現パロ「夜に紛れて」

 都会の夜は星よりも地上の方が明るい。真夜中の首都は、彼のような田舎育ちの目には明るすぎる。

 だから、夜間用スコープなどなくとも景色はよく見える。たとえそれがビルの十階の上であっても、彼の瞳にはくっきりと映る。公園を横切る野良猫の瞳や、うじゃうじゃと湧いて出る死体や、どこからともなく現れる人のようなものも。

「よう、班長さんじゃねえか」

 レンズ越しに一発、狙いやすく前髪を上げてくれていた死体の眉間を射抜いてから視線を隣に向ける。トレンチコートの優男が一人立っている。彼ははっとするほど明るい青の双眸を細め、口元で親しみやすそうな微笑みを浮かべた。

「相変わらず良い腕してるな。うちにほしいくらいくらいだよ」

「バーカ。前にテメーでうちの狙撃手が一番いいっつってたのはどこのどいつだよ」

 そんなこと言ったっけ、と男は嘯く。

「うちでは一番良いってだけで、他では知らないよ」

「しっかり愛着もってんじゃねえか。え?」

「ヨハン、スージーは?」

 男は話題を急に変えた。だがヨハンは特に先のものを引きずることなくさっさと次へ移った。

「まだ店だ。この時間はまだ、片方はいなくちゃまわらねえから」

「そうか、まだ店がやってる時間なんだね。君達の店のモンバーバラズ・シスターが飲みたいな」

「次は生身で来いよ、サタル。そしたら一杯おごってやる」

 ヨハンは切れ長の瞳で男を窺う。その身体越しにビル明かりやライトアップされた吊り橋の景色が見える。そう、彼の身体はよく見ると薄く透けているのであった。

「で、勤務時間外に何の用だ? お役人サン」

「光の教団って知ってるよね」

 ヨハンは視線を前方に戻した。風に乗って独特の臭気が届き、何かを引きずるような音が聞こえていた。

「ああ、知ってる。ありゃ十中八九ペテンだぜ」

「どこが、どういう風に?」

「俺は死体専門だから、生身のことなんざよく知らねえよ。だがアイツら、まず死体なんて扱っちゃいねーぜ」

 公園方面に三体、反対方面に四体。ゾンビというのは大抵単体では現れず複数で群れてくる。それをいかに早く、仲間を呼ばれる前に仕留められるかが生死の分かれ目となる。

 だがヨハンのようなゾンビハンターの場合、その仲間を呼び寄せる性質を利用して上手く多くの獲物を集め、その上で確実に仕留めることが重要になるのだ。

「手伝おうか?」

 サタルが問う。ヨハンは唇に薄く笑みを乗せた。

「舐めんな」

 やや骨ばって、しかし長くしなやかな指が手早く替えを装填する。金属がスライドする音、片手で眼下の町目がけて黒い銃身を向ける。

 発砲音は聞こえなかった。けれど、サタルは公園の垣根を乗り越えようとしていた人影が三つ、仰向けに倒れながら燐光と共に闇へ霧散するのを見た。

 ヨハンはすぐに身体を返し、立て続けに三発放つ。ビルの隙間にそれぞれ歩いていたのを見事に射抜いた。まだ先程と同じ青く仄かな光が飛び、消えていく。

「またまた団体様ごあんなーい、っと」

 残された一つの黒い影が物陰に隠れるのを見てヨハンは呟く。面白がるような口調だが、やや事務的な響きが含まれていた。

「さっきの話だけどな。光の教団チャンネルってあるだろ?」

「ああ、ネットの」

 光の教団チャンネルとは、ネット上の無料動画サイトで彼らが配信する番組名である。そこではいつも、信者の嘆きに答えて教祖イブールが失われた人を蘇らせるのだった。

 いつも公式サイトで予告された時刻、白と金の神殿調に整えられた舞台が長方形の画面に映し出され、喪服を着こんだ司会が慇懃に遺族である信者を慰める。亡き人と遺族の記憶を振り返り、いかに亡き人が失われてはならない人だったかを哀切に訴えかける。

 そこで厳かに教祖が登場し、棺に横たわる死人に奇跡の御業を施す。するとたちまち死人は冥府より蘇り、生気の明らかな薔薇色の頬で驚きに染まる信者を困惑で見つめる。信者はいよいよ感動の絶頂、滂沱の涙を流し、蘇った愛しい人を抱擁する。そして最後に教祖は慎ましやかに教訓を述べ、去っていく。

 神々しいと言えばそれらしい。だが、ヨハンのような者からしてみればあからさまな欺瞞と白々しさに吐き気がする。

「そう。アンタらも分かってるだろうし、あんなん誰だって分かる。死体が綺麗すぎんだよ。たまに一生懸命整えましたって体の奴もわざとらしく出してくるけどな。あとな、何より生き返った奴の動き方……あれ、人間の動きじゃねえよ」

 ヨハンの切れ長の紫水晶が物騒に輝く。彼は皮肉めいた言動こそ目立つものの、根には傍からは分かりづらいストイックさを隠し持つ男なのである。勿論、彼はそれを絶対に認めようとはしないのだが。

「そっちは素人目には分かんねえ。だが自信はある」

「証明は?」

「それなら、俺よりうってつけを紹介してやろう」

 ヨハンはにやりと口の端を吊り上げた。聖なる力を持つ者らしからぬ、やや荒っぽい印象が強い笑顔だった。

「パチもんを暴くならマジもんだろ。会ってみろよ。ただ、ちとアタリが強すぎるがな」

 



先生、ゾンビハンターは聖職者に入りますか。

方向性が相変わらずDQとは思えませんが、この際もういいかなと思います。