「ひーまーだーなーぁ」
ロベルトはソファーの上に横たわり、おおきく伸びをしながらそう漏らした。向かいのロッキングチェアに腰掛けたクオは無言で手にした本のページをめくり、暖炉前のソファに身を任せたティアは夢の世界に旅立っている。
返事がない。ロベルトはつまらなそうに身を起こすと、近場にいる方へと声をかけた。
「なあークオひま!」
「何かすればいいだろ」
「だって、ヨハンとシアンさんが帰ってくるまで外出ちゃダメなんだろ? 外出ちゃダメなんじゃあ何もできねーよ。ってわけで遊んで!」
「犬かお前は」
クオはすっかり呆れている。開いた本はそのままに、顔だけをソファーの上に向けた。
「大体もう出かける準備はできてるのか?」
「ばっちり!」
「本当に?」
ほら! とロベルトは剣とカバンを見せた。中身が心配だが、そこまで確認する必要はないだろうとクオは頷く。
「なら、本でも読めばいいだろ」
「出かける前に本なんて読んだら気分下がるだろ! もっとハイなのがいいー」
ソファーでごろんごろんと寝返りを打つロベルトをどう宥めたものかクオが悩んでいると、芳しい香りが鼻腔をくすぐった。
視線を正面に戻すと、若草色の毛糸の塊に似たものがカップを差し出している。香りはこのカップに満ちた琥珀色から漂ってきたのだった。
「紅茶、良かったら飲まない? って言ってるんだよ」
毛玉に似た魔物、ファーラットの後ろ、カウンターから現れたゴドフリーが通訳する。クオは彼に会釈する。
「ありがとうございます」
礼儀正しくファーラットにも微笑みかけると、カップを受け取った。それからロベルトの前に紅茶を置き、もう一人のもとへも同じものを届けに行った。
ロベルトは新しい相手へも訴えかける。
「アベル、ひま!」
「じゃあモコモンと遊ぼう」
「モコモン?」
「モコモンは叩いて被ってじゃんけんぽんが上手いよ」
「おっ、じゃあそれやろうぜ! モコモン!」
ロベルトはファ-ラットを呼んだ。しかし、何故か彼はティアの腕に抱かれてきた。
「あれ、お前もやんの?」
「オレは、モコモンと一緒」
「二対一は俺が不利だろ! せめて一対一対一で!」
モコモンの手触りに執着するティアと彼を説得するロベルト、そして二人を見上げるモコモンのところへ、ゴドフリーがおもちゃのハンマーととんがり帽子を二つずつ持ってきた。待ってましたと言わんばかりに、モコモンがそれに飛びつく。すると二人も互いに譲り合わなかったのが嘘のように、道具を挟んで向かい合い座った。
「行くぜ。三回叩かれた奴から脱落な」
ロベルトがルールを告げ、ティアとモコモンが首を縦に振る。
「せーのっ」
叩いて被ってじゃんけんぽん!
そこからはその台詞が、競りのように繰り返された。手が目にも留まらぬ速さで石やハサミや紙を形どってはハンマーへ伸び、またはとんがり帽子を手元へ引き寄せる。ロベルトは勿論だが、ティアの眼差しが意外と真剣であることに驚いた。さらに人間二人より圧倒的に小さいモコモンが、これでもかというほど跳ねて健闘している様が珍しくて、クオは思わず本を読む手を止めて観戦してしまった。
「そんなに珍しい?」
いつの間にか、ゴドフリーがソファーに腰掛けて人の良さそうな笑みを浮かべていた。クオはやや口ごもってから尋ねる。
「よくやるんですか?」
「これはたまにかな。それより外で運動したり、トランプゲームしたりすることの方が多いよ。君達はやらない?」
「そうですねー。それよりうちは、お茶飲んだり雑談してることの方が多いですね」
「そっか。たまにはやってみると面白いよ。超次元スポーツみたいな、バトルと紙一重になってきて」
「何ですかそれ」
クオとゴドフリーの会話は思いの外続き、一方で三人で行われる叩いて被ってゲームは予想していた以上に盛り上がった。ロベルトの笑い声が弾け、モコモンは嬉しそうに跳ね、ティアは口数こそ少ないものの目を細め口元を緩ませていた。
「やるな、おぬし」
「せーのっ」
「いや乗れよそこ!」
ロベルトが慌てて拳を出そうとする。しかし、ティアは突然何かに呼ばれたかのようにそっぽを向いた。
「来た」
それから間を置かず、両開きの扉から光が差し込んだ。
「ただいま戻りました」
「早いとこ行こうぜ」
朝日に向かって発つ者達を、モコモンは小さな手を振って見送った。
(後書き)
夏ミカン様よりリクエスト頂きました。「夏ミカン様宅天空組と拙宅天空組によるほのぼのまたはギャグ」ということで、男のみで書かせてもらいました。
これでいいんだろうか……。
では、リクエストありがとうございました。夏ミカン様のみ、お持ち帰りは可とさせて頂きます。短いものですが、よろしければお納めください。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
またお会いできましたら幸いです。
20141116