HQでⅥパロ-1話③

※HQでDQ6パロディ(九割捏造)というとんでもないものです。

 気が向いた方のみ、お付き合いください。

 

 

 

 

 

 

 マツカワは初めにオイカワを、次にイワイズミを指して言う。

「お前は『この世界のオイカワ』の、お前は『この世界のイワイズミ』の見ている夢だ」

「ゆ、め?」

「うん、魂が見ている夢。普通は、幻みたいなもんなんだけどな。身体について来る影みたいな感じ」

 魂の、夢。オイカワはそっと己の胸部に手を当て、内心問いかける。

 もしもーし、トオル君起きてますかー? 俺、本物のオイカワトオルじゃないみたいなんですけどー?

 …………。

 十秒待ったが、応答の気配すらなかった。

「ただ、お前らの場合だけはちょっと違う。夢に、魂が宿っちゃってる」

 マツカワは、さらに難解な台詞を重ねた。オイカワはさりげなく隣を窺う。イワイズミの顔が、げんなりしている。

「イワちゃんのキュートな脳味噌のスタミナは、もう限界ですか?」

「脳漿ぶちまけるぞ」

 プラスな言葉でつつましいサイズの脳を労わってやると、舌打ちすらなしにドスの利いた声が返って来た。ああ、もう手足が出ないほどに疲れたんだねイワちゃん。可哀想に。でもごめんね、俺もこんな冗談でも言ってないと頭がどうにかなりそうなんだ。

 魂が見る夢に、魂が宿ったって?

「あー、悪いな」

 二人の消耗を悟ったのか、マツカワが頭を掻きながら詫びた。

「俺ももうちょっとうまく言いたいんだが、普通ならありえねえ話を実現させられちまったから、どうしてもこんな言い方になっちまう」

 お前らからすれば自分は紛れもない自分なわけだから信じられねえだろうが、信じる信じないは置いといて一通りの話だけ聞いてくれ。マツカワはそう言って、続ける。

「お前らの魂とその見ていた夢の関係を肉体と影の関係に喩えると、肉体自体が、影と同化させられちまったみたいな、そういう話なんだ」

「何それ、そんなことあるの?」

「あったんだ。そういうことができちまったんだよ、アイツは」

「アイツ? 誰?」

 オイカワが訊ねる。マツカワは振り返らず、簡潔に答えた。

「魔王」

「マオー?」

 目を瞬かせて、オイカワは反駁した。そのような単語を現実に聞いたのは、初めてかもしれない。自分たちの世界――彼が現実の世界だと思っていた、マツカワ曰く「夢の世界」――では、第五次人魔大戦以来、その存在は確認されていない。魔王と言うものは、一般的には魔族の実力者を指す。だが、特に人間がその呼称を用いて特定の魔族を呼ぶ時は、人間に何らかの危害を与えている者としての意味合いが込められていることが多い。

「俺たち――俺と、お前らとハナマキは一年前、この世界に突然現れた『魔王』と呼ばれる存在を倒しに、その居城に乗り込んだ」

 オイカワとイワイズミは、無言でマツカワの背を凝視する。既にこの話を知っているのだろうハナマキも、同様に僧侶の横顔を見つめていた。

「結果から言うと、俺たちは失敗した。俺たち四人は肉体と魂を分離させられ、肉体をこの現実世界に残したまま、魂を夢の世界へ――お前らのいた世界へと飛ばされてしまった」

「お前らの魂はお前ら自身の見ていた夢に放り込まれ、現実でのことを忘れちまった。だからお前らは俺のことも、この世界のことも、現実で起こったことも覚えていない」

 マツカワはまるで己を指し示すように、己の肩にもたせかけた杖をその位置のまま軽く跳ねさせた。

「俺は、運よくさっさと魂がこっちに落ちてきて、さっさと肉体と再会できたから、さっきみたいに人とも会話できる。だがお前らと、このハナマキの身体はまだ見つかっていない」

「待って、ちょっと待って」

 マツカワの声が森に消えていくと、今度はオイカワの声が響く。

「じゃあ俺たちが見えないのって、体がないからなの?」

「さすがオイカワ、呑み込みが早いな」

 マツカワが僅かに彼へと顔を向けて、首肯した。

「その通り。お前らがさっき幽霊扱いされたのは、お前らが実体のない霊体だからだ」

「じゃあ、俺たちが住んでた世界が現実世界の影、写しみたいなものだとすると」

 オイカワは喉を鳴らした。まったく様子が違うとはいえ、森にいるせいだろうか。どうしても、気になってしまう。

「アオバ城砦は? 衛兵部隊はあるの?」

 これまでマツカワか前方を眺めてばかりだったハナマキが、ちらりと横目でオイカワを窺った。その無表情を保ちつつ様子を伺うような眼差しは、明らかに単なる好奇心からくるものではない。こちらがそう尋ねるのを予期し、案じていたかのような。

 胸騒ぎがする。

「一つ、訂正しとく」

 マツカワは振り向かずに言う。

「お前らのいた世界は影のようなものだとは言ったけど、ただの影じゃない。この世界の生物が見た夢――願望が反映されたものなんだ」

 オイカワの問いに、直接答えるものではない。これまでの説明の延長にも聞こえる。

 しかし、だとしても何故すぐに「あるよ」と答えてくれないのだろう。

「お前らが『住んでいたと思っている』世界は、無意識でも意識的にでも思ってること、希望、願い、そういったものが寄り集まって形になった、夢幻の霊的世界だ。本来ならばどれもヒトの心の中にあるはずのもので、一つの次元として、世界として形になるようなもんじゃなかった」

「それが、どうして形になったの」

 訊ねながら、オイカワはその答えに察しがついていた。

「魔王が、夢の世界を具現化したんだ」

 マツカワは、その通りの言葉を口にした。

「魔王は自分の思い描く世界を実現しようとして、俺たち生物の魂に深く根付いた夢を、世界の形に創り上げた。その結果、現実の人間たちは逆に自分の見ていた夢の世界に焦がれ、逃避し、眠ったまま目覚めることのない病にかかるようになった」

 それがあんまりにも広まりすぎたから、俺たちは魔王を倒すことになった。

 淡々としたマツカワの声が、森の静寂とたゆたう霧に溶けていく。オイカワの聴覚が、デジャブを覚える。あの時は景色と空気のアンバランスさに気を取られて、己の警戒心しか感じられなかった。

 だが、今ならば分かる。警戒していたのは、自分たちだけではなかった。森も同じだったのだ。

 あの空気は、喩えるなら夜の森だ。現在周りを囲む森を眺め、そうオイカワは考える。夜、森では生を求める全ての生物が息を殺す。ある者は食物を得るために、ある者は捕食者をやり過ごすために。だから宵闇に包まれた森は、矢を放つ前の弓のごとく張りつめている。

「じゃあ、アオバ城砦はあるんだよな?」

 無意識に、問いかける声が低くなる。

 もしあの警戒が、大穴を伝って今いるこの森から来たのだとしたら。

 ――ざわざわと、心が騒ぐ。

「あるよ。って言うか、今お前らも見てるよ」

 一拍置いて、マツカワは視線を後方へと流した。オイカワをしても、表情の読み取れない瞳。

「この樹海はかつて美しき森の都の要、天然要塞と呼ばれていた、アオバの森のなれの果てだ」

 気付けば、オイカワの足は止まっていた。

 タチの悪い夢だ。この墓所めいて薄暗くじっとりした樹海が、どうして表情豊かなアオバの森とイコールになるのだろう。夢にしても、ぶっ飛びすぎていやしないか。

 これは夢だ。次の瞬間には、きっといい加減見飽きるほどに寝食を繰り返してきた、城砦の衛兵寝所の天井が眼前に現れるはず。寝返りを打てば柔らかい枕が頭を包みながら形を変えて、それほど広くはないけど十分使いやすい部屋の、その壁沿いに剣術指南書や魔導書、兵法書などがぎっしり詰められた本棚が見えて、その背表紙や木肌の色合いから弱くなっていく月光と朝靄の輝きに満たされた時間を感じて、ああ朝が来たと思いながら体を起こして、今日はイワちゃんと俺とどっちが先に起きられたかな、なんて考えつつ、身支度を整えて朝練をしにいく、そんないつもの日を始めるはずなんだ。

 だからこんな幻、早く覚めてしまえ。

「嘘だろ」

 しかしまだ眼前の光景は去らず、それどころか隣で幼馴染が呟いている。彼もまた、その場で愕然として立ち止まっていた。

「俺たちの知ってる森は、もっと明るかった」

「そう、そうだよ」

 幼馴染の言葉を受けて、オイカワも声を上げる。

「アオバの森には生き物がたくさんいて、いつも活き活きしてるんだ。たまに魔物が出て困ったりするけど、動物も植物もみんな元気で、小さい頃は遊びに入って行っちゃってよく怒られたりして」

 嘘だ。夢の大地が現実で、自分たちの現実が夢の世界であるはずがない。

 だって、自分はこんなにもよく幼い頃の記憶を覚えている。街のどこに何があるかだって、ソラで言える。

「街も、すごく綺麗なんだ。森の中心の少し高いところにあって、石造りの白壁と淡い緑の瓦屋根で建物が統一されててさ、それを手入れする専門の職人もいるの。ミャギ中でも一番美しいって言われてて、だから俺たち衛兵部隊の制服も同じ色で、この制服に初めて袖を通した時は嬉しくて」

 懸命に訴えるオイカワを、同様に歩を止めたハナマキとマツカワが見つめている。ハナマキは依然として表情を崩さないが、マツカワは僅かに顔を歪めていた。

 何で、何でアンタがそんなに苦しそうな顔をするんだ。苦しいのは俺とイワちゃんのはずなのに。

 夢の登場人物なら、俺が目覚めやすいように冷酷な顔でもしてみせてよ。

「そうか。お前らの世界のアオバ城砦は、そういう景色になってるんだな」

 マツカワは視線を落とし、大きな溜め息を吐いた。しかし次に眼差しを上げた時には、もと通り感情の読みづらい面構えに戻ってしまっていた。

「それは、残念ながらこっちではだいぶ昔の話だ。お前らの世界とこの世界では、歴史もちょっと違うんだろうな」

「マツカワ」

 ハナマキが、そっと囁いた。

「もうすぐ日が暮れる」

「ああ、悪ぃな」

 マツカワは目元を和らげて、彼に頷いて見せた。それから踵を返しつつ、オイカワとイワイズミに告げる。

「俺からは、『嘘じゃない、信じてくれ』としか言えない。でもこんな話、すぐ信じられるヤツの方がどうかしてるとも思う。だからこの世界のことは、とりあえずよく似た平行世界として捉えてくれていいから――この世界の、アオバ城砦の様子だけでも見ていってくれないかな」

 オイカワの握りしめた拳が、ぴくりと跳ねた。この世界の、アオバ城砦。「アオバの森は城砦の命」とは、幼い頃からよく言い聞かせられていた。ならば、この木の墓場のようになってしまった森に囲まれた故郷は、どうなってしまったのだろう。

 逡巡する彼を説得しようとしているのか否か、マツカワは重ねて提案する。

「今日はもう日が沈んじゃうから行けないけど、明日になったらお前らを、お前らの姿が他人から見えるようにすることができる場所に連れて行く。だから今夜は、アオバに泊まっていってくれ」

「分かった」

 即座に答えたのは、イワイズミだった。イワちゃんとオイカワが呼びかけると、強い眼差しが返って来る。

「何にしても、今の俺たちは八方ふさがりだ。行くあてもねえし、この世界にアオバ城砦があるっていうなら俺は見てみてえ。たとえ、どんな状態だろうとな」

「……イワイズミは相変わらず男前だな」

 マツカワは微笑んで、歩を速めた。その後にハナマキとイワイズミが続き、やや躊躇ってからオイカワがついていく。

 イワイズミの言う通りだと思う。この世界と自分たちのいた世界とが本当に今言われたような関係性にあるのかどうかは別として、自分たちは行き場のない、次元レベルの迷子なのだ。危害を加えることなしに助けてくれる人間がいるなら、縋った方が良い。

 しかし、オイカワは「この世界のアオバ」を見るのが恐ろしかった。マツカワの口ぶりから察するに、もうアオバ城砦は美しき森の都ではなくなってしまったことは確実だろう。

 どうか、この先にあるのが「アオバ城砦」と同名の、まったく似ても似つかない都市でありますように。そして、この悪い夢が覚めてくれますように。

 オイカワは内心で祈る。いくら平行世界とは言えど、荒れ果てた故郷を見てしまったら、オイカワには平静を保っていられる自信がなかった。

「もう着くから、覚悟しといて」

 マツカワが言う。その言葉通り、時間の概念が失せた樹海の前方、木々の隙間から、橙色の光が漏れていた。オイカワの心臓が早鐘を打つ。

 美しくなくてもいい。多少建物が荒れていてもいいから、せめて人々が少しでも楽しく暮らしていてくれれば。

 そんなオイカワの祈りは、橙色の光に照らされた光景を見た途端、砕かれた。

 

 

 

 

(続)

 

とりあえずガンガンあげていく方針でいきます。手直しはあとで。

意外と長くなる……キッツイ……。