現パロ「ヒーローズのピンク役」

彼を一目見た途端、何となくギラギラしたものを感じた。たとえるならチワワの肉体にシェンコッタ・ドッグの魂が宿っていて、ぬいぐるみじみた口できらりと光った牙がオリハルコンでできていたような、そんなイメージだ。

「あなたがサタ兄さんですか?」

 かけられた声は男にしては高く、女と言うには少々低い。どちらの性にしたって、美しい声の持ち主であることに変わりはなかった。

 紹介所応接室のソファーで出された紅茶を傾けようとしているところにやってきたものだから、彼の姿を目にするのは声が耳に届くより少し後になった。琥珀の液体で少し喉を潤してから視線を扉に向けると、そこにはこの辺りでは知らぬ者のない進学校のブレザーを羽織った少年が佇んでいた。しかし彼は、ブレザーとスラックスの着用を思わず疑ってしまうような容姿をしていた。大ぶりな瞳はさながら少女漫画、細い首筋に絡むベビーブルーの髪と同じ色をした長い睫毛に彩られ、時折瞬きをすると大洋が波打つように瞳が煌めいた。肌は下ろしたての清潔な白布に似て、思春期特有の出来物など全く見当たらない。頬は柔らかい輪郭を描き、顎にかけて鋭角になる前に最適な位置に据えられた桜色の唇が仰月型に綻んでいる。体格も華奢で、チェックのスラックスが女物のパンツに見えるくらいだ。これが隣に並んだら、世の女性の三分の一くらいは彼に比べて男らしく見えてしまうかもしれない。

仮にここが紹介所の応接室でなくて、また彼が制服でもなければ女かもしれないと迷っただろう。彼は中性的というより非常に女性的な、ことに少女めいた姿形をしている。そして本人もそれを自覚しているらしく、性別を感じさせない表情の作り方と動作の取り方が上手い。彼の初対面の人々がころりと騙されてしまうのも無理はない。

しかし、こちらも既に相手のことは聞いている。状況と前もってはとこ達から聞いていた話を合わせれば、間違うはずがなかった。

それに加えて、彼の笑顔は男が白昼夢で思い描きそうな理想形であるはずなのに、どこか捕食者めいた気迫が滲み出ているようなのであった。

「こんにちは。アレンの友達かな?」

微笑み、カップを置いて立ち上がりながら体ごと少年の方を向く。彼ははにかむような笑みを浮かべ、楚々と頭を下げた。

「アドルと申します。アレン君にはいつもお世話になっております」

「ご丁寧にどうも。アレンがいつも学校の宿題を教えてくれる友達がいるって言ってたけど、そうか、君がそのアドル君か。アドルと呼ばせてもらってもいいかな? 俺のことも、サタルと呼んでくれて構わないから」

「勿論です」

 二人はにこやかに握手を交わした。この紹介所関係者陣では珍しい、自分を歓迎的に受け入れてくれる面子の一人らしい。内心がどうであるかは、この際置いておく。

「お茶菓子をお持ちしました。アレンを待っている間、よろしければ如何ですか?」

 彼の手には確かに小さいながらも美しい装飾の皿が乗っており、その上にはクッキーが積み重ねられていた。クッキーはプレーン生地にココアの肌のもの、さらにはマカダミアを砕いて入れたものやカラービーンズで飾られたものまで、色とりどり種も様々に揃っていて、それぞれがあたりに香ばしさを漂わせている。サタルは素直に顔を綻ばせた。

「わあ、何だか悪いなあ。本当にもらっていい?」

「ええ。お口に合えばよいのですが」

 アドルは愛想よく、これまたソツなく応じる。サタルは向かいのソファーを片手で差した。

「よければ一緒にどう? 一人でこんなご馳走をもらうなんて勿体ないから」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

濃紺の瞳に、一瞬強い輝きが宿った気がした。サタルは瞼で視界をリセットする。しかし、アドルは微笑を湛えるばかりである。サタルがソファーに腰を下ろすと、アドルも向かいにぽすんと軽い音を立てて座った。

 テーブルに置かれたクッキーたちを見つめ、それからアドルに目を戻した。

「オススメは?」

「うーん、そうですねえ」

 アドルは一度笑みを引っ込めて、真剣に思案する顔つきでクッキーの山を睨み付けた。

「どれも美味しいと思いますけど、これなんて如何です?」

 彼が指さしたのは、モスグリーンの一枚である。厚みのある楕円形で、表面に細かくナッツが散りばめられている。

「ああ、美味しそうだね。頂いてみようかな」

 サタルは彼の指さしたクッキーを指でつまんだ。アドルの瞳は、朝日を浴びた海のように静かに煌めいている。その視線を感じながらサタルはクッキーを口に運び、女性のコンパクトほどの大きさがあるそれに歯を立てた。

 途端、中央から甘酸っぱい味が溢れ出した。口腔にほろほろと崩れるクッキー生地の感触と、それ以上に濃厚などろりとした液体がいっぱいに広がる。零さぬよう顔を仰がせた拍子に、唇の端を液状のものが細く伝うのを感じて反射的に舌で舐めとった。モスグリーンの焼き菓子の中から、透き通った真紅の液が流れ出ていた。

「ピスタチオにクランベリーソースか。いいセンスだね。でも、随分ソースがたくさん入ってて驚いたよ。どうやってこんなに上手く焼き上げたのか不思議なくらいだ」

 一枚を勢いで食べきってから、感想を言いつつ軽く口元を指で拭ってみる。何もついてこないところを見ると、うまく食べられたらしい。アドルの顔を見ると、何となくつまらなそうな表情をしていた。

「いい店を知ってるね。ぜひ教えてほしいな」

「アレンに聞きました」

 しかしアドルはサタルの問いに答えず、唐突に切り出した。

「あなたはとっても冗談が好きで、アレン達をからかってばかりいるって」

「それは君の方だろ?」

 切り返すと、アドルは曖昧な笑みを浮かべた。いつの間にか、女性的な唇はどこか挑発的に吊り上がっていた。

「笑えない冗談は冗談じゃない、だっけ? 笑いに重きを置いて、楽しいことを画策するのが好きみたいだね」

「その言い様だと、自分は違うと言いたそうですね」

「俺は君ほど冗談が上手くないんだよ。だから、ジョークで戯れるっていうより虐めてるって言った方が正しいかな」

「随分自虐的なんですね」

 アレンの話を聞く限り、私と似たタイプだと思ってたのですけれど。

 そう言いながら、アドルはサタルから眼差しを逸らさない。無垢な少女のようでありながら、目で喰らいつくかのようだ。サタルは視線を白磁のカップに落とし、そのくぼみに指をかけて啜りながら思う。今のこの姿勢一つ取るだけでも、自分達はこんなにも違う。

「君と似たタイプだなんて、光栄だな」

「皮肉ですか?」

「いや、本心だよ」

「それはそれは、こちらこそ嬉しいですね」

 アドルは双眸を細めた。微笑んでこそいるが疑っているのだろう。あるいは、信五分不信五分か。どちらにせよ、本心など分かるはずもないから深く踏み入るつもりはない。

「君は、他人を思い通りにするのがうまいだろ?」

 サタルの問いに対して、アドルはちらりとよそへ目を流してからにっこりと満面の笑みを浮かべて答えた。

「確かに、悪戯を仕掛けて思い通りに引っかかると嬉しいですね」

「言葉選びや話し方も上手いんだろうね。正直、自信ある?」

「冗談を間に受けられることは多いですよ」

「なら、相当だな。そこまで上手いと、他人を自分の思い通りにならないとすっきりしなくならねえ? 他人が自分の仕掛けたものに引っかかると楽しいだろ?」

「ええ。思った通りに引っかかってくれると、笑いが止まらないですね!」

 彼らは笑い合った。口と目から笑みは絶やさないままに、サタルは考える。きっと気付いているだろう。これは以前頭脳を使った戦いの上手いアドルに、アレンが訊ねた問いを少々いじったものだ。

『アドルって他人を利用するの上手いのか?』

――「適材適所に配置しようと、心掛けてはいる」

『言葉って難しいよな。いつも自信持って喋ってるのか?』

――「説得力のある言葉を心掛けてはいる」

『やっぱり、他人を自分の思い通りにしたいって思うか? 他人が思った通りに従うのを見てると、カイカンって覚えられるのか?』

――「『思い通りに』『快感』と言われると、素直にイエスと言えない。敵が意のままに動いて策にはまるのは快感だけどね」

 初対面の自分に、正直に答えるはずがない。だが、一応目的は果たせたように思う。

 アドルという少年のことは、アレンから聞いていた。頭が切れ弁が立ち、機知に富む。そして優しくしてくれるのに加えて面白いけど、はとこである自分同様の嘘吐きであると。

 最後の話はサタルが直接聞いたわけではない。アーサーがアレンから聞いたのだ。それを聞かせてもらって、以降何となく気にはなっていた。ヒーローズに自分のような者がいたら困るからだ。だから、それとなく探れる機会を待っていた。

 あちらも自分に興味を持っていたことは意外だったが、それが思わぬ機会を与えてくれた。間接的な情報も集めてはいたが、やはり本人と話せると違うというものだ。

 結論から言うと、自分達は表面的な態度こそ似通って見えるが、方向性が違う。アレンの質問、自分の問いかけで分かったが、彼は策を練ることに対してとても積極的で意欲的だ。状況把握能力がずば抜けて高く、頭の質が良く、負けん気が強いから尚更そこが強みを発揮して、彼を年若く有能な軍師に仕立て上げる。

軍師には武器がないといけない。だが、サタルには武器などない。アドルのかつて答えた質問をサタルが答えるなら、こうだ。

 『貴方は他人をうまく利用できますか?』

他人ほど思い通りにならないものはない。思い通りになったと思っても、その内心はとてもではないがうかがい知れない。

『言葉に自信がありますか?』

言葉は恐ろしい。自分の意図した通りに働いてくれることもあるが、全く違う働きをすることもある。言葉自体に力はないが、人はそこから様々な想像を膨らませ、一人笑い一人怒り一人涙し、時として自らその言葉を手に握り、何度も繰り返し己につき立てる。言葉は妄想を誘う。

『貴方は他人を自分の意のままに従わせたいと思いますか? また他人が従うのを見て快感を覚えますか?』

意のままに従っている方が、寧ろ怖い。他人なんてうかがい知れないものがこちらの意を読んだように動くのは、整然とした美と支配欲の満足を感じると同時に危惧を覚える。実はこちらの思惑を知っているのではないか。乗ったふりをしているだけではないか。

 要するに、サタルは臆病なのだ。だから他人を知恵を巡らせて動かすようなことはあまりしない。それより、相手の勢いに乗ることが多い。たとえるなら流浪の旅人である。ある時は海で波に乗り、ある時は林に身を隠し眠り、ある時は釣り糸を垂らし魚が釣れるのを待つ。アドルとは全く違う。

 ああ。彼は誉れ高く、英気に溢れ、賢く、勇敢だ。恐れを知らない。その鋭気が羨ましい。

「あれ?」

 応接室のドアが開き、そこから二つの顔がひょっこりと覗いた。逆立った青髪と銀髪、レックとアレンである。彼らは応接室でテーブルを挟んで語り合うアドルとサタルを見て、それぞれ首を捻った。

「……楽しそうだな」

「なんだー、ドンパチしてるかと思ったのに」

 アレンが目をぱちくりさせる横で、レックが正直に暴露する。するとアドルが満面に笑みを湛えた。

「レックじゃないんだから、そんなことするわけないよ」

「だよなあ。なあ、そのクッキーもらっていい?」

 どうぞどうぞ、とアドルが嬉々として差し出す。レックは何も怪しまず一つつまんで口に放り込み、直後悲鳴を上げる。アレンが呆れた声を上げる。アドルが大いに笑う。サタルは騒動を眺め、小さく吐息をついた。

 平和だ。




もっと書くことがあったはずなのですがもう分かりません。とりあえず寝て、後でご確認頂いて直しです。もしかしたら下げることになるかもしれない。