※まさかの現代パロディです。きっと舞台は日本的などこか。キャラ崩壊があるものと思われます。ご注意の上、お進み下さい。





 十四歳というバリバリ現役の中学生アレン・ローレシアは困っていた。今日は楽しみにしていた職場体験の日である。彼は予定より四十分も早く指定された仕事場に着いた。いや、着いたはずである。


 学校で渡された地図の通り来たはずだ。手もとのプリントを見る。最寄り駅南口を出て左行って最初の四つ角を右行ってもう一回すぐ右。徒歩五分弱。コンビニエンスストアの向かい側。振り返って確認する。間違いない、コンビニだ。それから顔を正面に戻す。
 そこにあるのは、ごく普通の一軒家だった。


「……先生、地図間違えたんじゃねえよな」


 彼はもう目に焼きつきつつある地図と、家とを見比べる。
 希望の職場を聞かれた際に「俺、何でもやりたいですっ!」と答えてしまった彼が割り振られたのは、いわゆる派遣会社だった。「会社」と聞いて、彼は高いビルとか白く素っ気ないコンクリ固めの四角いのを思い浮かべていたのだが、目の前のこれは明らかに違う。ただの住宅だ。しかも、割と洒落ている。


「あ、もしかして職場体験の子?」


 背後から突然声をかけられて、アレンは飛び上がった。いつの間にいたのか、コンビニの袋を下げた黒髪の青年が立っている。カジュアルな服装をしているから、高校生か大学生くらいだろう。


「は、はい」
「思ったより早かったなあ。上がって上がって」


 アレンには言われたことの意味が分からなかった。青年の精悍な印象のある口元が綻ぶ。


「こんな格好してるから分かんねえか。俺、そこの会社の社員なんだ」
「そ、そうなんですか?」


 喉元まで出かかった様々な台詞を押し込め、その一言に驚きの全てを込める。これ会社なんですか? とか学生さんじゃないんですか? とか言ったら失礼になってしまう。十四歳なりに頑張って考えた礼儀だった。
 男性はポケットを探って白い小さな長方形を渡す。


「俺の名刺。良かったらやるよ」


 礼を言って受け取り、まじまじと見つめる。そこには確かにアレンの職場体験先の会社名と、男性の名前と思しき文字が並んでいた。ロレックスというらしい。
 ロレックスはアレンがここ十分ほど睨み合っていた家の門を開けて、すたすたと歩いていってしまう。アレンは慌てて続いた。


「ただいまー。中学生が来たぞー」


 会社に戻ったとは思えない言葉が放たれた。ロレックスに促されるままに靴を履き物棚に入れてスリッパを履き、きょろきょろと視線を彷徨かせる。正面右奥に階段、左右にスモークのかかったガラスのドアが一つずつ、白壁には抽象的な絵画が飾ってある。木目調のフローリングはピカピカで塵一つ見当たらない。


 アレンはロレックスが入っていった、玄関より右手の部屋を覗く。リビングだった。その向こうにはキッチンらしい空間も見える。そこでロレックスは冷蔵庫のようなものを覗いている。
 アレンはやっぱり間違った場所に来てしまったのではないかと不安になった。


「お待たせ。こっちこっち」


 リビングから出てきたロレックスは、玄関左手にある部屋へと導こうとする。帰りますとも言い出せないまま、アレンはその部屋に入った。
 すると一転、景色が変わる。薄いラベンダー色の壁紙と三つ向かい合う形で並んだ事務机に、思わずアレンはこう言った。


「事務所だ!」
「まあな。一応うちも人材紹介事務所うたってるし」


 ロレックスはそう言って、見るからに他とは違う、アレンの座長より高い背もたれの立派な黒椅子に向かって声をかける。


「ロトねーちゃん、中学生来たよ」


 革張りのそれがくるりと回って女性が現れた。蒼天の如く輝く双眸と笑顔、そして恵まれた胸部が一瞬で目を引き、中学生はやべえと脳内で呟く。何がやべえのかはよく分からない。ただ己の野性の勘がそう言っている。


「わー中学生だ!」


 ロトと呼ばれた彼女は艶やかな黒髪を揺らしながら小走りに近寄ってきた。アレンが面食らうのに構わず、理科の実験を嬉々と眺める同級生のような様子で彼の周りを回る。


「理想的な筋肉のつき方だね! 部活は武道かな?」
「か、空手です」
「うーんそっかそっか!」


 彼女は満足げに頷くと、くるりと踵を返した。部屋の片隅にあるキャリーケースの持ち手を伸ばし、それを持って部屋の入り口まで行きこちらを振り返る。


「じゃあ、後はよろしくね!」


 ええ!?
 唐突な台詞に仰天する。まさか、俺に言ってるんじゃないよな? アレンは隣のロレックスを見た。彼は平然とした面持ちで問いかける。


「どこ行くんだったっけ?」
「イタリアだよ」
「そっか、気を付けてな」


 ロトはお茶目にも見える仕草で手を振って出て行った。
 いつの間にかアレンの口はぽかんと開いていた。間が抜けた顔を可笑しそうに眺めて、ロレックスはドアを指す。


「あれ、うちの社長」
「ええ!?」


 アレンは芸人よろしく扉とロレックスの顔とロトが座っていた椅子とを順に見やる。よく見れば、黒椅子の前にあるデスクには「社長」と記された黒い三角が立っていた。


「変わってるけど頭はかなり良いらしいんだ。今回も多分出張だと思うんだが……まあ職場体験中には帰って来ないかもしれないから、もう会うこともないかもな」


 はあ、と気の抜けた返事をする。驚きのあまり口の締まりが良くない気がするがどうなのだろう。頬をさすってみるが、自分では確認しようがない。
 ロレックスが今度は利き手で、手前側の事務机で一心不乱にパソコンに向かっている焦げ茶色をした髪の男性を指す。


「で、この人がアレフさん。お前の面倒は俺とアレフさんで見ることになると思うからよろしくな」
「仕事の邪魔になるようなら俺は連れて行かんぞ」


 その人の背中からそんな声がして、アレンは身を竦ませた。無駄のない身体がこちらを向く。髪と同色の瞳は鋭く、どことなく不機嫌そうに見える。


「賃金を減らされては困るからな」
「でもロトねーちゃんがよろしくって言ってっただろ」
「お前がどうにかしろ」
「俺だけじゃ完璧には面倒見きれねえよ」


 アレフは舌打ちをして、パソコンに向き直った。キーボード上にある指の動きは流れるようである。
 アレンの心臓からは血液の代わりに冷や汗がどくどくと流れ出していた。どうしよう、早くも解雇かもしれない。提出しろと言われたレポートには何と記入すればいいのだろう。今から他の職場に移ることはできるだろうか。
 不安の色を隠せないアレンの耳元に、ロレックスが顔を寄せる。


「心配するなよ。アレフさんはああ見えて優しいから、絶対面倒見てくれるって」


 懐疑八割希望二割を込めて彼の瞳を見つめ返す。
 その時、アレフのキーボード狂想曲が終わった。同時にプリンターが仕事を始め、アレフが立ち上がる。


「行くぞ」


 機嫌の悪そうな顔はそのままに、アレフがアレンを見てぼそりと呟いた。アレンの身体が知らず硬くなる。


「え、お、俺ですか?」
「他に誰がいる」


 ロレックスに任せきりにして、こちらまで減給されたら困るからな。彼はそう吐き捨てるように言う。それから玄関側にあるのとは線対称の位置にある扉へと姿を消した。


「な、言ったろ?」


 信じられない。目を丸くして見上げるアレンに、ロレックスは白い歯を見せて笑った。


「アレフさんはあの通り愛想はないけど、力作業に接客業、果てはベビーシッターから遺体の身体拭きまで仕事なら何でも完璧にやる人だからよおく見て来いよ」


 アレンは希望が湧いてきて、元気よく返事をした。良かった、仕事がもらえる! それだけでも単純な彼の心には光が溢れつつある。
 ちょうどアレフが隣室から戻ってきた。鞄を二つ肩に背負う形で持っており、片方をアレンに渡す。


「やることは行きながら説明する」


 アレフは短い言葉だけ残して、また背を向けて玄関に向かい歩き出す。アレンはその後を慌てて追う。目は自然と、彼の広い背中を見上げていた。
 ちょっと怖いけど格好いいなあ。中学生は呑気にそんなことを考えながら、これから体験する仕事という未知の世界と、そこで生きる男への期待で胸を膨らませるのだった。





(後書き)
「ハコの開き」の稲野巧実様が寛大にも許可をくださいましたので思い切ってやらせて頂きました。おかめ流現代パロディに稲野様宅ロトお三方をご案内しました。うちのアレンもつけました。

ご案内って言うか……これいいんでしょうか? ちっとももてなせてないですよね。と言うか、うちのアレンが寧ろもてなしてもらってますよね。

少し言い訳をさせてください。何でこのネタになったのかというと、アレフさんがあまりに必☆仕事人なので、それを現代で表したらどうなんだろうなあ。あ、ロトお三方が一緒に働いてたらどうなんだろう。
なんて妄想してたらこうなりました。ツッコミどころが多々あることは承知しております。途中からロレックスさんに「アレフさんは○○に××に、更にはベビーシッターから△△までできるんだぜ!」というようなことを言わせたいばかりに書いていました。本当にすみません。赤ちゃんをあやすアレフさんとか私が見たいです。ごめんなさい。

タイトルは私とアレンにちなんでます。両方ともそんな感じです。

では最後に稲野様へ申し上げます。この度は本当にすみませんでした。あんなに素敵にもてなして頂いたのに私の欲望を詰めてお返しする形になってしまい申し訳ありません。書き直し、修正、消去はいつでも受け付けております。

ですが、お貸し下さいましてありがとうございました。
加えてここまでお読み下さった方々にも御礼申し上げます。ありがとうございました。



20140125