現パロ「山奥へ行こう!③」

 スランが食材集めを手伝ったとかで、私達は近くの貸別荘に招待された。けれどそこを借りてるのが班長が見張ってるあのロト人材紹介所で、しかもついてきてるのが異次元戦隊関係者ってきたものだから、悪いことして叱られるの子供みたいなびくびくした顔をして帰って来たスランを前にして、私達は思いっきり笑ってしまった。

 遅かれ早かれ接触があることは予想できてたけど、まさかこんなに早くその機会が来るなんて! しかも猟の手伝いなんて、ここまで来てこの子は何やってるんだか!

 課長もこれには呆れたみたいに笑ってたけど、義理堅い人だから世話になった挨拶はちゃんとしにいったわ。そしたらお呼ばれされちゃったってわけ。

 面白いから来てみたけど、すごいわね。人が多くて賑やかだけど、それよりいいキャンプファイヤーがあったわ。大きくて、赤々と燃え盛って天まで届きそう。星でさえ霞んで見える。 

「ルネ! これすっごく美味しいよ」 

 私がキャンプファイヤーが一番綺麗に見える距離にちょうど置いてあったテーブルに腰掛けてうっとり眺めてたら、どこかに行ってたキラナとアリアが帰って来た。何かいっぱい持ってる。二人はテーブルの上にお皿を並べていく。星型の人参が珍しいカレーライス、とろりとチーズがかかった炙ったパン、キノコのサラダにピザまである。

「あら、これどうしたの?」

「やだもう、さっき社長さんが言ってたじゃない。みんな作ったんだって」 

「まあ」

 ここには管理人もスタッフも誰もついてないと聞いていたのだけど、随分豪勢ね。

 キラナは説明すると向かいに座ってスプーンを手に取り、頂きますと明るい声を上げてカレーを口に運ぶ。小柄な彼女が星型の人参を口に入れる姿は、子供みたいで微笑ましい。その隣でアリアも行儀よく両手を合わせて挨拶をしてから小皿にサラダを分ける。キラナが声を上げた。

「うん、やっぱり美味しい! ねえほら、一口」

 キラナがカレーを掬ったスプーンを突き出す。スパイシーな香りが鼻腔を心地よく刺激する。誘われるままに口に流し込めば、市販のものより明らかに複雑な配合の香辛料を使ってるだろうにまろやかな味が舌いっぱいに広がった。

「美味しいわね」

「でしょ!? びっくりしちゃった。ね?」

「ええ。このサラダもドレッシンングがとても合うわ」

 振られたアリアがにこにこと頷く。白銀の髪が耳の前を細く流れる様も綺麗だけど、それよりこの夜にはその瞳が似合うわね。炎より深くて透明な赤、羨ましいわ。

 私は彼女達の勧めるままに運ばれてきた料理を次々に口にした。どれも美味しくて、お店を開いたっていいくらいの味だった。

「ここ、いいですか?」

 用意されていたものを三人で分け合って一通り食べた頃、私達に声がかかった。夜空より濃い黒髪が素敵な二人の女の子だった。丸いお皿をそれぞれ一枚ずつ持った彼女達は私達の机の傍まで来て、視線を合わせる。私は長椅子の端に寄った。

「どうぞ」

「ありがとうございます!」

 二人は私の隣に並んで腰かけた。見覚えのある顔だ。青い瞳のプロポーションがいい方がロトさん、猫みたいな緑眼の小柄な方がアインツさんだったかしら。

「みんなのところを色々歩いて回ってたら疲れちゃって。空けてもらえて助かりました!」

「良かったらこれ、もらってください」

 二人が卓上に皿を置く。キラナが歓声を上げて、アリアが嬉しそうに目を輝かせた。まだ食べていない木苺のムースだった。

 美味しいスイーツがあれば、女の子っていうのはだいたいすぐに打ち解ける。私達は改めてお互いに名乗り合って他愛もない話に花を咲かせた。ロトちゃんは賑やかで話の提供の仕方が面白い話し上手、アインツちゃんは反対に相槌や話題を広げるのが得意そうな聞き上手で、私達の話は盛り上がった。普段のお互いの生活のこと、時事のこと、この辺りの気候、山の景色、出てくる魔物の話まで語って、話題は今日の食事のことに移り変わった。

「皆さん、料理がお上手なんですね」 

 アリアが褒めると、ロトちゃんは目を細めて誇らしそうに胸を張った。

「みんなで協力して作ったの! あたしはタレ専門だけど、主力はアインツちゃんとアレフさんだよね。メインの品はだいたい二人で作ったんだよ」

「すごい! この量を二人で?」

 キラナが瞳を丸くする。アインツちゃんは細い首をぶんぶんと横に振った。

「私は大したことしてないんです。アレフさんがもう、凄いんです」

「アレフってあの人よね」

 私はちらりとジパング式家屋の方へ視線を向ける。軒先で巨大な鍋を覗き込んでぶつくさと何か言っている男がいる。闇のもとでは黒に見えるこげ茶の髪から覗く不敵な面構えの戦士は、今はただの休日の主夫である。育ち盛りの息子達の食いっぷりに呆れているようにしか見えない。

「えー意外! 料理好きなの?」

「仕事でやってたら上手くなったんだって」

「こんなに上手くなれるものなんでしょうか」

 ロトちゃんの台詞に、アリアは料理を見下ろす。確かに信じられないのも無理はないわ。

「よく夕飯作ってもらうの?」

「うん、アレフさんがいいって言ってくれれば」

「いいなあ。こんな美味しいの毎日食べられるなんて」

 キラナが羨むように言う。ロトちゃんは自分が褒められたみたいに嬉しそうな顔をしてる。この子が犬だったら今、ちぎれそうなくらい尻尾振ってるんでしょうね。

「私も羨ましいです! アレフさんの料理、毎日食べたいです」

 カレーも、ハンバーグも、オムライスも……とアインツちゃんが可愛らしい指を折る。彼女的美味しいものリストらしい。それからロトちゃんを仰ぐ。

「いっそ、アレフさんを専属料理人で雇いたいくらいです」

「ええ!? それはダメ! アレフさんはうちの大事な副社長だもん!」

 ロトちゃんは慌てて首を横に振った。それを見てアインツちゃんはくすくすと笑う。

「勿論冗談です。でも、本当にそうしたいくらい美味しいんです」

「気持ちはとっても分かります」

 アリアが繰り返し頷いた。好き嫌いがなく大抵のものに「美味しい」と言う性格だとは言え、少食のこの子がこう言うなんて珍しい。

「でも、あんなに料理上手いとお嫁さんは大変だろうなあ」

 ふと、キラナが呟いた。紹介所の二人の視線が彼女に集まった。

「たいへん……?」

「え、だってどっちか片方が料理がすごく上手いとコンプレックス感じない? 恋人ってそんなもんじゃない?」

 キラナが指を二本立ててぴょこぴょこと重ね合わせる。ロトちゃんが唸りながら首を捻った。

「アレフさんに、恋人……」

「ん? もしかしていないの?」

「あら、勿体ない」

 思わず笑いが溢れてしまった。アインツちゃんもロトちゃん同様に首を傾げている。

「そう言えば、そういう話は聞いたことありませんね」

「アレフさんに、恋人」

 ロトちゃんはまたそう呟いて、アインツちゃんと視線を交えて大きく頷いた。

「全然、想像できない」 

「どうして?」

「だっていっつもアレフさんって忙しそうだし、優しいけど難しいところもあるし、恋人といちゃついてる顔とか……」

 いや、うーん? とロトちゃんは反対方向に首を捻ってから、今度はぷぷぷと忍び笑いを始めた。忙しい子ね。

「そういう男に限って、外では亭主関白に見せかけて、恋人に見せる顔はよそにはとても向けられないくらい甘いもんかもしれないわよ?」

「甘いアレフさんっ!」

 私が言うと、ロトちゃんは心底可笑しそうに笑いだした。アインツちゃんはきょとんとしている。それほどに、彼は普段からそういったこととは縁遠そうな言動をしているらしい。

「何だ、呼んだか?」

 その時遠くから件の人物が声をかけてきて、私達は思わず笑った。遠目に見ても、彼が眉間に皺を寄せてるらしい様子が伝わってきた。

「アレフさーん!」

 ロトちゃんが立ち上がって、満面の笑みで彼の名を呼びながらそちらへ向かって走り出した。

「お嫁になんて行っちゃやだよー!」

「ロトさん違います、婿です!」

 アインツちゃんが座ったまま訂正を入れるけど、気にしてる様子はない。彼に飛びつきながら、あたしに毎朝お味噌汁作って! なんて言ってる。

 ロト人材派遣所って、楽しそうで良いわね。




「がーるずとーく」ってことでよろしいでしょうか。アレフさん、恋人いたら申し訳ない。そしてロトさんアインツちゃんこれでいいのか不安しかない。