現パロ「特殊能力犯罪対策室」

 公安十課の本拠地は神秘庁舎にある。公安庁舎ではなく、特殊能力を含めたこの国の多種多様な不思議を司る神秘省の本部に拠点を構えていることが、この部署の特異性をあらわしている。

 公安警察第十課、別称特殊能力犯罪対策課は内外ともに秘匿された組織である。その理由は多々あるが、その専門分野の特別さと、国の切り札であり最後の手段的な性格がその大きな一因として挙げられる。

 彼らは特殊能力が関連する犯罪なら天下御免で出動し、国家と国民の安全を最優先に任務にあたる。しかし特殊能力犯罪と一口に言っても、大抵の事件は警察や他の公安で対処できてしまうことがほとんどである。だから彼らに回って来る仕事というのは所謂難事件と呼ばれたり、国家の存亡に関わったり大規模な国民への損害が想定されるような代物ばかりだった。

 神秘庁舎二十七階、霊能課と魔物管理課が七割、備品室という名の物置が二割を占めるこの階の片隅に特殊能力犯罪対策課の札はかかっている。窓は東向きで日当たり良好、冷暖房完備の過ごしやすい一室だった。

「フーガ、新しい書類来たよー」

 ビスケット色をした飾りのない扉を、ピンクポニーテールの女が潜る。子どものように背が低いが身のこなしはきびきびとして、溌剌とした顔立ちは黒い瞳に理知的な光沢を宿して素早く自分の来た道と室内とを窺った。

 彼女の帰還を迎えたのは至って質素な部屋構えである。長方形の空間、中央は向い合せになった八つの事務机が占め、それを挟んだ窓と反対の位置にやや大きめのデスクがある。机は空席の方が目立っており、それぞれの所有にもとづいて座った三人のうち二人が彼女を仰いだ。

「あ、キラナ。お帰りなさい」

 先にそう声を発したのは、令嬢めいた優しい笑みを浮かべる女性だった。淡く水色と銀を帯びた髪は卵型の顔の脇を背中へまっすぐ流れている。肌は髪よりもなお白く、瞳だけが赤く透き通っている。雪うさぎのような女性だった。

「ただいまぁ」

「今度は何の書類だ?」

 白い女性に手を振った桃色の彼女へ、だるそうな表情をした男が問いかける。体つきは立派に逞しいが表情は死んでおり、短いこげ茶の髪と顎に生えた無精ひげ、光を宿さない一重瞼の瞳と相まって疲れ切っているような雰囲気を醸し出していた。しかしその座る席は向かい合った机群から離れた、簡素ながら少し大きめのデスクである。

 彼こそがこの公安十課課長、即ちリーダーを務める者だった。名はフーガ。もとは海の分野に属する軍人である。特殊能力持ちの部下六人に対して彼だけが能力を持たない一般人だったが、その頼りになる人柄でメンバーに慕われ、チームをよくまとめていた。

「このあいだの邪神教無差別爆破事件。もうちょっと詳しい資料が欲しいって」

「お抱えの専門家に聞くんじゃダメなのか」

「専門家じゃ見てないから分からないんだって。破壊神が降臨するくだりとか信者にどんな影響を及ぼしてたかとかそういうのをもっと知りたいんだそうで」

 フーガは溜め息を吐いた。彼の武骨な左手の横には処理待ちの書類が山積みになっている。淑女がやや躊躇いがちに口を開く。

「あの、お邪魔でなければ私が少しお手伝いしましょうか?」

「ああ……そうしてもらえると助かるよ、アリア」

 彼女ははにかんで席を立ち、フーガのもとへ赴くと書類を覗き込む。

「これなら私、全部書けます」

「頼む」

 頷いて書類を受け取り自分の椅子へ戻る。すぐに白紙へ目を落としてペンを走らせ始めた。

「一応確認します。召喚されたのは破壊神ナンバー百五十一シドー、全長七メートル八十二センチ、体重測定不能、推定年齢一万五千歳、性別なしで間違いないですか」

「ああ」

「戦闘中に見せた行動は飛行、巨大な爪を駆使した物理攻撃、口からの火炎放射、自身の外傷の回復で間違いなかったでしょうか」

「そうだ」

 フーガに確認しながら、彼女は止まることなくペンを動かし続ける。まっさらだった報告書がみるみるうちに黒くなっていく。

 アリアは「悟りの書」と呼ばれる特殊能力を持っている。彼女の見聞きしたものは全てその限度知らずのデータバンクに記憶管理され、求めればすぐに必要な情報を出すことができた。またこのデータバンクを利用して、出会った能力者の能力を真似して使うことができ、これも現場での戦闘だけでなく作戦会議や研究に役立っていた。

 必要なことを確認し終えると、彼女は集中して書類の詳細を詰め始めた。フーガはちらりと時計を窺って、己のデスクで伸びをしていたキラナに目を移した。

「スランとテングに連絡取れるか? もう撤退も報告も済んだんじゃないかと思うんだが」

「おっけー」

 彼女は気楽に答え、己の米神に右の人差し指を添えた。まるで受話器なしに電話をかけているような格好になる。

「スラン、聞こえる?」

 突然一人で喋り始めた。目はフーガではなく、自分の机に置かれた植物の小鉢を見ている。

「フーガが様子聞けって。もう撤退できた?」

 尋ねて、少し黙る。室内にはアリアの走らせるペンの音だけがしている。

「うん、そう。もうこっちに向かってるわけね? テングは?」

 それからまた黙る。傍目から見れば会話をしているようだが、相手の姿も声も全く見えない。だが彼女はまるで相手が目の前にいるように一人喋っている。

 これがキラナの能力「大声」である。彼女はこの力を糸のない、または糸の見えない糸電話にたとえる。どんなに遠くにいる人でも、彼女が選びさえすれば相手に自身の声を届け、また相手の声を聞き意志疎通をすることが可能だった。

「もうすぐ着くって」

 キラナは更に二言三言喋ってから会話の結果をフーガに告げた。彼は別の書類に向かいながらも顔を上げ礼を言う。チームメンバーの動向を探り報告するのが彼女の常だったが、連絡を受けてフーガが礼を言わないことはなかった。

「あー疲れたわあ」

 その時、おざなりなノックと共にドアが開いて新たな人影が入って来た。タイトなスカートに大きく襟を開けたシャツ、ジャケットを雑に羽織った妙齢の美女である。ヒールが高く鳴る度に、首の中ほどで切りそろえた髪が炎のように舞う。

 淑やかさのかけらもない豪快さで椅子に腰を下ろした彼女に、フーガが声をかける。

「ルネ、どうだ?」

「あの司書さん、シロよ。本当に禁書に興味があっただけで盗んではいないみたい」

 ルネは「ガイアの剣」という能力を持つ班員だった。何もない宙から炎を生じさせたり大地奥深くに息づく巨大なエネルギーをも操ったりできる破壊力の強い能力であるため現場での荒事を得意としているのだが、彼女の炎は何も物質だけに働きかけるものではなかった。

「でもちょっと盗み見しちゃったのね。都合悪いこと覚えてたから忘れてもらったわ」

 炎の蜃気楼的な性格を用い、他人の意識を朦朧とさせ心に秘めたる内容を話させること、またその記憶を改竄することもできる。だから彼女は荒事だけでなく尋問や情報収集も担当することが多かった。

「何を覚えてたんだ」

「ヘルハーブの合成方法」

 ルネはキャスターつきの椅子にもたれかかり、デスクの引き出しを探りながら答える。綺麗にネイルの施された指がキャンドルを探り当て、満足そうに微笑んだ。対してフーガは眉根を寄せる。

「そいつ、本当にシロなのか?」

「アタシが見た限りシロよ。何ならサタルに見てもらう?」

 群青の一重瞼が一方をちらりと見やり、首を横に振った。

「それには及ばない。監視がつくんだろう?」

「もっちろん! 当分肩凝っちゃうでしょうね、かわいそうに」

 台詞は同情する風だが、口調は上機嫌である。それもそのはず、彼女は今机上に据えたキャンドルの灯火を眺めているのだった。

 ルネは能力のせいか否か炎に異常なロマンを抱いており、定期的に火を見ないと落ち着かない性質なのである。

「ただいまーっ!」

 再びドアが開いた。子供のような甲高い声と共に現れたのはぽっちゃりして背の低い縞々衣装のピエロである。その後ろに銀の短髪と緑眼が爽やかな美青年が続く。高い位置にある彼の肩には、ライフルが負われていた。

「ヒトナナマルマル、命令通り射殺しました」

 銀髪が淡白に告げる。彼の感情を押し殺したような強張った顔を見つめ、フーガは頷いた。

「特殊の方から報告は受けている。犯行グループを除けば、民間含め死傷者はゼロだったそうだな。スラン、お前の狙撃とテングの変化のお陰だ。よくやってくれた」

 テングと呼ばれたピエロはまさに道化めいた大きな一礼を返したが、銀髪は中性的な顔をくしゃりと歪めた。

「すいません……」

 彼は顔を俯け、眉間に指を添える。

「俺、やっぱり狙撃向いてないっす。何十も殺ってるのに、慣れない」

 銀髪のスランの持つ能力は名を「鷹の目」という。彼の「目」は高く天にあり、神経を集中させれば集中させるほど、遠近関わらず何でも見てとって正確な位置を把握できる。分かりやすく言うと、彼は歩く人工衛星だった。

 この力は目標物の捕捉追跡に長けており、またその正確な把握力から遠距離射撃とも好相性だった。そのため、スランは絶対的な実力を誇る射撃の名手としても知られていた。

「それでも撃てるお前は凄いよ」

 フーガは立ち上がり、デスク群の傍に佇むスランに歩み寄った。彼の得物を吊るしたベルトを掴む長い指にはタコが見られる。それはたゆまぬ鍛錬の証だった。

 沈んだ顔つきの部下に、フーガは静かに語りかける。

「お前が奪った命もお前の痛みも必要だとか、そんなことは思わないし言わない。だが礼は言わせてくれ。お前のおかげで、死ぬかもしれなかった命が助かったんだ。それを忘れないでくれ」

 スランは再び大きく顔を歪めた。細くなったエメラルドの淵に水晶が生じ、彼は慌ててそっぽを向く。目がしらを抑える彼に、傍に座っていたキラナがハンカチを差し出す。

 彼の倫理に苛まれながらも瑞々しい感性、それでいながら現場では標準を反らすことなく躊躇いなしに引き金を引く勇気を、班員達は愛していた。

「みんな、見てっ!」

 湿っぽくなった空気を吹き飛ばすようなテングの声。いくつもの面々が声の方を向くと、ピエロの輪郭が急に薄くなって消えていく。しかし色だけは淡く残り、きめ細かい粉砂糖をまぶしたようなピエロが陽気にジャグリングを開始する。リズミカルに回る玉はやがて絵画的な向日葵に変わり、ピエロも細く伸びて人の形を失い、気付けば花飾りの可愛らしいおもちゃの観覧車が立っていた。

「今日も絶好調じゃない? すごくない!?」

 観覧車がテングの声で言う。キラナとアリアが可愛いとはしゃぎ、ルネは悪くなさそうに笑みを大きくしてキャンドルに視線を戻す。スランはおおっと軽い驚きの声を上げ、フーガは目を細めて首を縦に振った。

「ああ、凄いな。お前の『変化の杖』はどんどんすごくなってる気がする」

 ピエロのテングの能力は「変化の杖」、その名の通り変化が得意だった。自分だけでなく他者の姿や風景も自在に変え、よほど距離が遠くならなければ声も変えて喋らせることも可能である。変身術だけでなく幻術も含んだ稀有な力で、潜入に攪乱に尋問にオールラウンドで活躍している。

 テングは次から次へと色々なものに姿を変えて見せる。アリアとキラナ、スランが喜ぶ様、キャンドルと見つめ合うルネの幸福な顔、順に安堵したように眺めたフーガは、デスクの片隅に腰掛けたままピクリともしない男を見て時計を仰いだ。時刻は十八時になろうとしていた。

「もう時間だが、動かないな」

 室内が瞬時に静まった。ルネ以外の目が動かない男に注がれる。男は短い黒髪を軽く遊ばせ、ダークスーツを小綺麗に着こなしている。アイマスクをして腕を組み椅子に寄りかかる姿は居所寝をしているようだが、マスクから覗く整った顔はマネキンのように動くことをしなかった。

「ちょっと見てみます」

 スランがライフルをデスクに立てかけ、足早に接近する。そして男の顔へおもむろに耳を寄せ、呟いた。

「息してないっす」

「起こせ」

 フーガの鋭い一声。炎の女を除いた班員達が男に群がった。

「おーい帰って来いサタル!」

「サタルっ起きて!」

「起きなさい、起きなさい僕達の可愛いサタル!」

「今日は貴方が初めてパルミド亭に行く日だったでしょ!?」

 スランとアリアは真剣そのものである。テングとキラナはどこか冗談めかした調子で揺さぶり言葉をかけるが、その底には表面に反した切実な響きがあった。

「う……ん?」

 ややあって、揺さぶられるだけだった男が身じろぎした。班員達ははっとして手を引っ込め固唾を飲む。胸の前で組まれていた手が、ぎくしゃくと硬直から戻った。

 右の手がアイマスクを持ち上げる。現れた双眸は明るい青に煌めいていた。

「ああ、今日パルミド亭で焼肉の日だっけ? 普段着持ってきたかな……」

 彼は眩しそうに目を瞬かせぼんやりと言った後、周りを囲む仲間の顔つきと時計を見、そして己の胸に手を当てる。夢見るようだった双眸が急速に焦点を結ぶ。

「心臓がばくばくしてる。のめり込みすぎたみたいだ」

 ごめんみんな、と彼は微笑んだ。取り囲んだ面々がそれぞれ息を吐く。

「普段に七割は割くなと言っただろう」

 フーガがデスクから厳しい声を浴びせる。サタルは立ち上がり、優雅な所作で課長の方を向いて変わらぬ笑みを見せた。

「ごめん。最初は五割だったんだよ。でも思いの外手こずらされてね。一カ所に分身を五人も作っちゃった」

「サタル、何度も言わせるな」

 フーガは言及する口調を緩めない。

「お前がこの課に欠かせない班長だからこそ許されてるが、本来なら『神に近き者』は国の法だけでなく国際条約で禁術に指定されている分魂術と憑依術、服従の術に分類される力だ。この三つが禁じられている理由……分かってるよな?」

 緊迫した雰囲気に、当人より他の班員の方が思わず居住まいを正した。

 この世界には禁術というものがある。これは術者そのもの、または他者を直接的に著しく害する可能性がある術の通称であり、よほどの切迫した事情がなければ使うことは許されない。国によっては使用だけで極刑に科せられることもある。

 課長のもと現場での指揮を司る十課班長、サタルの『神に近き者』は特殊能力でこそあるものの、この禁術に当てはまる物だった。彼は己の魂を粘土細工のように千切り、他の人間や動物、肉体のない霊体、意識を持たないはずの自然物にさえそれを溶け込ませることができる。溶け込んだものに同化、対象の肉体だけでなく思考や記憶さえ共有し、その上支配することができた。彼の魂が埋め込まれた者は知らぬうちに彼の影響を受け、また取りつかれたことにすら気づけない。

 つまり古臭い言い方になるが、彼の力は分裂式の高性能な憑き物なのである。これを駆使してサタルは緊急時の班員への伝令だけでなく、必要な情報、目や耳を持つ人間に憑依して意のままに操ったり、なかなか口を割らない犯罪者にねじ入って内側から無理矢理要るものを得たりしていた。

「ああ。分魂は分裂したまま戻れなくなったり、人格が崩壊する可能性があるから。憑依は自分の魂が相手に取り込まれる、または逆の可能性があるから。服従は相手の精神を壊してしまうことが多いからだよね」

 サタルは屈託なく答える。

 彼の能力は確かにある意味で強力である。だが同時に危険でコントロールの難しいものなのだ。

「お前は確かによくやってる。魂の半分を他に裂いて複数の場所で生きさせたまま普段通りの生活を送れるなんて天性でもできないだろうし、ましてや努力なんかじゃできることじゃない」

 フーガは言いながら、それでもこの男が最初から能力を使いこなせたわけでなく、血の滲むどころじゃすまない苦労をしてこの力をものにしたことを意識していた。その過程にフーガはテングほど詳しくはないが、かつて初めて会った時の、現在とは全く異なる彼の姿は今でもよく覚えている。

「お前の能力は名の通り神に近い。だが、お前は人間だ。思い違えるな」

 長い付き合いの男の台詞に、サタルは笑みを消した。平時の甘さの削ぎ落ちた作り物めいた秀麗な顔は、彼が放蕩な優男ではなく冷酷な拷問の専門家であることを思い出させた。

「承知してるよ。俺はちょっと変わってるだけの、凡庸な人間だ」

 ツートップは無言で視線を合わせる。スランが両者を案じるように顔を左右させ、アリアが落ち着かなそうに腕をさする。キラナは沈黙し、テングはただサタルを凝視する。

「で、どこにそんなに苦労させられたの?」

 凍りついたような部屋に、どこか呑気さの漂う声が上がる。キャンドルと見つめ合うことをやめたルネだった。

「それが、光の教団なんだよ」

 サタルは一転して軽い調子で答える。場の空気が和らいだ。

「光の教団ってあそこでしょ? 郊外の山の上にでっかい建物造った」

 キラナがサタルに問う。彼は頷いた。

「そう。甦りの奇蹟をもって信者だけでなくお茶の間の話題までかっさらってる、今流行りの宗教集団さ。さらに彼らの言うことには」

「死者たちが蘇っている! 終焉なる審判の時は近いぞぉー!」

 テングが芝居がかった口調で乗じる。アリアが目を丸くする。

「まあ、そんなこと言ってるの?」

「そうそう。勿論それだけじゃない。肝心なのは宗教お決まりのアレだ」

「信じる者は救われる、か」

 フーガが机の上に肘をつき、組んだ手へ顎を乗せて呟く。サタルは彼に向って朗らかに笑いかけた。

「そういうこと。警察は今必死に頑張ってるけど、このところ死体が起き上がってるのは本当だ。だからみんな、馬鹿げてるって思いながらも何となく無意識に本気にしちゃってるんだよねえ」

「煙臭いわね」

 ルネは愉快そうに言う。これには班の全員が首を縦に振った。

「だからちょっと信者をジャックしてみたんだよ。そしたらまあ……」

 サタルは堪え切れないといった風に笑い声を上げた。

「怪しいも怪しい、真っ黒さ! ジャックした信者五人、全員が洗脳されてる! おまけに教祖様っていうのが奇跡の代行人、言うことには能力者名乗っててその蘇生の能力っていうのもパチモン臭い。だいたい教団の人間っていうのがまず人間じゃないんだから笑っちゃうよ」

「魔物か?」

 スランがぎょっとする。サタルは多分ね、と軽く肯定した。

「これは今の所公安……何課だっけ? の管轄だけど、そのうちウチに全権が来るよ、フーガ。覚悟しといた方がいい」

「またか」

 フーガはげんなりとした。ただでさえも疲れたような顔が更にひどくなる。

「じゃあ景気づけに、パーッと食べに行きましょうよ!」

 ルネが威勢よく立ち上がる。時刻はいつの間にか定時を過ぎていた。

「そうだ、食べに行くって話だったんだよな!」

 目を輝かせてスランが帰り支度を始める。つられて全員が身支度を整え始め、急に浮つき始めた中でフーガが釘を刺すように言った。

「おい、言っとくけど驕らないからな」

「えーっフーガのケチぃ」

「ケチケチィ!」

 テングが丸い頬をマシュマロのように膨らませる。キラナがそれに乗っかって、一方でアリアが慌てて言う。

「私は勿論自分の分は自分で払います! フーガさんにばかりご負担をかけさせるわけには参りません」

「アリア……」

 課長は感極まって、思わず片付けの手を止めた。

「お前、ホント良い奴だな」

「よっ、十課の良心っ」

「冗談だよアリア!」

「えっそうだったの!?」

 サタルが調子のいい掛け声をかけ、キラナの訂正に純真な淑女は本気で驚いた。白い頬が薔薇色に染まる。

「おーい、電気消していいっすかー?」

「待って早い!」

「レディの支度は待ちなさい」

 スランが戸口でスイッチに手をかける。テングがあわあわとリュックを床に落とし、ルネは逆に威厳さえ感じるゆったりとした動きで引き出しに鍵をかける。サタルが、アリアがスラン同様外に出て、キラナが同様に部屋を出てルンルンと言う。

「ああ、奥さんと旦那さん元気かな! 私あのオシドリ夫婦大好き!」

「ヤンガスの奴にもしばらく会ってないな。ゲルダさんは間違いなく元気だろうが……」

 フーガは荷物を整えると室内の戸締りを確認し、テングとルネが部屋から出るのを確認してから一同に問いかける。

「忘れ物、ないよな?」

「ない!」

 大きな背中が扉を潜り、明かりが落ちた。

 

 

 

まさかⅢで現パロすることになるとは…とびっくりしてます。これが案外楽しんで困ります。