HQでⅥパロ-3話①

 

 

 

 試合場の人工樹林が次々と薙ぎ払われていく。木々の命を刈り取るのは、魔法や召喚獣に頼らない純粋な剣による風圧のみ。それだけで己の胴より太い樹木の群を竜巻の如く薙いでいく、その火力が憎い。

 

 火力重視の馬鹿ならば馬鹿らしく、雷で焼き尽くして己ごと丸焼けになってくれればいいのに。しかし、そうはしないということは、敵である自分もよく知っている。ヤツは取る戦略こそ馬鹿のようにシンプルだが、馬鹿ではない。そこもまた、憎い。

 

 倒れる木々の悲鳴が腹の底に轟く。規則正しい地鳴りは、策を求めて奔走するこちらの焦燥と絶望を、否応なしに駆り立てていく。

 

 また駄目なのか?

 ワタリの守りもクニミの読みもキンダイチの防壁も、百二十パーセントだったはずなのに。

 

 晴れ渡っていたはずの蒼天井が、俄かに暗くなる。湿った風が頬を撫で、叢雲が青白い光を孕み唸る。

 

 精霊の力を宿す精霊文字と同じ、燐光。

 だがそれよりもっと激しい、あの灼光は。

 

「<雷>」

 

 たったの四音。

 それだけで、視界が白く焼き尽くされる。

 

 ――また、ダメだ。

 

 ワタリの守りもクニミの読みもキンダイチの防壁も、百二十パーセントだった。

 マツカワの陽動もハナマキの奇襲もイワイズミの攻撃も完璧だった。

 それでも、全て破壊されてしまう。

 

 雷に貫かれた身体が、どうと地に倒れ伏す。しかし、顔だけはかろうじて上げる。眼前に敵の姿を認めた。依然として口角の一つも上げやしないその鉄面皮は、息も上げずにこちらを見下ろしている。

 

 ――台風の目かよ、クソ野郎が。

 

 そんな罵倒さえ賛辞のように感じられ、引っ込めざるを得なくなる。

 

 憎い。憎い。

 どんな戦士も戦術も一撃でねじ伏せる、その圧倒的な破壊力が憎い。

 

「お前は道を間違えた」

 

 立ちはだかる憎き男が、静かに言い放つ。

 

 間違えた? 怒りとも嘲りともつかない烈情が込み上げる。

 うるさい、黙れ。俺はそもそも、道なんて見ちゃいない。ただ、「お前が隣にいない頂の景色」を目指しているだけだ。だからこの道のりを間違いだの正解だのと称するのは、お門違いだ。

 

 俺は地面に拳を叩きつけた。何度も何度も、叩きつけた。地面は叩く度、稽古場の床や都市立図書館のフローリング、戦で黒ずんだアオバの森の土へと姿を変えた。

 

 間違っていない。俺の選択は間違っていない。俺の仲間たちも、何一つ欠けちゃいない。

 ただ、強いて足りないものを上げるならば。

 

「オイカワさん」

 

 まだ声帯の定まっていない、柔らかい少年の声が聞こえた。

 

 振り向く。視界よりやや高い位置から、幼子めいた丸い輪郭の頭がこちらを見下ろしていた。

 彼の手には、あどけない外見に似つかわしくない使い込まれた弓が握られている。

 

「魔法矢のコツを教えてください」

 

 その、順当に歩んでいけば頂へと必ず至れるだろうと信じ切っている、無邪気で円らな瞳。

 

 うずくまる俺を頂へ続く踏み段の一つと見なしているそれを、潰してしまいたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オイカワ、おい。聞いてんのか!」

 

 身体が引っ張られる。うるさい。今は誰にも邪魔されたくないんだ。修業だけに集中していたいんだ。黙っていてくれ。

 

「うるさいッ、寄るなッ触るな来るな――」

「うるせえのはテメエださっさと起きろボゲェッ!」

 

 胸倉を掴まれて身体が浮いた。首が締まり気道が詰まって、暴れようとした拍子に自分の下半身が地面についたままであることに気づく。そしてオイカワは、やっと自分が眠りについていたことを思い出した。

 

 首元を掴んでいた手が弛み、オイカワは咳き込んだ。丸まって咳の度に震える背を、武骨な手が不器用にさする。

 手の主を仰いだ。幼馴染が心配そうにこちらを見下ろしていた。

 

「悪い、大丈夫か」

「なっん、の――」

 

 何のことかと問おうとして、また咳に阻まれる。涙に曇る目で辺りを見回す。

 

 ここは、アオバの森ではなかった。見慣れない、まばらな木に囲まれた林の中である。まだあたりは暗く、爆ぜる焚火の橙光が、不規則に黒い地面の上で踊っている。

 

「なあ、どうしたんだ。寝ながら魔法なんて使おうとして」

「え?」

「覚えてねえのか? お前、寝ながら詠唱してたんだぞ」

 

 オイカワは己の両手を見る。ぶるぶると震える腕の周囲を、魔法の発動に必ずついて来る細かな精霊文字が燐光と共に舞っていた。ほろほろと散っていく燐光を見て、彼は混乱しながらも自分が本当に魔法を使おうとしていたのだということを悟る。

 

「ご、ごめん」

「ハナマキに感謝しろよ。アイツの相殺魔法がなかったら、今頃俺たち真っ黒焦げだったぞ」

 

 イワイズミの台詞で、オイカワは己の他の仲間たちのことを思い出す。周囲には、オイカワとイワイズミの他に誰の影もなかった。

 

「マッキーとまっつんは?」

「今、その辺を軽く見て回ってる。魔法の暴走する光を見つけて、魔族やら精霊やら人間やらが寄って来ると困るからな」

 

 ごめん。再び呟いたオイカワの肩を、イワイズミはそっと叩いた。戦士の鋭い眼差しが、オイカワの眠っていたにしては激しく上下する肩や、気温に合わず米神を伝う汗を見止めて、おもむろに問う。

 

「いつもの夢か?」

「多分、そう」

 

 オイカワは答えてから、眉根を寄せ少し首を傾ける。

 

「でも、ちょっと様子が違ったんだ。いつもは夢の中でも現実みたいにはっきりした景色を見てて、さらに俺自身に、ちゃんと今自分が夢を見ているっていう自覚があった。だけど今のは、場面が非現実的に突拍子もなく変わったし、俺にも夢を見てるって自覚がなかった」

 

 まるで、本当に夢でも見ていたかのような。

 

 掌のすじに嫌な汗が溜まる。いや、よく考えれば普通のことだ。夢と言うのは本来突拍子もなく変わるもので、理論性も皆無に現実の断片を継ぎ接ぎで繰り出して来るようなそういうものだったはず。

 

 しかしそれにしては、鮮烈な夢だった。目にした情景や出会った人物が現実的であったわけではない。

 自分の中に込み上げていた、あの地獄の釜底で煮えたぎるような憎悪が、いやに身に迫って感じられたのだ。

 

 確かに自分は、あの夢に出てきた人間たちのことは好いていない。

 だが、あそこまで――姿を見るだけでこの胸を掻きむしり、熱く滾る己が血を噴き出させたくなるほどに、彼らを憎んでいただろうか。

 

「うん、やっぱりただの悪い夢かも。絶対このキッツイ山登りのせいだって」

 

 オイカワは険しいイワイズミの眼差しを誤魔化すかのように、大仰な溜め息を吐いた。

 

「ねえ。カラスノって、まだ着かないのかな?」

 

 イワイズミと会話するうちに、オイカワの乱れた動悸は収まり、意識も現実へと徐々に戻ってきた。

 

 オイカワたち一行は、現在カラスノ元空中都市を目指す旅の途中であった。かつて右翼人種の集う碧空の浮島だったと伝えられているこの都市は、民の中核であった烏天狗の一族の衰退と同時に空から追放され地へと堕ち、今では峻嶮なる山峰の狭間にて、住人の末裔と共にひっそりと息づいているのだという。

 

 カラスノにはこれまでメンバーの誰もが行ったことがなく、ダテ工業都市の時とは異なり、完全な手探りで進んでいる状態だった。普通なら地図を手掛かりに進んでいくところなのだが、カラスノの住人は滅多に山から出て来ない上に、逆にそこへ行こうとする部外者も滅多にいないため、まともな周辺地図が存在しなかったのである。どうにか図書館から探し出してきた複数の地図も、全て古すぎて読み取りづらく、さらに滅茶苦茶な手法で書かれていたので、随分惑わされてしまった。

 

 地図もなしにアオバの森より寒々しく刺々しい樹海を潜り抜け、目の粗い石が足の裏を刺す道なき道を掻き分け、高い高い山領の上り下りを繰り返す。そのうちに日付の感覚はもちろん、どこを目指して進んでいるのかさえ見失いそうになってきた。

 

 ――俺たちは、カラスノを目指している。そこにあると言われている、星の砂を手に入れるために。

 

 再度己に目的を言い聞かせたオイカワの前髪を、森らしくない乾いた風がさらう。そろそろ山領を越えるんだ。日が暮れてきた頃、渡り鳥の目で周囲を窺ったハナマキが口にした台詞を思い出した。

 

 難航を極めていたカラスノ探しの旅にも、ついに先日光明が差した。ハナマキが、ようやっとカラスノのあるらしい場所を発見したのだ。彼曰く、この森だらけであるはずの連山帯の一角に、地図にはない禿山を見つけ、またその禿山の麓に、ヒトの通った跡があったのだという。

 

「その、カラスノがあるかもしれない禿山までもうそろそろだって、ハナマキも言ってたけどな」

「信じてるよ俺は。ホントに信じたいよ、もう」

 

 オイカワはぶすくれる。

 森は決して嫌いではないが、いい加減冷たい小川や湖の水ではなく温かい湯に浸かりたいし、まともなベッドで寝たかった。もちろんオイカワだって、もっと長い期間過酷な環境で修業をした経験はある。だが、その時の苦しみと今風呂に入りたいのとは別物だ。

 

「ねえ、まともな地図がないのもこんな深い山奥にいるのも、絶対カラスノの策略だと思わない? 正確な位置を知らせなければ、どこにも攻め込まれることがないもんね。絶対そうだ」

「お、アイツら帰って来たっぽいな」

 

 ぶつくさぼやくオイカワを無視して、イワイズミは焚火の向こうを透かし見た。はたして彼の言う通り、ココア色のベリーショートと漆黒の天然パーマが姿を見せる。しかしイワイズミとオイカワは、彼らの堅い顔つきを目にして浮かべかけた笑みを消した。

 

「やべえ」

 

 ハナマキは眉間に皺を寄せ、彼らに告げた。

 

「カラスノ、見つけた」

「良かったじゃねえか」

「これが、良くなくもあるんだな」

 

 マツカワが、がりがりと頭を掻く。呑気な間延びした口調とは裏腹に、目つきは戦場でのそれだった。

 

「同時に、見つけられちゃったらしいんだよねー。カラスノの、戦に飢えたカラスどもに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけでご無沙汰です。HQⅥパロ、ぼちぼち再開します。

ここらから話の核心に触れていきます。