※稲野巧実様(ハコの開き)のⅡローレシアの王子さん、夏ミカン様(夢見の図書館)のⅣ男主人公さんをお借りしています。



 軽い仕事だと思ったんだ。一日限りの勇者の泉探索で、報酬は前払い後払いでそれぞれいいお値段。雇い主の女の子がやけに若そうなのが気になったけど、そんなのは最近じゃよくあることだ。そう思ってたんだ。


 ところが洞窟の途中で隠された妙な小道を見つけ、入ってみたいと言う雇い主の言葉を断りきれずに従ったところ、この地方では見かけない魔物ばかりが出てきて驚いた。戻ろうと提案しようとするも、雇い主は俺の言葉なんて聞かずガンガン進んで行ってしまう。依頼人を置いていくわけにもいかないので仕方なくついていくうちに、俺達はどうやら最下層まで来てしまったらしい。階段を降りた先にある一本道はやけに広い空間に繋がっており、もう先がなかった。


「ここにあるはずなんですけど……」


 雇い主は辺りをきょときょとと見回して首を傾げる。このあたりじゃ見かけない桃色のおかっぱ髪が目立つ彼女は、名前をノインという。冒険者であるらしく、ここに来るまでの様子でかなり戦いなれていることが分かっていた。


「何か探し物があるのか?」


 そんな話は聞いていなかったが尋ねてみると、彼女は頷いた。


「はい。このくらいで丸くてですね、キラキラしてるんです」


 両手人差し指で円を描いて見せる。握り拳くらいらしい。


「色は?」


 ノインの雇うもう一人、ソロが問う。無口でのほほんとしてるが、ノイン同様戦闘慣れしている。


「何色でもいいんです。赤、青、黄、緑、紫、銀色の六色があるのでそのうちのどれでも」
「何だそれ」


 詳しいことを聞こうと口を開いた時、冷気が首筋を撫でた。ただならぬ気配を感じ取った俺は身を返す。さして離れていない場所に、明らかに人間ではない、しかし人間に似た形をした立派な身なりの大きな生物が立っていた。


 肌を怖気の走るような冷たさが刺す。まずい。一目見て、直感的に思った。コイツはまともに戦ったら痛い目を見る。下手に関わらずに逃げた方がいい。
 一歩退いて二人に言おうと横を向いたら、ノインと目が合った。彼女の唇が動く。


「あれです!」


 その指さす先には、怪人の胸に下がった赤い宝玉があった。確かに、先ほど言われた特徴と一致する。だが俺は乗り気になれなかった。


「本当にあれなのか?」
「あれです、間違いありません」


 ノインは断言する。勘弁してくれ。俺の勘が「アイツはやばい」って言ってるんだ。コイツが現れただけで、体感温度がぐっと下がった。加えてこれだけ気配なく現れたんだ。人ではなく魔物であることは確かで、その上魔物の中でも相当強い上物だろう。
 さあどう説得したものか。俺は口を開く。


「我が名はゾーマ……」


 それより先に魔物が喋った。俺とノインは顔を見合わせる。


「……アイツ、今何て言った?」
「我が名はゾーマ、と言いました」


 真顔で復唱するノイン。聞き間違いじゃなかったらしい。いや、嘘だろ?


「いくらなんでもそれはないだろう」
「ロレックスさんの仰る通り、私もあれは偽物だと思います」


 そうだよな、偽物だよな。大魔王ゾーマは遥か昔に死んだはずだ。それが今頃になって、こんな場所で蘇るわけがない。


「だけど、強そうだ」


 ソロが変わらぬ朴訥とした口調で言う。やはりそう感じるか。外れてて欲しかったんだが。


「本当にあれ欲しいの?」
「はい、とても!」


 ノインは大きく頷く。俺達雇われ組は視線を交わす。ソロも戦いを躊躇っているらしい。その気配を察したのか、ノインは俺達に背を向けた。


「皆さんが戦いたくないようなら帰って頂いても構いません。お代は後で指定の方法で変わらない額をお支払いします」


 剣を鞘走らせる彼女。すぐに魔物に向かって飛び出そうとする肩を捕まえた。そのあまりの小ささに、押さえられた彼女より俺の方が驚く。


「待て、一人で挑む気なのか?」


 はい、と当たり前のようにノイン。無茶だと諭すより先にソロが俺達を掴んで大きく跳躍した。視界の後方で地が凍る。
 降り立ち、偽ゾーマを窺う。奴もまたこちらを見ていた。やる気らしい。
 雇い主は剣に炎を宿らせている。こちらもやる気満々といったところか。呆れやら憤慨やら、俺は溜め息を吐きたいのを堪えた。


「焦るなって。俺も戦うよ」
「オレも」


 ソロが剣を抜き、偽ゾーマの方を窺いながら意思表示をする。コイツは傭兵じゃなさそうだが、どういった経緯でこうなったのだろう。ふとそんなことが頭をよぎった。


 ゾーマの指先から冷気が迸る。猛烈な寒風を避ける。まともに喰らっていないというのに、皮膚の表面に冷水の膜が張るような感覚がした。誰も吐息軽減呪文を使えないから、あれをまともに喰らいたくない。
 いや、一人いける奴がいるか。反対方向に避けていった少女は全属性の力を身にまとうことができる。それをうまく使えば。


 目標は宝玉。あれさえ取れれば、心置きなくここから脱出できるはずだ。連れは二人ともリレミトを使える。目当てのものを取り次第すぐ脱出すればいいだろう。
 問題は奪い取る方法である。あれを取るにはどうしても至近距離まで行かなくてはならない。遠くから外せないこともなくはないが、落として壊してしまったら問題だ。至近距離まで誰かが取りに行く。そのための隙を他のメンバーで作り出す。さて、どうするのが適切か。


 偽ゾーマはこちらがばらけて動いているためか、マヒャドや凍える吹雪で攻めてくる。冷気系の攻撃がメインだが、力も強いし知能も高い。そう簡単に隙は与えてくれないだろう。
 俺は少々荒っぽいが考えをまとめて、ノインとソロを呼び寄せる。手短に説明するなり、ノインが手を挙げた。


「私が奪取役を務めます。言い出しですから」


 俺達はぎょっとした。そこを逃さず、偽ゾーマの冷気が襲う。


「本気か? 危ないぞ!」


 避けたために一人遠く離れたノインに叫ぶ。けれど彼女から返って来た言葉は簡潔だった。


「承知しております、お願いします!」
「……どうする?」


 ソロがこちらを見る。戦いの最中に合っても穏やかさを失わない瞳に、心配が色濃く浮かんでいた。一方ノインは、もうこちらを窺う様子がない。俺は額に手を当てた。


「言い出しがああ言ってるんだ、従おう」


 属性攻撃軽減ができる唯一の人だから、どちらにしろこの役割が一番向いてるんだ。自ら言い出してくれてよかったじゃないか。俺は自身にそう言い聞かせる。
 愛剣を握り直し、いつもとは違う顔ぶれの前に立つ。かの大魔王を名乗る魔物を見据え、これまでに見た奴の動きを脳内で反芻する。


 ――よし、行こう。


 地を蹴る足の常ならぬ力強さが雇い主の初動を教えてくれた。偽魔王は静かに佇んでいる。俺は不気味に感じながらも駆け寄っていく。奴の青い唇が開く。刹那、その黒い舌が燃え上がった。


 上出来だ、ソロ! 瞬間を捉えるのが上手い彼のお陰で、奴の得意呪文をほんの一時だが封じることに成功した。それだけで俺には十分だ。
 ちらりと敵の胸元を見る。偽ゾーマは顔を押さえながらも宝珠を離すまいと握りしめていた。やはり、そんな簡単に行く相手ではない。予定通り構えた得物を振り下ろす。右手で止められた。思った以上に硬い。取られる前にと、刃を滑らせて違う角度から胸に向けて幾度も斬りかかる。武器もなく素手だけで剣とやり合う頑丈さに俺は内心舌を巻いたが、同時にほくそ笑んでもいた。


 これだけ強い奴でも、呪文の至近距離から一気に攻められると呪文詠唱の暇がないらしい。このペースかこれ以上で攻め続けられれば、きっとこちらの思うように動いてくれるだろう。


 拳が俺を掠め勢い余り、地面にめり込む。身をひるがえして顔面に回し蹴り。少し奴の体勢がぶれた。そのまま青黒い顔を足場にして宙で一回転する。入れ替わりに、緑の突風が吹く。風は魔王の懐へ白刃を突き込む。だが奴も用心深い。顔をやられながらも宝玉を庇う動きを忘れず、腹に留まっていた右手が剣を跳ね上げた。


 ソロは竜柄の剣を両手持ちにする。俺も束の間の浮遊から戻ってくる。大上段からソロと俺で二撃。俺のは弾き返されたので回転の力を利用し蹴撃を喰らわせる。が、あえなく受け止められた。


 げっ。我が身に迫る思いは口からたったの一音で漏れる。大きな掌が俺の足を握る。外からの強力な圧力に一瞬で屈するかというところで、力が緩んだ。この機会を逃すほどのろまじゃない。不自然に痛む足首を無視して掌を蹴り飛ばし、着地してから幸いの理由を見る。敵の手首に刺さった炎の矢、その軌跡を辿れば後方に控える少女と目が合う。彼女は手にした弓に次の矢を番えながらにっこりした。


 奇妙な音が耳につき、振り返る。ソロが一人偽魔王と応戦している。俺もすぐにそれに加わる。立派なローブを纏った長身を中心として、俺とソロが周りを巡る。宙を駆け地を飛び、俺達は奴が冷気を纏う暇を持たないよう攻め続けた。


 初めてのペアで上手くいくか不安だったが、予想以上に攻撃の繋がりができている。これが他の魔物なら、このまま勝てただろう。だが、いくら今上手くいっていてもこの敵の前では大した時間稼ぎにはならないことなど分かり切っていた。
 反対側で剣を振るう彼を窺うと、息が上がってきていた。ここでやってみるしかない。


「ソロッ!」


 声をかけて偽ゾーマの足を斬りつけ退く。勇壮な叫び声を上げるソロの、雷を纏った剣が敵の受け止めようとした手を貫きその腕ごと胴に括り付ける。光が闇を穿ち、洞窟が放電の音と青光で満たされた。


 ――少しは効いた……のか?


 呼吸を忘れて見守る。
 二人の男は、剣の突き刺さったその瞬間が絵になってしまったかのように静止している。空間にバチバチと雷の爆ぜる音だけが木霊する。


 微動だにしない魔王。その足が、胴が、手が、首が、頭が、動きを止めている。


 痛みに耐えるかのように下された瞼。


 それが僅かに震えて……開いた。


「今だ!!」


 心で叫んだのか音となっていたのかは分からない。ソロが剣ごと弾かれ魔王が冷気を纏ったのが目に映った時には、そう言っていた。


 そしてその声に応じるかのように、細かな白い礫が俺の頬を撫でた。


 それは本当に一瞬のことで、やられた奴も何が起きたかいまいち分かっていないようだった。


 爬虫類的な黒い瞳が眼下を眺める。彼の肌と似た色を纏った少女のあどけない顔立ちが、その中に映るのを俺は見た。そしてその瞳孔の世界で、彼女の左手に握られた玉が赤く色付いている。


「リレミト」


 少女の唇が弧を描いて、全ての景色が消え去った。

 


 気付けば、俺は勇者の泉の外に立っている。嗅ぎなれた草木の香を大きく吸い込み、何も考えず膝をついた。日の暖かさが身体の芯まで染み入っていく。


「っはあああ……あっぶねえ……!」


 込み上げてきたのは笑いだった。何だったんだよあれ、とか上手くいったもんだな、とか様々な言葉が胸の内で氾濫している。こんなに危ないと思ったのは久々のことだった。
 すぐ近くにソロとノインが倒れている。ソロは汗だくで草原の上に寝転んでいたが、俺に気付くと身を起して柔らかく微笑んだ。陽だまりの似合う男だと思った。


「ありがとう、お陰で助かった」


 お前は良いリーダーだよと賛辞を述べられ、俺は照れくさくなって頭を掻く。


「珍しく運が良かっただけだ。こっちこそ、お前が機転の利く奴で助かったよ」


 宝玉を守ることに常に集中していたアイツの気を上手く緩ませるには、アイツに一瞬でも成功を意識させるしかないと思っていた。そのため絶え間ない攻防で氷の攻撃を防ぎつつ追い詰め、追い詰められているように見せてから大技を打つ必要があったのだ。


 奴はソロを振り払った一瞬、まんまと気を緩ませ玉の防御も疎かになった。そこに、あらかじめ加速呪文を掛けられる限り掛けたノインが敵と同属性の力を身につけることで受けるダメージを減らしながら突っ込む。そして宝玉を奪取したのである。


「貴方がたにお願いして正解でした」


 右向きに横たわっていたノインが、落ち着いた口調の割に覚束ない動きで身体を起き上がらせる。どうにか地面に対して垂直に上体を立たせると、彼女は嬉しそうに笑んだ。


「ありがとうございました。無事目的を達成することができました。感謝申し上げます」


 だが俺とソロはお礼の言葉など聞いておらず、それまで隠れていた彼女の右腕に目を奪われていた。その細い腕は、明らかに脱臼した上にもげかかってぶらぶらしていたのだ。


「後払いのお金はこちらで」
「お前腕、腕!」


 どこからともなく出た袋から金を取り出し、左手のみでこちらに差し出す彼女を俺は思わず指さして叫んでしまった。回復呪の心得があるソロが直ちに腕を肩につけて、繋ぎ目に癒しの力を送る。ノインは自分の腕を見て、意外そうな顔をした。


「酷い有様ですね。先ほどの突撃の際損傷したのかもしれません。気持ち悪いものを見せてしまい申し訳ありません」
「そういう問題じゃねえだろ!」


 ノインはじゃあどういう問題なのかと問いたげな瞳で俺を見上げる。どう言えばいいんだ? 逡巡して出てきた言葉はありきたりだった。


「痛くないのか?」
「痛くありません。私は変わった体質ですので」


 ノインは自分の曝け出された肉や骨を見て顔色一つ変えず、寧ろ興味深そうにとくとくと見つめている。ここで、俺はやっと自分の受けた仕事が普通じゃなかったことに気付いた。
 ここまでで結構です、とノインはソロの手をやんわりと戻して左手で右肩を首に向けて押し込む。そう何度も聞きたくないような音がした。


「さあ、では貴方がたをお送りします」


 彼女は何事もなかったかのように莞爾として、やっと動くようになった両手を観音開きの扉を開けるかのようにスライドさせる。すると彼女の背中に白い大きな翼が生え、頭上には光輪が現れた。


「この度はお忙しいところご協力くださり、ありがとうございました。またお会いできますことを楽しみにしております」


 外見の幼さに似合わない敬語、俺の目に映る妙な幻。ちぐはぐな諸々をどう処理したらいいか分からない俺の耳にソロの声が届く。


「待って、また――」



 あれから勇者の泉で隠された小道を見ることはなくなった。あの時のことは幻なんじゃないかとたまに思う。でもその度、彼の陽だまりのような声、傷を見つめる彼女の丸い瞳、そして勇者の泉から一瞬でローレシアまで戻ってきて途方に暮れていた時の、やけに重く感じられる右手に握っていた札束のことを思い出す。それでやはり、幻ではなかったのだろうと考えるのだ。





(後書き)
主催する「DQ主人公共同戦闘企画」のために書きました、他参加者様主人公との交流作品です。
いつもお世話になっております「ハコの開き」の稲野巧実様のⅡローレシアの王子ことロレックスさんと、「夢見の図書館」の夏ミカン様のⅣ主人公ことソロさんをお借りして、うちのⅨ女主人公ことノインと一緒に戦っていただきました。如何でしたでしょうか。
何となく違うナンバリング同士を詰め合わせてみました。人選はあみだくじです。

いやあ、戦闘がなかなか手こずる上にオチ(笑)
今回は「カビと共に去りぬ」並みにオチどうしたって感じですね。すみません。

ロレックスさんには指揮および作戦をお願いしました。ソロさんには作戦の要所と貴重な呪文要員をやって頂きました。本家様のように動かせた自信がございません。申し訳ありません。

ノインがクエストを持ちかけたこともあり、何かと彼女がいいとこどりしたような気もします。うーん精進しなくては。

では稲野さん、夏ミカンさん、この度は主人公をお貸しくださりありがとうございました。
またここまでお読みくださりありがとうございました。
またお会いできますことを楽しみにしております。





20140313