「不死鳥ラーミアは時空を駆ける存在である」


 短い突っ立った黒髪に銀のサークレット、完爾としすぎて怪しいくらいの笑顔を浮かべた大先祖、ロトことサタルさんはテーブルについた人々を見回した。


「それは既知ってことでいいかな?」


 テーブルには俺達を含め、六人の男が座っている。まずはアレフガルドの英雄にして俺の先祖であるアレフさん、俺ことローレシアの王子アレン、そしてサタルさん。そしてその向かい、同じく三人掛けの席はまるで鏡のようになっていた。


 アレフさんの前には、よく似ているがやや知的な印象の強い逆立った金髪の青年がいる。俺の前では俺より爽やかで少し線の細い、しかし同じような装備をして同色の髪を持つ青年がこちらをじっと見つめている。そしてサタルさんの向かいには、サタルさんと似た出で立ちの青年が隣の青年達を時折窺いながら、俺達を注意深く観察していた。


 何故、テーブルを隔てて鏡合わせのようなことになっているのか。理由はまだ俺にもよく分からない。いつものようにここ、ルイーダの酒場でサタルさんとアレフさんと飲んでいたら、この三人が門扉を潜ったのである。いきなり自分達と瓜二つな存在が現れたのだから、俺とアレフさんはとても驚いた。しかしサタルさんは面白がるばかりで、それだけではなく彼らをテーブルに連れてこいと俺達に命じた。それで彼らに警戒されながらも、どうにかテーブルまで連れてきたのである。
 どうもサタルさんは事情を知っていて、説明するつもりらしい。それにしても突拍子のない切り出しである。アレフさんはしきりに頷いているが、向かいの三人は戸惑っているようだった。その様子を見て、サタルさんが大仰に額へ手を当てる。


「おっと申し訳ない。まずは自己紹介をした方がいいかな。俺の名前はサタル・ジャスティヌス。姓はいいから名前だけ覚えてくれ。サタルと気安く呼んでくれればいい」


 それでも彼を見る三人の緊張は解れない。サタルさんは気にせず、再び口を開いた。


「普段はこんなこと言わないんだけど、今回は肩書きのことも言った方が色々と分かりやすいだろう。俺は恐れ多くもアレフガルド国王陛下からロトの称号を賜った。出身はアリアハン。そこでは勇者とも呼ばれ、魔王バラモスを討ち取るために旅に出たこともある」


 すると、今度は三人の顔に驚愕が現れた。サタルさんの口の端が吊り上がる。


「きっと、俺の目の前にいる貴方も一緒なんじゃないかな? 悪いけど自己紹介してくれる?」


 そう指名されたのはサタルさんの目の前にいる青年である。立った茶髪を金のサークレットでまとめた彼は、おずおずと口を開いた。


「僕はアレク・ケラ・ジェーリー。アリアハン国王陛下からバラモスの討伐を命じられ、彼を討ち取った後は地下世界のゾーマを倒した。その功績を認められ、ロトの名を授かった」
「なるほど。やっぱり同じだね。となると、さしずめ横の二人は君の子孫で竜王討伐の英雄、ローレシアの王子ってとこかな? 名前は?」
「……サルム・ロト・ヒュワーズです」
「ライム・ヴェル・ロト・ローレシア」


 畳みかけるように言われ、金髪の青年、銀髪の青年が順に反射的に答える。しかしすぐに銀髪で俺によく似た青年、ライムが問い返した。


「何で分かるんだよ? ってかロトはアレクご先祖のはずだろ?」
「順番に答えさせてくれ。まず一つ目の質問の答えは、俺にも似た存在がいるからさ。俺の隣にいるのが子孫のアレン。君と同じでローレシアの王子だ」


 ライムが俺をきっと見た。俺は片手を上げて見せる。


「で、サルムの前にいるのがやっぱり同じく俺の子孫で竜王討伐を成し遂げたアレフ」
「アレフという。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」


 アレフさんとサルムさんが挨拶し合う。サルムさんの目には、合点がいったような色が浮かんでいた。


「そう言えば聞いた事があります。世には並行世界というものがあって、いくつも似た世界があるのだとか。今回オレ達が来てしまったのは、その並行世界なのではないでしょうか?」
「おー、なかなか鋭いね」


 サタルさんは嬉しそうに破顔した。


「君達はラーミアに乗ってきたんだろう?」
「うん。異世界にいた僕達三人のところにいきなりやってきたんだ。それで、もしかしたらもとの世界に戻れるんじゃないかと思って……」
「それでオレ達も、アレクご先祖のふるさとが見たくてついて来たんだ」
「もとの世界っていうのはアレクの故郷、アリアハンがある所かな?」


 アレクさんは頷いた。こうして見ると、遠目にはサタルさんとよく似ているように見られたがあまり似ていない。外見的な特徴はよく類似しているが、中身が特に異なるように感じられる。アレクさんはサタルさんとは違って、優しく誠実そうである。
 俺がそんな事を考えているとは知らないサタルさんは、首を横に振っていた。


「残念ながらここは君の故郷じゃない。君達のもとに現れたのはここ、俺の世界のラーミアだ。俺のところのラーミアは気まぐれなんでね。よく色んな世界に行くんだよ」
「じゃあ、ここは」
「俺の生まれた世界、俺の出身国であるアリアハンのルイーダの酒場だ。よく似てるだろ?」


 アレクは首を縦に振る。ライムとサルムがそれを受けてか、店内を興味深そうに見回し始めた。きっと先祖が仲間を募ったという伝説の酒場の雰囲気を感じたかったのだろう。最初ここに来た俺も似たようなことをした覚えがある。
 だがそれはいったん置いておこう。俺はサタルさんに向き直った。


「つまり、どういうことですか?」
「この三人は俺達の世界とよく似た並行世界から来た、俺達と同じ立ち位置の存在なんだ。彼らが集まっていた所にちょうど俺の世界のラーミアが行って、どういう風の吹き回しか俺の世界に連れてきた。そういうわけだよ」


 分かったような分からないような。頭が捻れそうな俺の肩をサタルさんが軽く叩く。


「どうして似た世界がいくつもあるのかなんて、そんな難しいことはどうでもいいさ。とにかく、彼らは俺達の従兄弟とか親戚とかそんなようなもんだと思えば良いんだよ」
「はあ」
「さ、そんなことより滅多にない出会いを祝って楽しくやろうぜ。な、アレフ?」
「はい!」


 同意を求められたアレフさんは嬉しそうに応じる。この人の先祖崇拝は相変わらずだ。
 一方並行世界から来たという三人はサタルさんの説明で納得がいったらしく、大分警戒を解いていた。サタルさんが彼らに問いかける。


「確認しておくけど、三人とも成人だよね?」
「うん」
「なら飲もうよ。ほら、メニューはあそこ。何が良い? 折角だから俺が奢るよ。好きなだけ飲んで食べよう」
「え、それは悪いよ」


 アレクさんが遠慮する。
 なんて控えめなロトなんだ! 俺は感動した。サタルさんとはえらい違いである。サタルさんときたら、誰かに奢ってもらえると聞いたらすぐに食いつくし遠慮なく飲食する。同じロトなのに何でこんなに違うんだろう。


 俺がロトと人柄をテーマにあれこれ考えたりサタルさんにあんな目やこんな目に遭わされたことを思い返したりしている内に、サタルさんは持ち前の口の上手さで渋る三人を言いくるめ、見事自身の奢りで三人の飲み物を注文することに成功した。加えてつまみとも食事ともなるようなものをいくつか注文し、それらが全て運ばれてくるとサタルさんは深紅が満ちたグラスを掲げた。


「じゃあ、奇跡的な出会いを祝して」


 グラスを鳴らした。一気にウイスキーを煽った俺は、息を吐いてテーブルを見回す。アレフさんは既に自分のハイボールを卓上に戻し、チキンの香味揚げに手を出していた。向かいに座るサルムさんが飲んでいるのは柑橘系飲料を使ったカクテルだろう。美味だったのか、口元を微かに綻ばせている。ライムはジョッキいっぱいのビールを飲み干して、少し物足りなそうである。その彼にサタルさんが新しい酒を勧める。アレクさんは飲み過ぎに気を付けるよう、ライムをたしなめていた。
 なんてロトらしいんだろう! 俺はまた感動した。そしてそれを正直に口に出すことにする。


「アレクさんは優しいですね」
「え?」


 アレクさんは呆気に取られたように俺を見た。口を開きかけるが、それより先にライムが答えた。


「あったり前だろ! うちのロトなめんなよ!? 剣術も魔法も性格もマジで半端ねえからな!」
「だよな。そんな感じする」


 俺は頷いた。そこへ追加の酒が運ばれてくる。ライムがロックの蒸留酒、サルムさんが先程と同じものを頼んだようである。ライムが勢いよくロックグラスを傾ける。中で氷の満月がくるりと回った。


「アレクご先祖はな、真面目で面倒見が良くてよくオレ達に剣の稽古をつけてくれるんだ。いつもは優しいんだけど、戦ってる時とかすっげーかっけえんだよ! 剣さばき速いし魔法も同時に使えるし、もうマジで死角ってもんがねーの。ホント最強!」
「ライム、大袈裟だよ」


 アレクさんは照れている。実に飾り気のない理想的な照れ方だ。ライムが初対面の俺にこれほど熱く語るくらいである。その評価に合う好人物なのだろう。
 それに比べて。俺は左の先祖に目を移した。彼は何を感じたのか、血のようなカクテルを一口啜ってから手を横に振る。


「ごめん、君に稽古とか無理。ミンチにされそう」
「何も言ってないんですけど」
「俺とアレクを比べてるんだろう? それくらい分かるよ」


 さすが頭の回転と女を口説く速度には定評のある我らがロトである。


「アレクはアレク。俺は俺。世の理のもとに成り立ってしまったものはどうにも変えられないよ。諦めようぜ」
「自分自身は変えられると思います」
「アレン自己研鑽でもするの? 頑張ってー」


 サタルさんはすっとぼけた。そんなこったろうと思った。これがうちのロトだ。
 アレクさんとライムは笑っている。俺は溜め息を吐いて、一角兎の蒸し焼きにかぶりついた。ライムがそれを見て三切れを取る。


「はい、アレクご先祖。サルムご先祖の分も……あれ?」


 サルムさんの皿に蒸し焼きを置いたライムが眉を顰める。俺も改めてサルムさんを見て驚いた。サルムさんの顔は真っ赤だった。


「サルムご先祖、大丈夫か!?」
「どうしたんですか?」


 ライムがサルムさんの顔を覗き込む。俺が右の先祖にたずねると、彼は困ったように言う。


「それが、どうも酔いが回ってしまったようなんだ」
「え、もう!?」
「おかしいな。サルムはそこまで弱くない……と言うか普通のはずなんだけど」


 アレクさんが案じるような顔をして首を傾げた。俺はサルムさんの前にあるグラスを手に取る。鼻に近づけると、オレンジの甘い香りが立ち上ってきた。


「アレフさん、これ何だか分かります? 何杯目ですか?」
「三杯目だ。種類は分からない。ただ、気に入ったようだから同じものを頼むと言って出してもらったんだ」


 サルムさんは心配するライムに、柔らかく微笑んでいる。白い頬に朱が鮮やかに差し、碧玉のような瞳と相まって透き通った美しさがある。しかし、その視線は定まっていなかった。
 三杯目でこの有様になるカクテル。そんなものは一種類しか思い浮かばず、またそれを彼に勧めたのが誰なのかも明らかだった。


 俺は偉大なる先祖を振り返った。無駄に雅やかな笑顔がこちらを見つめ返してきた。この人がこういう素晴らしい笑顔を浮かべている時は、大抵ロクでもないことを考えているか、彼の考えたロクでもないことが成功した時だ。


「サタルさん、何を飲ませたんですか」
「そんな怖い顔するなよ。口当たりが良いのがいいって言われたから、俺一押しのを頼んだんだよ」


 俺一押しってところが嫌だ。それでもう俺の疑いは的中してしまったことが分かった。
 サタルさんの瞳が酒場の薄暗い照明を反射して、あやしく煌めいた。


「ルイーダ特製カクテル、<エロスの矢>」
「やっぱり! 何してんですかあんたは!」
「そんなにやばいものなのか?」


 俺はサタルさんを揺さぶる。アレクさんが案じる色を濃くして訊ねた。アレフさんが少し動揺しながらも彼に答える。


「アリアハン名物を使ったカクテルです。アリアハンで作られた特別に強い蒸留酒“オルテガ”をベースにアリアハンで取れる特殊な柑橘類“ヘブンフルーツ”を搾ったジュースを合わせたもので、分かりやすく言うならばスクリュードライバーの強化バージョンですが、度数はそれより遥かに上、ジュースで割ったとは思えないくらいです」


 アレクさんの顔色が変わった。スクリュードライバーと言えばウオッカベースの柑橘系カクテルで、甘く優しい口当たりで飲みやすいが度数が高く、酔いやすいという特徴がある。そのため意中の女性にこれを飲ませて落とすという作戦を取る男性が多く、そのことから“レディーキラー”の異称で知られていた。
 <エロスの矢>はそのスクリュードライバーより口当たりが良いもののずっと度数が高く、これを使えば間違いなく意中の人を落とせるだろうことからその名がつけられた。


「あんたまだこんなもん他人に出してるんですか! どうせまた女相手でしょう!?」
「恋人ができてからは彼女以外に出してないよ。昔は随分お世話になったけど」
「このスケコマシが!」
「サルム大丈夫!?」


 アレクさんがサルムさんに飛びついた。サルムさんは緩慢な動きで先祖を見る。


「だーいじょーぶれすよぉ」


 口が回ってない上に喋り方も何かおかしい。これは大丈夫じゃない。サルムさんはへらへらと無邪気に笑っている。癒される笑顔だが、飲ませたのがうちの先祖なので癒されている場合じゃない。
 傍で様子を見ていたアレフさんが立ち上がった。


「とにかく薄めた方がいいだろう。水をもらってくる」
「あとグレープフルーツもできたらお願いします」


 俺の言葉にアレフさんが頷く。すると、サルムさんが机に片手をついた。


「いいれす、自分でとれます……」


 しかし、ふらりとよろめく。アレクさんが手を伸ばすも間に合わず、立ち上がろうとしたまま大きく傾ぐ。


「え、おい!」


 偶然倒れ込む方向にいたアレフさんが抱き留める形になった。アレフさんは彼を座らせようとするが、全体重を任せられてしまっていて上手くいかない。


「すみませ、んっ、ちから、が……」


 サルムさんは離れようとするもかえってバランスを崩し、更にアレフさんに身体を任せることになってしまう。アレフさんとサルムさんの動きが上手く合わず、なかなか上手く椅子に戻れない。そのため傍目からは、似た外見の男が二人熱く抱擁しているように見えた。


「……サタル」


 アレクさんがこちらを向いた。満面の笑みである。しかし、これまでよりワントーン低い声と身体から迸る魔力が本心を表していた。
 サタルさんはちょっと口の端を引き攣らせてから、それでもにこやかに返す。


「何だい?」
「うちのサルムに何させてくれちゃってるのかな?」
「……アレクは過保護だと思うよ?」
「君が自由すぎるんだよ!」


 一喝と共に、異世界から来た勇者の身体から凄まじい魔力が光の帯となって噴き出した。サタルさんが霞んで見えるほどの速度で酒場の外へと飛び出す。それをアレクさんが追って行く。悲鳴が上がって、皆が何なのかと酒場の入り口を見た。数名が追いかけていく。何やら二人の青年が叫ぶ声が聞こえていたが、やがて聞こえなくなり、そして酒場はしーんと静まりかえった。
 呆気に取られる人々の沈黙の中、俺は一口サタルさんの飲んでいたカクテルを啜った。それからまだもつれ合っていたサルムさんとアレフさんを解して、サルムさんを椅子に座らせた。


「ありがとうございますぅ。ところれ、アレクさまはいずこへ?」


 サルムさんの屈託のない笑顔を前に、俺は詰まった。


「……とりあえず、酔いを冷ましましょう。話はそれからです」

 


 その日、世界各地では謎の二つの光がまるで追いかけっこをするように低空飛行する姿が見られたという噂である。





(後書き)
「夢見の物語集」(現:夢見の図書館)の夏ミカン様に相互感謝という名目で捧げます、夏ミカン様のロトヒーローズとうちのロトヒーローズの交流話です。ヒーローズでギャグというお題を頂いて書きました。如何でしたでしょうか?

正直なところ、不安でいっぱいです。夏ミカンさん、これで大丈夫でしょうか……? ギャグになっていますでしょうか? そして夏ミカンさん宅のお三方の性格や外見、口調などは合っていますでしょうか? 違っていましたら書き直し致しますので、何なりとお申し付け下さいませ。あの、本当に遠慮なくバシバシとお願いします。余所のヒーローズ様の性格を間違える方がよほど恐ろしいので……。

私が単純にヒーローズ交流をしてみたくてしてみたくて「書かせて下さい!」と申し込んだ結果がこちらです。我ながらとんでもないヒーローズ乞食です。巻き込んでしまいまして申し訳ございません。

ある意味王道、酒ネタでいきました。うちのヒーローズはいつも飲み食いして駄弁ってる気がする。お前ら冒険しろよ。

お酒の強さはライムさん>アレクさん>サルムさんという順番だそうです。アレクさんとサルムさんは似たくらいだったようにも思うのですが、サルムさんの方が少し弱いという解釈でよろしいでしょうか。

ちなみにうちはロト三人とも強いです。順番は特に考えたことありません。

酒の名前は一部実際にあるもの、一部は適当に考えました。どこが創作科はすぐ考えれば分かると思います。蒸留酒「オルテガ」はまたどっかで使ってやろうと思います。

夏ミカンさんのヒーローズは王道で素晴らしいです。王道大好きには非常に美味しゅうございます。ありがとうございます。

では、この度は相互およびヒーローズの使用許可を下さりありがとうございました。未熟な身ではございますが、今後ともよろしくお願い申し上げます。

ここまでお付き合い下さいましてありがとうございました。
またお会いできましたら幸いです。





20140116