。

 だが迫って来るその音色は間違いなく、そんな平和なものではない。

「アイツはよく『俺一人で全部済ませられればいいのに』って言ってた。それは決して傷つく仲間を出さないために、とかそういう気遣いから来たものじゃなくて、俺一人で戦場を制してみせられるのに、っていう傲慢から来るものだった」

 戦場における究極の英雄というものがいるならば。
 それはきっと戦の始まる前に敵勢力を殲滅させることのできる、強力な遠距離攻撃手段を持つ者だろう、とは戦における理想論の一つだ。

 オイカワはこの概念を得た幼少より、弓の稽古を続けてきた。しかし彼は物心つく前から弓に親しむことを覚え、さらにその概念を知ってからはさらにこの武器に固執した。

「だから俺はアイツがよく五月雨射法の練習をしているのを見る度に、その鼻っ柱を折ってあげてたんだよ――こうやってね」

 オイカワは左腕を高く掲げ、天と対角に右手を引く。弓を引き絞る姿勢を取った射手に合わせるように、彼の掌中にたちまち光輝く弓矢が現れる。

 依然として夜空には、物言わぬ星が輝いている。しかしその漆黒の天板の一四方に、一刹那のみ星とは異なるやや紫紺を帯びた点がちらちらと瞬いた。

 ――五十六か。

 瞬く間でも見えれば、十分だった。

 オイカワの弓手から光の矢が放たれる。太い一本矢は高い鳴箭と共に射手の手を離れた直後分離して、無数の鋭利な光線となって夜空を切り裂いていく。

 遥か上空、静謐を保っていた紺碧に閃光が走り破裂音が響いた。その瞬きと音がきっかり五十六回ずつあったことを確認し、オイカワは鼻を鳴らした。

 ――俺が中学を卒業する前、最後に射落とした矢の数と全く同じだった。

 彼は鼻の頭に皺を寄せる。その主な原因はかつての記憶が思い起こされたことにある。だが放たれた矢を払う瞬間に妙な違和感を覚えたからというのも、彼の渋面を作るもう一方の要因になっていた。

「全部、射落としたのか……?」
「げっマジで射落としやがった!」

 ハナマキが信じられなそうに呟くのと時を同じくして、若々しい驚愕の声が響いた。イワイズミたち三人が、既に手にしてあった得物をそれぞれ構え直す。

 二時の方向、宵闇にまぎれていた三つの影が踊り出る。影たちはわざわざこちらの焚火の照らす届く範囲まで滑空してくると、背に生えた妖しき漆黒の翼を二三度羽ばたかせて宙に留まった。

 三人の人相は、先程ハナマキが告げたものと一致している。前を開け放した黒い作務衣、その下に派手な橙のTシャツをまとう坊主頭。そのTシャツよりやや色味の柔らかな髪を持つ少年。そして逆立てた黒髪と前髪の一部のみを染める金との対照が目を引く、甲冑姿の小さな聖騎士。

 カラスノ元空中都市衛兵部隊の戦士たちは、その代名詞であるカラスの翼を時折羽ばたかせながらオイカワたちを見下ろした。

「うわっ、ホントの本当に大王様!? うわーっ!」

 無邪気な驚愕を露わにしているのは、鳥の産毛に似たオレンジ髪の小柄な少年だ。体格や声質以上に目や顔の線の丸い、幼い顔立ちをしている。サークレットと鎧を身に着け剣を握っているところを見ると、まだ駆け出しの戦士といった印象だ。

 オイカワは横目で隣を窺う。マツカワはオイカワの視線に気づくと、相手へ向けた体の向きはそのままに唇だけ動かし、無声音で話す。

『あれがカラスノの新入生だ。お前はチビちゃんと呼んでいた』

 それからやや躊躇って、こう付け足した。

『お前の後輩と組むと、とんでもなく厄介な囮になる』

 ふうん、と軽く相槌を打ってオイカワはカラスノ一行に目を戻す。
 その彼の後輩の姿はない。

「ハァイ、チビちゃん。元気そうだね」

 オイカワは一転にこやかに手を振り、カラスノの雛鳥に挨拶する。

 自分に彼らの知るオイカワの記憶がないことがバレて相手を勢いづかせるのも癪なので試合前に相手への威嚇用に見せるとびきりの愛想の良さを前面に押し出してみたが、どうやらこの態度で問題ないらしい。雛鳥は明らかに緊張で固まり、彼の隣に浮く坊主頭はあからさまにうんざりした気色を醸し出した。

 こちらの自分の人格と言動は、現在の自分とさして変わりないようだ。

「俺のカワイイ後輩と仲良くできてるー? オイカワさんのお迎えにも出て来ないなんて、アイツも相変わらずの王様気取りだねえ」

 さり気なく後輩の動向を探るために、鎌をかける。すると、カラスノの三人は予想だにしない反応を見せた。

 苛立ち、緊張、観察とそれぞれオイカワに対して違う様相を示していた彼らは、自分たちの部隊員のことを貶された途端、一瞬表情を変えた。坊主頭は片目を開きもう片方を眇めるというこちらをねめつける左右非対称な顔つきをし、聖騎士は真っ向から睨み付けてくる。新米に至っては全身の緊張が失せ、僅かながら瞠目した状態のままオイカワを凝視した。

 顔の変化の仕方こそ異なるが、共通して現れている感情は明らかだ。

 ――驚いた。アイツは、カラスノのチームに受け入れられてるのか。

 と言うことは、先程矢を受けた時に覚えた違和感にも納得がいく。信じられないことにあの独善的な後輩の矢には、射手の仲間だけは決して射ることがないよう仕込むことができる「仲間避けの呪」が織り込まれていたのだ。中等養成学校時代の彼は少しでも矢の軌道が獲物から逸れることを嫌って、そのような術は全く使用しなかったというのに。

「エリートのアオバ城砦衛兵部隊サマが、ウチに何の用ですかねェ?」

 坊主頭のタナカが吐き捨てる。マツカワが一歩前に進み出た。

「そちらにあらかじめ書状を送ってあるはずだが」
「そう言えばダイチさんが何か言ってませんでしたっけ?」

 橙の雛鳥が先輩二人を窺う。両脇がつられて首を傾げた。

「あー。そう言えば前にアオバ城砦がどうこう言って、キヨコさんの所に駆け込んでたな」

 タナカが懸命に思い出そうとしているのか、宙を眺めた。

「すっげー慌てて……」

 聖騎士ニシノヤも同様に宙を眺めかけて、しかし何を思い出したのか突然眦を吊り上げた。

「そうか! あの後キヨコさんが一週間お部屋に帰っていらっしゃらなかったのは、オメーらのせいだったのか!」
「何だと!?」

 それを聞いたタナカが、同様に目を怒らせる。

「俺たちがキヨコさんの発せられるかぐわしい聖なる空気を吸うことはおろかその御姿を拝むことさえできずに絶望と苦悩を思い知ったあの灰色の日々は、オメーらの仕業だったのか!」
「誰だよキヨコって」
「キヨコさんを呼び捨てにするなッ!」

 何気ないイワイズミの一言さえ、喧嘩腰で拾われる。

 よく理解できないが、あちらの敵対姿勢が強まったことだけはオイカワたちにもよく分かった。中央の新米はきょとんとしているが、両脇の先輩二人は今すぐにでも戦おうという気が駄々漏れている。

「迷惑をかけたなら悪かった。だがこっちにも止むを得ない事情があってな。街に入れてもらえないか?」

 マツカワがなおも交渉を試みる。しかしタナカは意地悪気な笑みを浮かべた。

「でも目の前にいるアンタらが本物かどうか、俺たち分からねーしなあ」
「キヨコさんを狙う悪の手先だっていう可能性も、十分にあり得るっ!」

 ニシノヤは拳を握りしめている。
 業を煮やしたマツカワが懐から前回活躍させる機会に恵まれなかった書状を取り出し、掲げて見せる。

「この通行手形を見ろよ! ちゃんとアオバ城砦都市の印が入ってるだろ!」
「申し訳ないのですが、当方には通行手形を判別できる者がおりません」
「ショウヨウ、あれ何か分かるか?」
「表彰状ですか? いいなー!」

 タナカが厭味ったらしい笑みを保ったまま慇懃無礼に切り返す。ニシノヤと、ショウヨウというらしい新米に至っては通行手形というものの存在すら知らないらしい。とんちんかんな会話をしている。

「そりゃあこんな僻地に住んでて試合以外で外に出ないなら、通行手形なんて見せる場所もないよね」
「盲点だった……」

 ハナマキが呆れたように言うのを聞いて、マツカワは額を押さえた。

「やっぱ男同士、一度ぶつかって確かめてみるのが一番だ。そう思わねえか、リュウ?」

 ニシノヤが仁王立ちした状態で、タナカに同意を求める。血気盛んな法士は拳の関節を鳴らしながら頷く。

「その通りだノヤっさん。俺ぁ前から、あの優男な顔をぶっ叩いてみたかったんだ」

 同意しているようで、自分の願望しか言っていない気がする。
 和平に努めたい交渉役マツカワの視線は二人を行ったり来たりして、最後に恐る恐る中央の少年に向かう。

「おお……久しぶりの、アオバ城砦との実戦……っ!」

 新米はキラキラした瞳で感慨に耽っている。マツカワは溜め息を吐いた。

「ダメだコイツら。俺たちと戦う気しかねえ」
「マツカワ、よく言うだろ?」

 イワイズミが疲れを滲ませる交渉役の肩を叩き、白い歯を見せて笑いかける。

「郷に入れば郷に従えってな」
「いい加減、このルールが適用されてない郷に行きたい」

 マツカワは愚痴を零しつつも仕方なしに手形をしまい、錫杖を両手で構える。

「行くぞオメーらァっ!」

 タナカが吠え、他二人が鬨の声を上げる。闘志と歓喜に沸き上がる敵。イワイズミもハナマキもマツカワも、気を引き締める。

「みんな、一つ聞いてほしいんだけど」

 しかしその時、凪いだ声がかかった。
 三人は振り返る。オイカワの、柔らかな声よりずっと温度のない底冷えする瞳が彼らを見つめ返した。

「最初だけでいい。『俺に任せて』くれないかな」



(続く)