1.立案・企画

 

「ハロウィン一緒にやらねえ!?」

 

 そう言いだしたのはロベルトでした。

 幻の大魚を釣って届けるという、凄いのか凄くないのかいまいちよく分からない仕事の最中でした。彼と同様、横一列に並んで大河に釣糸を垂らした七人は、きょとんとしました。

 

「ハロウィンって、あのハロウィンだよな?」

 

 ロベルトと同じレイドックの王族であるクオが問います。

 

「そうそう、あのハロウィン! もともとは収穫祭で悪魔祓いだったヤツ」

「飲んで食って騒ぎたいだけだろ」

 

 ヨハンが茶化すように言います。まあそうなんだけど、とロベルトは正直に肯定しました。

 

「俺ら、いつも仕事で一緒するばっかりだからさ。たまには一緒に遊びてえなって思うワケ。どう?」

「どうする?」

 

 クオが隣の四人を窺います。まずは年長であるシアンが、少し考える素振りを見せてから答えました。

 

「構いませんが、グランバニアの行事もありますので、それとはずらしてもらえるとありがたいです」

「あーそれは勿論! 全員来られるように、日程合わせる」

 

 ロベルトが強調するように、二度三度と繰り返し頷きます。

 

「なら私は大丈夫よ。ティアも平気かしら?」

 

 ソラがそう振ると、水面に垂れた糸を見つめたままティアはこくりと頷きました。ロベルトがガッツポーズします。

 

「よっし! 決まりだな!」

「ちょっとー、あたし達の都合も聞きなさいよぉ」

 

 ソラとよく似たふわふわの緑髪をかき上げつつ、スーザンが抗議します。

 

「悪い悪い。けど、お前とヨハンはどうせ暇だろ?」

「ひどーい!」

「でも、俺ら実際暇だろ」

「まあね。ちょっと言ってみたかっただけ」

 

 スーザンは半身に同意すると、ゴドさん大丈夫? ともう一人のグランバニア王を仰いだ。

 

「うん。日程を調整してくれるなら、大丈夫だよ」

 

 ゴドフリーはにこにこして答えた。すると、ロベルトはせっつかんばかりに左を見、右を見して尋ねる。

 

「じゃあ何する? 何食いたい? まず仮装だろ? 料理だろ、酒だろ、パーティーだろ?」

「待って待って、お菓子食べなくてどうすんの! ハロウィンと言えばトリックオアトリートでしょ!」

「あ、そっか。でも菓子どうすんだ? 作るのか?」

「作りましょう! 私で良ければ作ってくるわ」

 

 ソラがあっさりとそう言いますが、ロベルトもスーザンもいやいやいやと首を横に振りました。こんな大人数の食べるものを一人で、なんて無茶すぎます。

 

「総動員すりゃいんじゃね?」

 

 と、ヨハンが何てことなさそうに言いました。クオが目を丸くします。

 

「えっ全員……それはちょっとキッチンが」

「料理できる奴に限ればいいだろ。割り振り決めりゃいんじゃね?」

「たとえば?」

「司会班、買い出し班、料理班とか」

「本格的な催し物のようですね」

 

 顔見知りのホームパーティーとも思えない命名に、シアンがそう漏らします。ヨハンはそうさな、と軽く同意して

 

「どーせなら皆何かしらやった方が、気兼ねなくていいだろ。要はパーティーの司会やるのと、料理とか余興とかに要るもんを買い物するのと、料理担当するの、それで大雑把に分ければいんじゃねーかなって」

「おう、そうだな! わーっ余計楽しみになって来た!」

「帰ったら、何がやりたいかみんなにも相談してみよう」

 

 ロベルトがヒートアップし、クオも口の端を緩めます。ソラが隣の弟分を窺います。

 

「ねえ、ティアは何を……っ!?」

 

 大きな影が、一同の上に落ちます。見上げると、それはそれは巨大で丸い――

 

「うわああああっ!?」

 

 ロベルトの叫び声とほぼ同時に、全員散りました。大きな丸いそれは、地響きと共に着地します。砂埃が舞い、ビタンビタンという湿ったものを叩きつけるような音と、水しぶきが上がりました。

 

「ごめん、聞いてなかった。今、なんて?」

 

 幻の大魚が食いついた竿を必死に放すまいと努めながら、ティアが訊ねます。一行はそれを唖然と見ていましたが、我に返ったヨハンがツッコミました。

 

「それどこじゃねーだろ!」

 

 

 

2.買い物

 

 

「なあなあ、これも買おうぜ!」

 

 ライムの無邪気な声に呼ばれて、彼の大先祖が向かいます。手にしたボトルを見て、アレクが眉根を寄せました。

 

「スピリタスじゃないか。そんな度数が高いものは駄目だよ、ライム」

「何で? ちょっとくらいなら大丈夫だよ」

「ダメダメ、みんなが君みたいに強いわけじゃないんだから。酔いつぶれちゃったら、せっかくのパーティーもつまらないよ?」

「うー……そうかあ?」

 

 ライムは渋々、スピリタスのボトルを棚に戻します。それを遠目に見ていたアレフの肩を叩く者がありました。彼の先祖です。

 

「あれ、うちにあったよね?」

「えーと……はい、確か」

 

 それを聞くと、サタルはにっこりしました。

 

「ならいいか。ここでは女性でも好みそうな、口当たりのいいのを買おう」

 

 持っていく気ね。会話を耳にしたサンドラは気付きましたが、別にそんなことはどうでもいいので何も言いませんでした。それよりも、今アレンの持つ籠の中に入ったものの総額を忘れてはなりません。

 

「サンドラさん、これも買ってよろしいでしょうか?」

 

 サルムがカシスリキュールを手にやって来ました。そう言えば、買い物メモに書いてあるリキュールの種類は少なかった気がします。サンドラは買い物リストの総額と予算にまだ間があることを確認して、頷きます。

 

「楽しみね、パーティー」

 

 マリアは心なしかウキウキとしているようです。サンドラはそうね、と返します。

 

「先日、料理班のみんなに混ぜてもらって、作るものの相談をしたの。たくさんお料理もお菓子も作ってくれるみたいで……」

 

 マリアはふわふわと微笑んでいます。サンドラもつられて薄く笑みを浮かべました。

 

「衣装はもう決めたの?」

「私達は、前に使ったものがあるの。だからまた、それを着ていくわ」

 

 みんなで作ったものなのよ、とマリアは言って、それから背後に控える子孫を振り返りました。

 

「サルムさんのヴァンパイア姿が、カッコいいのよ。とってもお似合いでした」

「いえ、そんな……」

 

 サルムは恐縮しています。サンドラは、マリアに尋ねます。

 

「マリアは何になるの?」

「それが、マーメイドで」

 

 淑やかに、ロトははにかみました。

 

「魚の足だと不便だから、魚モチーフのスカートにしたのだけど……あまり似合わないかも」

「きっと、そんなことないわ」

「そうだよ、まさに童話の人魚姫みたいなんだろうね」

 

 そこへ、店内をあらかた見終えたらしいサタルがやって来ました。マリアの愛らしい顔立ちを覗き込んでにっこりします。

 

「君の王子様役は、是非俺に努めさせてもらいたいな」

「あら? サタルさんって、王子様でしたっけ?」

 

 ……え、本気で言ってる?

 周囲の者がその真意を測りかねた一瞬の間に、軟派男の頭に手刀がめり込みました。

 

「うちのマリアを口説くのはやめてよ」

「だ、そうです」

 

 明らかによろしくないと思っているらしい、アレクの気持ちを代弁したのか、大先祖の相変わらずっぷりがいたたまれなかったのか。アレンのチョップはなかなか容赦ありませんでした。

 

「ごめんごめん……あ、そうだ。サルム」

「はい、何でしょうか」

「君の衣装と俺の衣装、交換してよ」

 

 は。了承しかけたサルムは、少々沈黙してから尋ねました。

 

「あの、ちなみに衣装は……」

「大丈夫、着やすいよ。すっごく着こむ必要ないよ」

「インキュバスですよね、サタルさんって」

 

 アレフがそう言った途端、アレクとアレンの顔にかっと赤みが差しました。

 

「駄目だよ!」

「駄目に決まってんだろ!」

 

 鋭い手刀が脇腹に決まったのは、言うまでもありません。

 

 

 

3.料理

 

「えっと、氷……」

「はい、セルジュ」

「ありがとう」

 

 ところで、とライトが少年の赤一色な服装をじっと見つめます。

 

「その格好、いったい何? トマトマン?」

「と、トマトマ……? どこがそう見えたのか分からないけど、これはね」

「レッドキャップです」

 

 桶に入ったレタスとベビーリーフのもとへキンキンに冷えた冷水と氷を注ぎ込むセルジオの代わりに、キュロスが答えました。

 

「血染めの衣服を身に纏った悪霊です」

「ぶ、物騒だね……」

 

 ライトは口元をひくつかせながらも、笑みを浮かべました。そう言う彼は、さる有名な戯曲に登場する怪人を真似ています。上着は、調理の邪魔になるのでまだ着ていませんが。

 

「モッツァレラの水切りと輪切り、終わりました」

 

 ライトは礼を言って、キュロスからざるに乗せられたそれを受け取ります。既に切ってあったトマトと交互によそりつけ、上にバジルソースを垂らし、できあがった皿をキュロスに渡しました。

 

「はい、これテーブルに並べてきてくれる?」

「承知しました」

「キュロス、それ運んだらこっちもよろしく」

 

 ネオが大鍋を指します。中には海の香たちのぼるブイヤベース。覗き込んだケットシーのノエルが、歓声を上げます。

 

「わあっ美味しそうで……あっ!」

 

 が、大きな瞳を更に大きくさせ、

 

「いけない! ネオちょっとこのクッキーのまな板スライスお願いします!」

「えっ」

 

 ぎょっとするネオを残し、ノエルは尻尾を揺らしてパタパタとかまどへ駆けていきます。開けて中を窺うと、顔の筋肉が安堵で弛緩しました。

 

「あー良かったです、焦げてない……」

 

 小さな手にぶかぶかのミットをはめて、天板を取り出します。板の上に行儀よく並んだパンプキンクッキーは、鮮やかな黄金色に輝いています。

 

「ノエル、今変なこと言ってたよ」

「え……すっすみません、ごめんなさい!」

 

 火が灯ったような顔を手で挟んで、ケットシーは俯きます。

 焦ってのことだと悟ったネオは、クスリと笑って、猫の耳がついた頭を撫でました。

 

「いいよ。可愛いから」

 

 ノエルは更に照れてしまったらしく、必死に顔を隠します。それをネオは好ましげに見つめます。

 

「楽しそうだなー」

「本当ですね」

 

 仲睦まじい死神と猫の精を眺め、ハインとノインは呟きました。スケルトンのハインと、セイレーンのノインが並んで、焼き立てほかほかのパンをバスケットに並べる姿は、とても珍妙です。

 

「ノエルさんは、そんなに言い間違いが恥ずかしいのでしょうか?」

「うーん」

 

 ハインは愛想よく笑いかけると、行こっか、とだけ促しました。二人はバスケットを抱えて、食卓へと消えました。

 

「いいなー」

 

 甘い空気を醸し出す天使二人を遠目にちらりと見て、思わずナナの口から小さな声が零れ落ちました。それに呼応するかのように、背中の半透明な羽根がふるりと揺れます。

 

「はい、茹で上がり!」

 

 目を正面に戻すと、大量に茹でられたパスタが。ナナは茹で手の腕を知っていますので、麺の硬さを確かめることなく、既に用意してあった具と絡め合わせます。

 

「茹で上げの方はこれでいいわ。あとは炒める方に使って」

「うん」

 

 余った分を、ノアは複数のフライパンの上に分けて炒めます。

 海と山の幸をふんだんに使ったペペロンチーノ、ゴルゴンゾーラとナッツをまぶしたカルボナーラ、大きな魚介がごろごろ入ったジェノベーゼ、ニンニクをきかせたアラビアータ――色とりどりのパスタが次々と完成していくにつれ、ナナもノアも笑顔になっていきます。

 

「はーいっパスタ完成!」

「あー長かったあああ!」

 

 最後にオリーブオイルで滑らかな光沢を放つパスタにフルーツトマトとツナを盛り、二人は大きく伸びをしました。何せ、午後の昼食が終わってからずっとキッチンに籠りきりで料理していたのです。なかなかの長丁場でした。

 

「んー疲れたぁ……」

 

 ナナのむき出しになった細い腕が、ノアの首にまわります。彼の縫い合わせた風の顔が、緊張と動揺でちぐはぐになりました。

 

「ちょ、ちょっと、人が……っ」

「誰もいないわよ」

 

 ナナの言う通りです。もう料理も終了し、皆ダイニングの方へと行っていました。

 

「で、でも」

「ごめん、ちょっとだけ」

 

 ダメ? と抱きついたまま上目遣いに問われれば、首を横に振ることなどできません。ピクシー風の薄手の衣装に、昆虫に似た透明な羽根を生やしたナナは、いつも以上に可愛いです。嬉しくてこのままでいたいと頭では思うのに、不思議なことに身体はここでこのままでいてはいけないと逃げ出そうとします。ノアは、自分が本当にフランケンシュタインのようになってしまった気がしました。

 

「ナナ、どうかした?」

「……今日の私は、ピクシーだもの」

 

 だから、悪戯。言い訳するように、彼女は言います。このところ、今日のための話し合いや作り置きした方が美味しいお菓子作り、料理の下ごしらえや衣装準備などで忙しくて、恋人と仲良くできなくて寂しかったから、とはなかなか言えないナナです。

 

「いけない、忘れてた!」

 

 そこへ、アクアが飛び込んできました。恋人達は飛び上がり、アクアもびっくりして飛び上がります。

 

「なっ何!? 二人ともどうかしたの?」

「いいいいいいいえ何でも!! ねっ!?」

「あああうんん、そうっ、何でもない!!」

 

 二人は顔も真っ赤で明らかに怪しい様子でしたが、アクアが言及する間もなく、他の料理班がぞろぞろと戻ってきました。

 

「お菓子を並べ忘れるなんて、うっかりしたねえ」

「午後作り出したもの以外は冷やしてたから、しょうがないよ」

 

 アクアはセルジュと話しながら、冷蔵室へ入り、お菓子も持って去っていきました。残されたノアとナナは、ほっと胸を撫で下ろしました。

 

「……あの」

「ごめんなさい」

「そうじゃなくて」

 

 ナナが見上げると、ノアは明後日を向いていました。その耳は、まだ赤らんでいます。

 

「お菓子が欲しいんだろ? その……悪戯されたままじゃ、俺も終われないから」

 

 それからばっと振り返り、彼女を指さします。

 

「あっ後で! 俺の部屋に来いよな!」

 

 そう叫ぶように告げて、ノアは早足にキッチンを出ていきました。

 ナナは唖然と彼のいた空間を見つめていましたが、やがて、小刻みに身体を揺らして笑い始めました。

 ああ、くすぐったい。甘くてくすぐったくて、恥ずかしくて、でもとても楽しくて幸せな気持ちです。ハロウィンとは、こんなに楽しいイベントだったでしょうか? しかもこれはまだ序の口、始まる前なのです。

 

「ナナ、早く!」

 

 モンスター達の呼び声に、ビクシーははあいと答えました。

 甘いお菓子と楽しい悪戯が、彼女を待っています。

 

 

 

 

(後書き)

 

いつもお世話になっております夏ミカン様から小鳥のさえずりで頂いたリクエストを書かせてもらいました。お題は「ロト、天空、その他組それぞれの交流話」で、サブリクエストとして「夏ミカン様宅Ⅲ♀主、Ⅳ主、Ⅷ主、Ⅸ♀主のちょっと天然気味の発言に周りがびっくりする」「WⅨ主とWⅩ主がラブラブな話」というのをいただきました。ちょっと天然かどうか微妙な発言になってしまった上に、ギャグよりほのぼのな雰囲気になってしまいました。すみません。

気が早いですが、ハロウィンがある月に突入しましたので、そんな話になりました。夏ミカン様宅男主人公さん達の仮装は、去年拝見したイラストの案をそのまま使わせていただきました。女主人公さん達は、申し訳ありませんが私の方で勝手に考えさせてもらいました。

 

改めまして、遅くなりまして申し訳ございませんでした。

夏ミカン様のみ、お持ち帰り可とさせていただきます。よろしければ、お納め下さい。

 

ここまでおつきあいくださり、ありがとうございました。

またお会いできましたら幸いです。

 

 

 

20141005