いつからいたのかは分からない。後から聞いた話だと、俺がウイスキーのお代わりを頼んだ時には既にいたらしい。だがその時の俺は、一人目の先祖がじっと自分達とは違う方向を見つめているのに気付いてその視線を追うまで知らなかった。


「……何かあの人達、妙に俺達に似てません?」
「似てるなんてもんじゃないぞアレン」


 やはり俺同様先祖の目の先を辿ったアレフさんが眉間に皺を寄せて言う。俺はもう一度彼の凝視する酒場の入り口を見た。


 そこには男が三人立っていた。一人目は金の髪を逆立てて赤き不死鳥の衣を身に纏っている。二人目は上下黒のアンダーの上に青い旅装、頭に同色のフードとゴーグル。三人目は一人目のように逆立てた焦げ茶の髪を金のサークレットでまとめ、赤いマントをはためかせる。
 自分の座るテーブルを改めて振り返る。隣に座る先祖、向かいに座る大先祖を順に見て、更にもう一度酒場の入り口に目を戻す。


「顔立ちだけ、髪型だけそれぞれ似ているならまだ分かる。だが服装も含めて外見的特徴が全て似ているなんて滅多にないぞ。あんな他人の空似があるか?」


 アレフさんの言う通りだった。彼らはあまりにも俺達に似すぎていた。
 魔物の変化か、幻覚だろうか。辺りの気配を探ってみるが、酒気以外に怪しい気配はない。殺気などの穏やかでない雰囲気も感じられない。


「いや、でもよくよく見れば違うよ」


 爽やかな初夏の気候を思わせる声が、俺とアレフさんをテーブルに引き戻す。声の持ち主である第一の先祖はにっこりして言った。


「アレフよりあっちのそっくりさんの方が気品があるし、アレンよりそっくりさんの方が賢そうだ」
「さ、サタルさん……」


 アレフさんが情けない声を上げた。さきほどまでの鋭い瞳をした勇者が嘘のようだ。この人は普段はしっかりしているのに、サタルさんにかかるとあっという間にただの純粋な子どものようにされてしまう。それを面白がられていつものように虐められる前に、俺が矛先を逸らさなければ。


「そういうサタルさんだって、あっちのよく似てる人に比べると大分チャラいですよ」
「チャラい? 心外だなあ」


 言葉の割に全く傷ついた様子がない。この救世主の心は、同じく伝説を冠する貴金属ででもできているのだろうか。


「もっと違う言い方ねえの? 気さくで快活で素敵ですとか」
「いえ、あっちの方が誠実で優しそうです」
「ねえ俺のことは?」


 言葉を返さず入り口を見やる。三人の男達はあちこちに視線をやりつつ、困惑したように何か話している。今、このルイーダの酒場は満席である。恐らく座る場所がなくて困っているのだろう。


「どうします?」
「決まってるだろ」


 サタルさんがにやりと口角を吊り上げた。


「アレフ、go」
「ええ、俺が声をかけに行くんですか!?」


 アレフさんは目を大きく開いた。次いでちらちらと彼らを窺う。


「で、でも何と声をかければ……」
「とっておきを教えてやるよ」


 耳貸しな、と無駄に格好良くサタルさんが手招きする。アレフさんは躊躇って、目を伏せがちにしたまま立ち上がって彼に耳を差し出した。サタルさんがそこに二言三言囁くと、金髪の付け根まで真っ赤に染まり上がった。


「さっサタルさん! 自分には無理ですッ!」
「いやいける。だって君は俺の子孫じゃないか」


 こういう時だけそう言われても。
 アレフさんはぶんぶんと首を横に振っている。仕方ないので俺は起立した。


「じゃあ俺が行ってきます」
「俺も行く!」


 アレフさんが勢いよく立った拍子に椅子が倒れた。落ち着いて下さいと宥めて椅子を戻しながら、楽しそうに俺達を見つめるサタルさんを仰ぐ。


「で、一応確認したいんスけどあれ魔物じゃないですよね?」
「勿論さ。安心してくれて良いよ。魔物だったら、可愛い子孫である君達にわざわざ迎えを頼んだりしないよ」
「すっげー嘘くさいんですけど」


 この人なら魔物に化かされて戦う羽目になる俺達を、笑いながら酒のつまみにしそうだ。
 不信の念がどうも顔に表れていたらしい。サタルさんは励ますように俺達の肩を叩いた。


「勇者心得其の一。楽しきことには首を突っ込むべし」
「絶対それあんた限定っスよね」


 横を見ればアレフさんが真面目な顔をしていた。あ、これ信じてる顔だ。


「アレフさん冗談ですよ」
「え、そうなんですか?」


 驚くアレフさんにサタルさんは笑いかけて、さあ行ってこいと俺達を送り出した。机と客の間を縫って目的の人々へ歩を進める。三人はまだ同じ場所で何やら言葉を交わしていたが、近付く俺達に気付くと一様に目を丸くした。
 やはりあちらも、俺達を見て自分達に似ていると言うのだろうか。いや、自分達が俺達に似ていると思うのだろうか。と言うかそもそもどっちを基準に考えればいいんだ? 思考の糸が絡まってきた。やっぱり俺は頭が悪い。
 酒場の入り口に辿り着いて、驚きと警戒の入り交じった顔をしている三人に向かって口を開く。


「なあ君達、良かったら俺と一夜か」


 はぐれメタルを狩る時より速く手を横に飛ばした。間一髪で先祖の台詞をぶった切る事に成功する。そう、今話しかけたのは俺じゃない。アレフさんだ。


 しまった、律儀なこの人がサタルさんの命令を無視するわけがなかった……! 話しかけるより先に止めとくべきだった。くそ、やっぱり俺はバカだ。


 目の前でぽかんとしている三人に愛想笑い――多分引き攣ってる――を浮かべて、俺はアレフさんの口を塞いだまま素早く首に腕を回して、耳元で囁いた。


「アレフさん、それは言わなくていいんです」
「むぐっ……でもサタルさんが」
「あの人の言うことは八割がた冗談ですっ。とにかく言わないで下さいよお願いですから」


 俺の剣幕に押されたのだろう、アレフさんはこくこくと頷いた。この人の先祖バカは本当にどうにかならないんだろうか。それとサタルさんの子孫弄りも。て言うかあの人は一体何を言わせようとしたんだ。俺は頭を抱えたくなった。
 アレフさんを離して改めて件の男達に向き合う。怪しく思われているだろうから話しかけづらいが、ここまで来たんだから話しかけないわけにもいかない。気を取り直して、今度こそ口を開いた。


「どうも。食事ですか?」
「ああ……はい」


 少し遠慮がちに、似た金のサークレットの男が答える。サタルさんと姿形の共通点が多いが、三組の似た者同士の中では一番この人達が似ていないだろう。髪はサタルさんより長いし、色も黒より焦げ茶に近い。装備品も形はよく類似しているものの色が違う。何より似ていないのは、顔つきと雰囲気だった。簡単に言うと目の前の彼は非常に誠実そうで、サタルさんはにこやかすぎて怪しい。


「なら、俺達のテーブルに来ませんか? ちょうど三つ席が空いてますんで」
「それは有り難いんですけど……その前に」


 彼の緑眼が俺をひたと見据えた。戦士の目だ。


「貴方達は何者なんですか? それに、ここは一体……」


 どうも警戒されているらしい。見ればアレフさんに似た男は手に魔力を溜める準備ができてるようだし、俺に似た奴に至っては抜刀姿勢である。
 そりゃそうだよな。いきなりこんな似てる奴らが現れたら警戒して然るべきだ。だがここで一悶着はまずい。俺は慎重に言葉を選ぶ。


「俺達が何者かって聞かれても、どう答えたらいいのかよく分かんねえんですけど……とりあえず、魔物じゃないしあんたらに何かする気はないっていうのは信じてもらえます?」


 サタルさんに似た人は身動きしない。しかし、下手にこちらが戦いに繋がる素振りを見せたら斬られるだろうことは容易に察せられる。


「確かに魔物の気配ではないよね」


 ややあって彼が呟く。


「でも、似すぎている……」
「それについては我々も驚いたところだ」


 アレフさんが前に進み出た。顔つきもきりっとしていて、やっと頼りになりそうな感じになってきた。まだこちらとあちらの間に流れる空気は張り詰めているが、俺は内心胸を撫で下ろす。


「俺やこのアレンにはどういうことだか見当がつかないんだが、あちらにいらっしゃる俺達の先祖は何かご存じらしい」


 彼らの視線がアレフさんの差した方を向く。その先では、血のように真っ赤なカクテルを片手にサタルさんがにこやかな笑みで手を振っていた。
 サタルさんに似た人とアレフさんに似た人は拍子抜けしたような顔をしている。俺に似た奴はあからさまに胡散臭そうな目つきに変わった。俺と同じでなかなか素直な奴らしい。何だか仲良くなれそうな気がしてきた。


「あー、あんま信用できる人に見えないかもですけど、悪い人じゃないんでとりあえず話聞いてやってもらえませんか? 本人結構話したがってるんで」


 サタルさんは手招きしている。口が「早く来い」の言葉を形取った。急かすなら最初からあんたが来ればいいじゃないか。俺は内心ぼやいて、三人をテーブルへと導いた。





(後書き)
前項相互記念のおまけです。机に到達するまで。

他のお宅のヒーローズとどこが違うとかどこが似てるとか、そういうの考えるのがすっごく楽しいです……! 今回も頑張って考えました。そしたらやっぱダントツでⅢ主が似てませんでした(笑)
アレクさんは子孫大好きな優しい人なのですが、サタルはご存じ(?)の通りです。中身は違いすぎるくらいですが、見た目も大分違うだろうなあ。
Ⅰ主サルムさんは冷静沈着ながら可愛い人、Ⅱ主ライムさんはやんちゃな弟ポジです。良い組み合わせです。私の妄想が火を噴kうわなにをやm

それでは夏ミカンさん、重ね重ねありがとうございました。
そして皆様、ここまでお付き合い下さりありがとうございました。
失礼致します。



20130116