現パロ「ローレシアさんちのアレン君」

「アレンが家出したんだって」

 事務所をちょうど閉めようとしている時に、はとこの一人から電話が来た。まだ声変わりの済んでいない朗らかな少年の声は、アーサー・サマルトリアのものである。彼はサンドラの祖父の妹の生んだ四人兄弟のうちの三男の息子で、四人いるはとこの中でも柔和で人当たりがよく、親戚の大人達にもよく可愛がられている。

 サンドラはブラインドを閉めようと窓辺に寄った。日は既に落ち切って、月がのぼり始めていた。

「それ、今日のこと?」

「うん。本人から電話がかかってきたんだ。おじさんと喧嘩したみたいで、ヒーローズでお世話になってるロト人材紹介所ってところでバイトしながら寝泊まりさせてもらう気らしいよ」

 その会社の名前は何度か聞いたことがある。異次元戦隊ヒーローズを支えている会社で、関係者であるアレフレッドや、他ならぬアレンが名前を口にしていたはずだ。だがサンドラ自身はその会社に行ったこともなければ、社員との面識もない。弟に聞いてみよう、と彼女は思った。

「喧嘩の原因は話してた?」

「ご飯の味付けのことでちょっと言われたのがきっかけだったみたい。おじさんのことだからいつもみたいにぼそっと短く言っただけなんだろうけど、アレンも最近部活の練習とかバイトで疲れてたみたいだから、ついプッツンってきちゃったんだろうね」

 アーサーは仕方ないなと言いたげな、笑いを微かに含んだ声で続ける。

「もう、おじさんったら要求水準が高いんだよ。物心つく前に母親を亡くした息子に、その母親が作ってたみたいな味付けの料理を作らせようとするなんて無茶だよね」

 サンドラの四人のはとこの一人であり、話題の人物であるアレン・ローレシアは、物心つく前に母を亡くしていた。残された父は一人、軍で働きながら息子を懸命に育てていたが、彼の教育方針は少々厳しい上に、彼自身頑固で意地っ張りなところがあるために息子には反感を抱かれがちだった。更に息子の方も父によく似てしまっただめ、彼らは小さな衝突を繰り返していた。

 しかし、母親の味付けか。サンドラは溜め息を吐いた。

「まさか、『母さんみたいな料理を作れないとダメだ』なんて言ったわけじゃないんでしょ?」

「勿論そんなことは言ってないよ。でもアレンの話聞いてると、おじさんが要求する料理の種類とか味加減が、僕の母さんが言ってたおばさんの味付けの加減にそっくりだなって」

 アレンの母は料理上手だったらしい。彼の父は辛い軍の勤めから帰り、妻の作った料理を食べることを何よりも楽しみにしていたのだと、サンドラは父から聞いたことがある。

「多分、おじさんは無意識におばさんの味付けを求めちゃってるんだよ。悪意はないんだ。きっと、アレンが一人でもやっていけるようにって思ってるだけなんだと思う」

「そうね。でも、それは厳しいわね」

「美味しい洗練された料理と食べて安心する料理は、違うからなあ」

 はとこが受話器の向こうで嘆息した。この子はたまに、中学生とは思えないことを言う。

 アーサーは少々マイペースなところもあるものの、聡いところのある子供だった。だから昔から親戚で集まった時に、性格の違いからすれ違うことの多いアレンとサマンサの間に立って上手く空気を和ませる役をこなしていた。また素直じゃないアレンの本音を器用に暴き、彼のジレンマを指摘し、アドバイスするのも彼の役だった。

 彼は、一言で表すならばとても柔らかなのだ。物腰も表情も性格も思考も、とても柔軟なのである。

「まあとにかく、味付けがどうこうって言うよりも、日頃の言い合いやら鬱憤に疲れが重なって、喧嘩がエスカレートしちゃったっていうのが背景みたいだよ」

「エスカレートってどれくらい?」

「アレンははっきり言ってなかったけど、少しは暴れたみたいだよ。あと大嫌いだは勿論、『てめえの息子に生まれたいなんて思った覚えはねえ』とか、色々口喧嘩で言ったみたいだね。あの様子だと、あとで冷静になってから後悔するんだろうなあ」

 同情したように、しかし冷静にアーサーは言った。

「アイツは僕が話を聞けるからいいけど、おじさんが心配だよね。中学生の僕が行っても子供扱いされるのが関の山だから、悪いんだけど姉さんが行って様子見てきてくれないかな?」

 分かった、とサンドラは返す。今からならばそれほど遅くならずに、郊外にある国軍基地の近くに建つアレンの家に着けるだろう。

「ちなみに、このことは今のところ誰かに話した?」

「ううん、姉さんにだけ。父さんにも母さんにも、妹にも話してない」

「そう」

 中学生のアレンに、親戚の大人たちの声は届かない。彼の声を聞きその事情を知り話をできるのは、幼い頃から彼とよく遊び付き合って来た自分達だけだ。

 古臭い家の習わしは面倒なことも多いが、自分達にとってはその結びつきの強さが幸いしてまたとない友人を手に入れられた。海外に出ていることが多く、生まれ故郷であるはずのこの国に馴染みづらかった自分とサタルは、この慕ってくれる可愛い親戚たちに随分と救われた。普段彼らをおちょくってばかりの弟も、いかにもな姿勢は示さないかもしれないが動かないわけがないだろう。

「じゃあ私からサタルとアレフに話をするわ。貴方にはサマンサをお願いしてもいい?」

「分かった。心配しないように言っとくね」

 また連絡ちょうだい、と言ってはとこは電話を切った。

 サンドラは宣言通り血を分けた男達へ連絡を取り、すぐに事務所を出て電車を乗り継ぎ郊外へと向かった。夜のベッドタウンは昼間にはない活気に溢れており、サンドラは足早に帰路につく人々に紛れてはとこの家を目指した。

 駅から十分歩いて大通りから脇道に逸れると、周囲は途端にしんと静まり返る。並び立つ集合住宅には、どこもぽつぽつと灯りがついている。その集合住宅の並びから一つ離れたところに、目指す家はあった。落ち着いた佇まいの純ジパング風の家屋は、たった二人が住むには少々広い。二階立ての上も下も、窓が黒い。明かりがついていないのだ。しかしサンドラは門扉を潜ると、一階の窓の奥から仄かに明かりが漏れていることに気付いた。

 飾り気のない古い玄関の前に立つ。中の気配を窺ってから、インターホンを押した。

 一度鳴らす。余韻が返って来るのみである。もう一度鳴らしてみると、明かりが少々揺らいだ気がした。三度目にして、ようやく玄関の鍵が回る音がした。戸が横に擦れ、隙間から銀髪というより白髪に近い年配の男が顔を覗かせた。

 顔つきが険しく、厳格なモアイ像のような造作の男性である。その焼けた目元や口元にくっきりとした陰影と共に刻まれた皺に気付いて、サンドラの胸が僅かに痛んだ。彼も、以前に比べて随分年を取った。自分が子供の頃は見上げても顔が見切れないほどに背が高く逞しかったのに、今は頭一つと変わらない。

 男は猛禽のような眼光を宿していたが、サンドラの姿を認めると気色を和らげた。それでも同じ年代の男に比べると雰囲気が鋭すぎることに変わりはないものの、現役の軍人であるから仕方ないだろう。

「サンドラちゃん」

「御無沙汰してます、おじさん」

 サンドラは頭を下げた。アレンの父は無言で扉を広げた。お邪魔しますと軽く断って中へ足を踏み入れて、サンドラは軽く目を瞠った。広い板張りの玄関には、一面に新聞や広告がぶちまけられ、引きちぎられていた。

「へー、本当にちょっとは暴れたんだね」

 そう言ったのはサンドラではない。彼女が振り返ると、引き戸の前に弟と一番上のはとこが立っていた。

「サタルさん、そんな呑気な」

「こんばんは、ブラムおじさん。サンドラ、早かったね」

 はとこが窘めるが、弟は愛想よくアレンの父と姉に挨拶をした。しかしアレンの父はにこりともしないままだった。

「馬鹿息子に用か? アイツならもういないが」

 知っていると言おうか迷っているうちに、アレフレッドが前に一歩進み出て口を開いた。

「アレンは今、以前からボランティアでお世話になっているある会社で下働きさせてもらっているようです。自分もお世話になっている人達で、決して悪い人たちでは――」

「あんなヤツ、知らねえよ」

 ブラムは吐き捨てた。アレフレッドが目に見えてたじろぐ。年老いた父親の全身から、はっきりとした拒絶が現れていた。

「自分一人で生きてけると言うなら、こっちが願ったりだ。私も短い老い先だ。好きにさせてもらう」

「ブラムさん」

 サタルが声をかけるが、ブラムは背を向ける。その背中は、サンドラには昔より縮んで見えた。

「悪いが、帰ってくれ。アイツがどうしようと、私にはもう関係ない」

 アレフレッドが何か言おうとした。だがそれより速く、サタルがその肩を押さえる。サンドラはまた頭を下げた。

「失礼します」

 サンドラとサタルはアレフレッドを伴ってローレシア宅を出た。遠ざかる門扉の中から、何かが割れる派手な音が聞こえていた。

 三人は二つ隣の集合住宅の前で、立ち止まった。サタルがアレフレッドを引きずっていた手を離し、呆れを含んだ笑みを浮かべる。

「アレフー? ちょっと切り出すの、早すぎたんじゃねえ?」

「すみません」

 アレフレッドはしゅんと項垂れている。サンドラは首を横に振った。

「でも、今日は仕方ないわ。おじさんも冷静に話をする余裕がなさそうだったもの」

「しょうがないか。大事に頑張って育ててきた一人息子に、父親として否定されたばっかりだもんな」

 サタルは苦笑している。

 ブラムは軍での仕事に追われながらも、息子であるアレンを学習面でも生活面でも、そして特に体術などの体を鍛える事柄については特に厳しく熱心に教育していた。それは何も彼一人のこだわりによるものではなく、むしろ息子の身を案じるが故のことだった。

 彼らジャスティヌス家は、古くから能力者の多い血筋だった。そのせいかなかなか子宝に恵まれづらい傾向にあり、ブラムとその妻もその例に漏れず、やっと第一子であるアレンを儲けたのは夫婦が齢四十を過ぎた後だった。

 もう、これ以上子供は望めない。そう判断した彼らは一人息子をこよなく愛し育てることを誓った。だが、妻は先に病で亡くなってしまう。だからブラムは先に逝った妻の分まで、息子を立派に育てなければと思ったのだと、サンドラは父から聞いている。

 ブラムには妻との約束に加えて、もう一つ懸念があったらしい。それは、自分の高齢である。息子が無事成人するまでに、己は生きていられるだろうか。特に自分は軍属である。もし不慮なことで自分が死んだら、息子は一人できっと苦労をする。そうなった時、せめて少しでも強く上手く世を渡っていけるように万事に抜かりなくさせておきたいとブラムは考えていたそうだ。

 以上二つが、ブラムがアレンを厳しく育てている理由である。しかし彼の息子に関しての心配は、昨年もう一つ増えていた。

「アレンが能力に目覚めた時は、随分心配していましたよね」

「珍しく目に見える形で心配してたよな。個人差あるけど能力持ち、特に未成年の能力者は急に体を崩すことがあるからね。無理ないよ」

 サタルはアレフレッドの言葉に頷く。そう、能力者は先天後天に関わらず、能力の副作用に悩まされることがある。勿論人によって差はあって、中には全く苦しむことなどない者もいるのだが、通常の生活を送れなくなったり、入院を余儀なくされたりする者も存在する。

 サンドラも、自分の弟がその一人だったから知っている。彼女の一家が長いこと海外を点々としていたのは先天の能力者である弟のせいなのだ。けれど、親族の者たちは彼が能力者であることすらもそれを知らない。ただ、弟の職場と繋がりのある軍属であるブラムだけは知っていて、アレンが能力に目覚めたことを知ってからは、こっそりサタルや父のもとへと相談に訪れていた。

「さて、どうしようか。まあそう言っても、やることなんて大してないけど」

 その弟が飄々と問いかける。アレフレッドが濃い青の瞳を見開いて拳を握った。

「それは勿論、アレンを説得に――」

「今やったら逆効果だよ。ブラムさんの反応、見ただろ? ああいう素直じゃない頭に血が上りやすい人に説得なんてしにいったら、ダメだよ。話を聞いてもらえなくなるよ」

 サタルが言うと、アレフレッドは顎に手を当てて唸った。彼は相変わらずサタルの言うことだけはよく聞く。サンドラは妙な感心を覚えながら、彼らに提案した。

「とりあえず、身内を預かってもらうんだから人材紹介所に挨拶しましょう。おじさんが行くわけがないから、ここは彼らと面識があるアレフにお願いしたいんだけどどうかしら?」

「分かりました。任せてください」

 アレフレッドが大きく頷く。本当に大丈夫だろうか。不安だが、はとこという本来ならあまり接点のなさそうな立場の自分が行くのも妙な話である。サタルはもっと止した方がいい。つまり、彼しかいないのだ。サンドラはアレフレッドを信じることにした。

「それから、交代でアレンの様子をたまに見に行きましょう。あんまり家出のことを強く責めないで、様子を見て話を聞いて。どうするかはそれからよ」

「そうだね。アーサーも巻き込んで、たまに様子を見に行こうか。そんなに俺達がどうこうしようとしなくても、きっと大丈夫だとは思うけどね」

「どうしてですか?」

 不思議そうな顔をするアレフレッドに、サタルはにやりと笑って気楽な口調で答えた。

「二人とも、本当にお互いのことを嫌ってるわけじゃないからね」

「ほとぼりが冷めれば、それとなく仲直りさせられるかもしれないわ」

「だからそれまで、アレンをしっかり預かっといてもらわないと。アレフ、菓子折りは忘れるなよ?」

「はい、承知しました!」

 アレフレッドは慕う弟の言葉に、力強く返事をした。サンドラは逆に少々不安を覚えたが、あまり深く考えないことにした。

 

 翌日、紹介所に金髪オールバックのサラリーマンが現れて念入りで慇懃な挨拶と共に、子供の勉強机ほどもある高級和菓子店の菓子折りを置いていったのは言うまでもない。

 

 

 

アレンが家出しました。

以下、私信も兼ねて改めて彼の親戚一同を上げておきたいと思います。

 

 ○アレクサンドラ・ジャスティヌス

  アレンはとこ。サタルの双子の姉。法律事務所に勤める。一同の中ではとりまとめ役的立ち位置にいるクールな一匹狼。親戚の一同のことは、実の弟も含め手のかかる弟妹分のように思いながらも可愛がっている。近すぎず遠すぎないところから、彼らを見守っている。

 ○サタル・ジャスティヌス

  アレンはとこ。サンドラの双子の弟。表向きは一公務員。一同の中ではムードメーカーとして振る舞うお調子者。サンドラは敬愛する姉。アレフレッドはちょっと変な弟分。アレンは特に構い甲斐がある。アーサーは少し自分に似てて気が合う。サマンサはとにかく可愛い。全員、共通して面白くて大事な家族。だが、愛情表現は必要性に迫られないとしないし、過保護はNGだと思っている。

 ○アレフレッド・トラウゴッド

  アレン従兄。中略。サマンサは尊敬。サタルは崇拝。Ⅱトリオは大事で可愛い弟妹たち。すぐ世話焼きたくなる。過干渉になりそうになるとサンドラとサタルにストップをかけられる。

 ○アーサー・サマルトリア

  アレンの従兄で親友。金髪に垂れがちの碧眼を持つ美少年。男らしさには欠けるけど勉強できるし気遣いもできるし優しいし可愛いしでモテる。サンドラとサタルは頼りになる姉と兄。アレフレッドも突っ走るきらいがあることは理解しつつ頼りになると慕っている。サマンサとアレンの相談役で、サマンサには優しくものを言うがアレンには意外と容赦ない。

 ○サマンサ・ムーンブルク

  アレンの従妹で気になる子。紫の巻き髪に赤い瞳の美少女。体育以外はオール5の優等生。しっかりしてるけどたまに抜けてる。天然鈍感属性。サンドラのような頼もしい女性になりたいし、サタルのような社交性のある大人に憧れる。アレフレッドも憧れの対象。アレンには嫌われているのかもと思いつつ、何やかんや気になる(無自覚)。アーサーは女の子の友達よりも打ち解けて話ができる親友。

 

アレン、アーサー、サマンサの学校は別です。アーサーとサマンサは隣町の学校に通っています。アレンは二人と仲良しですがたまに学習面など色々なところで劣等感を感じます。その度にサタルに相談して自信を取り戻させてもらったり、アーサーに見抜かれて怒られて立ち直ったりしています。

 

とりあえず、大雑把にまとめてみました。また何か分からないこと、知りたいことございましたら何なりとお声かけ下さい。