現パロ「ホーリーツインズ」

「いっけなーい! 遅刻遅刻ぅ~!」

 行儀よく並んだパステルカラーの家々、こんもりと葉を茂らせて二列に整列する街路樹たち。あたしはその前を慌ただしく走り抜ける。黒いウェイトレス服は人目を引きまくってるけど気にしてる場合じゃない。寧ろ私の美しい形の太腿が見られるんだから感謝して欲しい。

 ってそんな余計なこと考えてる場合じゃないの! 急がなくちゃ、開店の時間になっちゃう!

 あたしが働いてるのはちょっと頑固なお爺ちゃんが経営するカフェバー。お店が始まる時間は十一時、終わりも十一時なんだけど、あたしったら朝に弱いから寝過ごしちゃったの! 今十時三十五分、あたしの住むアパートから職場までは徒歩で三十分! これはもうバス使わないと間に合わない!

 もう、兄貴のバカ! あたしのことも起こしてくれたっていいじゃない!

 無我夢中で走っていると、見えた見えた。前方十二時の方向にバス停に停まるバス発見。今日もお客さんが群がるように乗り込もうとしてる。おかげでまだ予定時刻だけどバスが発車してない。

 いいぞお客さんたち、そのまま引き留めて! もっと強くアスファルトを蹴ろうとした時、鼻に覚えのある匂いが届いた。カビ臭いような、下水の匂いみたいな。

 んん? よく見るとバスに群がってる人達、顔色悪すぎない?

「もーっ何なのよこんな時にぃ!」

 あたしは文句を言いながら肩に下げたカバンのジッパーを開け放った。手を突っ込んで馴染んだハンドルを取り出す。その先の直方体がブルルンと唸る。

 いつもの倍の力を込めて大地を蹴る。街路樹の町がジオラマみたいに遠のく。ハンドルを天に向けて掲げた。

「ぶっ飛べしょーてんっ! ニフラーヤ!」

 掲げたハンドルがズシリと重くなる。ハンドルの反対、直方体から帯状に光が生え、あたしと丈がどっこいのカッターがお日様に銀の輝きで答える。

 刃がギャルルンと物騒な回転を開始した。眼下にバスへたかる人の群れが迫る。あたしはお腹に力を籠めた。

「どいて――――ッ!」

 こちらを緩慢に見上げる黄色に濁った眼。ああやだ、やっぱり!

「昼間っから腐ってんじゃないわよっ!」

 振り下ろしたカッターが、伸ばされた無数の手を一息に薙ぐ。巻き上がる風が届ける匂い、まき散らされる青黒い液体、切り離された傍から砂状に解けキラキラと消えていく腕、間違いない。ゾンビ! 臭い! 汚いっ!

 奴らを踏みつけ一瞬、足に力を溜める。周りのゾンビがこっちに腕を掲げる。その前に三百六十度回し斬りッ!

「あたしはっ! 今日もっ! 働かなくちゃなのっ!」

 一節一節を区切りながらチェーンソーを振り回す。青黒い血、ぶよぶよの肉塊、あたしの相棒が触れるだけでキラキラと溶けて散開していく。

 このゾンビが昇天する時のキラキラだけは綺麗じゃないかな。じゃなくて!

 臭い身体が遠のいたところでバスに飛び乗る。良かった、運転手さんは無事みたい。でもおばさんのゾンビに襲い掛かられてる!

 あたしはぼろきれをまとった背中に刃を突き立て、後ろに振り抜いた。おばさんは外に吹っ飛んでいった。

「おじさん、車出してッ!」

 ぽかんとあたしを見上げていたおじさんは、急かされて慌ててアクセルを踏み込んだ。ドアが閉まろうとして閉まりきらず、ドアの間にゾンビの指を挟んだままバスは発車した。

 バスの中を見回す。乗客たちは怯えた顔でこちらを見返してきた。ゾンビ化の傾向がある人は……多分なし。外は、うん。結構ついてるね、ゾンビ。いちにぃさんしぃ……数えるの面倒だわ、気持ち悪い。

「おじさん、バスずっと走らせてくださいね。ちょーっと綺麗にしてきますから!」

 運転手のおじさんは何か言いかけたけど聞かずに、手近の窓を開け逆上がりの要領で車体のてっぺんへ。ううっ、風強すぎ身体に染みる! これ絶対パンツ見えてるわ。サービスにもほどがあるわよ!

 窓はちゃんと閉めて車体の上に立ち、相棒を握りなおす。あたしの可愛いチェーンソーちゃんが嬉しそうに短く鳴く。それに気づいたのか、車体の周囲についてたゾンビたちがこっちを向いた。

「はいっ! アン、ドゥー、トロワッ」

 あたしはさっさと車体についた汚いヨゴレを落としにかかる。ゾンビって奴らはとことんトロい。でも力は強いし普通にぶった切っただけじゃバラバラになったパーツだけで動いたりするから、みんなやられちゃうんだよね。

 でもさすがあたし。バスの周りはみるみるうちに綺麗になっていく。うーん、だけど車体に結構青黒いのついちゃったなあ。まあいいよね。ロックでカッコいいんじゃない?

「あっ!」

 おぞましいくらいについてたヨゴレがやっとなくなった時、あたしは思わず大声を上げた。そうだ、仕事! もう通り過ぎちゃったかな!?

 ちょうどその時、あたしの目に煙突みたいな背の低いビルが目に入った。ああこれ、ラッキー!

 あたしは素早くバスを飛び下りた。バスはキリキリ猛スピードで走っていくけどあたしにも余裕なんてない。早く、職場に着かなくちゃ!

 煙突に飛び込み階段を駆け上がる。落ち着いた色調のドアにかかった武骨な木彫りの立札が見えた。「lumberjack」と記されている、ここがあたしの職場。

「ごめん! ギリギリセっ――」

 ガシャッリーンっみたいな音を立ててドアを開け放ったら、顔の横を何かが掠った。背後でくぐもった音がした。

 振り向いたら、腐ったお兄さんが立ち尽くしていた。だけど眉間に空いた穴から、サラサラと崩れていってしまう。その歪んだ顔は心なしか安らかなように見えた。

「もうガキじゃねえんだから、泥遊びすんなら泥は全部落としてから来い」

 ガサツな感じがにじみ出た声が言う。身体を返すと黒いウェイター服が銃口を下げたところだった。身内ながら端整な面立ちが挑発的な笑みを浮かべている。

「ごめん、ありがと! まさかリビングデッドがいるなんて思わなくて――ってそうじゃないっ!」

 あたしは大声を上げた。

「昨夜起こしてって言ったじゃん! 何で一人で行くの!?」

「声かけただろ二回くらい」

「起きるまで声かけてよっ! バカバカヨハンのバカ!」

 あたしは後ろを向いたバカ兄貴の背中をポカポカ叩く。でもはいはいとか言いながら裏へ向かっていってしまう。ちょっと、どこ行くの!

「それよりその物騒なブツしまって着替えろよ。そんなんで給仕されたら出されたモン片っ端から吐くわ」

 我に返って自分を見下ろした。白いフリルが可愛いブラウスは青く染まり、スカートも黒さを増して重くなっていた。やだ臭い。汚い。

 頭にぼふっと何かがぶつかった。手に取ってみると洗い立てのタオルとウェイトレス服だった。チェーンソーのカッターを収めカバンにしまう。裏だから人目も気にせず、そのまますぐによごれた服を脱ぎ捨てて身体を拭く。それで綺麗な衣装を着ると、生まれ変わった気分になった。

「あーさっぱりした。もう、腐った死体だらけで大変だったんだから」

「それだけどよ」

 ふとヨハンは真剣な顔つきになった。ただでさえ鋭めの目つきが更に鋭さを増す。

「妙じゃねえか、スー。何で夜の化けモンがのうのうとお天道様の下にいるんだ」

「……あ」

 あたしは口を抑えた。そうだ、違和感はあったのに考えてなかった。

 ゾンビたちは日の光に弱い。だから日の当たらない地下や夜に活動する習性がある。なのに、あたしが出くわしたゾンビたちは平然と外にいて動いていた。日差しに身体が溶ける素振りもなく、まるで闇の中にいるように闊歩してた。

 急に室内が暗く感じられて腕をさすった。背筋が寒くなってる。

「スーザン」

 珍しく、ヨハンがまともにあたしの名前を呼んだ。

「しばらく気合入れて朝起きろ。巡回増やしてここに泊まり込むぞ」

「お祖父ちゃんを一人にさせちゃいけないもんね」

「ま、あの偏屈のゾンビ面なんか見たかねえからな」

 頭を掻く兄は祖父に似ている。

 ヨハンとあたしは双子。髪はヨハンが直毛であたしが癖っ毛だけど、その色は同じ翡翠にも見える不思議な緑。瞳はアメジストみたいな紫。姿形は異性だからやっぱり違う。でもどっちも気の強そうな美形。働く場所は同じカフェバー「lumberjack」。共通項の多いあたしたちは、もう一つの職業まで一緒だった。

「分かってるな? ゾンビハンターはここらじゃ俺らだけだ」

「分かってるよ、あたし達の街を汚されちゃ堪らないよね」

 あたし達は頷き合った。

 

 

 

チェーンソーを振り回すチアガールを知っている貴方は、管理人と握手!

爺さんは「ケツがかゆくならあ!」のあの人。この現パロはどこに向かおうとしてるのだろう。