※HQでDQⅥパロっていうアレなヤツ。
扉を開く。再び屋外の眩しい光に晒されて、オイカワは目を細める。
繋がった場所は、中庭だった。四角く広い空間を、役所の白壁が高く囲んでいる。その景色に注目する前に、オイカワは己を見つめる二対の眼に気づき、おおと声を上げた。
「キンダイチ?」
「狂犬ちゃん!」
それは隣に並んだイワイズミも同じだった。イワイズミが左手側に立っていた二個下の後輩を、オイカワが反対側に立つ一つ下の後輩を呼ぶ。
キンダイチは夢の世界と同じ騎士の出で立ちである。対して、狂犬ことキョウタニが纏うのは武装も何もない丈夫な布の服のみで、彼の人相と姿勢の悪さも相まって山賊のようだった。
「あっ、マツカワさん! おはようございます!」
「おう、お疲れさん」
しかしキンダイチに見えたのは、オイカワイワイズミコンビの後ろに続くマツカワだけだったらしい。マツカワが大きな手でその逆立った髪を撫でると、彼はくしゃりと破顔した。忠犬、という単語がオイカワの脳内に浮かんだ。
一方のキョウタニは、穴が空くほどにオイカワを凝視している。オイカワが彼の目の前で反復横跳びをしてみせると、その動きに合わせて彼の瞳孔が左右した。
「おおっ? 狂犬ちゃん俺たちのこと見えてる? 見えちゃってる?」
「マジか。意外だな、こっちのキョウタニは魔法職なのか?」
夢の世界の彼は、暗黒騎士だったように記憶しているが。
ツートップコンビを前にしても、キョウタニは顎を引いて二人を睨み付けている。こういうところは、夢の世界のキョウタニと変わらない。彼は衛兵部隊と名乗ると驚かれるほどに破落戸のような物腰が身についていた。
「言ったじゃないですか。魔族はオイカワさんたちみたいな魂だけの人も見えるんですよ」
「え、魔族?」
クニミの言葉に、改めてオイカワは彼をじっくりと観察する。見たところ、至って普通の目つきが悪い人間にしか見えない。
あちらの世界では人間と魔族の住み分けがきっちりされていたから、魔族を見たことはほとんどない。しかし、オイカワにもある程度の知識はある。そしてこのような、幻術も使わない状態で人間と外見がほとんど変わらない魔族を、オイカワは二種だけ知っている。いやでも、まさか。
「狂犬ちゃん、人狼なの?」
「……ッスけど」
「おおっ、えっ、ちょっと狂犬ちゃん口開いて! あーんして? うわっ本当だ犬歯カッコいい! カッコいい~!」
「やめろボケカワ。キョウタニが借りてきた犬みたいになってるじゃねえか」
「間違ってるけど間違ってねえな」
オイカワはキョウタニの両頬を引っ張り、人間よりやや鋭い歯並びを認め興奮して叫ぶ。キョウタニは至極迷惑そうだったが、意外にも突っぱねることはしない。その様子を逆に不憫に思ったイワイズミが、オイカワを後輩から引きはがす。ハナマキはおかしそうに眺めながら、イワイズミに訊ねる。
「お前らの世界でも、魔族って怖がられてるんじゃねえの?」
「あ? そうっちゃそうだけど、俺らは別に。な?」
「うん。お互い住み分けしっかりしてるから、最近じゃあ怖がる人も意外と少ないよ。それにアオバは森の都だから魔族との付き合いも慣れたもんで、軋轢もあんまりなかったし」
オイカワの答える声が、つい明るくなってしまう。無理もない。あちらの世界のキョウタニはまだ衛兵部隊に復帰したばかりで、オイカワを見ると警戒姿勢ばかり取るから、うかつに近寄れなかったのだ。
それが、こんなにスキンシップを取っても怒らないなんて! ここまでの関係を築き上げられたこの世界の自分を、賞賛してやりたい。
「こっちでは、俺みたいな占星術師もキョウタニさんみたいな魔族も、嫌われてるんですよ。人間に遠い、バケモノだって」
しかし浮かれていたオイカワの気分は、クニミの暗い声を聞いてもとに戻る。後輩の顔を見れば、自虐するような笑みを浮かべていた。
ああ。オイカワは双眸を眇める。このカワイイ後輩の拗らせた思考は、ここでもまだ健在か。だからこそ、アオバ衛兵部隊の役に立つわけだけれど。
「でも二人とも、衛兵部隊に所属して働いてるデショ?」
口調はそのままに、オイカワは語りかける。しかし彼の空気が変わったことを察した周囲は、沈黙した。オイカワたちが見えないために状況が分からないだろうキンダイチさえ、同期にして相棒の顔つきを見て、口を噤んでいる。
「なら関係ないよ。こっちの俺や上の人たちがどういうつもりでいたかは知らないけど、ウチに来れてこうして街の中心の警護を任されてるんだから、腕もそれなりにいいんだよね? 若い占星術師はあまりお目にかかれないし、こちら側についてくれる人狼となればさらに珍しい。そんなお前らなら、戦闘力だけじゃなくものの見方、考え方で、俺みたいなただの人間の盲点を補ってくれるだろ。俺だったら歓迎するね」
「裏切るんじゃないかとか、考えないんですか」
クニミは挑むように問いかける。オイカワはハッと、短く嘲うように息を吐いた。
「俺が裏切りを許すような接し方、すると思う?」
オイカワとクニミは、無言で見つめ合う。先に目を逸らしたのは、後者だった。クニミは俯き、浅く溜め息を吐いて失礼しましたと頭を下げる。
「安心しました。記憶を無くしてもぬるま湯に浸かっても、そういうところは全然変わってないんですね」
「夢見てもオイカワだからな」
「ちょっとマッキー、それどういうこと?」
「性悪だってことだろ」
イワちゃん! またオイカワが抗議の声を上げるが、息を吐くように幼馴染を貶したイワイズミは平然としている。クニミがこちらに背を向ける。
「その様子なら、身体と離れて弱体化した魂だけでも、どうにかなりそうですね。目当ての場所まで案内します。こっちです」
「キョウタニ、キンダイチ。守り頼むな」
「ッス」
「はい!」
オイカワとイワイズミ、ハナマキがその後に続き、最後にマツカワが後輩二人に声をかけてから歩き出す。
中庭は外とは違い、貴族が茶の時間に眺める庭のような優雅さを保っていた。庭木も花も、誰かが手入れしているのだろうことが明らかである。
その中心に、やや広い東屋があった。周囲を薔薇に囲まれたそこには、休憩用の椅子と机が円卓のごとく並んでいる。真ん中に水瓶を担ぐ女神を形どった小さな噴水が据えられ、慎ましやかに石造りの湖へ甕の水を注いでいた。
「夢の身体を見えるようにするためには、『夢見の泉』という、特殊な水に満たされた泉に身体を浸す必要があります。その夢見の泉がある洞窟、通称『夢見の洞窟』へ続く入口があるのが、ここです」
「ここ? まさかこの噴水じゃないよね?」
「この下に隠されています。夢見の洞窟は、そう誰でも気安く入っていい場所じゃないんですよ。この世ならざる所にありますから」
この世ならざる所。オイカワはその一言で、やっとこの夢見の洞窟がどんなものであるかを察した。
夢見の洞窟はただのダンジョンではない。精霊界にあるダンジョンなのだ。精霊界は魔法の国、永久の楽園。そのダンジョンとなれば、つまり人智の及ばぬ摩訶不思議に支配される、神秘と魅力と未知への恐怖に満ちた空間である。
「夢見の泉は間接的にこの地の霊気を養う、アオバの森における命の源だと言われています。だからアオバの本部には必ず占星術師を一人置いて、代々ここを封じ、守るよう務めてきたのです」
今はアオバ中の占星術師が眠ってしまったから、僕がその代理を務めています。
クニミは小さな噴水を見つめながら語る。
「もちろん、ここを封じるのはそれだけが理由ではありません。ここにあるモノは、生身の人間には毒となりうることもあるんです。それでも……行きますか?」
そう言って振り向いた半眼気味の瞳が、四人のうち唯一肉体を持つ男を捉えた。
「何度も言っただろ。俺も行くよ」
マツカワは苦笑して答える。
その高い位置にある肩に、ハナマキが片方の肘を乗せて寄りかかった。自分の方を向いた彼に、ハナマキは歯を見せて笑いかける。
「イッセーちゃんよ。こう見えて俺らはお前よりオニーチャンだってことを、お忘れじゃないですか?」
「そう言えば、そうでしたかね」
ふざけた調子のハナマキに、マツカワがすっとぼける。
「タカヒロお兄ちゃんは、わりとやり手なんですよ。さらに残り二体はゴリラですし?」
「マッキー、異議あり」
「ここはオニーチャンたちに任せてくれたって、いいんじゃねーの?」
ハナマキの提案を耳にしたオイカワは、口を噤む。冗談のように言っているが、マツカワを見つめる彼の目は笑っていない。この軽口が「俺たちのためにお前が危ないことをする必要はないんだから、来なくていいんだ」というちゃらけた配慮であるということは、ゴリラだってきっと見抜けるだろう。
「ごめん。でも、もう決めたから」
しかしマツカワはやんわりと、それでいて断固として拒絶した。
「俺、一年間お前らのことを探して、待ち続けてたんだよね。身体は無事なのかとか、魂はどうかとか、無事だとしてもこの世界に来てくれるかとか……考えてもしょうがねえようなことを、ガラにもなくぐだぐだ考えながら」
その薄い笑みの下にちらつくもの、声にも滲み出る掠れたそれは、紛れもなく苦悩だった。
ハナマキの顔から、軽薄さを装った笑みが消える。マツカワは首を横に振って、ハナマキを見下ろした。
「気は長い方だと思うけど、もう待てねえわ。不出来な弟で悪いけど、連れてって安心させてよ」
「待って、待って」
オイカワはたまらず大声を上げた。
こんなの、耐えられない。
「ちょっと迷い込んできただけの俺たちのために、そこまでする必要ある? 何で、そんなにまでして――」
「必要あります」
クニミが静かながら揺るぎない眼差しを注ぎ、遮る。
「この異常事態をどうにかできるのは、先輩方しかいません。だから魔王の城まで行って、もとの身体に戻って欲しい。これは、俺たち衛兵部隊の総意です」
「まあ、それもあるけど。そっちは建前な」
そう付け加えたマツカワが、視線を移す。ハナマキを、イワイズミを、そしてオイカワを。順に見据えて、告げる。
「帰って来てほしいんだよ、生身のお前らに。いてくれないと、コイツらの元気が出ねえから」
オイカワは息を飲んだ。
――そんなに俺たちのことを思ってくれるなんて。
――いや、俺たち記憶もないし。人違いかもしれないよ?
どちらを言ったらいいものか、判断がつかない。
「く、クニミちゃん。まっつん……」
「最近じゃあ、隊長代理のヤハバさんが嫌なことがある度に『オイカワさん……』って呟いて溜め息を吐く癖がついちゃって、ヤバいんですよね」
「え、ナニ。何の話?」
急に真面目な顔をした後輩の口からそんな話が飛び出してきて、適応できなかったオイカワの口から感想がそのまま漏れ出た。しかしクニミは、平然と語り続ける。
「一日に何回もやるんです。『恋煩いか』ってワタリさんがツッコんでくれてるうちは良かったんですけど。もうワタリさん飽きちゃって」
「いやいやいや」
「おかげでストップかけられなくなったヤハバさんが、購買部特製オイカワさんハンガーを魔除け代わりに森の入り口に吊るそうかって言いだして」
「いやいやいやいや?」
「でもそれだとすごい量がいるから、折衷案で今衛兵部隊の仮本部になってるこの役所の入り口に飾ろうかって話に」
「こんなツラを飾ろうだなんて、末期だな。かわいそうに、何とかしてやらねえと」
「待ってイワちゃん。オイカワさんツッコミが追いつかない」
いたって真摯な面持ちで会話に加わってきたイワイズミに、オイカワは救いの手を求める。イワイズミは、その強い意思を宿した瞳で幼馴染を睨んだ。
「何だよ、お前は何にそんなに混乱してるんだ?」
「なに、って。イワちゃん混乱しないの? だって俺たち、記憶あるのに記憶ないらしいんだよ? 俺たちのいた世界も、実在しないものかもしれないんだよ? この世界が何なのかだって、よく分からなくて、でも――」
「やかましい」
イワイズミは逡巡するオイカワを、一言で切った。それから、クニミを指してオイカワに訊ねる。
「おい、クニミはお前にとって何だ?」
「え? その、後輩?」
「マツカワとハナマキは?」
「うーん。助けてくれた、ヒト?」
「で、その後輩と助けてくれた人間が、俺たちを必要だって言ってる。そうだな?」
「うん」
「なら、助けりゃいいだろうが。どうせ俺ら自身のことはよく分からねーんだからよ、助けながら考えたって別にいいべや」
イワイズミは、すっぱりと言い切った。オイカワは幼馴染の思い切りの良さに、開いた口が塞がらない。それは、イワイズミ以外の三人も同じだった。
何この人。合理的なのか合理的じゃないのかよく分からないけど、とにかくヤバい。何がヤバいってよく分からないけど、「確かにその通りかも」って気がしてくるからヤバい。
彼らが一様にそんなことを考えているとはつゆ知らず、イワイズミは唖然としたままのオイカワを畳みかける。
「コイツらのこと、放っとけねーべ?」
「う、うん」
「なら決まりだ」
クニミ頼んだ、とイワイズミが後輩を呼ぶ。我に返った後輩が、おそるおそる尋ねる。
「いいんですか?」
「いい。こーゆー時は動いた方が見通しが立つし、グズカワはほっとくといつまで経ってもグズグズしてるからな」
「俺がグズなんじゃないもん。イワちゃんが人外すぎるだけだもん」
オイカワはどよんとその場で三角座りをする。じゃあ入り口を開けますから下がっていてください、とクニミが促す。ハナマキとマツカワ、それと三角になったオイカワを引きずるイワイズミが東屋の外に出たことを確認し、占星術師は手にした杖で石の湖に触れた。
「≪平円盤の果て、太陽の沈む処≫」
次いで泉の左右に、懐から出した二つのよく似たオブジェを置く。
「≪象牙の門より角の門から≫」
片方――おそらく象牙の方を倒す。
「≪幻影を真実に。恐ろしき者の眠れるうちに。夜の女神の祝福を――≫」
精霊言語を紡ぎながら、クニミの手は淀みなくローブの内と外を往復する。オイカワたちからはよく見えないが、触媒を加えているらしい。
「≪――黒檀の寝台にケシの花≫」
最後に赤い花弁をまく。途端、周囲に異質な空気が漂い出したことをオイカワは感じ取った。
「≪我、青き木の一葉。風と語らい星を読む者なり。夢見の神よ、微睡む汝が夢の一抹を、角の門より我が同胞に分け与えたまえ≫」
カツン。杖が女神を突いた。
空間が変化する。女神像が歪み、水瓶が消え、泉が広がる。やがて憩いの場に、燐光を放ち渦巻く光の扉が現れた。
「開きました」
クニミが出来上がった狭間の扉を見て頷き、振り返る。淡い光を背にして影を帯びた彼に、先輩四人が歩み寄る。
「この時計の針が一周するまでに戻ってきてください。そうしないと、洞窟から出られなくなるどころじゃ済まなくなるんで」
オイカワが手を伸ばし、差しだされた小さな懐中時計を受け取る。それを首にかけ、なくすことがないよう、慎重に鎧の中へとしまいこんだ。
「みんな、おっけー?」
「おう」
制限時間つきとなれば、もたもたしていられない。
四人は先ほどまでの迷いようが嘘のように、躊躇いなく扉に飛び込んだ。
「お気をつけて」
クニミの低い声。視界はすぐ、光の渦に飲み込まれた。
(続)
拍手ありがとうございます。あとでちゃんと別の記事で言います。
あと最低、二塊かな……。