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「あーっ指先焦げてる!」
「俺のせいじゃないですよ。あの人がガチアローしてくるのが悪い」
「そもそも仕掛けたのはお前だろ! 魔工防具だって万能じゃないんだからなっ? あんまりやんちゃするなよっ」
「まあまあ、無事だったんだからいいじゃないスか」
「そーじゃなく――ってこらアオネ! ちゃんと見せなさい!」
前をいくダテコー衛兵部隊前隊長の声が、鼓膜にせわしなく干渉してくる。しかしオイカワは重厚な城門の先に広がった光景を目の当たりにして、その内容を気にかけるどころではなくなっていた。
「高っ!」
一般男性より背の高いオイカワでも圧倒されるような、天高く積み上げられた煉瓦の迷路が彼らを出迎えた。家並みは全て繋がっており、その間を舗装された道が細く走っている。まるで街全体が一つの石の家のようだ。
「へー、城みたいな街だなあ」
「城なんだろ。ここは城塞都市なんだから」
感心した風のハナマキにマツカワがかけた言葉を聞いて、オイカワはそうだったと思い出し納得した。つい発達した魔法工学のイメージが先だってしまい失念するが、ダテ工業都市は城塞都市なのだ。
アオバ城砦都市は周りをアオバの森という名の天然要塞で囲ってこそいるものの、もともとの街の作り自体は決して軍事方面に特化しているわけではない。万が一敵が森を越えて攻め入って来た時も有利に戦えるような設備は揃えられているし、衛兵たちも街中での戦闘の知識だって頭に入れてあるものの、彼らの戦いの場所は基本的にその外、森なのだ。
しかし、ダテ工業都市は違う。街全体が、最初から戦に備えた作りの要塞になっているのである。入り組んだ構造、細い路地、建物の随所に穿たれた覗き窓、そしてほぼ城壁同然の建物の遙か上方にパイプの如く渡され、張り巡らされている空中通路。
「おおー、たっかい! 空狭い!」
すれ違う人々がオイカワの言動を聞き怪訝な顔をするが、彼は気にしない。至極興味深い街並みに興奮していた。
これは前情報なしに攻め入ったら、まず玉砕するな。オイカワはつい、戦略家の目で街を眺めてしまう。道が狭すぎて、兵も武器もあまり詰め込めない。うまいこと潜みながら攻め進んでいくにしても、身を隠す場所がなく左右の家並みや空中の連絡通路の目から逃れることは不可能だ。あっという間に狙撃の的にされてしまうだろう。地上の攻略は相当難しい。
ならば、上は? 街全体が城塞だから、もちろん空は天井で覆われている。しかしところどころに明かり穴――光を入れるための穴だ。これのおかげで、この半屋外の街は燈明がなくとも十分に明るい――が空いており、その大きさは地上から見上げると握り拳程度にしか感じられないが、きっと大の大人が同時に十人程度飛び込んでも通れるだろう。
だが、あれはきっと飛び込めまい。握り拳程度の丸い青空を双眸に映し、オイカワは考える。先程の激しい攻防を繰り広げた戦士たちに加え、ここまで見事な構造を擁するこの街が、あんなにあからさまな隙を何の対策もなしに見せるわけがない。何か、侵入者を許さない仕掛けが施されているように思われた。
「すごいでしょう。これぞ我らが誇る魔法工学のなせる景観です」
後輩に小言を言っていたモニワが、頭だけをこちらに向けて得意そうに胸を張った。フタクチが一瞬彼を振り返り、小馬鹿にするような笑みを口元に乗せたのをオイカワは見た。
「どうしても砦を築くとなると、技術や人手、資源の関係で周りに壁を巡らせるか要所だけを守るかのどちらかになってしまうことが多いのですが、ウチは古くから職人連中が集まってましたから。だから、住人全てを匿えるような形で街を造れたんです」
「なるほど、だから凄い作りなんだね! 時計の中でも歩いてるみたいだ」
「でしょう? そうでしょう?」
モニワはさらに嬉しそうに顔を綻ばせて、繰り返し頷く。よほど故郷への愛着が強いのか、単純に魔法工学が好きなのか。同い年のはずだが子供のような純然たる誇らしさと喜びを隠さない彼を、オイカワは面白くも微笑ましくも思った。
まっすぐなようでいて微妙な曲線を描く道をあちらに曲がりこちらに曲がりとしているうちに、一行はある扉の前で止まった。一見すると他のこれまで通り過ぎた建物についていたドアと変わらないようだが、よく観察してみると浮彫が施してある。オイカワも見たことのある、ダテコー衛兵部隊の紋章だ。
「ここがウチの詰所です」
狭いですけどどうぞ、とモニワが扉を開けてくれる。促されるままに中へ足を踏み入れれば、手入れ油と汗からなる男らしさ溢れる匂いが彼らを包み込んだ。まあ、男だらけの衛兵部隊の詰所となればどこもこんなものだろう。それより、ここの油の匂いは少し変わっている気がする。
あんまり街の余計なことを知りすぎたら、あとで面倒なことになるかも。そんな懸念を抱きながらも、オイカワの旺盛な好奇心はついつい視線に現れてしまう。まあどうせそう簡単にやられないしやり返せばいいヨネと気楽に考え直して、詰所を観察した。長方形のその空間は意外と広いが、雑然としている。中央には作戦会議から暇つぶしの駄弁りにまで使われるのだろう大きな長机と椅子、奥には「ダテの鉄壁」と書かれた幕が、その下にはダテコー衛兵部隊の緑白のエンブレムが飾られ、その左右を甲冑の置物が守っている。それ以外は空の武器置き場に工具箱、散乱する工具から始まり、ルーレットやらダンベルやら継ぎ接ぎのなされた筋骨隆々な男の人形――カマサキさん六号機と名札がついている――やらといった雑多な道具が室内のあちらこちらで羽を伸ばしていた。
「面白そうなものがいっぱいあるね」
「タカくん、よそのお家のダーツで勝手に遊ぼうとしちゃいけません」
「ごめんなさいママ」
マツカワとハナマキが寸劇を展開する横で、モニワは散らかっててすいませんと縮こまりながら、そそくさと部屋の左手前隅にある扉の横のボタンを押した。フタクチとアオネも彼の後に続くのを見て、オイカワも寄っていく。
「何してるの?」
「ああ、エレベーターを呼んだんです」
えれべえたあ。オイカワはその聞きなれない音の羅列を、ぎこちなく舌に乗せてみる。モニワは彼がそれを知らないということを悟ったのか、別の言葉で言い換えた。
「箱型人間昇降機です」
「え、っと。人間を運ぶの?」
「はい。見てみればすぐ分かりますよ」
モニワが説明し終えたちょうどそのタイミングで、チンと鈴のような音が鳴った。彼はドアに向き直り、取っ手を引く。その向こうは透明な筒のようになっていて、その中央を縄のようなものが上下していた。
その筒の下から、短い筒のような箱が縄につられてぬっとせり上がって来た。オイカワは仰天して身を引く。しかしモニワは平然と目の前で止まった筒が開くのを待ち、その中にいた人物を見てああ、と気楽な声を上げた。
「ササやん。みんなはどう?」
「もらった薬が効いて、今はよく寝てるよ」
ちょっと寝言にしちゃあ激しめに唸ってるけどな、と答えたのは、先程モニワと共に外の様子を見に来たササヤという三年生である。彼はオイカワとモニワたちが会話している間に、他の隊員を呼んでハナマキ特製催涙弾の餌食となった三人を運んでいたのだった。
ササヤの乗っている箱にまずダテコーの三人が入り、次いでオイカワたちアオバの三人も恐る恐るそこへ仲間入りしたために、箱はぎゅうぎゅう詰めになった。それでも箱はぴったりと閉じ、不安な揺れを感じさせることもなく動き始める。オイカワはガラス張りになっている横の面に額と両手をくっつけて外を見る。上っている。これはその名の通り、人間を乗せて上下に行ったり来たりできる道具なのらしい。
「ありがとうな。頑丈な身体だけが取り柄の奴らだから、あの程度のショックで済んで良かった。薬もすぐ効いたし」
「いえいえ、こちらこそウチのハジメがお世話になりまして」
背後からササヤとハナマキのシュールな会話が聞こえる。あれマッキーいつ息子から親デビュー果たしたのとオイカワがどうでもいいことを突っ込もうとしたところで、また鈴が鳴り筒が開いた。
ぞろぞろと筒から降りる。ササヤだけが留まり、昇降機はまた彼を乗せて上昇していった。それを見送って、オイカワはほうと感嘆の溜め息を吐く。
「ダテコーの詰所、すごいねぇ! 俺もえれべえたあ欲しいなー」
「詰所だけじゃなくて、ウチにはこんな感じの魔道具がいっぱいあるんですよ。築城するより前からある伝説級の大道具から俺みたいな新米が作ったようなのまで、街のいたる所にたくさん」
笑いながら語っていたモニワの表情が、窓の外を見てふと曇る。オイカワもそちらを窺う。硝子の向こうには用途の分からない糸に吊られる鉄のフックに似た道具が、風に煽られきゅるきゅると軋んだ音を立てながら揺れている。
「それでも、今は三割しか稼働させられていないんです」
自らの力で動けなくなった道具を見つめるモニワの横顔は、先程まで屈託なく笑っていた人物と同じだとは思えないほどに寂しそうだった。
――まさか、この街も。
オイカワが口を開こうとしたところで、生意気な声が遮った。
「モニワさん、客室でいいんスよね?」
一番手前の部屋を開けたフタクチが、こちらに向かって問う。いいよとモニワは頷きかけて、あっと目を丸くした。
「そうだったお前ら医務室行けよ! サクナミに傷チェックしてもらって来い!」
「モニワさんがさっきチェックしてくれたじゃないですか」
「あれは軽くだっただろ。ちゃんと診てもらって来いよ、ほら!」
「嫌です」
「アオネ!」
もと隊長の命令に、しかしアオネはぶんぶんと首を横に振った。フタクチの方も、先輩にこれまでになく真摯な眼差しを向けて抗議する。
「俺だって隊長なんですよ。これからの話、するんでしょう? なら、俺たちも聞かないと」
「……体調が悪そうだったら、すぐ話切って医務室行くからな」
「過保護ッスね、モニワさん」
フタクチは苦笑いをして、彼を客室の中へ先に通した。次にアオネが入って、それからオイカワたちに入室するよう促す。来客時に使われるそこは、さすがに小綺麗に片づけられていた。
落ち着いた色調の木机を挟んだ二つのソファーに、男達は腰を下ろす。窓を背にした方にフタクチ、モニワ、アオネが、戸を背にした方にハナマキ、オイカワ、マツカワが、それぞれ向き合う形になった。
(続)
ファンタジーな街並みって、いいですよね。