※「お言葉に甘えて」の続きです。他の方の勇者様をお借りしているコラボな上に、まさかの現代パロディです。おっけーな方は「お言葉に甘えて」を読んでからこちらを読むことを推奨致します。





 事務所に戻ってきてタイムカードを記入し終わると、アレンの口から知らず溜め息が漏れた。ロレックスが後ろから覗き込んでにやりとする。


「疲れただろ」
「い、いえそんなことないです!」


 アレンは慌てて口元を引き締める。だが実際は、かなり疲れている。


 職場体験二日目を終えた。昨日は某有名テーマパークでツアーガイドの補佐をしたが、今日の内容はそれとは全く違った。ホテルのパーティーで給仕をしたのだ。着慣れぬベストやズボン、革靴だけでも大分息苦しかったのに、パーティーの会場準備が終わっていざ控え室で待つ客を見てみたら外国人が大半で、息が止まるかと思った。アレンは外国語が大の苦手である。だから客に話しかけられた時は全て笑顔で誤魔化し、その隙に即アレフの袖を引っ張るという対処法で全て切り抜けた。


 しかしサービス業というもののなんと疲れることか! 先程は思わず見栄を張って答えてしまったが、正直なところ全身が怠い。特に足がかなり重いし痛い。革靴恐るべし。社会人になったらあんなものを履いて動かなくてはならない時もあるのかと考えるとぞっとする。
 アレンは鼻歌を歌いながら仕事鞄を片付けに行くロレックスと、帰るなり机で何やら事務仕事を始めたアレフとを見比べる。二人とも疲れている様子など微塵も見せない。自分もこういう大人になりたいという憧憬とこうなれるだろうかという少しの不安とがアレン少年の心でふわふわと浮かぶ。


 その時、チャイムの音がした。反応したのはロレックスである。


「はーい!」


 快活に返事をして玄関へ行く。もしかしてロトさんが帰ってきたのだろうか。ふと脳裏を女社長の姿が過ぎったが、よく考えてみれば彼女は今イタリアである。イタリアは一日で行ったり来たり出来る場所ではなかったはずだ。
 閉まった扉の向こうから聞こえる声のトーンは接客時と少し違う。でももし客だった場合を考えて、自分はここからどいた方がいい。アレンはロレックスの席の方へ移動した。でもそれでも邪魔だったらどうしようと彼は悩む。しかし、それが杞憂だったことをすぐに知ることになる。


「アレフさん、オトモダチ」
「お邪魔します」


 ロレックスに続いて事務室に入ってきたのは、金髪をオールバックにした――しかしよほど癖が強いのか、少し跳ねてしまっている――若い男だった。一瞬目を疑ったアレンも、男が律儀に扉の取っ手を別の手に持ち替えて閉める仕草を見て確信した。


「アレフ兄ちゃん?」


 呼びかけるとやはりそうだ、男は真面目そうな青い瞳を丸くした。


「アレン!? 何でここにいるんだ」


 彼は名をアレフといい、アレンの伯父の息子である。既に就職していて、会社――アレンはよく分からないが所謂一流企業という奴らしい――でバリバリ働いているという話だった。


「職場体験だよ」
「ここで? 縁があるものだなあ」


 納得したようにしきりに頷く金髪の彼の顔を見てから、ロレックスがアレンの方を向く。


「知り合いか?」


 従兄弟ですと答えると、あーなるほどと笑われた。何かおかしな返事でもしただろうか。
 ロレックスはアレンと金髪のアレフとを可笑しそうに眺める。しかしこの部屋のもう一人の住人で奇しくも従兄弟と同名のアレフは、まだ真摯に机と向き合っていた。そう言えばロレックスはさっき、彼に従兄弟のことを「オトモダチ」と言っていた。どういうことだ?
 アレンが首を傾げている間に、ロレックスと従兄弟は会話する。


「まだ少しかかるぞ。どうする?」
「時間からして、夕飯はまだなんだろう? 出前でも取って一緒に食べないか? 全部俺が払うから」
「いいのか? いつも悪いなあ」


 言うが早いか、従兄弟は既にスマホを取り出している。二人の話し合いの結果、アレンも含めた四人の夕飯は寿司に決まったらしい。従兄弟は寿司屋にかけた後、すぐに別の所へ電話した。どうも電話に向かって話す従兄弟の台詞から察するに、アレンの家にかけたようである。彼は外食の許可をスムーズに取ってくれた。
 ロレックスが事務室を後にするのを見て、アレンは少し躊躇ってから追う。彼は台所へ向かっていった。声をかけると、食器棚に身体を向かせたままこちらを見る。


「どうした?」
「あの……アレ、従兄弟はどうしてここに来たんですか?」
「なんだ、知らないのか」


 ロレックスは説明してくれたことによると、なんとアレフは昔従兄弟と同じ会社に勤めていて、しかも同期だったらしい。二人とも優秀で将来の幹部候補とまで称されていたのだが、数年前アレフが辞職した。それを従兄弟は納得出来ず、未だにアレフのもとにちょくちょく訪れて食事などを口実にしながら復帰しないかと説得しているのだという。


 その話を聞いて、まずアレンは何とも従兄弟らしいと思わずにはいられなかった。彼は一度慕った人間にはとことん執着する。きっとアレフのことを気に入ってしまったのだろう。それも無理はない。アレンのような中学生が二日見ただけで分かるほど、アレフは優秀だし格好いいから。
 アレフは凄い。どんな仕事でも確実に素早く、しかも柔軟にこなしてみせる。愛想がないという人もいるかもしれないが、それは無駄がないということでもある。更に今日見ていて知ったことだが、彼は外国語も話せる。これは凄い。アレン的大尊敬の域に達する。


 アレンはロレックスの話を聞きながら食事の支度をした。とは言っても皿を並べてお吸い物用の碗を用意し、湯を沸かすだけである。それさえ済めば、あとは出前が来るまで暇潰しに二人のアレフのことや仕事のことを話しているだけでいい。ロレックスはアレンに楽しい話を色々聞かせてくれる。だから待ち時間も、そう長くは感じられなかった。


 寿司屋の威勢の良い挨拶と共にやって来たのは、絶対店で回されたことがないだろう寿司だった。四人前に加えて大きめの寿司桶まである。皆で分けて食べようということなのだろう。アレンは自分も含めているとは言え、野郎四人にここまでのものをあっさりと出す従兄弟を少し恐ろしく感じた。


「じゃあそろそろ二人を呼んできてくれないか?」
「はーい」


 ロレックスの言葉通り、アレンは事務室にいる二人に声をかける。アレフはちょうど仕事が終わったところだったらしい。書類を整えてデスクの引き出しにしまい、それからようやく従兄弟の存在に目を向けた。


「また来たのかよ」
「お邪魔してるよ」


 従兄弟の返事にアレフは鼻を鳴らした。けれども従兄弟は構わず話しかける。


「仕事のことで君の意見を聞きたくなったんだ」
「いい加減お前一人で考えろよ」
「会社全体に関わってくる件だから、俺より優秀な君の意見を聞きたい」
「バカの一つ覚えみたいに言うな」


 二人のアレフは何やかんや言いながら事務室を出て行く。寿司が来たということは聞こえていたようなので、アレンは安心した。
 リビングに戻ると、ロレックスがお吸い物と寿司をきちんと並べてくれていた。四人で食卓を囲み、誰ともなく食べ始める。従兄弟は仕事のことを無理矢理話し続け、次第にそれに根負けしたアレフが渋々答えるようになった。二人の話は難しい用語が多くて、アレンにはさっぱりついていけない。仕方ないので彼は早々と話の解読を諦め、新鮮なマグロのとろみや弾けるイカの食感などに意識を集中させた。


「やっぱり君は凄いなあ」


 やっと聞き取れる言葉が出てきたので寿司桶から顔を上げる。従兄弟がすっかり感心したという顔でアレフを見ていた。対してアレフは大きな寿司桶の方に箸を伸ばしており、賛辞をまともに受け取っているかどうか定かではない。


「会社の誰もそんなことは言わなかった。君の発想力には感服するよ」


 カンプクって何だっけとアレンは首をひねる。アレフは大きな桶にある寿司を一つでも多く獲得すべく、ロレックスと無言の争いを繰り広げている。


「よしもらった!」
「ああくそっ!」


 しかし最後のウニをアレフが獲得したことにより、勝負がついたらしい。悔しげなロレックスに、アレフは不敵に笑いかける。


「詰めが甘いんだよ、お前は」
「……うん、そうだ」


 そこで何故か従兄弟が頷いた。この人仕事のことばっかり考えてる気がしてたけど一応寿司争いのこと見てたんだ、とアレンが認識を改めようとした時、彼は声に力を込めてこう言った。


「どう考えてもあの上司の失敗で君が辞職する必要なんてなかったんだ! 今からでも遅くない、戻ってこないか!?」


 やっぱり聞いてなかった。アレンは特に落胆もせず淡々と思った。この人のこういうところは今に始まったことではない。自分の記憶にある限り、ずっとこうだった。そしてこれからもきっとこうだろう。
 アレフは寿司を食べながら、力む彼を呆れた目で見ている。咀嚼していたものを飲み込んでから口を開く。


「お前、あの会社で成功してるだろ? そんな人間が俺のことなんか気にするな。つーか面倒だからお節介マジでやめろ」
「何でだ!?」
「何でだじゃねえよ。面倒だって言ってんだろ」
「君ならこの業界でもっと活躍できるし、君を必要としている人だっているのに!」


 駄目だ、ずれてる。この人は一度ずれ始めるとなかなかもとに戻らない。えらいことになったなアとアレンは他人事のように考えた。


 目で隣のロレックスを窺う。愉快そうな笑みを浮かべていて、止める様子は見られない。こうなったらどうにか運良く従兄弟が止まるのを待つしかない。熱が入っている碧眼と苦々しげな焦げ茶の瞳が交わる時は、あとどれほど待ったら来るのだろうか。アレンは二人の対照的なアレフを見つめて、仕事選びの大切さをしみじみ噛みしめるのだった。





(後書き)
「ハコの開き」の稲野様よりお借りしました、アレフさんとロレックスさんとうちのアレフ、アレンのコラボ現パロです。「お言葉に甘えて」の続きでもあります。

うちのアレフと稲野さん宅のアレフさんは名前こそ同じですが中身はとても対照的です。それが上手いこと出せていたらいいのですが……。

大体稲野様よりアイディアを頂きました。ありがとうございます。ですが私も「きっと稲野さんのアレフさんは一流企業に勤めてたけどわけあって辞めて、それをうちのアレフが勝手に惜しんで追っかけ回してるんだろうなあ」と思ってました。なんてしつこいんだうちのアレフ。

多分この後、もう少ししたら見かねたロレックスさんが止めてくれると思います。よろしくお願いします。面倒見の良いロレックスさんも好きです。でも一番はアレフさんかなあ。

では、この度は素敵なアイディアを下さりありがとうございました!
またここまでお読み下さりありがとうございました。
またお会いできましたら幸いです。



20140129