現パロ「ヒーローズは戦わない」

「たっ大変だあ!」

 新ヒーローズ基地の居間に、レックがドタバタと足音を立てて飛び込んできた。そこには既にヒーローズ少年陣がそろっていて、そのうちの一人、アドルが読んでいた本から目を上げて頷いた。

「うん、知ってる。魔族がエスターク復活をやめたんでしょ?」

「何で知ってるんだよ!?」

「ロトに聞いた」

「俺たちはアドルから」

 アドルを手で指して、ノアが言う。レックは肩を落とした。

「なんだよ、なら俺にも言ってくれよ!」

「メールしただろ」

「紹介所見ててそれどころじゃなかったんだよ! 何だよあれ! 怪獣大集合じゃん!」

 非常に稚拙ないい方だったが、言い得て妙だと皆が思った。 紹介所は今、天と地をひっくり返したような騒ぎだった。連日、変装で人目を忍んだ魔物達がアレフの手料理を食べようとわんさかと押し寄せてくるのだ。さらにそれを見て紹介所を隠れ家的なレストランと勘違いした一般人まで、紹介所に入って料理を注文するような始末らしい。おかげで、紹介所は今本来の人材派遣業務を事実上ストップしているような状態らしかった。

「アレフが敵幹部の胃袋を掴んだらしいよ」

「マジで!?」

「それで、あっちが『こんな美味しい料理を作る人間を滅ぼすなんて!』って言いだして、そこからとんとん拍子で、魔物は人間を襲わない、人間も魔物を殺そうとしないっていう協定が」

 ノアの説明に、レックは大きく目を見開いた。

「そんなことあるのかよ!」

「あったからああなってるんだろ」

 アレンが冷静に言って、それから付け足すように呟いた。

「戦う相手、いなくなったんだな」

「そうだね。戦う意志のない相手を滅ぼすなんて、しても意味ないし」

「俺たち、もうヒーローやらないのか?」

 アレンの問いに、アドルは口を噤んだ。他の面子も皆、黙り込んだ。

 ヒーローがいらない。それは素晴らしいことである。本当に魔物との戦いがない世界ができるなんて、夢のようだ。

 けれど、本当にヒーローはいらないのか? アレフは魔族を一手に引き受けることになった。なら、自分達は? 青年たちは皆、そろってそのことについて考えた。ヒーローがいらなくなった。それは事実である。だが、そのことに幾ばくかの疑問と、少しの寂寥感を覚えるのも事実だった。

「そもそも、ヒーローの目的って何だったっけ?」

 しばらくして、レックが何を思ったか恍けた問いを発する。ノアが訝しげな顔で答える。「悪を討つことだろ? 女神様がそう仰ったんじゃないか」

 だが、レックは眉根を寄せたまま更に首を捻った。

「悪って何だ?」

「わるいこと。人道・法律などに反すること。不道徳・反不道徳的なこと」

 アドルが間髪入れずさらりと答えた。すると、それまで黙っていたティアがふと呟いた。

「それなら、俺達が戦うものって魔物だけじゃないんじゃないか?」

「それだ!」

 レックが立ち上がり、叫んだ。

 

 

 

「ということで、だ」

 レックは燦然と輝く太陽の笑みで言い放った。

「いったんヒーローズを解散することにした」

 アレフは耳を疑った。

 うっかり魔族の幹部――オルゴ・デミーラという名だったらしい――の胃袋を掴んだら、彼の口コミで魔族の間に自分の料理のことが広まって評判になった。お陰で紹介所は完全に料理屋と化し、アレフは台所でてんてこ舞いの日々を送っている。

 その最中に、彼らはやってきた。そしてこう言った。

「アレフみたいに、俺たちもこれまでとは違うやり方で悪と戦うことを試してみることにしたんだ!」

 いや、別にそんな何かと戦おうとしたわけじゃないんだが。

 アレフはつっこもうとしたが、それより先にレックが己の胸を叩いた。

「俺は音楽で頑張る! 今までよりもっと力入れて、世界で歌うんだ!」

「私も音楽で試してみたいことがあるんだ」

 アドルがにこにこと言う。

「レックがプロデュースしてくれるっていうし、思いっきりやってみる」

「俺は、スポーツで頑張ってみる」

 アレフが口を挟む暇もなく、アレンが毅然とした面持ちでそう告げる。

「全国常連の強豪校から推薦が来てるんだ。そこにまず受かって、自分の技に磨きをかけたい。それで……たくさんの人に、戦うことについて考えてもらいたい」

「俺は留学することにしたんだ」

 ノアがさらに続ける。

「学校と両立しなくちゃだからなかなか成果は出ないだろうけど、行ってみたいんだ。ヒーローとしては……成功するか分からないから、まだ言えないけど」

「俺も、短期留学」

 ティアが短くそれだけ言うと、またノアが口を開く。

「サルムには俺から話した。どうしても仕事が忙しいからヒーローらしいことはできないだろうけど、ヒーローとして戦っていた時の意識を忘れないで仕事に励んでいきたいって」

「アレフレッドも、『俺にできることがあったら言ってくれ』って応援してくれたぞ」

「ゾーマもだよ」

 ノア、アレン、アドルが口々に代理達の意志を伝える。いや、そんなこと本人達から全く聞いてないぞ。アレフは何故だろうと考えて、近ごろあまりの多忙さに自分の携帯電話が音信不通になってしまったことを思い出した。きっとまたロトだろう。

 ああ、そうだ。彼女は?

「ロトにも納得してもらったよ」

「嘘だろう?」

 アドルの言葉にアレフは目を瞠る。あの寂しがりやが、いくらヒーロー業のためとはいえこの提案に納得したことが意外だった。

「こんな真面目な話でドッキリ仕掛けないよ。手こずったけど、最後は頷いてくれたよ。でもちょっと寂しそうだったから、仕事もいいけどロトのこともよろしくね」

「ロトにはアレフがいれば大丈夫だもんな!」

 うんうんと頷く一同。いやいや、待て待て。他人の話を聞け。

「お前ら、本気で言ってるのか?」

「もちろん!」

 レックが自信満々に言い切った。その隣のノアが、真面目な顔で語り出す。

「俺達、今回の件で気が付いたんだ。ヒーローがやるべきことって、戦うことじゃなくて、この力でみんなを笑顔にすることなんじゃないかって」

「ちょうど、アレフが料理で魔族を笑顔にしたみたいにね」

 ティアの言葉に、アレフは反射的に口を覆った。感激したのではない。「魔族の笑顔」という台詞で、オルゴ・デミーラのねっとりとして、見る者の腹の底が冷えるような笑顔を思い出してしまったからだ。

「全員で一つのことを試すのは効率が悪い。だからいったん解散して、それぞれしばらくやってみて、ある程度経ったら結果を持ち寄ることにしたんだよ」

「じゃあ、そういうわけで」

 レックが白い歯を見せて笑う。少年達も揃って微笑んだ。

「二年後に、ヒーローズ基地で!」

 彼らはまるで示し合わせたように片手を挙げて見せ、颯爽と去っていった。アレフは口を覆っていた片手を伸ばしておい、と言いかけた。

「いや、ちょっと待て!」

 具体的な方向性が全く見えない。自分はどうすればいいんだ。本当にやめていいのか? それぞれの力を生かすって何だ。レック、お前の炎って歌に関係ないだろ。いや、そんなことは置いておいて。

「二年後っていつだよ! おい! 聞け!」

 

 

 

 

 

「結局、二年後のどの日だか分からなかったんだよな……」

 光陰矢のごとしとはよく言うもので、気付いたらアレフは二つ年を重ねていた。彼はそれなりに多忙で充実した日々を送っていた。しかしふと目の前の仕事から気が逸れた時、彼はかつてのヒーローズ基地での長閑な日々を思い出すことがあった。

 アレフは素直ではないが、律儀な男だった。更に記憶力も良かった。だから気が付いた時には、彼はヒーローズ基地の前に立っていた。しばらくぶりに訪れたロイト家の門構えは依然として立派でありながら広く門扉を開いており、近う寄れと笑う豪放磊落な王者のようだった。だからこそ、尚更気後れする。

 ――いやいや、行ってみようよ!

 脳裏で明るい女の声が蘇る。ロトの姿が目の裏に浮かび、無邪気に笑いかけた。

 ――二年後にヒーローズ基地って言われたんでしょ? ならきっと、ヒーローズが解散したのと同じ日だよ。

 ――何でそう言い切れるんだよ。

 ――ヒーローズだもん、決まってるじゃん。

 どういうことだ。根拠も何もないじゃないか。

 そもそも、何も自分は行かなくたっていいんじゃないのか? いつもヒーロー業は代理に任せてばかりいて、いないようなものだったのだ。自分が顔を出してどうするのだ。ガキどもの顔を見て、どうするというのだろう。

 馬鹿らしい。アレフは小さく笑って踵を返そうとした。

「遅い!」

 が、急に前のめりに倒れ込んだ。腕をついて起き上がろうとするが、何故か油をしいた坂に倒れているのかと錯覚するほどに、ずるずると滑って力が入らない。アレフはそのまま坂を下るように、ロイト家の玄関へと引きずり込まれた。

「お前は既に俺の領域内にいる! 俺が屋敷内では無敵なのを忘れたのか!」

 かろうじて頭を持ち上げると、白い童子が腰に手を当ててこちらを見下ろしていた。アレフは身体を起こした。もう、床は滑らなかった。代わりに扉がぴしゃりと音を立てて閉まった。

「フェイ、随分手荒になったんじゃないか?」

 アレフは恨めし気にフェイを睨み付ける。けれど彼は平然と胸を張った。

「人の顔の前でうろうろしてるのが悪い」

 座敷童は全く変わっていない。しかし、なんだか今日はいつもより張り切っているような気がした。いや、もとからこんな感じだっただろうか。久しぶりだから、分からなくなってしまった。

「もうみんな揃ってるぞ。早く行け」

「お前は?」

「俺はこの家なんだから、どこにいたって話は聞こえる」

 早く行け、と手で追い払われて、アレフは憮然とした面持ちで玄関から奥へと向かった。

 ロトといいフェイといい、何故自分を一人で送り出そうとするのだろう。二人ともヒーローズの関係者なのだから、一緒に来ればいいのに。何か気でも遣われているのだろうか。自分と彼らにはそんなことなど何もないはずなのだが。

 釈然としないまでも、アレフは懐かしい間取りに目を細めていた。長い廊下を駆けまわるレックとアレン、台所に立つノアの後姿、戦隊モノDVDをじいと見つめるティアの眼差し、テラスで本を開き俯くアドルの横顔――この家での思い出が走馬灯のように蘇る。そのうち、彼らの賑やかしい声が鼓膜に響いてくるような気がした。

「おっ、やーっと来たのか!」

 気のせいじゃなかった。アレフが手を伸ばす前に、リビングのドアが開いた。そこから覗いたのは、眩しい青髪だった。相変わらず後ろに撫でつけられ立っていて派手。だが、服は以前よりやや上質になっただろうか。洒脱なライダーズジャケットを羽織って、耳には黒い炎を形どったピアスが添えられている。

 レックはまず茶色の目を大きくして、それから満面に笑みを浮かべる。

「あんまり遅いから、もう来ねえかと思った!」

「時間を言われてねえのに、どうやって遅れないで来いと?」

「悪かったって! ほら、あそこに座れよ。ちゃんと席用意しといたんだぜ」

 そう言ってレックは大きく身を引いた。この国のものではない、香りの強い香水が鼻腔を擽る。リビングには四人の少年達がソファーに腰掛け、テーブルを囲んでいた。テーブルには市販のものとは明らかに違う豪華な料理が並んでいる。

「ヒーローは遅れて登場する」

 向かい合ったソファーのうち、右側の奥に座った緑髪の少年が呟く。ティアは変わらず無表情ではあるが無愛想さは感じさせない不思議な顔つきで、こちらを見つめていた。少し顔つきが精悍になっただろうか。制服じゃないんだな、と思ってしまってからアレフは内心苦笑した。もう二年経っていて彼はもう高校生じゃないのだから、当たり前だ。彼は少年から大人の域へと、着実に移りつつあった。

「ああ良かった。『やっぱりアレフは来なかった』って言いながら、しんみり締めることになるかと思ってたんだ」

 ティアの隣で、短く明るい色の茶髪を揺らした青年が安堵したように微笑む。ノアは更に落ち着きを増して、雰囲気が柔らかくなったように感じられた。二年前にも好んでいた清潔で真面目そうな系統のシャツに身を包んで、袖を捲っている。袖から伸びた腕、特にその手を見てアレフは確信した。彼はまだ料理の道を歩き続けているらしい。

「それはそれで、アレフらしいけどな」

 そのノアの向かいでそう言った青年を見て、アレフは目を疑った。ノアより、そしてティアよりも背が高く肩幅のがっちりとしたその青年は、銀髪だった。同じ色の凛々しい眉、その下のアイスブルーの瞳。アレンであることに間違いはないだろう。だが、育ちすぎじゃないか? アレフは自分を見下ろした。隣に立つのはやめておこう。

「美味しいとこ取りが上手いよね。真打ち登場! ってね」

 アドルがころころと笑った。逞しくなったアレンと比べると、小柄さが更に目立つ。しかも、前より更に女に近づいたのではないだろうか。澄んだ川の水を編んだような色素の薄い髪は二年前より伸びて、幼い丸みを残していた顔の輪郭は、よく磨かれた象牙のように滑らかでシャープになっていた。

「ほらほら、座れよ!」

 レックがアレフの背中を押す。その手に従いながらも文句を言おうとしたアレフは、導かれた席に置かれたものを見て当初思い浮かべたのとは違う台詞を口にした。

「何だこれは!」

「何って、雑誌の切り抜き」

 テーブルを囲む四つの席のうち一番奥で、いわゆる誕生日席にあたるそこにはアレフの上半身ほどある大きな額が飾られていた。中には、よく見られる白ではなく黒のコックコートに赤いスカーフを巻いて、何かを誰かに語り掛けるように片手を開いたアレフが、斜め下から写し取られている。これには、見覚えがある。だがこんなに大きくなかったはずだ。

「三ツ星レストラン・アレフガルド、料理長アレフ氏! 俺、見た時叫んだぜ!」

 レックが騒ぐのを無視して、アレフは昔の雑誌の記事をわざわざこんなに大きく拡大カラーコピーしそうな人物に鋭い眼光を放った。アドルは上品な手つきでスプーンを口に運び、わあこのホウレンソウのソルベ美味しいなどと言っている。こちらなど見もしない。

「アレフの店、凄いよな。紹介所じゃ収まりきらねえから他に場所取って、更にそこからシャンパーニュにベルガラックにって各国に広がったんだろ? 今じゃ世界有数の都市には必ずあるってくらいだもんな! ホントすげえ!」

「みんなトルネコガイドの記事取っといてあるんだぞ」

 アレンがそういうと、各々が自分のポケットを漁って紙切れを取りだした。大小実物合わせて、七人のアレフが食卓を囲むことになった。アレフは眉間を押さえずにはいられない。何で持ってるんだ。しかもアドルのものにはまるで女子高生が施したような可愛らしいデコレーションがされているし、ティアのものには赤いペンでハナマルがつけてある。どうしてそうなった。よくできましたってことか。

「人間も魔物も心がとろける! 現代に蘇る桃源郷! 復活したエデン!」

「すごいよな。この記事を見た時は、嬉しい反面焦らされたよ」

 賑やかなレックの隣から視線をアレフに移して、ノアが苦笑する。レックは繰り返し大きく頷く。

「やーすげえよな。ヒーローズから二人も料理人が出たんだから!」

「そう言うお前も有名人になったんじゃないのか? そんなサングラスが必要なくらいだからな」

 自分から話題を逸らすために切り返すと、レックはきょとんとしてこちらを見つめ返した。アレフはライダーズジャケットの胸ポケットから覗くサングラスを指して続ける。

「俺だって耳にしているぞ。今じゃすっかり国民的バンド、世界的スターだろう?」

「あー」

 レックは照れたように笑って、頭を掻いた。

「楽しい音楽を、聴く人が燃えるような曲をって思ってやってたら、いつの間にかこうなってたんだ。ファルシオンの全員が、今でも信じられない気持ちでいるよ」

 言ったっけ? バーバラとは結婚したんだ。ハッサンはモデルも頑張ってて、ミレーユとテリーは今度ハリウッドデビューが決まってて、アモスは世界中で講演で引っ張りだこだし、チャモロは人間国宝になるらしいんだ。レックは仲間のことを、それはそれは嬉しそうな顔で語った。

「アドルもすげえんだぜ! 今じゃ世界の歌姫だからな!」

「まだ姫扱いなのが非常に不本意だけど、まあ悪くないよ」

 アドルは、対照的に平然と食事を摂りながら語る。

「きっかけはデビューシングルだったんだ。クラシックベースのバラードにしたんだけど、それを流しながら森を歩いていた人が、曲を聴いた途端狂暴化した魔物が大人しくなるのを見たらしい」

「あとは世界中で大評判になってな! 色んな人からファンレターが届くし、喧嘩してる二人のために歌えばたちまち仲直りしたし、戦地で歌えばすぐ戦争が終わったし」

「最近は結構テレビで見るような政界の人のバーティーにちょっと呼ばれることもあってね。そこで一曲歌うと、不思議なことにその後彼らが私がこうしたらいいのにって思ってたのと同じ政策を取るんだよ。どういうわけだろうね?」

「おっかねー」

 アレンはぼそっと呟いて、グラスになみなみと注がれたマンゴージュースを啜った。彼を見て、ノアが感心したように言う。

「アレンも恐ろしく強くなったよな。今じゃ最強の霊長類なんて呼ばれてるんだろ?」

「よっ、人魔総合オリンピック格闘技初代金メダリスト!」

「別に、組み合わせが良かっただけだっての」

 アレンはグラスを置いて、そっぽを向いて言った。照れ隠しだな、とアレフは思った。

「大体肉体技だけしか使って来ねえ連中しかいなかったから能力使うまでもなかったし、ぬるかった」

「決勝戦は燃えたよな! 反則勝ちを狙おうとした相手に見せた武士道精神!」

「アレンったら、カッコいいー」

「うるせえよ」

 茶化すレックとアドルを、アレンはぶっきらぼうにいなす。まだ高校一年生のはずなのだが、やけに貫禄がついている。彼はその薄い氷のような瞳を、自分に話を振った相手へと転じた。

「ノアは、就職決まったんだろ?」

「えっ? ああ、そうそう」

 ノアは急なことに驚いたようだったが、すぐにはにかんで頷いた。

「留学中にお世話になったシャンパーニュの店で働くんだ。厳しいけど優しい人達ばっかりで、早く一人前になって店を持てって言われてばかりだよ」

「店を持てと言われているなら、期待されているんだな」

 アレフが言うと、ノアは少し頬を赤く染めた。隣のティアが、トマトとモッツァレラのクラッカーに手を伸ばしながら言う。

「ノアはボランティアにも協力してくれる。お金がなくて、お菓子なんて食べられない人達に日持ちするお菓子を送ってくれる」

「え、何だそれ! 初耳だぞ!?」

「そんな、俺が送ってるのはお菓子だけだから!」

 レックが身を乗り出すと、ノアはぶんぶんと首を横に振った。

「アレフレッドが特別に安く送り届けてくれるからできることだし、ゾーマさんなんて食料をもっと送ってるじゃないか!」

「みんなのおかげで、こっちは助かってる」

 ティアは静かに頷く。アレフはつい尋ねた。

「ティア、お前何をやっているんだ?」

「高校の時にやった、短期留学の続き」

 彼は言葉少なに答える。代わりに、ノアが説明した。

「普段はジパングの大学に通ってるんだけど、長期休暇に入ると海外の途上国や紛争が絶えない地域でボランティアをやってるんだよ。村の農業を手伝ったり、井戸を掘ったり、他にも色々。それから顔の広いゾーマさんや貿易専門のアレフレッドと協力して、格安で物資を行き届けさせたりしてるんだ」

「そんなすげえことやってんの!?」

 レックが目を剥いた。ティアは表情の変化も乏しく、ふるふると首を振る。

「ううん。最近はそのへん、二人にまかせっきり。あと、サルムもたまにやってくれる。俺は、木植えてる」

「木?」

「俺とティアの大地と緑の力で、戦争で荒れた土地や痩せた土地を豊かにしようとしてるところなんだ」

 レックとアレンがあんぐりと口を開けた。ティアはのんびりと話す。

「砂漠にオアシス作ったり、海岸に防砂林作ったり、楽しい」

「マジで? そんなもん作れるのか!」

「案外いけた」

「案外!」

 アレンが額を抑える。ティアは青年をまっすぐ見据える。

「今度、アレンの力も貸してほしい。井戸に水引く」

「お、俺でよければ」

 高校生チャンピオンは恐る恐る頷く。それまで話を聞いていたアドルが口を挟む。

「ねえ、今度私もそこに連れて行ってくれないかな。紛争地帯はしばらく行ってないんだ。肥え太ったおじさんたちのパブ代をそっちに流してみたい」

「分かった」

「俺も行く! 歌う!」

 青年たちは和気藹々と語り合う。だが、話している内容はとんでもない。アレフは自分が来た場所は、実はヒーローズの基地ではないのではないかと思い始めた。だが、目の前にいる彼らは間違いなくアレフの知る人々である。ガキだガキだと思っていた、あの青年たちだ。

「で、アレフは?」

 ふと、五対の瞳がこちらに注がれた。アレフは思わず半足引いた。

「今はどの店で料理してるの?」

「世界クラスだもんな」

「色んな店を回ったり?」

「いやいや、本店でたっかいコック帽被ってふんぞり返ってるんだろ」

「お前らな」

 アレフは無意識に眉根を寄せた。言いたくない。けど聞かれたのに答えないのもおかしいし、答えなければそれはそれで面倒だ。

「紹介所で副社長兼秘書やってる」

 えええええっ!!?

 大声が揃った。アレフは渋面を堪えられない。ほらみろ、そんな反応するだろうから来るのが嫌だったんだ!

「えーっあれからイチに戻ったのかよ!?」

「信じらんねえ!」

「うわー大富豪ってやつ? お金はついでです、仕事は人生経験趣味です、って?」

「うるせえ!」

 レックとアレンの驚愕の声、アドルの茶化しを掻き消すようにアレフは拳で机を叩いた。

「俺が店を拠点に活動しようとすると、ロトの作業効率が致命的なまでに低下するんだよ! 店は紹介所の支店だってのに、土台がそうなりやがったから共倒れになりかけたんだ! だから俺の技術を店の奴らに伝えて料理はほとんど任せて、俺はまた本業副社長に逆戻りだ! そうしねえと赤字になりかねねえんだから、仕方ないだろう!?」

 若者たちはシーンと静まり返った。アレフは、彼らの目がそろって三白眼のような半眼になっていることに気付いた。

「なんか、すっげー惚気られた気分」

「聞くんじゃなかった」

「はいはい、イオナズンイオナズン」

「てめえら……!」

 アレン、ティア、アドルと続けざまに吐き出された台詞に、アレフは思わずキツく拳を握る。

 しばらく会わねえうちにふてぶてしくなりやがって。このクソガキども!

「でも、本当に懐かしいよな」

 永遠の少年兼ヒーローズ年長ナンバーツーことレックが、急にしみじみとした口調になった。

「俺たち、昔は魔物と戦ってたんだよな。それで正義がどうの、悪がどうのって言ってさ」

「不思議だよね」

 アドルも、珍しく感慨深げな表情で宙に浮くシャンデリアを見つめた。

「戦ってないのに、あの頃よりずっと戦ってる気がするよ」

「それに、二年前より平和になった」

 ノアが言うと、全員が頷いた。アレフは確かに、と最近の世界情勢を思う。仕事で駆けまわっていても、二年前に比べてぎすぎすした空気を感じなくなってきていた。

「それもこれも、きっかけはアレフだったよな」

「いっつもとんでもないことしてたけど、あの時は格別だった」

「あれからあのオルゴさんとはどうなの? まさか、ロトを裏切るような真似を……」

「俺は絶対喋らないぞ」

 集まった期待の視線を、アレフは一言でばっさりと切った。あんな話、このガキどもには一文字でも話して聞かせたくない。

「えーケチー」

「いいよ、そしたらロトに聞くから」

 レックが膨れ、アドルが最悪の選択肢を提示する。アレフはくそ、と内心毒づいた。ロトが彼からの誘いを断るわけがない。

「今度は久々に紹介所の人達と一緒に食事したいね」

「それいいな。で、料理はアレフで」

「勝手に決めるな」

「俺、シチューがいい」

 アドルが提案してアレンが乗り、ティアが止めを刺す。しばらく会っていなかったはずなのに、この連携っぷりである。アレフは頭を抱えたくなった。ヒーローズはしばらく直接的に会わずに、同じ目標を持った互いを意識することで、バラバラの方向を向いてそれぞれ突っ立っていただけだったのがバラバラの方を向きながら手を取ることができるようになったらしかった。

 まったく、妙な成長しやがって。

「よし! じゃあ次は」

 レックがにやりと唇の端を持ち上げた。

「一か月後に、紹介所で!!」

「やめろ! 来るな!」

 

 

 

 その昔、異次元戦隊ヒーローズと呼ばれる者達がいた。彼らはそれぞれ赤、青、緑、黄、桃、黒のスーツを纏い覆面を被った六人組であり、誰かが困った時に颯爽と現れ事件を解決する。そして気が付くと、風のように消え去っている。以前は彼らの姿はたまにジパングの国で見かけられたが、今はもう長いこと目撃されていない。人々は既に、その存在を伝説の枠に収めてしまった。

 しかし、彼らは今でも鮮やかな六色の人々を求めて辺りを見回す。そうすると、自分を取り囲む鮮やかな色彩に気付く。そして人々は目を細め微笑み、呟くのである。

「今日も、世界が綺麗だなあ」

 

 

 

 

 

「異次元戦隊ヒーローズ」、これにてピリオドです。あとは、その前の話なんぞを皆さんで埋めていって下さればと思います。時系列順に書く必然性なんて、どこにもないのさ!

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!