HQでⅥパロ-2話⑧

 モニワたちは、愕然と立ち尽くした。ポカンと口を開けたまま微動だにしない彼らを、オイカワは拍子抜けして眺める。

 てっきり、街の秘密を訊ねられたことに立腹すると思っていたのだが。

「……ねえ」

「……ああ」

 オイカワが再度声をかけたのと、モニワが力の抜けた声を漏らしたのはほぼ同時だった。彼らの重なった声を皮切りに、工業都市の職人たちは頭を押さえて唸り始めた。

「馬鹿だ、俺たち馬鹿だろ」

「何で今までこんな当たり前のことに気づかなかったんだ」

「あーくそっ!」

 モニワが己を罵り、ササヤが嘆き、カマサキが憤慨した声を上げている。しかしオイカワたちアオバ城砦メンバーには、彼らがどうして突然このような言動をし始めたのか理解できない。それは彼らにそのきっかけをもたらしたオイカワにとっても同じことで、先程までの怜悧な眼差しはどこへやら、恐る恐るモニワたちに話しかける。

「ねえ、もしかして頂上への行き方が分かったの?」

「分かった。すっかり分かったよ」

 モニワが頭を掻きながら、忌々しそうに首を横に振る。それから同期二人の顔を窺い、互いの苦々しい表情を見て互いに笑みを零した。

「よく考えてみればそうだったんだね。そもそも俺たちの魔道具は、この運命の壁から生まれたものだったんだ」

「鉱物の採掘以外で壁に傷つけるななんてご法度、今更気にするこたァなかったんだな」

「難所だ、難所だから攻略は難しいし無理かもしれないってことに囚われ過ぎて、全然何も考えられてなかった」

 三人は身内にしか分からない会話をしていたが、やがてくるりと頭をオイカワの方へ回した。オイカワは目を丸くしている。

「ちなみにお前は、俺たちの魔道具のことを聞いてどうさせるつもりだったんだ?」

「え? どうって、外壁に足場を作ってもらおうと思っただけだけど」

「足場ァ?」

「三人の鎧は、俺たちのとは違って岩スライムを寄せ付けなかったデショ? 俺はそれが、三人の鎧のもとになってる金属のせいなんじゃないかと思ってたんだ。きっと装備者の防壁の術を伝えやすい、しなやかな金属でできてるんじゃないかって。だからその金属がこの壁から派生したものだって知って、ならば同じ要領で防壁の術を使って壁を加工して足場を作れないかなって考えてた」

 カマサキは黙ってオイカワの説明を聞いていた。彼の言葉が終わると、黙って耳を傾けていた同期たちにむっつりとして言う。

「アオバ城砦がすげー厄介だって言われる理由が、よく分かったわ」

「俺も分かってたつもりだったけど、さらに分かったと思う」

「今後コイツの前で迂闊なこと喋るのよそうな」

「ねえ、命かかってるんだからね? 分かってる?」

 オイカワは念押しとばかりに強調する。仲間たちとひそひそ囁き合っていたモニワは、彼を振り返り眉を下げて笑った。この五日で一番のほがらかな笑みに、閉塞感にふさぎ込みかけていたアオバ城砦メンバーは目を瞬かせる。

「大丈夫。ちゃんと目的は果たすよ。カマチ」

「おう」

 リーダーの呼び声に、カマサキは進み出る。己より低い位置にある頭を見下ろして、彼は問う。

「もしもの時は、安くしてくれるよな?」

「もう魔鉱石は十分採ったから、カマチの分くらいならタダで作れるよ」

「上等だ」

 カマサキは満足そうに笑って、己の鎧を脱ぎ始めた。イワイズミが訊ねる。

「何してるんだ?」

「見てりゃ分かるぜ」

 友にカマサキは楽しそうに答え、錬成陣の彫られた籠手以外の全ての部品を脱ぎきる。地に並べられたそれに、モニワとササヤが腰に下げた荷物袋からぽいぽいとアイテムを取り出して重ねていく。鉄に鋼、オイカワたちには名前の分からない鉱石が数種、四角い金属の箱めいたモノが三つ、魔導石――魔法使いが己の魔力を底上げするための道具だ――が五つ、それにツルハシが三本。

 アイテムが己が鎧の上に積まれたのを確認すると、カマサキはササヤから借りたナイフでその周囲に円を描いていく。奇怪な紋様のごとき文字列と複数の円からなるそれは、紛れもなく魔方陣だ。

 繊細で美しいその円陣を描き終わると、カマサキはそのゴツイ両拳を円に突きこんだ。途端、陣から閃光が溢れ視界を灼く。オイカワは咄嗟に両目を腕で庇った。

「おー、いい出来だ」

 ササヤの感心した声。眩い閃光が失せたのを確認したオイカワは、腕を退ける。そして、驚きがそのまま声に漏れ出た。

「わっ、何これ!」

 魔方陣があったはずの場所に、立派な馬車ほどの大きさがある機械が現れていた。その羽根を広げた鳥に似た金属の身体は、よく見るとカマサキの鎧と同じ色をしている。嘴に相当する部分は、巨大なツルハシのように尖っていた。

「かっけーなオイ! 何なんだこれ!?」

 イワイズミが子供のように瞳を輝かせている。それまでの疲労を忘れた様子で機体に近寄り観察する彼に、カマサキは胸を張って答えた。

「ふふん。カマチャンダーバード二号よ」

「名前……」

「それは言っちゃいけないお約束」

 ハナマキが呆れた声を発し、マツカワがたしなめている。だが二人とも、死にかかっていた眼差しに気力が戻りつつあった。

「さっ、乗って乗って!」

 モニワが心なしかウキウキとしながら機体の背面にあるドアを開け、一行を促す。あれよあれよと全員が乗せられ、オイカワたちが精密に作られた機内をしげしげと眺めているうちに、職人たちは透明な窓になっている機体の顔面部分の下に据えられた操縦席に座った。

「俺は操縦、ササやんとカマチは機体の安定に集中で」

 モニワがこちらには耳慣れない単語を使いながら指示を出し、ササヤとカマサキが応と返す。

「動力OK」

「ツルハシ動作、アーム動作確認」

「防壁エネルギー充電中、あと二十秒」

 窓の下に機体と合体する形で据えられた机、そこに付いているステンドグラスのような色とりどりのボタンを、三人は短い言葉をかけあいながら次々に押していく。オイカワははじめこそその動きを目で捉えようとしていたが、あまりの速さに参ってしまった。

「アイツら何やってるんだ?」

「コレを動かそうとしてるんじゃない?」

「って言うか動かしてどうするんだよ」

「それはこれから説明が――」

 イワイズミにハナマキが推測で答え、さらにマツカワの疑問がそこに乗り、オイカワがそろそろ説明をダテコーの面々に求めようとする。その時、それまでピアニストよろしく指を動かしていた三人の動きがぴたりと止まった。

「発進ッ!」

 中央に座ったモニワが左手側にあるレバーを引く。巨大な虫の羽音のような、獣の唸り声のようなブゥンという振動と同時に、オイカワの身体が軽くなった。しかしまたすぐに身体が沈み込み、彼は自分ごと機体が浮上したのを察した。

「えっ、ちょっとちょっとどこ行くの!?」

「決まってるじゃん」

 狼狽して操縦席の背もたれに掴みかかったオイカワを振り返り、モニワが白い歯を見せて前方の壁面を指さした。

「文字通り、『運命』を切り拓きに行くんだ」

 直後、機体が岩壁に激突した。急速に迫った岩肌に、オイカワたちは衝撃を覚悟して身を硬くする。しかし予測した揺れはいつまでも訪れず、それどころか暗くなった窓に久方ぶりの光が差し込んだ。

「えっ、えええ?」

 オイカワの素っ頓狂な声に、モニワたち操縦席の三人の歓声が重なった。イワイズミもマツカワとハナマキも、眼前に広がった光景に言葉を忘れる。

 岩壁を突き抜けた先は、もう薄暗い洞窟などではなかった。パステルカラーの淡い光の交錯する、南海のごとき澄んだ水中を、彼らは漂っていた。

「これが、鉱物の源か!」

 ササヤが興奮した様子で操縦席を立ち、窓に映る景色を凝視する。彼の目と鼻の先を、藍と淡い黄、翠の水泡がキラキラと瞬きながらのぼっていった。

 しかし、泡にしては随分硬質な輝き方をする。訝しく思ったオイカワはそれを目で追って、その正体を悟りあっと声を上げた。

「サファイアだ!」

 隣で同じようにそれを仰いでいたハナマキが正体を口にする。周囲を窺えば、眼前を過ぎ去っていったような水泡のごとき宝石たちが、あちらこちらで瑞々しい輝きを放っていた。

「ここで色んなところから流れてきた地脈がぶつかり合って、鉱物が生まれるんだ」

 モニワが説明しているのとも己に言い聞かせているのともしれない、感嘆に震える口調で言う。彼はレバーを握ったまま、潤む瞳いっぱいに源を映し出している。

「俺たちの使っている金属製の道具は全部、ここから生まれたんだ。だからこのよそのヒトには傷つけることさえできない運命の壁から、俺たちは採掘することができる。運命の壁から、資源を分けてもらえる。だって俺たちは元々この壁と一体――俺たちを取り巻く道具は全部、この運命の壁から切り出したモノなんだから!」

 だから魔道具は、壁の内部にさえ干渉できるんだ!

 モニワの円らな双眸が輝いている。弾む声で、彼は続けた。

「他市製の武器や鉱具を使ったことがなかったから、全然気づかなかった。ああ、くそっ。どうして気付かなかったんだろう! 切り拓くカギは、こんなに近くにあったのに!」

 言葉だけを聞けば悔しそうだが、その表情は喜びに満ちている。彼は首を回し、オイカワたちに頭を下げた。

「ありがとう。おかげで凄いモノを発見できた。これで街は復旧できる!」

「どういたしまして。でも、約束は忘れてないよね?」

 オイカワが微笑みながらも釘を刺す。モニワは繰り返し頷いた。

「もちろん。街の人たちが目覚めてくれないと、完全な復旧なんて言えないだろ。眠り病がどうにかなるかもしれないなら、最後まで協力するよ」

「おい、悠長にしてる時間はねえぞ」

 カマサキが険しい顔つきで言った。大きなパネルに触れる彼の腕は隆起し、太い筋を走らせている。

「圧がすげえ。あんまりのんびりしてると潰れちまいそうだ」

「マッキー」

 オイカワが隣の仲間を見やる。

「真珠金は、来る前に写真で見たよね?」

「さすがにこれで見つけられなかったら、俺盗賊やめるわ」

 ハナマキはやつれた顔に微かな笑みを乗せてから、瞼を閉じた。寸時の静寂。後、閉ざされていた瞼から色の薄い光彩が戻ってくる。

「あった。上だ」

「上? どんくらい?」

「てっぺん。でも外じゃない。この鉱物の源の中だ」

「ちっ、上かよ。キッツイな!」

 そう言いながらも、カマサキはにっと強気に笑って両手に一層力を込めた。ササヤも同様に手元のパネルに力を込める。彼らの作り出した防壁が機体を巡り、モニワがレバーを手繰った。

 機体がせり立ち、ぐんと上昇した。オイカワたちは操縦席の背もたれにしがみつく。こういった乗り物に慣れない自分たちでも、身体にまとわりつくような重い抵抗から、この機体が結構な無茶をしていることが察せられた。

「これ、防壁の手助けはして大丈夫?」

「むしろ頼むッ!」

「まっつん、そっちお願い。俺はこっちで」

 マツカワが頷きカマサキのパネルに手を翳し、オイカワはササヤの方へと回った。

 機体の上昇速度が上がり、身体にかかる負荷が僅かに軽くなる。それでも洞窟での長丁場で疲れ果てた全身が軋んでいるのは変わりない。

「もし俺たちが鉱物の源に生身で飛び出したら、どうなるんだ?」

「知らないけど、鉱物のシロップ漬けになって、ゆくゆくは岩スライム……っ?」

「それはやだ!」

 イワイズミの問いかけに対して歯を食いしばりながら発せられたモニワの回答を聞き、オイカワは叫んだ。自分がイケメン以外の生物になるのは堪えられない。防壁を張る手に力がこもる。

 機体はグングンと上へ進んでいく。しかし進むにつれて、機体のあちこちから不吉な音が響いて来る。

「あそこ! あれだ!」

 ハナマキが指さした先に、燦然と輝く何かが見えた。不思議と明るい瑠璃色の海の天辺に、白金と白銀の光が飴細工のように絡み合って、複雑な幾何学模様を成している。そしてその光の糸が絡み合った中心に、水の反射のように輝く塊が揺らめいていた。

 機体はもうそのすぐ近くまで来ている。何か、棒でも伸ばせば絡めとれそうだ。

「アームで掴み取る!」

モニワが手前にあるハンドルを引く。しかし、その丸い顔がすぐ曇った。

「あれ、引けないっ?」

 ハンドルが伸びなかった。モニワは力いっぱい引いているようだが、機体に負荷がかかっている上に操縦も同時にしているため、どうにも機体に収納された腕部分が伸びないのらしい。

「いっイワちゃんっ! こ――」

 壊れない程度に引っ張って。

 オイカワがそう言葉をかけようとする前に、本人が動いていた。

「うらあッ!!」

 イワイズミは加減なくハンドルを引いた。鳥の足に相当する部分から、二股のハサミが勢いよく飛び出した。

 機械の手は周りを漂う宝石を蹴散らして、陽光のような輝きを絡めとった。

「っと、届いたッ!」

「もっ、もう無理……ッ」

「え、ちょっ、カマチ? うっうわああああ」

 湧き立ちかけた声は、途中で悲鳴に変わった。機体の翼がもげたのだ。

 一対の羽根を失った鳥は、上昇する術をなくし煌めく鉱物の海に沈んでいく。七人の人間を乗せた胴体は、急速に落下して仄暗い地の底へと消える。その紺碧の地底には、翼を失った彼らがそれでもなお離さなかった真珠金の残滓が、星のごとく微かに瞬いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「面会謝絶です」

「いや、もう無理あるからね?」

 ぶすくれた顔つきで病室の前に立ちはだかるフタクチに、オイカワは刺々しいほどのにこやかな笑顔で立ち向かう。

「俺たち知ってるんだよ? カマサキ君今日の午前にもうバーベル上げしてたんでしょ? 超元気じゃん」

「脳みその方は元気じゃないです。なんせすっからかんなんですから」

「それ元気関係ないよね」

「とにかく駄目なもんは駄目なんで――っげ」

「くぉらフタクチィっ!」

 病室のドアが突然開き、フタクチの後頭部が鈍い音を立てた。殴打された頭をさすりながらフタクチが振り返る。扉の隙間からカマサキのいかつい顔と、色の薄い病人着の似合わない逞しい上半身が覗いていた。

「別にコイツらだって俺たちを連れ出しに来たわけじゃねえんだから、いい加減今日は大丈夫だっつっただろうが!」

「うるさいです。病室では静かにしてくださいカマサキさん」

「てめえもだろ!」

「あーもうっ、止めろアオネ!」

 病室の中から呆れた第三者の声が響いてきた。すると扉から魔工義手が二本伸び、カマサキとフタクチの首根を掴んで彼らを引きずりながら病室に消えた。

 オイカワは扉を引く。両脇に二つずつベッドの並んだ清潔感のある病室に、ダテコー衛兵部隊のメンバーがそろっていた。

「ごめん。もう十分元気なのに、みんな心配性で」

 前隊長モニワは右奥のベッドに腰掛け、上半身を起こした状態でオイカワたちを迎えた。その隣のベッドにはササヤが横になっており、二人ともまだ身体に巻いた包帯が取れていなかったが顔色は良さそうだった。

 彼らの向かいには、まだ包帯が取れていないのに既に元気そうなカマサキと、こちらを面白くなさそうな目つきで眺めているフタクチ、そして彼らの首根を掴んだままのアオネが立っている。

「こっちこそ押しかけて悪いな。それより身体は、本当に大丈夫か?」

 イワイズミが案ずる言葉をかけると、おかげですっかりとモニワは破顔する。

「いやー、よく生き延びられたよなあ。大破しながらも鉱物の源から脱出できたし、頂上にはたどり着けなかったけど、真珠金も手に入ったし」

「資源もざっくざくで、良かった良かった」

「退院できたら、鎧の修理とかたんまりやってもらいますけどね」

「それくらい、なんてことねえな!」

 豪快に笑いながら、カマサキがフタクチの背を叩く。生意気な後輩は思い切り眉根を寄せたが、その眉間に皺は寄っていなかった。

「でも、まだ誓約は果たせてないからな。星の砂が手に入っても入らなくても、一報入れてくれ。俺たちはここで、鏡を作れそうな職人を当たってるから」

 モニワの言葉に、オイカワはよろしくと手を振った。マツカワが首を傾ける。

「眠り病、ひどいんだろ? 大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。どうにかなる」

 ササヤが答え、モニワと意味深な笑みを交わした。彼ららしくない笑い方にマツカワは不思議そうな表情を浮かべたが、深くは追求せず、頼んだの一言だけを口にした。

「また会おうぜ」

「ああ」

 カマサキとイワイズミが拳をぶつけ合う。彼らを横目に見て、オイカワが茶々を入れる。

「脳筋の別れは暑苦しいねえーあだっ」

イワイズミの頭がオイカワの肩にめり込んだ。彼らはぎゃいぎゃいと騒ぎながら、病室の入口へと向かって行く。発つ気配を感じたモニワが、口を開いた。

「どうしてウチがこんな危ない賭けに誘われたのか謎だったけど」

 病室の視線が、彼へと集まる。騒いでいた幼馴染二人でさえ、騒ぎをいったん収めてこの気弱そうな前隊長の顔を注視した。

「それでも……この賭けに乗って良かったよ」

 今のところは、ね。

 前隊長は眉の端を下げて笑った。見れば後輩二人こそ硬い表情のままであるものの、カマサキとササヤは微笑んでいる。

 イワイズミとオイカワは、黙って彼らに笑いかけた。イワイズミが先に背を向けて、ひらひらと手を振る。オイカワはその背をどつきながら、病室を出ていく。その後に、じゃあと頭を下げたハナマキが続いた。その背が病室から消えきってから、マツカワが閉まりかけた扉のノブに手をかける。

「そう言えば」

 ふと、マツカワが思い出したように呟いた。てっきりこのまますぐいなくなるものと思っていたダテコーの面々は、予想外の言葉に目を丸くする。

「最初、どうして正式な申請を出さなかったのかって聞いてきたよな?」

 せっかくだから今答えようか。マツカワは身体を正面にしたまま、顔だけを彼らに向ける。その表情は、いつものごとく能面のようだった。

「あれはな。流行り病やら何やらで機能してるかどうか分からない上なんかより、同じ前線に立つヤツの方が、よく分かっててより速く動いてくれるだろうって考えたからだ」

「突拍子もない上に、博打だなあ」

 瞬時言葉に詰まったモニワが、ゆるゆると吐息を漏らして苦笑する。

「俺たちが連合政権にチクるんじゃないかって、考えなかったの?」

「まさか。チクられたらその時はその時だけど、まずないだろうって思ってたよ」

 マツカワの目が彼らから逸れ、いずことも知れない虚空を眺める。まるでぼんやりしているというより、回顧するような目つきだった。

「仲間を守りたい。でも危険な目に遭いたくない。街を守りたい。でも戦場が怖い。強くなりたい。でも他の誰かがやってくれればいいのにとも思う。敵を上手に仕留められた満足感と、自分の仕出かした命の簒奪への罪悪感。今日一日生き延びられた安心と、明日一日で死ぬのではないかという恐怖」

 マツカワの小さな瞳孔が、つとモニワへと帰る。その漆黒の円には自分たちの顔が寸分の狂いもなく映り込んでおり、思わずモニワは身を強張らせた。

「知ってるだろ、アンタらもそういう気持ちを。少ない軍支援金を獲りあう間柄であっても、俺たちが自分と生まれ育ってきた環境を守るために戦場に立ってきた、まだ青臭い戦士であることに変わりはない。だからこそ、乗るだろうと思った」

 マツカワは言い切って口を噤んだ。

 病室に、戸惑いとも混乱ともつかない空気が満ちる。返答に困るダテコーの面々は顔を見合わせ、やがてササヤが己のうなじを掻きながら苦笑して溜め息を吐いた。

「策士なのか大雑把なのか、分かりづらいな」

「はは、よく言われる」

 マツカワは小さく笑った。

「俺たちはまだ子供だから、どうしようもないことを『どうしようもない』で終わりにしたくないんだよ」

 アオバ城砦の最後の一人は、唐突な告白を終えて今度こそドアノブに手をかけた。その気配を感じ、彼が今開けようとしている扉の反対側に背を預けていた人物は、そっと冷えたそれから身体を離した。

「ハナマキ?」

「どうしたんだ」

 オイカワとイワイズミが、怪訝そうに声をかけてきた。ハナマキはかぶりを振る。先に部屋を出て言葉を交わし合っていた彼らには、今のマツカワたちのやりとりが聞こえていなかったらしい。

「何でもないよ」

 いつものように軽く返した時、閉まっていたドアが開いてマツカワが現れた。

「さあ、行こうか」

 気だるげな声が促す。オイカワは反対に、唇の両端を強いて吊り上げて微笑んだ。

 次に求めるは、真実の鏡を磨き上げる魔法の品『星の砂』。

 それがある場所をモニワたちから聞いた、その後からだろうか。

 頭の片隅を、ヒトの形をした黒い影がよぎるようになっていた。

「堕ちた強豪、飛べない鴉――カラスノ“元”空中都市へ」

 

 

 

(2話 終)