「お願いします、教祖様……主人を、主人を生き返らせてください」
壮麗な、これがかの神々の住まう神殿かと間違うような白大理石の舞台に弱々しい声が響く。中央に据えられた大きな石の棺は、神の寝台のようにも手術台のようにも窺える。その中に一人の男が眠っており、傍には両手を組んで肩を震わせる初老を過ぎた女の姿があった。落ちくぼんだ瞳は一心にどこかを見つめているようで、何も見えていないようにも見えた。
彼女の肩を叩く手がある。小柄な体にこれでもかと荘厳な装飾具をつけた神官服の男性が、温かな微笑みを浮かべていた。
「大丈夫ですよ。ご主人はすぐ戻っていらっしゃいます。神は私に仰った。『我、汝に我が奇跡を与えん。されば汝、世の悲しみに我が奇跡を与えよ。終末の世を救済せよ』――貴方は神に十分祈られた。今こそ、私が貴方をお助けする時です」
女性は両手を組んだまま天を仰いだ。教祖はその両肩を支えて励ますように声をかける。
「さあ祈って。貴方のご主人を思う強い心が、ご主人をこの世に呼び戻すのです。さあ」
経典を諳んじ始める女性。その震える声に、教祖の朗々としたバリトンが重なる。彼の声はマイクがなくとも聞こえやすく、しかし精霊言語による祝詞であるらしく何を言っているのかまでは聞き取れなかった。
「おお父よ、全知全能の神よ。今ここに我らが友、ソクラスの御魂を呼び戻したまえ!」
神々しい光が広間中に満ちる。柱を飾る黄金も丁寧な装飾の棺も白く霞んで、両手を広げた教祖の姿が大々的に映し出される。女は強い光にも動じず、ただ虚ろに俯いている。
次に彼女が手を退けた時、彼女の目は棺に張り付いたまま離れなくなってしまった。棺の扉が開き、中から男が上体を起こしてこちらを見つめていたのだ。
「あなた!」
女はわっと泣き出して男に取り縋った。男は放心したような表情で、彼女を見下ろしている。教祖は慈愛に満ちた笑みで、二人を見守っている。
「ご安心なさい。今はこの世に帰って来たばかりで混乱していますが、少し経てばもとの記憶を取り戻すでしょう」
「何ということでしょう、また一つの命が私達のもとに帰ってきました! これが教祖様のお力! 教祖様はまさに、神の代行者でいらっしゃ――」
「すみません」
感激したような司会の語りに、教祖でも女でもない第三者の声が割り込んだ。司会はそちらを向いてあんぐりと口を開いたまま固まった。夫に抱き付いて泣いていた女も同じ方を向いた途端泣くことをやめてしまい、教祖さえ穏やかな笑顔を固まらせた。
彼らの視線の先には、今蘇ったばかりの棺の中の男と同じ男が二本の足で立っていた。
「今って昼ですか? それとも夜ですか? ここは何だか、時間が分かりづらくて……」
蘇った友、ソクラスと同じ外見の男はきょときょとと辺りを見回す。その口調を聞いて、先ほどまで全く動かなかった女の瞳孔がせわしなく彷徨い始めた。焦点が自分の腕の中にいる夫と突然やって来た夫とを往復する。
「あ、あなた……?」
女は再度腕の中の夫を見る。彼はぼんやりと空を見つめている。だが突如現れた方の夫は、彼女と棺の中の自分を見るなり顔を険しくさせた。
「これは……どういうことです! お前は誰だ!? 私の妻を惑わす悪魔か!」
男が自分と同じ外見の男に掴みかかった。女が悲鳴を上げて後ろに倒れる。教祖と司会とが乱入した方のソクラスを抑えようとする。しかしその時、広間にぼわんと煙が上がった。
先程までソクラスが横たわっていた棺の中に、悲壮な顔つきの巨大な火の玉が浮かんでいた。
「まっ魔物――」
そこで、映像はブツンと途切れた。
変わりに四角い画面に移されるのは美しい山の風景である。「映像が乱れているため、今しばらくお待ちください」という無機質なポップが画面の下に流れる。キラナはすぐ他のウィンドウを立ち上げ、検索をかける。早くも他の動画サイトや掲示板に影響が現れているようだった。
『さっきの映像、もう流しちゃったヨン。教団の情報部はこの間グズグズにしたから、止められないヨン』
女性の電子音が言う。キラナはさすが、と小さく笑った。
「さあ、まずは一手」
「キラナ! 教祖が逃げた。追跡頼む!」
ソクラスの仮装を解いたテングが呼びかける。教祖に追撃しようとしたロレックスの前に司会が立ちはだかり、アリアは呆然としている夫人を下がらせて様子を見る。
教団の宣伝番組の撮影に使われる部屋は、放送局に見るような撮影セットの置かれたものにそっくりだった。神殿のようなセットは豪華だが、他は黒一色に撮影機材が点々とあるのみで殺風景である。戦うのに、広さは十分だ。
異常事態を見て取ったカメラクルーの姿が変貌する。一人、二人、三人、と歪む輪郭が悪魔神官を形取る。
ロレックスは司会と戦っている。テングはそのサポート。ならば自分がやるしかない。
アリアは『悟りの書』を呼び起こす。悪魔神官は味方が倒れれば蘇生してくる厄介な敵。一気に畳みかけてしまうのがベストだ。呪文を使われる前に先手を打つ。
「ジゴスパーク!」
以前見たヒーローの技を利用する。悪魔神官と、ついでに近くに置いてあった放送機材も全て焼き切ってしまう。その方が後々、都合の悪い映像の処理に困らなくて済む。
さすが攻撃力トップクラス、ブラックの力は半減していても雑魚を一掃するには十分だった。
「あの」
アリアがまだ潜んでいる敵がいないか目を凝らそうとした時、隣で声が上がった。ソクラスの妻だった。
「これは……どういうことなのでしょうか? 夫は? 教祖様は?」
アリアは驚いた。教団の信者は洗脳で魂を抜かれたような状態でいると聞いていた。だが彼女は明らかに自分の意志で話している。
婦人は彼女の驚きには気付かず、強張った笑顔を浮かべた。
「夫は、帰って来たんですよね?」
言葉を失ってしまう。こういう時、課長なら何と声をかけるだろう。一瞬の逡巡の末、彼女は口を開いた。
「残念ながら――」
「はい、そこまで」
突然後ろから二本の指が伸びて、彼女の眉間をそっと突いた。緊張に赤らんでいた目が閉じ、がくりと首が折れる。アリアがすかさず支えると、指の主が視界に入った。
「テング」
「彼女には夢を見てもらおう。亡くなった旦那さんが、自分がいなくなっても彼女が一人で歩いていけるよう、導いてくれる夢をね」
テングはアリアから女性を受け取って部屋の隅に寝かせた。黒い床に横たわった彼女は、急に十も老け込んだように見えた。
地面が大きく揺れた。アリアとテングが顔を上げると、ちょうどロレックスが大きく跳躍してこちらに背を向けて着地したところだった。彼が睨み付ける先、真白のスーツがはじけ飛び、司会の身体がみるみるうちに膨張していく。
「人間じゃないのは分かってたけど……」
ロレックスが振り向かぬまま隆起する影を仰ぐ。影は既に小山ほどの大きさにまでなっていた。
「こんなでけえなんて聞いてないぜ」
「僕も予想外だよ」
テングが目の上にふくよかな手を翳して、感心の声を漏らす。
「洗脳なんて喜んでやる奴って、どっちかって言うとマッドサイエンティスト系っぽそうじゃない? でもアレ、明らかに違うよね」
「魂なんて拳で潰すだろ、あれ」
三人の目の前に、天を頭で突かんばかりの巨体が立ちはだかっていた。その姿は明らかに魔物、ギガンテスやサイクロプスと同じ巨人属である。肩幅は教団宣言番組の撮影セットより遥かに広く、胸板はそれより厚いものを探すのも困難なほどに逞しい。腕と脚は、人間一人くらい気が付いたらミンチになっていたということがあってもおかしくない太さだとでも言えばいいのだろうか。
「貴様らが近頃大教祖イブール様にたてついている、ロト人材紹介所の者か!」
巨人は腹の底を震わす大声で問いかけて来た。思わずテングが両手で耳を塞いだ。
「我が名はラマダ。イブール様に仕える神官である!」
「アレでかよ」
「ギャップってヤツ?」
「呑気なこと言ってる場合なんですか?」
ロレックスとテングがこっそり会話を交わすので、アリアはハラハラと敵を注視する。見たところ、彼らの言う通り肉弾戦専門といった印象の外見をしている。だが班長の調べ通りなら、全ての信者の意識はラマダという彼によって統制されているのである。それが、力一辺倒の戦い方をしてくるとは思えない。
「分かってるよ。さっき軽くやり合ってみた限り、力もかなり強いけど強力な炎と氷の呪文を使ってくる。呪文攻撃力の強い武僧って感じだ。神官っていうのは伊達じゃないらしい」
ロレックスが冷静に分析する。彼の攻撃手段はグローブによる氷属性付与の直接攻撃だ。炎とは相性が悪いが、テングもアリアも近距離戦は得意ではない。彼を主軸に攻撃をしていくべきだろう。
「不利な属性は私がカバーします」
「僕がアイツの目を惑わす。四肢を封じて身動き取れなくなったら、ちょっと時間をちょうだい。洗脳の仕組みを探る」
テングの言葉に、ロレックスとアリアは頷く。術者を倒すことで洗脳が解けないようなことがあってはならない。この中で解呪の手掛かりを持つのは、同じ幻術系統の能力を持つテングだけだった。
「貴様らの魂も、抜き取らせてもらおう!」
ラマダが宣言して、巨大な棍棒を振り上げた。ロレックスが拳を鳴らし、臆さずに正面から突っ込んでいく。テングがすかさず両手を翳す。ラマダの手元に躊躇いが生じ、その隙にロレックスは棍棒をかいくぐって巨体に肉薄した。
「ロンダルキアアッパー!」
水色の拳が氷の乱撃を降らせる。ラマダの足下がふらつく。かと思いきや、巨大な裸足が勢いをつけて持ち上がった。
「ロレックスさん!」
アリアは地面に手をついた。『悟りの書』を手繰り黄色い技を呼び覚ます。
突如岩壁がロレックスの前にせり上がり、ラマダの足を受け止めた。だが数秒後に岩は砕け散ってしまう。しかし、その間にロレックスは足の前から逃れて新たな攻撃に転じていた。
半分だから絶対防御には程遠い。だが、この敵相手には通用する。
アリアはまた黄色い力をロレックスに向けて集める。実際に使っているのは見たことがないが、肉体は土の領域。いけるだろう。
「バイキルトっ」
ロレックスの拳がラマダの脇腹にぶつかる。硬い筋肉のついた腹部の三分の一が吹き飛んだ。思わぬ威力にロレックスの目が丸くなる。だがそれはアリアも同じだった。
自分の能力は死角こそないものの、所詮はコピーである。それでもここまでの破壊力を叩きだせたのだ。国造りの女神に選ばれたという異次元戦士の力、天才と謳われるロトの技術力、それを使いこなすこの青年の胆力――どれをとっても十分に脅威。味方であればいいが、使い方と方向性を誤れば恐ろしいことになる。
アリアは全く違う敵を前にしているというのに、背筋が冷えるのを感じた。だがすぐに気を引き締める。まずは、眼前の戦いに集中しないと。
ラマダの口がぽっかりと空いて精霊言語を迸らせる。ロレックスは左手から右手側に向けて一息に駆け抜ける。その後を追うように、マヒャドの氷が地面を突き破る。
ロレックスが右手側に来るのを待ち構えて、棍棒が上から振り下ろされた。
「遅いっ!」
ライダースジャケットが霞んだところを、棍棒が振り抜いた。確信を持って振り下ろされたのだろう一撃は、地面にめり込み同心円状に亀裂を走らせる。ロレックスは沈む地の衝撃を上手くいなし、地面に埋まったままの棍棒を足場に飛び上がり拳を唸らせる。冷気を伴った一打が、巨人の右腕の関節を凍りつかせ打ち砕いた。
「よしっ一本!」
痛みに暴れるラマダから瞬時に距離を取り、ロレックスが口の端を吊り上げる。巨人の口から、また精霊言語が飛び出す。先程と違う。咄嗟にアリアは叫ぶ。
「下がって!」
間髪入れず退いたロレックスのいた場所を熱波が襲う。最高位閃光呪文、ベギラゴン。その炎がライダースジャケットを捕らえる前に、アリアは赤い力を掻き集める。
「ビッグテンションエクスプローション!」
巻き起こった爆発の炎が、ベギラゴンを相殺する。威力半減で最高位の閃光呪文と同等だなんて、どういうことだろう。
「アンタ、ヒーローズの力が使えるのか?」
アリアの位置まで下がったロレックスが訊ねる。彼女は汗で張り付く前髪を掻き上げて頷いた。
「真似事ですけど」
ヒーローズの力はどれも威力が強く、またそれぞれが万物を構成する元素を司っているから応用が利かせやすい。だから彼らの存在を知ってから、アリアはその力をよく利用させてもらっていた。
「ならちょうどいい! アイツの守備力、下げてくれないか? さっきからどうも手応えが良くない。でも属性攻撃が特別効くわけでもなさそうだから、力づくで殴っていくのがいいと思う。こっちの攻撃力はこのまま引き続き上げてもらって、やばい一撃が来そうだったらさっきみたいにいなしてもらえると助かる」
「じゃあ僕は、そろそろ攻撃補助でも始めようか」
とめどなく落とされるラマダの手足をかいくぐり翻弄しながら、テングが二人に向けて声をかける。ロレックスが問いかける。
「後衛と補助専門じゃなかったのか?」
「そうだよ。ゆーちゃんと違って、僕は本当にデスクワーク派なんだ」
「ゆーちゃんって誰?」
「うちの班長です」
アリアが答えると、ロレックスは首を捻った。コミカルに駆けまわるピエロの目の前に、逞しい足が落ちる。彼はひゃあと道化らしい悲鳴を上げたが、ロレックス達に向けて叫ぶ。
「でも僕だってモシャス使いだ。条件付きでだけど、完全な能力のコピーもできる!」
「だけどテング、誰に化けるの?」
答える前に、ピエロの姿が変わった。学ランに短い銀髪、目の色は氷のように薄く、顔つきは年齢の割に凛々しい。
「アレンじゃないか!」
「彼の一族と僕は浅からぬ縁でね。接した時間が長い分、擬態の性能もコントロールも他に比べて良くなっているはずだ」
声変わりしたばかりの少年の声が答える。身のこなしもさきほどのショーの最中のようなものとは違って、武道を齧る者らしいキレがある。それを見て、ロレックスが腕を捲った。
「アイツの力、どのくらい出せる?」
「あの子が自分で把握している全力より、少し上回る自信があるよ」
「上出来! 俺よりも強力な氷技が使えるなら、願ったりだ」
ロレックスが前に出る。一方、テングがラマダの足を止める役割を一度やめ後退する。二人の氷の戦士が並び合う形になった。
「利き腕は封じた。足を一気にやろう。お前が足を固める。その隙に俺が二本とも折る。そしたら俺は残った一本を始末しながらとどめを刺しにいく。その前に、洗脳の仕組みを解くんだ」
テングは口笛を吹いた。民間人なのによく分かっている。気の良さそうな青年だが、順応性と視点の冷静さなら紹介所一かもしれない。
「了解だよ」
ラマダの一つ目が、彼らの上に定まった。幻術が解けたことをテングは悟る。だがかけ直すまでもない。ロレックスという冷静で優秀なアタッカー、変化球の得意な自分、前衛に臨機応変にこたえるアリアがいれば、目的達成までの道は遠くないだろう。
「いくぞっ」
ロレックスが先に動き出した。テングもやや遅れて駆け出す。ラマダは炎の吐息を吐き出した。アリアの駆使するレッドの力がぶつかって、豪快に火の粉をまき散らす。ルカニ、という可憐な声が戦士たちの耳に届く。
ロレックスが、アレンに扮したテングが、炎の波を飛び越えてラマダに接近する。ラマダの無事な片腕が宙を舞うロレックスに迫る。彼は宙で身を捻って躱す。テングはその隙にちらりと視界の左隅を窺う。先程ロレックスが粉砕した巨人の右腕に刺さった氷が溶け始め、人ならざるモノの青い血液と混ざって滴っていた。
「絶望に染まれ――アモールの呪縛」
少年の硬質な声が、本人の口から漏れたことがない言葉を紡ぐ。すると右腕の関節の氷が瞬くうちに溶け流れ、血も取り込んだ藍に透き通った水の鞭となって巨人の両足に巻き付く。巨人の悲鳴が、これまでになく切実に部屋を揺らした。彼の右腕から流れる水は、次第に藍の色を濃くしていた。
「ヒーローブルーの力は水の力。自分の血液で自分の足を封じられる気分はどう?」
アレンは顔色一つ変えずロレックスの名を呼ぶ。ロレックスはすかさず両拳に、遠慮なしの凍てつく冷気を纏わせる。
「ロンダルキアブリザードッ!」
耳を塞ぎたくなる骨と肉が砕け散る音が、彼らの鼓膜に確かな振動となって響いた。倒れ伏す巨体を躱してもがく左腕に向かい走りながら、ロレックスが声を張り上げる。
「急げ、この分だと先に死ぬぞ!」
テングはアレンの格好を解いて、巨人の顔に近づいた。自分の身体よりなお大きい頭のもとに近寄り、手を翳す。しかし一つ目が苦痛ではない形に歪むのを見て、テングは弾かれたように背後を振り返った。
「アリア!」
彼女も気付いていた。これまで何の動きもなかった、二カ所ある部屋の扉が開いたのだ。電灯の冷たい明かりのもとから、勢いよく波がなだれ込んでくる。虚空を見つめて茫洋としている人、人、人。自我を失った人の波。洗脳された信者たちだ。
メルキドの壁を起こそうとして、その数にアリアは息を飲んだ。これは止め切れない。
「右手に氷、左手に地――」
地に手をつき言葉を頼りに力を集める。
「合体封印・改、アストロンガード!」
押し寄せる信者たちの前に、鋼の壁が聳え立った。人々が壁を越えてくる様子はない。
間に合った。だが、このままでは波の重みで先頭の信者が潰れてしまう。
「テング、早く!」
テングは既に、ラマダの能力のコピーに取り掛かっていた。もうすぐ終わる。周囲の喧騒など届かないラマダの術を模した幻の世界には、信者たちの意識のか細い糸が見え始めていた。
「ロレックス、やれ」
コピーによる理解が完了した。この術は、術者の命が失せれば同時に失せる。後遺症にも対応できる。
そう判断したテングが声を張る。その前からラマダの巨体の上に待ち構えていたロレックスが、周囲の炎の光を乱反射して輝く氷針の拳を心臓に向けて叩き込む。派手に青い血飛沫が噴きあがる。それが合図だったかのように信者たちの進撃がぴたりと止まるのを、アリアは感じた。
「何故だ……何故、我らの邪魔をする……?」
ラマダは痛みに混迷する瞳を天井へ向けて、力の抜けていく声で呟く。それに答えたのは、青い返り血を盛大に浴びたロレックスだった。
「お前らを止めに来たんじゃない。少なくとも俺は、家族を止めに来たんだ」
テングは青年を仰ぎ見た。彼は勝利したと言うのに、憂うような目つきだった。
「ロト姉ちゃんがこんな無茶をしてるのは、俺が一度死んだせいだ。確かにお前達のやってることは酷いと思うし、やめさせなくちゃと思うよ。でもそれより俺は、俺のせいで優しさを怒りの刃に変えた姉ちゃん達が、これ以上他人や姉ちゃん達自身を傷つけることがないように見ていなくちゃいけない。そして、今度こそ止めなくちゃ」
ラマダの瞳が濁る。テングは悲しげなロレックスに背を向け、密かに微笑んだ。
破壊力Sクラスのヒーローブラックや天才科学者、絶対守護の少女に歴戦の古強者に紛れて、こんなに篤実で沈着な社員がいたとは。思わぬ収穫があった。
テングは携帯電話を取り出す。数回のコール音の後に、キラナの声がした。
「こちらテング。敵の術者を倒したことにより、信者の洗脳が解けた。これから敷地内の全信者の保護にあたる」
BGMにアニソンを持ってくると、戦闘を書きやすい気がします。今回はシャーマソキソグの「Nothern Lights」を聴きながらタイプしてました。が、ロレックスさんに不安しかない。
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